|
2010年1月、仕事ついでにチラッと見てきた石神井城です。 1時間もあれば見られるなかぁ、と思いきや…。 全然時間が足りませんでした。 東京にもまだまだこんな広大な自然が残されてるんですねぇ。 要害のひとつである石神井川から、上石神井駅から歩いたのですが、 これがまた、結構な距離があって、 氷川神社の参道入り口まで10分、ここからさらに10分ほど歩いて、 結局、見学できる時間は30分もありませんでした。 それでも何とか、主郭跡だけは見てきました。 主郭跡はフェンスで囲まれて中に入れないのは残念ですが、 それでもちゃんと保存しようという姿勢がとてもうれしかったです。 今度、時間がある時にゆっくり見たいですね。 ▲石神井城の遺構地図 三宝寺池と石神井川を自然の要害とした城です。 ▲石神井城跡の碑 主郭跡から見て池側にあります。 ▲石碑附近の様子 ▲三宝寺池 ▲主郭跡 フェンスで囲まれてしっかり保存されています。 ▲主郭跡 ▲氷川神社 ●石神井城跡 〜現地解説板より
石神井城は、中世武士の豊島氏の城です。 豊島氏は、葛西、江戸両氏とともに、秩父流平氏で、鎌倉時代の末には、石神井郷を領有していました。 室町時代に、城主の豊島泰経は、武蔵守護の上杉顕定にそむいた長尾景春に味方しました。そのために顕定を援助していた江戸城主の上杉定正の重臣の太田道灌は、文明9年(1477)4月、この城に泰経を攻めて、これを落としました。 石神井城は、中世の城の一つで、三宝寺池の谷と石神井川の低地とに挟まれた小高い丘陵の上にあって、その周囲は空堀や土囲でめぐらされていました。 今でも空堀のあとの一部を見ることができますが、落城によって照姫が水中に身を投げたという伝説など数々の哀れな物語を秘めています。 |
武蔵国(東京)の城
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]



