大陸にて

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途半ばにー80年代私記

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 「安保粉砕」

 なんて言葉ももはや何の意味もない。

 あのころ僕らを追い立てたものに僕らは少なくとも反抗した。しかし今は忠実な僕(しもべ)となって

ついていこうと走っている。

 階段をまた二段跳びで上がっていく。

 「安・保・粉・砕。安・保・粉・砕!」

 地上に出る。

 速足で歩く。

 「危ないわあの人」

 僕は思わず振り返る。

 若い女が二人いて背を見せて去っていく。

 「飼い犬が!」

 僕は立て看板を足で蹴る。布製のちゃちな作りの看板は真っ二つに割れる。

 横に並んだ自転車を足で蹴り倒す。

 旭屋書店の前を通る。

 本なんて人から時間を奪い去る姑息な媒体に過ぎん。

 真実から眼を逸らす。

 「生き延びたよ」

 向かいのサラリーマンの二人連れに言う。

 「単にそれだけに過ぎんじゃないか」

 脚がどんどん速くなる。

 足立宝石店の前を通り、三和銀行を過ぎ、歩道橋にさしかかる。

 そのまま上がっていって歩道橋の上に立つ。

 みな残業しているのか、ここから見える駅前第三ビルの明かりはほとんどついている。

 車が数十台も通り過ぎてゆく。

 歩道橋の上で大声で叫ぶ。

 「くそったれー!」

 少し小さく

 「気は狂ってないぞ」

 手を振り上げて

 「遺言執行人!」

 歩道橋を降りてまた自転車が違法駐車しているので蹴り倒す。

 「総括や」

 「資本主義粉砕や」

 「プチ=ブルども」

 「ブルジョワども」

 「暴動や」

 「体制騒乱や」

 次から次へと言葉が口をついて出る。

 足はどんどん進む。

 淀屋橋に出る。

 そこでやっと足が止まる。

 僕は欄干に体を預けて下の蒼黒い水をのぞき込む。

 身体を乗り出してみる。

 一ちょ、吉田君みたいに、この僕の息の根を止めてやろうか。

 だが、水の流れを見るうちに、自然に僕の気持ちは落ち着いてくる。

 水はゆったりと流れ、僕は目が離せない。こんな冷たい水の中に飛び込むのは御免だと思う。水は堂々

と流れている。ビルの明かりが映っている。さざ波が立ち、風があるのが分かる。

 「おれはまだ大丈夫だ」

 そっと呟いてみる。

 「ただ疲れているだけだ」

 中之島公園に降りていく。さすがに真冬なので、アベックは見当たらない。階段を降りたところにベン

チがあり、僕はそこに座る。

 煙草を取り出して、火をつける。どうやら切り抜けられそうだ。おれは疲れ切っている、と僕は思う。

 参りかけていたんだ。

 気持ちがすっきりしているのが分かる。

 僕は

 「守ったぞ。守ったぞ」

 と呟いている。

 明日からまた戦場だ。

 だがやっとそれに立ち向かう気力が湧いてくるのを感ずる。

 気が狂うのは逃避なんだ。

 恋人とでも会えばよかったのだが、僕にはいない。まったくの一人で、それで首尾一貫している。

 僕は

 「大丈夫だ。おれは守ったぞ。守ったぞ」

 と、低く呟いていた。

 夜はようやく、その優しく人を抱擁する貌を見せ始め、そしてゆっくりと更けていった。
                                        (完)  

  


 

 腕時計を見た瞬間それが一秒もたがわず、夕方の5時だった、という経験をぼくはしている。それに昨

日二時間遅れの十一時に職場へ行く電車の中で本を読もうと取り出し、上を見上げるとその瞬間パッと光

りが点いた。

 なんで人はこんなにそれぞれ、みな違って、その誰もが、圧迫的なんだ。

 しかし、目を閉じるつもりもない。その気になれない。四、五人は眼をつむって、頭を下げている。

 僕の前に三十代くらいの垢抜けしない服装の女が、紙製の手提げ二つとバッグを持って、バッグの中に

手を入れ、物を取り出すと入れ直し、バッグの口金を開け、中のものを漁っている。何を探し求めている

のだろう? 一時も手を休めることがない。自分はかってもこんなことがあったのを思い出す。自分が何

か人を落ちつかなくさせる雰囲気を発射しているのだ、と感ずる。

 僕は眼をしばたいた。それから眼を思い切り目をぎゅうっとつむって、両手で顔をごしごしこすると、

左手で鼻の下をさするように擦った。

 梅田か? また上品な紳士淑女の溢れ返っている繁華街に出るのか?

