大陸にて

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ルー

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るー最終話

私はスッと血の気が引く思いをしました。思わず勇の顔と粘土細工、それから先生の顔を見つめました。勇はあの、無表情な顔、そして先生はにっこり笑いました。
 「ああ、まあ、ルーって名をつけたの」
 私は先生の顔をまじまじと見つめて
 「先生ご存じなんですか」
 と、思わず素っ頓狂な声を挙げていました。
 「ええ。テレビの時間にね、そのう、ドラマがあったんですよ。鏡の中に人が住んでいるという筋で、ちょうど主人公が勇ちゃんと同じくらいの歳なんです」先生は勇の方を向いて「ルーって名前をつけたの」


 ここで中断していた。奥さんの手紙は。
 「ますます訳が分からなくなってきた。昨日のことだろう? どこか泊まりで旅行にでも行ったか言わなかったか?」
 「いや」
 「昨日の今日だからな。しばらく待っていてもいいじゃないだろうか」
 「この書置き」
 「奇妙だな。とにかく二、三日待ってみた方がいいんじゃないか。もしもということであれば今すぐ警察に失踪人の届け出してもいいし」
 しばらく黙っていたが、Kは
 「待ってみる。何かコトでもあったら連絡するよ」
 

 そして2日後の夕方仕事も終わり、書斎で本を読んでいるとき、所有している携帯電話に彼からの電話が入った。名前を見て「ああ、見つかったんだな」と思いながら受話器を耳に当てた。Kの叫び声に近い声が突然入ってきた。
 「時間がない。ここに勇と妻がいる。お前だけに話しておく。もう決めている。こちらに留まるか、鏡の国に行くか。おれは鏡の中に行く。後の処理を任せる」
 「何なんだ、どうしたんだ」
 「鏡の国は実在する。いましがた二人が来た。おれは彼らと鏡の国に行く。何にも出来ない。残された時間もない。彼らがもたない。説明も残す時間はない。鏡の国に行く。後の処理を頼む。よし、行こうか」
 後ろを振り向いて二人に言っているようだった。私はその時ゾッとした。この世のものとは思えない不気味な唸り声が聞こえたからだ。そしてそれが彼の奥さんの声だとも分かった。何か名残があったのだ。
「じゃ行く。後頼む。二人とも身体体全体が裏返っている」ツー、ツー、ツー。
                                           (完)

るー8

 机と椅子は脇にどけられ、床にみな座りこんで紙を敷き、その上で粘土をいじくりまわしています。私は勇のそばに行って座り込み、
 「なにをつくるの?」
 と訊きました。勇はすでに粘土を一固まりとってそれで形を整えています。その質問に勇は笑って答えました。私は聞き取れなくて、もう一度同じ質問を繰り返しました。
 「ルー」と勇は言いました。
 「ルーなになの?」
 「ルー」
 「お母さん分からないわ」
 そう言ったとき、勇の表情が微妙に変わるのが私にはわかりました。笑顔が消えて、焦点の定まらない目を何かに見据えるような表情―かたくなに自分の思っていることを信じ込むような顔つきに変わりました。そんな時勇は百万光年もの遠いとところへいっているのが、長年の私の経験から分かっています。何か、私の想像からは及びもつかないような、知恵おくれの子の思考で考えることを考えているのです。
 仕方なく私は、勇が一心に粘土で作り上げているものを見つめました。
 長円形の粘土に二つのこぶをつけ終わった時、先生が私たちの方へやってきました。
 「何作っているのかしら」
 そう言って佐藤先生は私たちの間にしゃがみ込みました。
 「船かしら」
 あなたが船乗りの関係もあって、勇は良く船の絵や工作を作ります。
 「そうでもないみたいだな。象さんかな」
 勇は答えないで一心に粘土をいじくりまわしています。
 「ルーだそうです」私が口を挟みました。
 「え」と先生は私の方を向きました。
 「ルーって何ですか」
 私は笑いました。
 「知らないんですよ。教えてくれないんです」
 先生は勇の方に向いて
 「勇君、ルーって何?」
 と訊きました。
 それに勇は顔も上げないで粘土をいじりながら、一言だけ
 「鏡の人」
 と答えたのです。

ルー7

 その晩床に入ってから、本当に勇は面白いことを考えついたにすぎないのだろうかと、ちょっと心に引っ掛かりました。何となくざわざわと私の心は落ち着きがないのです。それが何なのかはわからないのですが、そのためになかなか寝付かれませんでした。でも翌日は父兄参観の日で早目に起きなければなりません。無理に眠ろうとしているうちにようやくして私は眠りの中に引き込まれていました。
 あなたを送り出した後、緑学園のバスは9時15分に来ました。青色のトレーニングシャツとパンツに身を包んだ、小柄な佐藤先生が私の方にやってきて笑顔で挨拶をよこします。
 「おはようございます」
 「おはようございます。よろしくお願いします」
 バスに乗るとしばらくして、佐藤先生がその日の予定を説明してくれました。一時間目が図画工作の時間で、終わったら、先生との個別のカウンセリング、それで参観は終わり、私たちが先に帰った後、勇たちの授業は4時間あり、午後三時ころ帰ってくるということでした。
 図工は粘土細工でした。17人の生徒全員に粘土を配り終えて佐藤先生が言いました。
 「いつもは題があるけど今日はみんなの思う通りん、なんでもいいから、作ってね。お母さんやお父さんたちもせっかく今日は来てくださっているから、一緒に作ってもいいということにします。なんでも、思う通りに作っていいですよ。お母さんやお父さんが来ていない人たちは、私が手伝ってあげます。楽しい、面白いものをつくって下さい」
 そして私たちに
 「子供さんたちを手伝ってあげて下さい」
 とニコニコ笑いながら声を掛けました。

