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今回は重い話でした。関が原での一豊や千代の活躍が山内家の光とすれば、この種崎浜の件は影に相当します。六平太(香川照之)から一領具足を根絶やしにする策を進言されたさいに一豊は後の世のことを気にしていましたが、六平太はやってから考えればいいと言っていました。せめて死ぬならばそのへんの後始末をしてからにしてほしかったですね。実際は幕末まで尾を引いていたわけですが、それが坂本龍馬などの志士を生んでいるのですから、幕府の崩壊に間接的につながったのかもしれません。坂本龍馬のファンだと山内家のことをよく思わない方がいるようですが、吉兵衛役の武田鉄矢さんもそうだったそうで、吉兵衛をやる話が出たときは最初は断ったそうですが、土佐入りする前に死ぬからということで引き受けたとのことです。
新一郎(浜田学)は六平太だけに泥をかぶせるわけにいかないということで虐殺に立会いましたが、生き残っていた一領具足に刺されて瀕死の状態となり、六平太がとどめをさしました。六平太が新一郎の死を悲しんでいたのは意外でしたが、もし彼が死ななければ六平太も死ぬことはなかったのでしょうか?そういえば、以前スタジオパークに前田吟さんがゲストに出ていたときに新右衛門が最後まで出る話がありましたがその際に「誰よりも長生きします。息子よりも。」ということを言っていました。それを聞いたときにまさか新一郎が死ぬのか半信半疑だったので今まで書きませんでしたが、今思うとこのことを言っていたんだなと思いました。
六平太の生き方ってなんだったんだろうと考えてしまいました。千代を守るために生きてきた彼でしたが、それが千代に受け入れられていたのかは疑問です。しかし、最後は望みどおり千代の腕に抱かれて亡くなりました。ドラマの中盤あたりまでの迷走がなければもう少し感情移入できたかもしれませんが、最後はうまくまとめてくれましたね。せめて一豊を責めるなとでも言い残してくれれば二人の亀裂は起きなかったと思うのですが、そこは六平太の意地でしょうか。
千代は暇をとると言い出しました。二人の関係はどう修復されるのでしょうか?あと2回ですね・・・。
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六平太は司馬遼太郎の創作ですが、大石先生はさらに拡大して使いましたね。惨劇の計画犯兼実行犯に仕立てたのはやや強引で無理があったような気がします。
2006/11/27(月) 午前 0:33 [ タイガードラマー ]
原作を読んだことがないので分かりませんが、忍びの彼が最後は重臣クラスというのは不自然ではありますね。とはいえ、彼の最期はよかったと思います。
2006/11/28(火) 午後 10:59 [ 南部 ]
本能寺の変もすごかったですが、この回も強く印象に残っております。
2008/4/5(土) 午後 1:32
「功名が辻」が放送されて2年たちますが、自分の感想を見直してみると、この回は印象に強く残っていますね。
2008/4/5(土) 午後 9:10 [ 南部 ]