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先日『地吉の道標』とご紹介しましたが、その後道標ではないことが判りました。 最近購入しました「長門のいしぶみ」という本に偶然掲載されていたのですが、どうやら郡の境界を示す標柱の ようです。 以下、内容を変更して掲載します。 長門市俵山の大石というところにある、大津郡と豊浦郡との境界石です。 下関市(旧豊田町)と長門市の境に立っています。豊田湖の近くですね。 因みに道路は県道34号線です。 北面(長門市側)には「北 大津郡」と標されています。「郡」の字は隠れて見えません。 反対側・・・ではなく北面の隣に「南 豊浦郡」とあります。やはり「郡」が隠れてしまっています。 この境界石は明治17年(1884)2月に建立されたようですね。 字も大きいですし、しっかり彫られていますので、車で通りかかってもはっきり読み取れます。 旧街道沿いということを考え合わせると、個人が建立したものでは無いのかも知れません。 ※『大石の境界石』はここです。
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境界
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山口市から県道62号線を萩市(旧旭村)方面に向かって上がってくると、程なく板堂峠(標高539m)に 差し掛かります。 昭和55年(1980年)に開通した現在の県道は、ご覧のように山を切り通して峠を越えていますが、 それ以前の道、いわゆる「萩往還」はそのまま山を上がっています。(写真右側の階段) 板堂峠の名称は、「地名淵鑑」によるとかつて板葺きの地蔵堂があったことに由来しています。 残念ながら明暦年間(1655年〜58年)には火事で焼失してしまったようです。(「山口県地名大辞典」より) 旧道の峠には高さ約2mの石造りの国境碑が建てられています。 左側には「北 長門国阿武郡」、右側には「南 周防国吉敷郡」と彫られています。 今回確認は出来ませんでしたが、碑の反対側には「文化五年戊辰十一月建立」と彫られているそうです。 文化5年ってことは、1808年に建立されたんですね。 ※『板堂峠の国境碑』はここです。
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県道230号線上、宇部市棯小野と山口市嘉川との境に峠があります。ここも長門国と周防国との国境です。 こちらが宇部市側から峠をみたところ。この辺りは僕が学生だった頃とあまり変わっていません。 何となく好きな場所のひとつです。 こちらが山口市側から。 この写真では判りにくいですが、右手にお地蔵様がありました。
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美東町と山口市との境、大峠にある国境石です。大きさは宇部市常盤のものとほぼ同じくらいかな? 昭和5年(1930年)に建立されています。(「山口県地名大辞典」より) この道は国道435号線の旧道なのですが、現在では一般的には使用されておらずほとんど車が通ることが ありません。 それをいいことに、営業マンっぽいおじさん達が道路脇の空き地でよく居眠りをしています^^;
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国道2号線の脇にある、長門国と周防国の国境を標した石碑です。宇部市と山口市の境にあります。 隣の標柱に書かれた説明文によると、江戸時代に立てられたもののようです。 この国境石碑のすぐ近くに「おいはぎ峠」という御食事処(水曜が定休日!)があるんですが、 江戸時代にこの辺り(峠になっています)が「おいはぎ峠」と呼ばれていたのかどうかは定かではありません。
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