 行くところがない。

 帰るか? でもその気になれない。

 とにかく降りよう。古本屋を廻ろう。

 疲れている。今、気づいたが、身体の節々が痛い。

 思考が切れ切れになる。

 遺稿集で、大阪の市役所の前でデモをした、とある。機動隊員は容赦なかった。殴り、蹴り、警棒で叩

きのめした。終いには、野次馬がそれに抗議してみな両手を挙げ、暴力反対を口に出して進むと、戦術の

変更に戸惑って、隊員は後退し、暴力をやめた。

 僕はこの小奇麗なプチ・ブルー僕の眼前に座っている人たちに、アピールしたかった。

 盲人は六つの穴ですべての字を知り文字を追っていく。血族結婚が主だから知能の遅れたものが多いの

だ。知っていますか?

 僕は本を取り出した。拡げて読み始めた。活字は入ってこなかった。

 生者に何ほどかの特権があろう? 死者の早すぎた死を惜しむ声の何と虚ろで、偽善的なのだろう?

 モット・ザ・フープルは「すべての若き野郎ども」という歌で、二十五歳になったので崖からバイクで

ダイブした若者ことを唄っている。

 ジャニスもそれにジミ・ヘンドリックスも麻薬で、若き命を終えた。ドアーズのジム・モリソンも、多

分。

 僕たちは何を納まり返って白光の下で、気取った顔で座っているのだ。

 僕の向かいの老人は戦争を生き延びて、そして今ではそれを誇るかのように、つまり自分のその後のブ

ルジョアへ成り上がった自分にどっぷり満足しきって、自分の廻りを睥睨している。

 女どもはもっとひどい。ブランド物のバッグを持って、念入りに化粧して、高価そうな服を着て、チラ

ト人を一瞥すると、貧乏人と何か問題のありそうな人間や醜い垢抜けしない男たちを、鼻であしらい高慢

そうな視線で切って捨てるのだ。

 僕の内部から何かが覚めて、しだいにテンションが高まってきた。

 この今の、この、成金趣味で溢れ返った、どんちゃん騒ぎのバブル日本。何もかもが金で勘定される社

会。異議申し立てはどこにもない。

 「梅田、梅田、梅田でございます」

 アナウンスがあり、電車が止まると、僕は立ち上がり、出口に行き、そしてプラットホームに足を踏み

出した。

 「貧乏がなんだ?」

 声を出して呟く。

 「プチ・ブルどもはプロレタリアートのなれの果てだ!」

 エスカレーターに乗らないで、一足飛びに階段を上がる。

 梅田のコンコースは人で溢れ返っている。

 彼らを突き抜けるように歩いていく。

 何か、衝動らしきものだけで自分は動いている。

 北海道の湖に出てハイミナールを飲んで二十一歳の若さで死んだ吉田君よ、そんな若さで死ぬなんてべ

らぼうなことだ。

 「梅田で大声で叫んだって、病院へ連れていかれるばかりだ」

 突き動かされ、悩み、詩を書き、梅田のコンコースで路上で詩集を売っていた。

 僕はコンコースを突っ切りながら

 「死ぬなんてべらぼうなことだ」

 と、人にも聞こえる声で呟く。

 「僕らは同じ世代じゃないか」

 生き延びてきた僕に何の得があったろう。

 何もかもが弛緩して何もかもがさらさらと手の間から砂がこぼれおちるように失われてしまった。

                                         (続く)

