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1月8日の朝にいつもどおり「岩手日報」の朝刊を見ていたら、一面に南部家45代当主で靖国神社宮司を務めていた南部利昭氏が7日に亡くなったことが掲載されていました。ただし、突然のことだったのか一面でも内容がそれほど詳しくはなかった感じがしました。その日の全国紙にはほかはどこも掲載されていませんでした。全国的にはテレビではどう扱われていたのか分かりませんが、8日夕方の岩手のローカルニュースでは取り扱っていました。
それでは翌日9日だったら全国紙でも大きく掲載されるかと思いひととおり見ましたが、普通に訃報記事程度に小さくしか扱われていませんでした。靖国神社の宮司って全国的にはその程度にしか見られていないのかと思うと残念です。
ただし、岩手近辺の地方紙になるとやや大きく掲載されています。先にも触れましたが「岩手日報」では唯一8日の朝刊に真っ先に掲載されていましたが、靖国神社社務所で体調を崩し都内の病院に運ばれたものの死亡が確認されたとのことです。その知らせは亡くなった7日の午後に南部家と靖国神社から盛岡市の桜山神社に連絡が入り、その情報によって朝刊に掲載されたようです。桜山神社とは南部家を祀る神社であるため、いち早く情報が入って当然といえます。また、「岩手日報」8日の夕刊では関係者のコメントが複数紹介されていて、そのなかの一人が「気品あふれる殿様だった」というくらいですから、風格はあったし親しみもあった様子がうかがえます。9日の「盛岡タイムス」では見出しが「南部さんが死去」とあり、関係者のコメントなど大きく扱われていました。
東北地方をエリアとしている「河北新報」でも9日にやや大きく扱われていて、2001年に北上市で「とのさま藩境で大いに語る」というイベントがあって、利昭氏と仙台伊達家当主伊達泰宗氏が対談したのですが、その伊達氏のコメントも紹介されています。実はこのイベントは私も見に行ったのですが、いろいろな話が聞けて面白かったです。
南部家にとっても靖国神社にとってもかけがえのない人でありましたし、旧盛岡藩主の家系として岩手(盛岡)を大事に思っていてくれましたので、本当に残念です。南部家の跡継ぎについては利昭氏には子どもがおらず、利昭氏の亡き兄に二人の息子がいるとのことなので、どちらかが継ぐことになるでしょうが、南部家の精神を守ってほしいと思います。利昭氏のご冥福をお祈りいたします。
桜山神社の説明
http://myn.north-tohoku.gr.jp/kodawari/db04-m003-t017.php3
「とのさま藩境で大いに語る」のことが紹介されています
http://hb2.seikyou.ne.jp/home/fm/kitahaku-koen.html
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はじめまして。レイラです。
今 はじめてこのニュース知りました(^_^;)。
皇居ジョグの際、必ず靖国神社に参拝しに行ってたのですか さすがに冬場は行ってませんでした。
盛岡出身の宮司様というのも知りませんでした。
また たまにお邪魔させてくださいね。
2009/1/16(金) 午前 9:07 [ layla ]
はじめまして。いつか靖国神社に行ってみたいですね。
2009/1/17(土) 午後 9:02 [ 南部 ]