期待できないのは野田内閣ではなく、
国民不在の政治が進行していることだ。
日々雑感より
国民が政治に願っているのはこの国の行政をしっかりとハンドリングして欲しいということだ。野田民主党は完全に官僚の下請けに堕し、2030年には原発ゼロを目標とするも建設途中で凍結されていた大間原発の建設再開を許可した。これで2030年に脱原発を完成する気がないことが歴然とした。口先だけの政治家が大きな顔をして政権を執り、国民の意思を無視して好き放題に官僚の意図に従って政治を遂行している。
だからといって、マスメディアが予測する(希求する)自民党政権に復して国民の期待が実現するとも思えない。なぜなら自民党も野田民主党と政策的になんら変わらないからだ。消費増税法を廃棄しようとする意思はないし、TPPも米国の求めに応じて参加しようとしている。原発も廃棄しようとは思っていないし年金を最低年金保障一律支給に改めようとは思っていない。いずれも国民の過半数の望みを打ち砕く「国民不在」の官僚政治が存続することに他ならない。
国民不在といえば行政組織の改善が一向に進まないことだ。歳入庁の設置は口先だけで終わりそうだし、原則特会全廃に到っては掛け声だけで終わっている。何も改善されないまま増税だけは10月に入るや次々と実施されている。
環境税とは一体なんだろうか。CO2排出が環境に負担を掛けるから、負担軽減に資する政策のためにCO2排出源の化石燃料の消費に課税するというものだが、化石燃料に関しては何重の課税になるのだろうか。シャウプ勧告に基づく日本の税整の根幹が揺らいでいる元凶は無原則な財務省の税制理念にある。理屈がついて取れるものなら何でも取ってやろう、との徴税姿勢は最悪ではないだろうか。
なぜ高殿に上って国民生活全般を眺めようとはしないのだろうか。自殺者が統計に上がっているだけで3万人もいるのは異常事態が進行しているからだ、と思わないのだろうか。官僚は公務員給与や公務員年金さえ確保できれば後は野となれ山となれ、というのなら特例公債法案は店晒しして決めないことだ。それで行政が止まって国民サービスが滞っても公務員給与が支払われ続ければ国民の怒りは頂点に達して沸騰するだろう。
国民サービスが停止するという行政にとって最大の異常事態が発生しなければ政治家たちは覚醒しないだろう。そうしなければ官僚たちは誰のために存在しているのかが分からないだろう。現在の政治のありようは官僚による官僚のための政治が民主党と自民党の告示している二党を軸に進行しているだけだ。
マスメディアは時々の話題を国民に提供し、お笑いを提供し、国際問題も表層だけを国民に報告しているだけだ。マスメディアのあり方も含めて、この国のありようと将来にとって民主主義とはいかにあるべきかを真剣に議論しなければならない。
街頭インタビュー(これすらも恣意的に編集され、国民世論を誘導する道具と化しているのではないかと、深刻な懐疑を抱いているが)に登場する人たちが余りに政治を現象としてしか捉えていない危険性を感じざるを得ない。
報道する裏に存在するマスメディアの意図をなぜ国民は懐疑しないのだろうか。国民不在の政治が進行していて、それでも民主党の次は自民党の復権だ、と煽る政治の不毛をマスメディアは感じていない。それこそが深刻なこの国の病理の根本原因なのだが、それを指摘するマスメディアがこの国に存在しない不幸に多くの国民は無関心だ。そして、国民の意思と懸け離れた政治が日程に従って進んでいく。
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