僕は気持ちが萎えるのを感じた。

 いってないんだ。幻聴なんだ、と思っても、現にそれは聞こえているんだし、心はかき乱される。

 夜道に出る。自殺する理由なんて何もない。しかしママたちは僕が“シュィサイド・エクスペクテッ

ド”を見、遺稿集を買ったのを知っているのだという確信が深まる。だから、ああいったんだ。

 もと来た道を辿って、もう一軒の古本屋の前に来て、自然と僕はその中に入っていた。

 ここは二間ほどの細長い造りで、両側に古本がびっしりと詰まっている。

 僕はざっと棚を眺めまわした。特にこれといって自分に訴えかけてくる本はない。

 僕はそこを出た。それからやはり元々行くはずだった天王寺へいこうと思った。

 すれ違う人間が

 「自殺」

 と呟く。なんでこのおれが自殺しなきゃならないんだ?

 近鉄でまた同じ路線を走り、難波に出るのが一番早い。

 僕は駅の路線図を眺めた。気が変わった。いや、梅田に行こう。まだ古本屋は開いているはずだ。八時

だ。僕は谷町線へ向かうコンコースを歩いていった。

 頭が冴えわたるが、自分がぶら下げているビニール袋の中をみんなが知っていて、すれ違う人間みなそ

うだ。

 「頭でっかち」

 すれ違った女性が後ろでいう。

 僕は振り返り、また気が萎える。

 谷町線で東梅田行きを買う。プラットホームでなぜか、自分が浮いていて、その僕を微かにみな何かい

っている。

 電車が入ってきた。

 連日の残業で、僕の身体は疲れ切っていた。空いている座席に座る。前の老人がじろっと僕を見る。

 動き出した電車の中で、本を出そうか、出すまいか、を僕は迷う。出したら、自殺だということが分か

るし、しかし人々の視線には耐えきれない。

 僕はじっと目をつむった。

 カッと目を開けて、首を強く振った。

 その瞬間、対向の電車がザッとすれ違い、大きくてすごい音を出した。

                                   (続く) 

 さっき行った古本屋の洋書の棚の一番上の左の端に、”シュイサイド・エクスペクテッド”というタイ

トルの洋書があって、僕はそれを取り出し小説らしきものだと判断し、また戻した。

 だが、自分なりの訳でいえば、「望まれている自殺」というタイトルは僕を少なからず刺激した。

 この遺稿集を購ったのも妙に気になった。

 僕はもう5本目になる煙草に火をつけた。

 外の闇は薄ら明るくて、僕のこころのように闇と光の領域のあわいにぼんやり浮かび上がっていた。向

こうの通路を皮のハーフコート着た若い女性らしい人が歩いている。それ以外は人気のない、僕の好きな

風景といえる。

 人。人。人。まったく、人ほど僕を疲れさせ消耗させるものはないのだ。

 ここはその点、気が安らぐが、そう何時間もいられる場所ではない。

 「途半ばに」をさらに読み進めた。純なこの人の真情が大学に入ったころからうかがい始める。

 盲人の点字訳のサークルに入る。盲人の実態調査をして尼崎のスラム街に行って、四畳で親子五人が生

活をしているのを知る。ライの患者が石川県出身だけは故郷に受けいられない。それを是正しようと投書し

て、働きかける。

 若書き、と、思ったのを訂正した。

 しかし、目が疲れてきた。喫茶店ももう、じっとしていられなくなった。

 僕は唐突に立ち上がり、伝票を掴むと、階段を降りていった。

 「ありがとう。いくらです」

 「三百円です」

 「じゃ」僕は紙幣を渡した。

 「ありがとうございました」ママは釣り銭をくれる。

 これで終わり。

 扉を開けて閉めようとすると、

 「自殺するんよ」

 という微かな声が聞こえた。
                                      (続く)

 

