こなかっこ通信(子中保育園)

子どもの活動や運営者として思うことをお伝えしていきます(^^)

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2歳児のやまびこ遊び(https://blogs.yahoo.co.jp/konaka_hoikuen/50520650.html) (写真上段)を見た5歳児Aくん、Bちゃん。小さい子たちがなんだか楽しそうなことしてると、自分たちもし始めました。面白そうと思ったら、躊躇なく真似するのが素敵です。おまけに、大人の顔を見ることなく、寄ってくるわけでもなく、山に向かって本当にやまびこが帰ってくるような大きな声で「ヤッホー」と呼びかけていました(写真下段左)

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4、5歳くらいになると、自分たちが保育園の年長者でリーダーたる存在であることを自認しています。そうすると、小さい子たちを世話したり、物事について教えたりすることは率先して行いますが、素直に年下の意見を聴くことは心情的に難しい様子。遊びを真似ることも少なくなります。

小さい子を真似するときは、その遊びが純粋に楽しそうだからではなく、小さい子に向かって保育士が発した「面白いこと考えたね!」という言葉を自分にも言ってもらいたいからということもあるのです。前回書いたように、その意図が読み取れる際には、注意しながら対話します。単純に「面白い」で済ませず、敢えて

「○○ちゃんは、この遊びどういうところが面白いと思う?」
「他にどんな遊び方ができるかなぁ」

と、その子の発達状況に見合った声掛けをします。そのような声掛けに対し、子どもが反応して対話や遊びが続く場合は問題ありませんが、自己肯定感の低下による承認欲求から小さい子を真似している場合は遊びや対話は続きません。その場合は、むしろ普段よりもスキンシップを増やし、その子の話を聴くことに注力します。

今回、やまびこ遊びを真似し始めたAくん、Bちゃんは純粋に面白そうと思って始めたようです。2歳児たちとは異なる一工夫として、「せーの!」と声を合わせてやまびこ遊びをしていました。Aくん、Bちゃんに近づき、二人が「ヤッホー」と言った後に、山に向かって耳を澄ませる仕草をしました。

「ほら、AくんとBちゃんの声が山にぶつかって跳ね返ってくるよ!やまびこが聞こえるよ」

と話すと、二人も嬉しそうに「ヤッホー」の後に耳を澄ませていました(^^)

その様子に次々と他の4、5歳児も集まってきました(写真下段右)。そのうちの一人、Cくんは話すことは好きなのですが、友だちの中では一歩引いてしまうところがあります。いつも、他の子どもたちがいないタイミングを見計らって事務室にやってきて私に話をしていきます。普段から声も小さく、園では物静かな子です。そのCくんの「ヤッホー」にみんなビックリ!テノール歌手かと思うような、ぶれの無い、大きな伸びやかな声で、誰よりも長く「ヤッホー」を言うのです!思わず、

「Cくん、素晴らしい声!声楽家みたいに伸びのある声ね!その声で、いつも歌うたってほしいな〜」

と絶賛しました。他の4、5歳児たちや保育士からも口々に褒めらて、Cくんは、はにかみながらもとても満足げな笑顔を見せていました。

それを翌日、O野先生に伝えると、「だから、Cくん、朝の会の歌声がとても大きくなっていたんですね!」と納得の様子でした。

子どもたちが自分に自信を持つきっかけを見逃さないこと、これはとても大切なことです。大人たちはどうしても、子どもたちに働きかけ、何かを与えようとしがちです。もちろん、それは、放置するよりはずっと良いかもしれません。しかし、遠くから見て、子どもの「あれ、何してるんだろう?」と思う姿や面白い姿を見逃さないことは、もっと重要です。「可愛い」と思うことよりも、ずっと重要です。

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認め合う2歳児

4月上旬の畑遊び中、2歳児AちゃんとBちゃんが、下記写真上段のように、山に向かって、「ヤッホー」と呼びかけ始めました。これにはビックリ!以前に大きな子たちが行なっていた遊びを真似たのか、家族で出かけた際にしたことがあるのか、経緯は分かりませんが、2人で畑の端っこに並ぶと写真のように代わる代わる声を出していました。

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Aちゃん、Bちゃんは0歳児の頃から保育園に来ています。2人とも見たことや感じたことを言語化する力が育っており、2歳児にして、保育士が促さずとも

「お花がたくさん咲いてるね」
「きれいなお花ね」

のように季節感や自然情景について発話します。また、保育士が「今日は寒いね」と言うと、「風が冷たいね」のように対話することができます。2人とも誕生月はまだまだ先なので、この感性と言語力には驚かされます。

