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JR宇部線は20年一寸前まで国鉄の宇部線だった訳ですが、その前身は宇部鉄道と呼ばれる私鉄でした。 宇部鉄道当時に設置され、そして消えていった駅がいくつかありますが、この白土(しらつち)駅もその内のひとつ です。 正確な位置は判りませんでしたが、多分写真中央の空地(線路の手前)辺りなんじゃないかと思われます。 丸尾駅と床波駅の間、白土第1踏切のすぐ横です。 どうです?駅跡って感じしませんかね? 周辺をくまなく探したんですが、遺構らしきものは発見出来ませんでした。 白土駅が開業されたのは昭和4年(1929年)11月29日。同じ日に琴芝駅も開業されています。 (「わが町の鉄道史 小野田線を歩く」より) しかし利用客が少なかったのか、昭和18年(1943年)5月1日には廃止されてしまいました。 14年弱の短命な駅でした。 この日、宇部鉄道を鉄道省が買収し、国鉄宇部線(正確には宇部東線)となりました。 ※『白土駅跡』はここです。
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鉄道
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今回は阿座上停留所跡から西市駅跡までの区間をご紹介します。 長々と引っ張りました長門鉄道の紹介も今回が最終回です。 あっ!と驚くようなものが見付かるといいけど。 先ずは阿座上停留所跡から出発。道なりに軌道跡を辿ります。 暫く進むと県道65号線に合流します。 これは県道合流後、数百メートル北へ進んだ所で振り返って撮影したものです。 道の向こうに見える青い標識の辺りで合流しています。 西市駅方向(北)へ目を転じるとこんな感じです。 軌道跡は材木問屋?(製材所?)の中を通っています。 軌道跡はその先で再び道路に転用されています。 今見ているのは阿座上停留所方向(南)です。 近くにはこんな標柱も立っていました。 「長」は長門鉄道を示していると思われます。 これは確かJAの施設だったと思うんですが、どうもこの辺りに終点西市駅があったようですね。 ここ西市駅から、旅客はもとより木材や農産物が盛んに運び出されたそうです。 西市駅には給炭・給水設備があったらしいのですが、今では影も形も残っていません。 一寸がっかりしながら近所をうろうろしていたら、図書館の横でこんなものを発見しました。 機関車の車輪です。 どうやら長門鉄道で実際に走らせていた機関車のものらしいですよ。 隣には説明板もありました。 こういうものが残っていれば地元の人達はいつまでも長門鉄道を忘れる事はなさそうです。 ※『西市駅跡(と思われる場所)』はここです。
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今回は石町駅跡から阿座上停留所跡までの区間をご紹介します。 残念ながらこの区間では鉄道遺構を見付ける事は出来ませんでしたので、さらっと進めちゃいます。 石町駅(跡)を後にして、まだまだ北へ向かいます。 軌道跡は一部県道262号線にもなっていましたが、それもわずかな距離でした。 県道はすぐに華山の方(西)に折れてしまいますので、この辺りは市道になるんでしょうね。 もちろんこの橋の下も覗いてみましたが、橋台は残っていませんでした。 正面に見える森には石棺がいくつもあるんですよ。だって古墳なんですもの。 『江良古墳群』というらしいですね。最近整備されたようです。 トリムコースにもなってるんですね。 豊田神社やゴルフ場の前を抜けると・・・ 阿座上停留所跡に到着します。 ええ、写真左手の一段高い所ですね。これは判りません。 最初はてっきりこの先の十字路の向こう側、建物がある辺りだと思ってたんです。 しかし、念のため近所にいらっしゃったおじさんに伺ったところ、こちらだという事が判りました。 昭和31年(1956年)4月の廃業時には阿座上停留所の名前は既にありませんから、比較的早い時期に廃止に なったのかも知れません。 ※『阿座上停留所跡』はここです。
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今回は西中山停留所跡から石町駅跡までの区間をご紹介します。 西中山停留所跡を発つと軌道跡は県道34号線に沿って北上します。 この駐車場までは目の前にある舗装していない道が軌道跡だったんですが、ここから先は県道脇の歩道部分が それに該当すると思われます。 この辺りが旧菊川町と旧豊田町の境になります。 現在の様子からは、かつて汽車が走っていたなんて想像出来ません。 写真の右寄りに小さい山が写っていますが、これから向かう石町駅はこの山の麓辺りにあったんですよ。 この区間にも石造りの橋台が残っていました。 県道の真下にありますから、この辺りは軌道跡がそのまま県道に転用されている事になります。 この風景、道路以外は50年前とあんまり変わってないんじゃないのかな(笑) 多分この辺りに石町駅があったのだと思うんですが、ここだ!とはっきり判るような遺構は見付けられませんでし た。 この道路(県道262号線)が軌道跡なんですが、これの一本右側(東側)の通りに商店や郵便局がある事を考え ると、駅舎も右側にあったんじゃないかと思われるのですが・・・ ※『石造り橋台』はここです。
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今回は込堂停留所跡から西中山停留所跡までの区間をご紹介します。 込堂停留所跡を出ると、軌道跡は県道34号線と付かず離れずしながら北上していきます。 ご覧の通り綺麗に舗装され、自転車道として利用されています。 こういう所は辿りやすいですよね。 少し進むと小川を渡ります。 一寸判りにくい写真ですが、ここに石造りの橋台が残っていました。 しばらく自転車道を道なりに辿って来ましたが、ここから大きくルートが変わります。 自転車道は真っ直ぐ舗装された道を進み、この先の峠を越えますが、軌道跡はここから右に折れます。 ガードレールの切れ間に入って行くと・・・ トンネルがあるんですよ〜 山口県の近代化遺産にも選定された『中山隧道』です。 長さは約161m、少し右にカーブしているようで向こう側の坑口は見えません。 このトンネルに関しては別途「山口県の近代化遺産」としてご紹介します。 これはトンネルを出たところです。 左上に峠を越えて下っている自転車道が見えますね。 軌道跡はこれに合流します。 自転車道(軌道跡)は木屋川(こやがわ)に沿って延びています。 途中、またまた石造りの橋台を見付けました。 下方にある突起物は何でしょうね?筋交いの支点でしょうか? 停留所跡付近で軌道跡と県道が再び並行します。 川岸のすぐ上の白いガードレール、これが今辿ってきた自転車道(軌道跡)ですね。 西中山停留所跡に到着しました。 廃線後、その場所がそのままバス停留所に転用されたようです。 因みに、大正7年(1918年)開業当時の、小月駅から西中山停留所までの運賃は23銭でした。(「菊川町史三」 より) 今の貨幣価値に換算すると360円くらいでしょうか? |


