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「篤姫」も終わり、「天地人」の放送もまだこれからですが、最近ブログに大河ドラマの感想以外ほとんど書いてないので、ここらへんで新たなことを書こうと思います。
少し前に本屋に行ったときに歴史の面白い本があって、一つは喜連川藩という小さな藩について書かれたものでしたが、他に探していたら別な本を見つけてそちらが面白そうだったので買いました。その本は河合敦著『教科書から消えた日本史』(光文社、2008年)ですが、2、30年前の教科書と現在の教科書では内容が変わっているというものです。著者の河合さんはテレビに時々登場していて私も興味あったのですが、意外なことが結構書かれていたので著作権に触れない範囲でいくつか紹介しようと思います。
1.金印は偽物?
57年に奴国が後漢の光武帝に貢物を贈って、かわりに金印を与えられたという内容が『後漢書』東夷伝に紹介されていますが、その金印が1784年に筑前国志賀島の農民によって発見されたといわれています。
ところが、2006年にある教授が金印は偽造されたという説を発表していて、それによると当時鑑定した学者が名声を得るために偽造したものだそうです。にわかに信じられないかもしれませんが、著者が論の破綻を感じないと言っているくらいなので、意外と信憑性はあるかもしれません。
2.鎌倉幕府の成立時期は?
皆さんは1192年に鎌倉幕府が成立したと教わったと思いますが、実質は1185年に政権が出来たと見る学者が多いというものです。著者がテレビ番組で鎌倉幕府の成立時期について紹介しているので知っている方も多いと思います。ただし、「今の教科書には鎌倉幕府は1185年に成立したと書かれている」などと間違ったことを伝えようとする番組もあるため、著者が改めてこのことに触れています。基本的に教科書では1192年の成立に変わりはないのですが、最近の教科書では名実ともに成立したと書かれていて、実質は1192年以前というニュアンスになっています。
成立時期には諸説ありますが、なかには頼朝死後の1221年に成立したとする説もあります。1185年に守護や地頭を配置したものの、実際は公家や寺社などの抵抗にあってその後は機能しなかったそうです。承久の乱で三人の上皇が配流され、幕府の勢力が全国に及んだのが1221年というものです。また、「鎌倉幕府」という言葉は明治になってから学術用語としてできたというのも意外でした。
3.刀狩は徹底されなかった?
1588年秀吉によって刀狩が行われたという記述については昔も現在も変化はほとんどありません。意外だったのは刀狩が役人などによって直接農民から武器を没収したのではなく、誓約書を書かせた農民に任せて行わせたため徹底して回収されなかったというものでした。
その後、明治になってから廃刀令が出たり、戦後GHQによって武器引渡し指令が出たりしますが、現在でも美術品と言う形で許可を得てれば日本刀は持てるわけですから、想像をすればぞっとします。
軽く紹介しましたが、詳しいことは買って読んでみてください。それではよいお年をお迎えください。
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