別の機会にまた書きますが、周囲の大人が常に状況や感覚、考えを言語化し、かつ、伝えるだけでなく子どもからの反応をメッセージとして的確に受け止めることは、本当に重要なことです。

Aちゃん、Bちゃんに、「AちゃんとBちゃんが山に向かって『ヤッホー』って言ったから、やまびこさんも『ヤッホー』ってお返事してくれるかもしれないよ」と言うと、また嬉しそうに「ヤッホー」と声を出していました。相手が声を出すときには、声を被せるのでなく、お互いを笑顔で見守る様子にも驚きを感じます。

比較的多い子どもの姿は、そばにいる大人に認めて欲しくて、他の子どもたちが居ると尚更、我こそはと声を張りながら大人をチラチラ見る、あるいは大人の顔しか見ない姿。

大人だけを意識する姿を否定するわけではありませんが、私たちはこのような子どもたちの姿を見つけると、子どもたちからのサインとして保育士間で情報共有します。なぜなら、この姿は状況によっては、子どもの自己肯定感が低く、承認欲求が強いサインの一つだからです。近年、ベストセラーとなった『嫌われる勇気』で注目が高まっているアドラー心理学でも自己肯定感と承認欲求について指摘されています。

すべての類似のケースがこの分析に一致するわけではありませんから、ケースごとによく観察しますし、短期的な取組みではなかなか変わりにくいケースもあります。子どもたち一人ひとりの、状況ごとのケースをよく見て対応していく必要があります。

周囲が大人だけの環境だと、子どもが子どもたちの関係を作ることは難しいかもしれません。保育所では、大人との愛着形成を十分に行いつつも、大人が子どもたちの中心に立とうとせずに一歩引いたところから子どもたちの姿を見守ろうとすれば、子どもたちは1歳児でも2歳児でも、いや0歳児でさえ、子どもたち同士で関係を築こうとします。
(「信頼し合う1歳児」https://blogs.yahoo.co.jp/konaka_hoikuen/50067742.html
「0歳児も0歳児に優しくする」https://blogs.yahoo.co.jp/konaka_hoikuen/49807734.html

子ども一人ひとりとの関係構築も重要な保育スキルですが、それに比べても、大人との信頼関係を基盤とした子ども同士の関係づくりはかなり高度な技術です。

ちなみに、子どもたちの関係づくりとは、子どもたちが“仲良し”であることを強制することではありません。子どもが一人で遊ぶことが好きでも、特定の仲良しがいなくてもまったく構わないのです。実際、このAちゃんとBちゃんも、いつも一緒に居るというわけではありません。大切なのは、このやまびこ遊びで見せたような、お互いを認め合う心を育むことだと思います。

2人のやまびこ遊びは、大きな子たちにとっても魅力的だったようで、先に挙げた写真の下段のように、4、5歳の子どもたちも、すぐマネし始めました(^^)
ここでもおもしろいことがあったのですが、続きは後日。

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3歳児たちの泥んこ遊び

もう5月も終わりですが、この豪快な泥んこ遊びは4月始めのお話(^_^;) 猛暑日が記録されている5月ですが、子どもたちの写真を見返すと、今年は4月から気温の高い日も多かったのだなと思います。

子中保育園の園庭は表面は砂ですが、表面の砂層の下には粘度の高い土が埋もれています。ですから、園庭に水を流して泥遊びが始まり、いつもの調子で楽しんでいると、白いシャツもあっという間に下記写真のような状態に(^_^;)

洗濯しても白くならなそうなシャツに、「保護者のみなさんごめんなさい」と思いつつも、写真のような喜びに満ち溢れた弾けんばかりの笑顔を見ると、繰り返してしまう豪快泥んこ遊び。今日の泥んこさんたちは3歳児。

一口に泥あそびと言っても、その遊び方や遊びのプロセスは実に様々です。

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まずは、写真上段のように、足裏で泥の感触を楽しみます。次は下段のようにペタッと座って脚全体が泥まみれに。泥水を掻き出す遊びから、さらに泥を増やそうと考え、みんなで足し水(^^)

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座るだけでは飽き足らず寝そべって歓喜の声。

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泥んこそのものを満喫すると、子どもたちはそれぞれに次の遊びを見つけます。Aちゃんは、濡れた脚に砂をまぶしています(下記写真上段)。Bちゃんは泥水でコーヒー屋さん(中段)。Cちゃんは泳ぐ!(下段)

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そのうちにCちゃんは水たまりに、泥だんごを落とす遊びを始めました。落とす高さを変え、泥だんごの大きさを変えながら、落ちたときにできる水紋の違いをじっと観察しています。Dちゃんも観察し、しばらくしてCちゃんと一緒に落とし始めました。

