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こに塩見さんがオルグに来るようになった。それが66年の1月くらいから始まって、学費、学館闘争の プロセスの中でかなりしつこくオルグられた。 おそらく塩見さんが言っていたことは「第三期学生運動」とかのことだったろう。つまり「平和と民主 主義の」の時代は終わった。大衆の意識は変わっている、これからは反帝の時代がやってくる、というよ うなことを言っていたんだと思うよ。それから関西ブントの「政治過程論」の内容を言っていたんだろ う。 60年安保闘争は、戦術の駆使によって、いわば「小戦術」(民主主義擁護の改良闘争)から「大戦 術」(権力闘争)へ、闘争戦術的にのぼりつめていって大高揚を作りだし権力を追いこんだ。そういうこ とが可能なんだということをしきりと言っていたと思う。 こういっては悪いが塩見さんの話はうるさいだけだった。 しかしそのパトスというか、非常にパッショナブルに生きようとしているんだなあということは解っ た。ものすごく極貧で、生活費もないないような状況の中で、世界革命が必ずおきるみたいなことを言っ ている、そのパラドックスを文学的に評価すべきではないかと思ったわけだ。 そうした中で66年の2月末だったかな、学費闘争で機動隊が導入されることがあった。「荒に令状が 出ている」というようなことを塩見さんに言われた。「令状が出てるから関西に行け」と言われたわけ だ。それで、別にブントでも何でもなかったんだけど、交通費を出してあげるから行けということで京都 に行った。京都に早大全共闘のメンバーだということで行った。同志社の此春寮に泊まったり、大阪の中 之島公会堂の集会で発言させられた記憶がある。 なし崩し的に社学同にしようとしていたのかな(笑)
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