大陸にて

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全共闘の歴史

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全共闘30年1b

?H1>文学者を志して  
 ぼくは夜警のバイトをしていた。夕方行って一晩夜警して、朝帰ってくるという仕事をやっていた。そ

こに塩見さんがオルグに来るようになった。それが66年の1月くらいから始まって、学費、学館闘争の

プロセスの中でかなりしつこくオルグられた。

 おそらく塩見さんが言っていたことは「第三期学生運動」とかのことだったろう。つまり「平和と民主

主義の」の時代は終わった。大衆の意識は変わっている、これからは反帝の時代がやってくる、というよ

うなことを言っていたんだと思うよ。それから関西ブントの「政治過程論」の内容を言っていたんだろ

う。

 60年安保闘争は、戦術の駆使によって、いわば「小戦術」(民主主義擁護の改良闘争)から「大戦

術」(権力闘争)へ、闘争戦術的にのぼりつめていって大高揚を作りだし権力を追いこんだ。そういうこ

とが可能なんだということをしきりと言っていたと思う。

 こういっては悪いが塩見さんの話はうるさいだけだった。

 しかしそのパトスというか、非常にパッショナブルに生きようとしているんだなあということは解っ

た。ものすごく極貧で、生活費もないないような状況の中で、世界革命が必ずおきるみたいなことを言っ

ている、そのパラドックスを文学的に評価すべきではないかと思ったわけだ。

 そうした中で66年の2月末だったかな、学費闘争で機動隊が導入されることがあった。「荒に令状が

出ている」というようなことを塩見さんに言われた。「令状が出てるから関西に行け」と言われたわけ

だ。それで、別にブントでも何でもなかったんだけど、交通費を出してあげるから行けということで京都

に行った。京都に早大全共闘のメンバーだということで行った。同志社の此春寮に泊まったり、大阪の中

之島公会堂の集会で発言させられた記憶がある。

 なし崩し的に社学同にしようとしていたのかな(笑)
?H1>正義の実現を目指してきた

 荒岱介(あらたいすけ)(当時・社会主義学生同盟全国委員長)
 