ルー6

 しばらく私は涙の出るがままにまかせました。−時折私を訪れる発作です。
勇が「知恵遅れ」だと知ってそのショックから立ち直った時、私の涙は乾き、私の悲しみはあるぼんやりした痛みみたいにものに変わってしまいましたが、それでも発作のようにして悲しみが私を襲うのです。その瞬間私は私を操れないまま、涙に身をゆだね思い切り泣きます。そして泣いた後また「しっかりした」母に変わるのです。
 勇は泣いている私の顔を両手で触り涙を拭いてくれました。そして自分も「うー」といううなり声ともつかぬ泣き声をあげて泣き出してしまいました。私はびっくりして涙をぬぐい、勇を抱きしめました。
 「ごめんなさい。ママが悪かったわ。びっくりさせたのね。さあ、もういいのよ。もう泣きやんで」
 あやすように言葉を呟きながら一層勇を抱きしめました。
 その晩勇が寝入って久しぶりの休暇のあなたが居間でテレビを見てくつろいでいる時、私が勇のことを話題に乗せたのを覚えていらっしゃるでしょうか。
 「勇がねえ、昼間、変だったんですよ」
 私がそう言ったのに、勇の状態にいつも神経質なあなたは顔を振り向けて
 「え?」
 と心配そうでした。
 「ちょっとね。玄関のわきに鏡があるでしょう。あそこから出てきた、なんて言うの」
 「ふうん」
 なあんだという気持ちが返事に現れているのがよく分りました。私も笑って
 「勇は真剣だったわ。私を引っぱって行って、鏡の前に立たせるのだもの」
 「童話か何かだろう」
 「そうねえ」
 「そうそう、こういう話があるよ。チンパンジーやごく小さい幼児は、鏡に映っている自分を自分とはわからないそうだ。他人だと思い込む。そして鏡の向こうは何かもう一つの別の世界だと思ってしまうそうだ」
 「勇がそうだというの」
 「うん、まあ、そういう風に思いこんだんだろう」
 「チンパンジーはひどいわ。勇はもっと利口よ」
 「そうでないとは言わんが、小さい子は思い込んだら信じ込んでしまうからな」
 「−そうね」
 「なんだか聞いてみなかったのか」
 「聞いたけど黙り込んじゃって。教えてくれないのー泣いちゃった」
 「え?」
 「ええ、ちょっと情けないやら、腹立たしいやらで」
 「何、泣く必要があるんだ。鏡を出たり入ったりするなんて、楽しい思いつきじゃないか。勇も面白いことを考えついたものだよ」
 わたしはそれが楽しい思いつきなんかじゃなくて、もっと勇は真剣だったのではないかという気がしていたのですが、それ以上は何も言いませんでした。

ルー5

 勇は鏡の中の、勇の背後に立っている私に向かってそうどもりながら言いました。
 私は呆気にとられてしばらくなんといっていいかわかりませんでした。でもすぐに冗談だと判断し、
 「馬鹿ねえ」
 と勇の肩を軽く押しました。
 「お母さんびっくりするじゃない。何か怖いことかとお母さんは思ったわよ。勇がそんなに真剣な顔をしているから」
 「ぼく、ここから出てきたんだ」
 今度ははっきりとした口調でそういいました。私はちょっとたじろいで、勇の手を取って鏡の面に這わせました。
 「こんなに硬くて、こんなに冷たいところから?」そして勇の手を握りました。「うわあ、こんなに冷たい。本当かもしれないわねえ。どんな気持かしら。水の中から出てくるように簡単に出てこれるの」
 あくまで冗談で話を終わらせるつもりでした。
 勇はそんな思惑を敏感に感じ取って急に唇をしっかりと結んで、私をー鏡の中の私をじっと睨みつけました。私はその勇の視線にたじろいで
 「ごめんなさい。そういうつもりで言ったのじゃないのよ。でも、勇があんまりびっくりさせるようなことをいうものだから」」勇の肩を押して「さあ、居間に行きましょう。そこで話を聞くわ」と言って居間に戻りました。
 私は勇を私の膝に乗せて
 「本かしら」
 と尋ねました。勇は身をすくませて何の返事もしません。
 「そう。本か何かを読んだのね。童話かしら」
 「ううん」
 「本じゃないの。それじゃテレビ? それとも友達から聞いた話かしら」
 「ううん。違う」
 「それじゃ何なの。お母さんへ教えてちょうだい」
 また勇は黙り込みました。
 「黙ってては分からないわ。どうしてあんなことを言ったのか教えて」
 私はそこでなぜかカッとなって、思わず涙があふれてきました。勇は本来なら小学校6年に達する年齢なのに、幼稚園児くらいの知能しかありません。分かってはいても、また赤ん坊のような訳の分からないことを言っていると思うと、情けなくまた腹立たしく思わず我を忘れたのです。

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