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たまには鉱山跡も紹介しましょう。 今回は美祢市(旧美東町)真長田の宗国鉱山跡です。 中国自動車道を潜り、北東に延びる林道をしばらく進むと・・・ 左手(西側)に谷が開けています。(樹木で判りにくいですけど) 2年位前に来た時には気が付かなかったのですが、この奥に宗国鉱山跡があります。 一寸、その前に・・・ 右手(東側)を見てみると何やら広場のようなものが。 美東町史(資料編)によると、ここは選鉱池の跡らしいです。比重選鉱していたんですね。 今では砂が溜まってしまい、何となく面影を残す程度です。 鉱山跡への入口にこんなものがありました。 機器の基礎のようですね。送風機か何かでしょうか? これもそうですね。 宗国鉱山の操業時期は昭和初期との事ですので、かれこれ70〜80年は経過しています。 そしてこれがズリ(廃鉱石)山。宗国鉱山では主に黄銅鉱が採掘されていたそうです。 この上に坑口があるらしいのですが、この時はそこまで上がりませんでした。 こういう石垣の遺構もありました。鉱石を馬車に積み込む場所だったようです。 ※『宗国鉱山跡』はここです。
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鉱山
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3月21日(金)から美祢市になってしまう、美祢郡秋芳町にやって参りました。 今回ご紹介するのはこれ↓です。 青景(あおかげ)ってのはこの辺り一帯の大字なんですよ。 今、立っているここの地名は山領(さんりょう)。これから銀山跡のある芝尾(秋吉台の端っこです)に向けて 歩いて行きます。 しばらく歩いて青景川を渡るとその先は上り。そう、ここから先は秋吉台(正確には地獄台?)なんです。 上り道の途中で北側を振り返ると桂木山(かつらぎさん/701.6m)が見えます。 この山の向こう側の麓に『秋芳の大滝』があるんですよ。 あっと言う間に銀山跡に到着。説明板倒れてますね。 戦国時代から江戸時代初期にかけて採掘していたようです。 山領の地名の謂れも書かれています。 そして、気になる坑口はといいますと・・・ はい、この通り。よく判らない? それでは・・・ これで如何ですか? え、中に入って写真撮れって?お客さん、無理言っちゃいけませんよ。 このビビリアンにそんなこと出来る訳ないでしょ? あとはご自分の目で確かめて下さいね。 山領まで戻って、銀山跡辺りをパチリ。 左上の山上に石灰石があるのが判るかな? ※『青景銀山跡』はここです。
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今日は一寸時間があったので、久々に美祢市の桃ノ木炭鉱奥畑坑跡を見に行ってみることにしました。 以前は坑口まですんなり近付けたんですが、現在はご覧の通り簡単には入られないようになっています。 それは何故かと言いますと・・・ この辺りが「化石採集場」になっちゃったからなんですねぇ〜 (石炭の露天掘り跡があるんですよ) いつ頃こうなったのかはっきり覚えていませんが、ここ2〜3年のことだと思います。 化石採集ってのも面白そうですね。 一寸遠いんですが、これが奥畑坑の坑口です。 詳しい沿革は判りませんが、開坑は明治20年頃のようです。大嶺炭田の炭坑としては比較的早い時期から稼業 していました。しかしその後生産過剰となった為、一時期休山しています。(「山口県地名大辞典」より) これは道路を挟んだ向かい側の斜面の上から撮影したものです。 手元にある文献をいろいろ調べてみたのですが、閉山の時期も判りませんでした。 (多分昭和30〜40年代でしょうけど) これは3年前(平成17年)の1月に撮影したものです。 題額が判るように撮れば良かったですね^^; ※『桃ノ木炭鉱奥畑坑』はここです。
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美祢市大嶺町奥分の荒川にある『榎山炭砿藤浪坑』です。 開坑は昭和24(1949年)年3月。当時、榎山炭砿全体で300人程度の従業員がいたそうです。 ちなみにこの『藤浪坑』という名称は「藤ヶ河内石炭層」の「藤」と、当時の社長潮村浪雄氏の「浪」をとって 付けられたそうです。(「大嶺炭田回顧録 むえんたん」より) ここもやはり冬に来るべきでした。写真は撮ったものの雑草が生い茂っていて、全体像が掴みにくいです。 また改めて訪れたいと思います。(今回で既に3回目ですが・・・) 藤浪坑(と言うよりも榎山炭砿)は昭和47年(1972年)8月31日に閉山しました。 その後は敷地内に工場を設け、大理石の加工を始められたようですが、それも今は止められているようです。 ※『榎山炭砿藤浪坑』はここです。
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先日藤尾山登山なんて記事を書きましたが、あの山へ行った本当の理由は登山なんかじゃありません。 以前からちょいと気になっていた『吉南鉱山』の遺構を確認するためだったんです。 山頂に登る途中、山側にこんな説明板が立てられています。 鉱山の沿革についてはこの説明板に書かれている以上のことは判りません。山口市史でも見れば何か情報が 得られるかなぁ〜 坑口は6箇所も現存しているようです。 この内の1箇所、水平坑1号坑はこの説明板のすぐ後ろにあります。 それにしても「手に持って重いもののみを選び出して」って選鉱方法はどうなのよ。 これです。危険防止のため封鎖措置がとられています。 も一寸近付いてみましたが、中の様子はよく判りません。 なので、更に接近。 鉄格子の間から撮影してみました。 坑内に支保工は無いようです。岩盤が頑丈だからでしょうか? 続いて、より山頂に近い2号坑。 草が雨で濡れている上、蜘蛛の巣がやたらと多いので、接近は断念。 やっぱり、こういう所は冬場に来るのがいいのかなぁ〜 3・4・6号坑は完全に山の中なので今回はパス。(今後来るかどうかは判りませんが・・・) 下山後、海岸沿いの道を歩いて5号坑を探しました。意外と簡単に発見。 ここもやっぱり支保工はありません。 この坑口は封鎖措置がとられていないので、入ろうと思えば入られます。 まぁ、僕はビビリアンなのでぜぇ〜〜〜ったいに入りませんけどね。
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