?H1>文学者を志して

 ――1968年10月防衛庁闘争や69年東大闘争を指導した第二次ブント8回大会の社学同委員長の

荒岱介さんに話を聞こうと思います。荒さんは早稲田大学で運動を始めたんですね。


 ●僕が早稲田に入学したのは1965年の春ですが、むしろ文学者になろうと思っていたのかな。それ

で現代文学会というサークル活動に入って文学活動をやり始めていた。

 その時にはフランス実存主義に傾注していて、そういう関係の本を読んでいましたね。サルトルやカミ

ユの著作集やカフカの全集とか買いこんで読みこんでいた。他にはジョルジュ・バタイユだとかシモ―

ヌ・ヴェーユだとかガストン・バシュラールだとかを読んでいた。

 要するに「実存」だとか「不条理」だとかについて考えていたんだなあ。

 文学研究会というもう一つのサークルがあって、そこには今の呉智英、新崎がいた。結構彼なんかと話

をしていたな。


 ――ではどういうことがきっかけで、革命運動に参加することになったのですか。


 ●65年の秋から66年にかけてだったけど、早稲田の学費・学館闘争が勃発します。その時に法学部

ストライキ実行委員会というのが組織されて、学費値上げ反対闘争に参加したのがきっかけかな。

 授業料が値上げされるということに対して、経済主義的に反対して、学校教育の平等性を守るべきだと

思って、学費・学館闘争に参加した。

 ぼくが参加した法学部ストライキ実行委員会というところは、関西ブントであるとか、解放派が組織し

ていた。解放派の渡木さんとしたしくなって結構そのスタンスで活動していた。

当時早稲田には、関西ブントの村田能則さんをキャップとすう雄弁会左派グループというのがあって、

その人たちが社学同を名乗っていたみたいだ。それを関西から上京してきた塩見孝也さんが指導してい

た。
 「全学連と全共闘」最終章で、歴史を辿り終わり、その際、実践社が出した『全共闘30年』は二番煎

じであると公言しましたが、 いろいろ他の書を検討した結果、「全共闘の歴史」という枠内では、これ

以外のものはないなあ、とあれこれ考えた結果、結論し、やはりこの『全共闘30年』を要約していきた

いと思いました。

 「はじめに」で以下のようにあります。

 
 ベトナム反戦闘争という時代の大きな流れを体現して闘われた全共闘運動。彼らは時代を客観視するの

ではなく、能動的に日本がいく筋道を作りたいと行動した。

 今その若者たちは、50歳から60歳の域に達している。そして社会的に責任のある仕事についてい

る。本書は、その方々にインタビューをいただいたものである。


 つまり彼らが、闘い、そしてそのあといかに行動し、今いかにしているか、いかなる思いを持つもので

あるのかということに、意義を見出そうとしています。


1998年9月25日発行。2010年の10年前です。決定的なことは2001年9.11テロを通

過していないということですが、一応それは置いておきます。もし興味をもたれた方がお読み下されば幸

いです。

 なお以下にこの本の構成を紹介しておきます。

 「第1部」ベトナム反戦からの出発

 正義の実現を目指してきた―――――――――――――荒 岱介

 全学連は何を考えていたのか――――――――――――藤本敏夫

 世界は変わりうるものだという実感があった―――――鈴木正文

 ベトナム侵略の加担者になっていいのかと考えた―――荘茂登彦 

 「第2部」人民の中に

 戦後50年・今こそ反体制運動を問う――――――――神津陽

 いつでも大衆と共にあろうとした――――――――――前田裕晤

 激動の60年代とマル戦派ー――――――――――――成島忠夫

 反戦青年委員会の頃――――――――――――――――望月彰・芳川駿

 「第3部」目の前に世界革命があった

 世界赤軍が夢だった――――――――――――――――塩見孝也

 中大全共闘の思い出――――――――――――――――田村元行

 ピョンヤンから考える世界、そして革命―――――――小西隆裕

 「第4部」大学の変革を目指して

 私にとってのパラダイム・チェンジ―――――――――最首悟

 「助手共闘」のこころざしをつらぬいてー――――――塩川喜信

 学んだのは「権力との距離感」―――――――――――内田雅敏

 激動の時代の中で―――――――――――――――――村田恒有
?H1>学生運動のゆくえ  
 80年代に入ってからも、全国の大学で、紛争がないわけではない。84年中も、9校で紛争が起こっ

た。80年20校、81年12校、82年15校、83年6校と、3年前から大幅な減少で、学内活動か

らの学生離れが一層進んでいることが分かる。

 これら最近の紛争のほとんどが、それぞれの大学がかかえている事情に、各党派が勢力拡大、組織誇示

の思惑を絡めて闘争を作りだすという形になっていて、封鎖、占拠などが行われても、多くが1、2日、

あるいは数日の授業放棄、教室占拠などで収束している。他の学生のほとんどが無関心であり、大衆的蜂

起を見せた68,9年の大学闘争とは、まったく質を異にしている。

 学生運動について、かって”10年周期説”があった。戦後の全学連建設,ブントによる60年安保闘

争、68,9年の全国的な全共闘による大学闘争と、ほぼ10年の周期で、大衆学生の反乱、蜂起があっ

た。だから、全共闘後、再び何かという予測、期待がある。しかしその後、10年、20年を経て、全国

の学生運動は、新たな大衆運動を形成しうる展望をまだ見出していない。

 その今後については、再び全共闘運動のような大衆的運動の高まりは期待できないとする見方と、次の

大爆発に向けての新たな水路を模索中だという見方の、二つがある。

 その予測はなかなか難しいが、学生は“時代のワキ腹”、時代の矛盾・欺瞞に対する敏感な感覚を失っ

ていず、一方で過剰管理の社会の重圧が深まっている以上、爆発の可能性は失われていないと、確かさを

もって感じている人も少なくない。

 ただそうだとしても、それまでにはまだかなりの模索時代が続くといえるだろう。また、新しい大衆的

動きが起こっても、それは以前とまったく異なった形となるだろうことだけは、予測できる。

                                        (完)

 著者・高木正幸・1930年生まれ。朝日新聞所属。新左翼運動、部落問題などを中心に、ほかの追随

を許さぬ深い取材活動を続けている。

 1985年月講談社発行。講談社現代新書450。


 *****

 何とか『全学連と全共闘』によって、「全共闘の歴史」を完成させることができました。綿密な事実取

材は、新書版としては異例の緻密なものでした。もちろんもっと詳しい本はあるでしょうが、こと「全学

連と全共闘」に関しては、コンパクトにかつ厳密に事実を述べた本だと思います。

 年内に完成させてホッとしています。

 来年はいろいろ考えています。たとえば実践社が出した『全共闘30年ー時代に反逆した者たちの証

言』。しかし今さら『全学連と全共闘』で歴史を追った以上、二番煎じです。

 違った眼で今度は「90−2000年」に沿って新左翼を継承した本を取り上げたいと思います。

 来年も何とかやっていくのでよろしくお願いします。

 皆様にいい御年の来るようお祈りします。

全学連と全共闘51

?H1>自治会の地位の低下

 このような推移の中で、学生運動の学内外の母体であった全学連、自治会の地位は、当然に低下してき

た。

 全学連大会の参加者は、次表のように、100人台かそれ以下で、組織拡大活動を最重要視する共産党

系も、落ち込みが目立つ。60年安保闘争の時、国会を4万3千人の学生が取り巻いたことなど、この2

ケタ、3ケタの数字から見れば、全く夢のような出来事である。

        80年   81年   82年   83年   84年

  中核派   220   180   200   300   400

  革マル派  260   253   230   240   220

  解放派   120    80    80    80    80

 共産党系   523   467   416   395   334

                           (共産党系は代議員数、他は参加者数)


 学部単位の大学自治会は、84年末、261大学に500あるという。本来は「全日本学生自治会総連

合」の略である「全学連」を名乗る組織は、今共産党系、中核派、革マル派、解放派の4つがあるが、全

国の自治会はほぼその4つの政治党派に系列化している。

 共産党系が約7割の171大学、362自治会、次に革マル派の16大学、25自治会、中核派5大

学、10自治会、解放派計4大学、10自治会、ブント系3大学、5自治会、第4インター系2大学、2

自治会、構改派そのほか60大学、86自治会となっている。

 もはや大学自治会は、創設時のように大衆学生の代議制民主主義制度の性格をなくしてきている。

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