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「終わりらしいな」
小人は言った。
「行かなくちゃならない」
「もっと話したかったけど」
「同じ。でも後片付けはあるし、あしたの朝早くここを立たないといけない」
「サーカスはもう終わり?」
「ええ、祭りは終わり。何にでもかんにでも終わりは来る。それが唯一の慰めだね」
「僕もそう思っていますよ」
「あなたが変わっているってのは、おれをまったく普通の人間と同じのように扱ってくれ
たことです。誰もかれもおれと話すやつは、言ってることがどうであれ、おれを何となく
見下すような態度でいる。それはおれなりに直感で分かる。酷い典型はジャーナリストだ。
この前も若いTV局の女リポーターが来てね、私たちはサーカスの取材できたんだけど、
本当は人権の問題を訴えたいのです、なんて言いやがってね。難しい言い回しでいろいろ
しゃべったけど、つまりあなたたちみたいな障害者は今や立派な市民権を持つようになっ
てきています。でも、まだまだ本当には、不当に差別されている現状でもあります。それ
を逆手にとってどうどうと自立されている姿には感動しました。ぺらぺらとそうしゃべる
んでね、言ってやったよ」
井手口は思わずにやりと笑った。
「何て言ったんです?」
「おれを一人前の男と見るのなら、お嬢さん、舞台が終わったらデートしてよ。楽しい思
いをしようよ、と言ってやった」
二人とも声を出して笑った。井手口は首を振って笑った。
「おれはテクニシャンなんだ。年増にもてる」
「可愛いから」
「子供みたいだろ?」
「ええ」
「声がやばいけどね。でも、これはどう? オ・ネ・エ・サ・ン。ボ・ク・チ・ャ・ン・
ト・ネ・テ・ク・レ・ル?」
「ばっちし。分かりませんよ」
不思議だった。顔も体も十歳前後の子供なのだ。それも飛びきり可愛い。井手口は彼が四
十歳ということが信じられなかった。身体に乗っけてあやしながら、何でも言うことを聞
いてやりたいような気分に、妖しくひきこまれそうになった。女ならたぶん誘惑に負ける
だろう。
「これっきりですね?」
井手口は呟いた。
「いや、いつか、また会えますよ」
「そうだな」
井手口は後ろの明かりが一つ一つ消えていくのに気付いた。川面がそれにつれて、暗さを
増してきたからだ。都市では大仰な準備をしなければ、こんな大きな川や、心を和ませる
緑を見るのは無理だ。それに、小人でこんな可愛い大人になんかは会えない。どこか、光
の都市、饐えたような匂いのする、ごみごみとした路地にあるちっちゃなバーみたいな場
所でしか。
「がんばりましょう」
井手口は立ち上がって、両手で座り込んだズボンの後ろをはたいた。
小人はぴょんと跳ねて、座った姿勢からいきなり立った。
「や、凄い」
「これは?」
そのままの姿勢で飛び上がって体を一回転させて地面に立った。顔は笑っていた。そし
て川面の方へ二、三歩走ると空中回転を二度も三度もした。
息を弾ませながら井手口の方へ戻ると、
「お代は取りませんよ。友達だから」と微笑んだ。
「じゃ、またいつか」
小走りに走り去ってゆく。その背後に
「ああ、ちょっと」
と、井手口は大きな声を掛けた。
小人は振り向いた。
「おれもね」
小人の顔は闇の中でぼんやりとしか見えなかった。
「おれもショーガイシャなんですよ!」
「え?」
「ショーガイシャ」
「あんたが?」
声だけが帰ってきて、表情までは読み取れない。
「どこが?」
確かに井手口は普通の大人に見える。
「ここ」
井手口は頭を指さした。そして指を二、三回廻すと、手をパッと広げた。
「アハー」
笑い声が返ってきた。
井手口もつられて笑った。
その瞬間、そうその瞬間に初めて、彼は心から笑った。いつか、この晩のことを思い出す
だろう。小人が彼の仕草をどう理解したかは分からない。ただ、事実なのだ。
追い詰められた時、小人のことを思い起こそう。あのあどけない笑顔を。
ーフリークにはフリークにだけ許される友情があるのだ。
(完)
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