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今日の寒さに再び冬眠に入りそうになってしまいました・・・^^;
皆さん、お風邪等ひかれておりませんでしょうか?
写真は、水曜日の懐古園の桜です。
今週末が一番の見頃でしょうか。
今日の強風で、花が散らなければよいのですが・・・。
皆さん、是非おでかけください〜!
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小諸市 【名所・旧跡】
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ども!コモロモコでございます〜。 皆さん、懐古園の【三の門】の他に、小諸市内に【大手門】なる小諸城の正門跡が あるのはご存知でしょうか? え?!ご存知?!( ̄□ ̄;)!! そ、それならば結構です・・・^^; 2年9ヶ月という年月をかけ、昨年無事復活を遂げた【大手門】 小諸にいらした際は、是非お立ち寄りくださいね〜! 今の季節は、門脇に咲いた紫陽花がとっっっっても綺麗でしたよ〜。 詳しくはこちらをご覧くださいませ〜。(←手抜き・・・) |
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今日は桜が咲き始めているとの情報を得て、 【懐古園】の夜桜を見に行ってきましたよ〜! ん〜!いつの間にこんなに咲いてたんでしょう?! やっぱ例年よりもちと早いですよね〜! この時期しか味わえない【懐古園】を是非体感してみてくださいね〜!
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前記事では【懐古園】自体について、何も語られていなかったので、ちょっと補足させてください。 上図は懐古園に入場する際に貰える、パンフレットです。 赤丸が前記事で写真を撮った場所になります。 (実際はもっと撮ったのですが、容量の関係で割愛させていただきました・・・^^;) 小諸城の起りは、平安時代から鎌倉時代にかけて「源平盛衰記」や「平家物語」に登場する 小室太郎光兼(木曽義仲の部将)が、現城址の東側に館を築いた。 またその後、大井光忠が小室氏の勢力をおさえて鍋蓋城を築き、その子光為がさらに 出城として乙女坂城、別名白鶴城(二の丸跡)を構えたが、武田信玄の攻略により落城。 信玄はこの地が重要であることから山本勘助と馬場美濃守信房に命じて築城したのが、 現在の小諸城址で”酔月城”ともいわれている。 その後、織田信長の将滝川一益、徳川家康の将松平源十郎康国が城主になった。 さらにその後、仙石秀久が城主となって二の丸・黒門・大手門を建て、その子忠政が三の門・ 足柄門を建て現在の小諸城が完成した。その後、城主は徳川・松平氏など六氏に変り、 元禄15年(1702年)、牧野氏になり十代続いた。 この城の特徴は、全国的にも珍しい城下町より低い穴城で、 浅間山の火山灰でできているため、水を用いず、崩れやすい断崖が堅固な要塞となっている。 明治4年(1871年)の廃藩置県で役割を終え、明治13年(1880年)に 神社を祀り、懐古園と呼ぶようになった。※懐古園パンフレットより |