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水遊びや泥遊び、子どもたちは初め大歓声を上げながら興奮気味に遊びます。水そのもの、泥そのものと戯れるように。しかし、少し落ち着いてくると、泥や水を何かに見立てて、あるいは道具として遊びを広げ、発展させます。子どもにとって、遊びは思考のプロセスです。

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散歩を続けます

 大津の事故を受けて、保護者から散歩を中止する要請があった保育園や幼稚園があると聞きました。とても痛ましい事故でした。2歳の子どもたちが一瞬にして命を奪われたのは本当に悲しいことです。しかし、この事故で、「散歩の中止要請」をするのは筋が違うと思うのです。保護者や園が不安な気持ちになるのはよく分かります。ですが、中止を要請すべき対象は散歩でなくて危険運転。とはいえ、それもドライバー個人を責めても本質的な問題解決にはならず、人間が犯しやすい認知ミスを回避できるような環境づくり(交通事故で言えば、道路環境や車の機能、認知に依存しにくい交通規則、運転に向いていない人の認知測定・運動測定のしくみなどの改善)を行っていかなければいけません。

 散歩は、子どもたちにとって、心身発達に不可欠の重要な活動です。広々した園庭があり、園外に出る必要のない保育園や幼稚園なら散歩がなくてもよいのかもしれません。しかし、保育園や幼稚園の設置基準は、そのような恵まれた園庭を必須にはしていないのです。様々な環境があることを考えると、道端の自然物に触れ、住宅街や街なかの様子を見て、風や空気の匂いを感じつつ、地域の方々と挨拶しながら歩き、交通規則を守る散歩という活動は、子どもたちにとって重要な学びの機会です。

 話が逸れてスミマセン。保護者が不安を感じたら、保育園や幼稚園に、散歩時のルートや安全対策を確認するのは必要なことだと思います。私たちも、そのような確認に応えられるよう散歩時の基本的な注意や、コース、危険箇所などを職員会議で見直し、散歩マップを作成しなおしました。これまで、散歩マップは園内の情報共有として作成していましたが、保護者の説明用にしました。この改善では心理学者の掛札逸美さんの知見がとても役立ちました。保育関係者にはご存知の方も多いと思いますが、掛札逸美さんは、このような保育の安全に関わる様々な対策や、園内および保護者とのコミュニケーションについての情報発信や保育関係者への研修などを行っているNPO法人保育の安全研究・教育センターの代表をしており、ニュースや社会動向を踏まえてホームページ(http://daycaresafety.org/)も頻繁に更新されています。

 保護者に対して散歩ルートや対策を確認・共有していただくことはできますが、絶対に事故を起こさないように確約することはできません。先日、園見学にいらした保護者から「そんなに遠くまで歩くお散歩で(当園で実施している)、事故が起こったら困りますよね」と言われました。それに対して、「そうですね、保育園以外でも事故は困りますね。安全対策はしますが、私たちは”事故が困るので散歩を止める”という判断はしません。注意はしますが、残念ながら事故を起こさないとお約束することもできません」とお答えしました。このような受け答えは、保護者に優しくない保育園として評判を落とすのかもしれませんが、入園前に、園の方針や考え方を理解していただくのは大切なことだと思います。

 大津の事故時の檸檬会の記者会見で散歩時の注意点は広く世に知られることになったようですが、保育士は列の前後だけでなく、子どもたちの車道側サイドにも配備します。このサイドの担当者は、子どもたちと手をつなぎません。瞬時の判断と反応ができるよう、フリーの立場で歩き、列の前後の車確認や、見通しの悪い場所での確認、列の状態のチェック等を行います。また、散歩に出発する以前に、保育士たちは子どもたちの列の順番や、どの子どもたち同士の手をつながせるかを決めますが、これも重要な判断です。手をつないでいると、子どもたちが急に駆け出したり飛び出したりすることが回避できるからです。昨今の事件を受け、自動車もかなり速度を落とし、注意しながら走っていましたが、自治体への標識要請はしようと考えています。
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 大津の事故後、市原で公園に乗り上げた車に対して、子どもたちを守るため、子どもを突き飛ばし、ご自分が骨折をした保育士さんがいらっしゃいました。この事故について、当園のあるお父さんが、「あの事故について、世の中、”保育士さんがすごい”と美化しすぎなのは違うと思う」と言ってくださいました。ありがたいことです。上記で紹介した掛札さんも、「保育士を英雄にしたてあげてはいけない」ということについて、ホームページで書いています。

