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宇部市厚東(棚井)にある恒石八幡宮です。 神社に伝わる縁起絵巻によると、白雉元年(650年)に厚東武基(厚東氏2代)が備後国常石浦に立ち寄った際、 海中から御神体を見付け出し、国許に持ち帰ってお祀りしたのが始まりだそうです。(「うべ歴史発見」より) 常石からお越し頂いたということで恒石八幡宮としたようです。 厚東、特に棚井は長門国随一の名族厚東氏の根拠地であっただけに、この恒石八幡宮は厚東14郷の総廟 として中心的な存在だったようです。 厚東氏14代、武実公の時代には八幡宮の本宮である宇佐から神幣を奉じ、大宮司も招いて大祓の行事などを 行ったそうですよ。
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厚東氏衰退後は大内氏の庇護を受けたのでしょうか?
2007/6/16(土) 午前 1:28
山口市さん:仰る通りです。大内弘世は社殿を新築していますし、教弘は末社の妙見社を再建しています。毛利氏もこれに倣って相応の格式と待遇を与えていたようです。
2007/6/16(土) 午前 1:42