 その「レノン」という喫茶店は僕が所属している同人誌「もり」の毎月一回の会合場所だ。

 扉を開ける。カウンターの、二、三人の客と喫茶店のママが一斉にこちらを向く。

 「すいません。二階でもいいですか?」

 ママは

 「今日は会合と聞いていないけど」

 「ええ。ないです。それでもよろしいですか?」

 「いいわよ」

 「じゃ。アイスコーヒー頼みます」

 僕は急な階段を上がり、大きなテーブルが二つ、椅子が十あまりある室内に来て、外が一望できる上下

ガラス張りの窓のそばの席に座った。

 煙草に火をつけ、深く吸うと、ふーっと煙を出した。

 少しおさまっていた。焦りや気の張りがゆっくり消えていった。

 本を出さずに外を眺めた。暗い広い道路の向こうは、二段ある広いモータープール、事務所ビル、縦に

細長いマンションなんかが建っている。こちら側の道路には、歩道に寄せて数台の車が駐車している。

 車はその道路をほとんどといっていいくらい通らない。それは夜七時から始まる「もり」の同人の会の

ときもそうだった。

 「もり」。もう十編あまりを掲載さしてもらっただろうか。SF・ファンタジー・の同人誌。僕の小説

は稚拙だ。プロとの隔絶といってもいい差がある。見えない壁のようなものがあって、向こう側に行けな

いのだ。同人誌とはそんなものだろう。

 僕は明日のことを思い、明日からまた深夜を越える残業が続くと思うと、気が少しデスパレットな方向

に向かうのを感じた。

 「お待ちどうさま」

 ママは狐顔の四十代半ばくらいの女性だ。僕が三十二だから、十歳あまり離れているだろうか。

 アイスコーヒーを置きながらママは

 「本当に今日はもりの会はないの?」

 と訊いた。

 「ないんですよ。ちょっと近くに来たから寄ったんです」

 「ゆっくりしてね」

 「はい」

 ママは降りていった。ママとの会話は今までほとんどない。話そうにも話題がないのだ。

 僕はアイスコーヒーをストローで啜り、煙草を二本目に火をつけた。

 外は無機質に夜の暗がりの中に静まり返っている。

 僕は「途半ばに」の本を取り出した。最初後書きを読んだ。内容はざっと次のとおりらしい。

 青年は二十年と九ヶ月の命を自ら絶った。自殺した四十四年は、日本各地に大学紛争の嵐が吹き荒れて

いた。十月二十一日にはデモに参加したが、ノン・ポリだった。スラム街やライの国立療養所を訪れて、

衝撃を受ける。

 「底から仰ぎみれば、世の中は何という悲惨に満ちていることだろう」ある女性と知り合って、急速に

宗教と死に近づいていく。「私が神に対して最終的に自由であり、かつ神を逃れ、神から解放される手

段、それは自殺である」。

 昭和四十四年五月二十八日、彼は北海道への旅先で自死する。

 それでは私と同じ年、昭和二十三年に生まれたのだ。

 最初の三十頁あまりを読んだ。女友達への手紙。日記。どれも、いつも遺稿集を読んで感じる若書きを

感ずる。どれどれの本を読んだ。感動した。映画を観て同じような感想を持つ。

 自己分析。「多少精神分裂症+そううつ症の傾向もある」「太宰の『人間失格』、素晴らしいというよ

りすごい。これほど一気に読んだ本は知らない」

 僕は本を置いて外を眺めた。

 そしてアイス・コーヒーを飲んだ。甘くて、美味しかった。だが、やがて、死者の想いが少しづつ僕の

内部に沁み入って来た。

 さっきから流れている有線放送から、今爆発的にヒットして僕も入れあげている、マーティ・バリンの

「ハート哀しく」が突然始まった。

 僕は魅入られてその哀切なメロディに聞き入った。じっと身を固くして。

 眼は一点を見据えたまま。

 本当はイズ・エヴリィスイング・オール・ライト? うまくいってるかい、という歌詞なのに、エヴリ

ィスイング・イズ・オール・ライトと聞こえる。すべてはうまくいっている。

 すべてはうまくいっている。今のところ。ただ疲れているだけだ。
                                           (続く)
 
 

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