 保育士の多くが、市原の保育士さんのように、突然の危険な出来事に対して子どもを守るための何らかの反応をすることでしょう。おそらく大津でも同様だったはず。しかし、それが必ずしも良い結果につながらないこともある。交通事故だけでなく、不審者への対応、災害時などにおいて、保育園や幼稚園が子どもの命を守らなければならないのは大前提です。でも、子どもを守るために、保育士がケガをしたり、命を落としたりするのが美徳のように考えられてしまう危険性を、昨今の美談の報道や世論で感じています。

 保育園や幼稚園の努力だけで、事故回避はできません。保護者も、車・バイク・自転車を運転する人々も、地域も、企業も、交通や道路の政策に関わるすべての自治体や国も、今回限りの対応・対策としてだけでなく、それぞれができることをし続けることが大切だと思います。




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これは3月30日に私たちの園で行った保育士研修の話。ようやく昨年度最期のお話です(^_^;)

新体制になってから、少なくとも一年に一度は保育士全員で同じ研修を受ける機会を作りたいと思っていました。というのも、効率よく学びを共有するには一人が参加した外部研修会の内容を園内で共有すればよいのですが、講師の方の考えや活動が、私たちの園の理念や方針の視野をより広げ、洞察を深めるものであれば、体験を共有することにより、体験後も自分たちで考え行動し、語り合うことによって、学び続けることができるからです。

2年前は、子どもたちに「危ないからダメ」と言わないために、また、自然の中で遊ぶことの楽しさを保育士自身も体感しながら学べるように、ネイチャープロデューサーの長谷部さんから外遊びの楽しさを伝えてもらいました。
保育士、遊びの先生に遊びを学ぶ(1)
https://blogs.yahoo.co.jp/konaka_hoikuen/49862834.html
保育士、遊びの先生に遊びを学ぶ(2)
https://blogs.yahoo.co.jp/konaka_hoikuen/49863282.html

前年度は、どなたに来ていただこうかと考えていたところ、ご縁があり、atelier le matinを主宰されている聡美さんにお願いすることができました。実は聡美さんを直接知る前に、atelier le matinの活動である「保育園の『表現者たち』展」( https://m.facebook.com/hyougenshatachi/ )のことを保育業界の恩人である平井さん( https://blogs.yahoo.co.jp/konaka_hoikuen/50021610.html )から教えて頂いていました(^^)

仕事であれ子育てであれ、人の育ちや学びに関わっている方は、アートには関心が無くてもぜひぜひ「表現者たち」のページを開いてほしいと思います。「表現者たち」の中で発信される子ども観や人間観を読んで、私たちの保育園もこの活動に関われたらと心底共感しました。ありのままの相手を受け止め、共に在ることにより、創造が生じる。そのプロセスには、子どもたちに対して、教える・助ける・支えるという一方的な意識や態度はありません。

私たちもそのような意識と態度で、子どもたちと保育園を創っていきたいと考えました。そして研修後、日常の保育を見ていると、おそらく、保育士一人ひとりにそれぞれの気づきをもたらしたのだろうなと感じます。もちろん私も同様に。

当日の研修は昼食を含めて5時間ほど。それでもあっという間に時間が過ぎ、まだ時間がほしいと思うほど、楽しくて、心穏やかで、でもちょっと心揺り動かされて、無理なく深く考えることのできる時間でした。

子どもたちが日常使っているクレヨンを、「え、こんな使い方もできるんだ!」と思うような自由な使い方で、自由に今の自分を表現しました。

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下記の写真は私の表現作品(^^)

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大人も無心になれる楽しさや気づきを感じられる研修でした。そのような感覚を生み出す内容や構成の素晴らしさはもちろんですが、この研修はプログラムの素晴らしさだけでなく、聡美さんがデザインし実践するから、参加者に豊かな気づきをもたらすのだろうと思います。

かつて、話し合いの学び方を方法論化する研究に携わり、実践法として社会に広めるという活動をしていた立場としては、教え方を汎用化する、すなわち、誰でもが同じように教えて、学ぶ人が学びの効果を得ることができるということを重視していました。そのような方法化ができれば、学ぼうとする人びとにとって教える人の能力や技量に依存しない学びの機会を得ることができます。学ぶ人にとって機会の均等を保証するという点でとても大切な考えです。

一方で、最近「この人に学びたい!」という考え方を、以前より、もっと大切にしてもいいと考えるようになりました。それは今回の研修のように、アート活動という機会を通して、「保育園の『表現者たち』展」の世界観や、聡美さんの人間観を体感したい場合。実際、私たちは、文字や映像を通して共感し刺激を受けていたfacebook上の世界観を、聡美さんと時間を共にし、対話を重ね、表現体験をすることにより、頭で理解するだけでなく身体化できたのでは、と感じています。

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