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正宗と言えば有名ですね。
そう、名刀を打ち上げた名匠のなかでも、特に有名な刀鍛冶の名前です。 彼は鎌倉時代末期から南北朝時代初期まで、相模の国・鎌倉で居を構えていたといわれています。 ところが、生没が全然分かっていないんですよ。 呼び名もさまざまな文献に違った名で出ており、「五郎入道正宗」とか「岡崎正宗」、「岡崎入道」などの呼び名が当時の記録には残されています。 彼は相州伝という刀の打ち筋を編み出し、多くの弟子を育てました。 現在残っている刀鍛冶の技法はほとんどがこの相州伝を源流としているそうです。 で、その正宗が打ったとされている一振りがこのたび発見されました。 発見と言っても、個人が所有していたものが見つかって、京都国立美術館に寄贈されることになったんですけどね。 寄贈されたのは「島津正宗」。 江戸時代末期の1862(文久2)年に皇女和宮(かずのみや)が徳川第十四代将軍・家茂(いえもち)に嫁ぐ際、徳川将軍家が天皇家へ献上し、その後所在不明だったものです。 所有していたのは大阪のとあるお金持ち。 蔵から見つかったということですが、動産・不動産の監査の折に見つかったそうですから、資産税逃れの寄付かもしれませんね。 ただ、困ったことにこの正宗さん、ご自分の打った刀に名前をほとんど残しておられないんですよ。 つまり、無銘なんです。
幕府の用命による作刀には銘を打たなかったとする解釈もありますが、日本刀ファンの一人としては、この謙虚さこそ正宗だと思いたいところです。
思いたいんですが、当然無銘だから鑑定するのが大変なんですよ。
中には「これぞ正宗!」という作品もあるそうなのですが、鑑定がなかなか難しい。
特に相州伝には「正宗十哲」と呼ばれる10人の名匠(全員がお弟子さんではないそうなのですが)がそれぞれに名刀を打っており、さらにほぼ全部が無銘であるため、区別が難しいと。
特徴としては
『刃文は「湾れ」(のたれ)「互の目(ぐのめ)」などと称される乱れ刃で、沸勝(にえかち)であるところが見所の一つである。
(「沸」とは、刃紋や地鉄を構成する金属の粒子が大粒で、肉眼で粒子を見分けられるものを指す。)
また「湯走り(ゆばしり)」「砂流し(すながし)」などと称する働きが多用されているのも特色である。」
とのこと。
簡単にいえば、刃の模様が一種独特なんですよ。
こちらをご覧ください
この刃の模様が独特だとか。
見せていただいた時の博物館員さんの説明はもやは私にはトラウマとなっており、その長い説明からわかったことは、「模様が独特なんだなー」という1点のみ。
集中力のない私にはよくあることですが。(苦笑)
でも、美しかったなー。
外国の名楽器にはストラディバリウスやデルジェスの作品のように名前がついている場合が多いんです。
例えばストラデバリウスなら「レディ・ブラント(一番高価な作品)」「デュランティ(300年間未使用だった)」などが有名ですね。
日本刀も同じで、安綱や宗近、村雨などは1本1本に銘があります。
しかし、正宗は前記の通り認定が難しいため、なかなか銘が増えないんですよねぇ。
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