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群馬県高山村にある中山城跡です。 長野から志賀高原、草津を通過し、名胡桃城に向かう途中で見つけました。 中世後北条氏による築城のようです。 名胡桃城と沼田城をゆっくり見たかったため、 あまり時間が取れませんでしたが、知っていたらゆっくり見たかったです。 今回は中に入りませんでしたが、 中に入るには、蛇・ハチは覚悟したほうがよさそうな雰囲気です。 ▲中山城跡の石碑 ちゃんと駐車場完備です。 ▲中山城郭図 ▲三の丸下からの景色 ▲本丸付近の土塁と堀切 ▲西からの遠景 手前が三の丸、奥が本丸です。 ●中山城跡 〜現地解説板より
群馬県史、通史編3、中世は「16世紀に入ると、上野内の築城は第三期を迎え…中世築城の最盛期となる」とし「主な城を挙げると、金山城・箕輪城…長井坂城・中山城…などである」と記している。そして、その築城者は、前記した城は総て後北条氏によるとし、特に、中山城と長井坂城の築城手法は、同じ半折囲郭構造で驚くほど似ている、と指摘している。 その構造は、本丸を北・西・南の三方から囲むような形で二の丸を配置し、堀切と土居で防禦をつくり、二の丸の西にこれを囲むような形に三の丸がつくられていて、要害堅固な城郭をなしているのが付図からもうかがえる。 また、その築城年代については、県教委発行の[群馬県の中世城館跡]によると、北条氏が上野国の主要部を制した後期、天正11年(1583)から14年(1586)と推定されると記している。 |
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