大分県の近代化遺産

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耶馬溪橋

前回、鳥居橋をご紹介した時に「一連の石橋紹介としてはこれが最後になります」なんて書いたんですが、

半分ウソでした(T-T)

確かに院内町の石橋紹介は終りましたが、これ↓がまだ残っていました。

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宇佐市のお隣、中津市(旧本耶馬渓町)にある日本最長の石造橋、清流山国川に架かる『耶馬溪橋』です。

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その長さ実に116m! 径間13mのアーチを8連(これも日本一)繋げたアーチ橋です。圧巻!

架設が開始されたのが大正9年(1920年)11月、およそ2年半の歳月を経て大正12年(1923年)3月に

完成しました。

長崎の石橋に多い石積方式(オランダ積み)を採用しているため通称『オランダ橋』とも呼ばれています。

(「九州遺産 近現代遺産編101」より)

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昭和19年(1944年)の大洪水で高欄が流失するなどの被害を受け、その後長い間コンクリートで補修された

状態のままだったようです。

しかし、平成10年(1998年)〜11年(1999年)にかけて実施された修復工事において、流失以前の状態に

復元されています。

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この橋の上流500mほどの所に有名な『青の洞門』があります。

また橋の袂(上流側から見て左手=曽木側)にはパン屋さんもあります。

(名前は忘れましたが、知る人ぞ知るお店のようです)

観て、渡って損はありません。皆さんも一度足を運んでみて下さい。

(↑何だか中津市の観光大使のようです^^;)

鳥居橋

ちょいと間が開きましたが、院内石橋シリーズ第5弾は香下の鳥居橋です。

一連の石橋紹介としてはこれが最後になります。

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鳥居橋は大正5年(1916年)に名工松田新之助氏によって架設された5連アーチ橋です。

橋長55.15m、橋幅4.35m、橋高は14.05m。「石橋の貴婦人」呼ばれています。

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地盤や水流に適応させるため、各アーチの径間は異なっているそうです。

昭和26年(1951年)10月にルース台風が九州を襲った時には、川の水嵩が12mを超え、242戸の家屋が

全壊し、豊州鉄道(今はありません)の第2駅館川橋梁までもが流失したそうですが、この鳥居橋はビクとも

しなかったそうです。

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向こう側に見えるのが新橋です。

かなり新しい橋のようでしたから、つい最近までこの鳥居橋が第一線で活躍してたんでしょうね。

もちろん現在でも通行可能です。

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ここは川岸に下りて橋を間近に観ることが出来ます。

石材を刻んだ鑿(のみ)の跡も残ってましたよ。

夜間にはライトアップされますから、夜に訪れてみるのもいいかも知れません。

荒瀬橋

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院内石橋シリーズの第4弾、荒瀬橋です。大副というところにあります。

ここもやはり展望所が設けられていましたので、この写真はそこから撮影しました。

荒瀬橋は大正2年(1913年)に架設された2連アーチ橋で、橋長47.4m、橋幅5.95m、橋高は18.3m

あります。

院内の石橋の中では最も高い橋です。

ちなみにこの荒瀬橋も松田新之助氏が手掛けられています。

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この橋、架設当時は通行料を徴収していたそうですよ。

今でも普通に車が通行する頑丈な石橋です。

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橋の上から川(恵良川)をのぞくとこんな感じ。向こう側が下流です。

両岸が段丘?になっています。

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橋を渡って、今来た方を見てみます。

この橋の近く、国道387号線沿いに「道の駅いんない」があります。

中には石橋に関する一寸した展示があったり、オオサンショウウオがいたりして楽しめますよ(^^)

富士見橋

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院内石橋シリーズ第3弾は富士見橋です。

前回ご紹介しました鷹岩橋と同じく「斉藤」にあります。

大正14年(1925年)に架設された3連アーチ橋で、橋長48.1m、橋幅4.5m、橋高は14.0mあります。

富士見橋という名前は、橋の上に立つと豊後富士(由布岳)が望めるところから付けられたものです。

この日は天気は良かったんですが、遠方は霞んでいて薄っすらとしか見えませんでした。

(と言うよりも、山影のどれが由布岳なのかよく判りませんでした^^;)

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現在は車両が入られないようにポールが立てられています。

幅も広いですから、以前(新しい橋が出来るまで)は車も通行していたんでしょうね。

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それにしても恵良川は谷が深いですね。

ここからだと富士見橋の特有の太い橋脚がよく判ります。

実はこの富士見橋、大正13年(1924年)の架設工事中に一度崩落してるんです。

この時の石工の棟梁松田新之助氏は私財を売り払って架橋費用を捻出し、翌年には現在の立派な石橋を完成

させています。

松田氏は院内町の石橋を10基以上も手掛けた石工の名棟梁でした。

名工がその意地と信念で築いた富士見橋です。

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3枚目、4枚目の写真はこの展望所から撮影しています。

このように展望所を整備している橋が他にもいくつかあります。石橋観光に力を入れているようですね。

分寺橋

大分県院内町はかつて「日本一の石橋のまち」と呼ばれていました。(現在は合併により宇佐市になっています)

「石橋のまち」と言うだけあって、町内には江戸時代末期から昭和初期までに造られた大小75基もの石橋が

点在しています。

お話にならないような酷暑の中、さらに限られた時間の中で観てまわることが出来たのはごく一部ですが、

ご紹介したいと思います。

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先ずは温見にある分寺(ぶじ)橋です。昭和20年(1945年)に架けられた比較的新しい3連アーチ橋です。

橋長46m、橋幅3.85m、橋高7.25m、経間(アーチの直径)は9.95mあります。

夜はライトアップもされるそうですよ。

以前は院内町の有形文化財にも指定されていたようですが、合併後はどうなんでしょうか?

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院内の石橋の多くがそうですが、この分寺橋も生活道(橋)として未だ現役です。

ちなみに橋の下を流れるのは恵良川です。この川の上流に西椎屋ノ滝があります。

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