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昨日、地元新聞を読んで驚いた。
以前、親父がユニオン管工機という会社をやっていて
私がまだ入る前から、長期にわたりうちの会社に尽くしていただいた
T崎さんという方が亡くなられました。数えで90歳です。
十数年前には退職されていましたが、不思議なもので
その時にあったことが走馬灯のように思い出されました。
当時、お酒は缶ビール1本くらいですぐに
「定量定量」と言ってニコニコしていた顔が鮮明に思い出されます。
そして、必ず言うセリフが
「なんだかんだ言っても、うちのばーちゃんが一番可愛いんだよなぁ。。。」
でした。その時もとても素敵な笑顔だったのが印象的です。
私もいつも「英ちゃん英ちゃん」と声をかけてもらい
可愛がっていただいていました。
当時、チャーミーグリーンという食器用洗剤のCMで
おじいちゃんとおばあちゃんが手をつないで出ているのがあって、
T崎さんと見ていると、「まさにこんな夫婦だよなぁ。。」と思っていました。
そして自分もこうありたいと思っていたときの事を思い出しました。
T崎さん、お疲れ様でした。
どうぞごゆっくりとお休みください。
有難うございました。
近いうちに、寄らせていただきますね。
さようなら。
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人間 人間 人間
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を作っております。明日が提出期限です。
日本語力の乏しい私は、何度も読み返しながら作っております。
昨日、目を充血させながらパソコンに向かっていると
以前会社をやっているときの取引先のK所長さんと部下のTさんが
お見えになりました。
Tさんはたまに寄ってくれていたのですが、K所長さんは選挙後初めて
寄ってくれました。
「元気そうじゃない!」とニヤニヤしておりました。
そして選挙の話しや、その後の活動のことを聞いていただきました。
今も設備の仕事はしているものの、今では取引はありません。
それでもこうやって寄っていただけることは嬉しいです。
人と人のつながりに感謝しました!
今度飲みましょう!
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昨日驚いたことがありました。
以前から仕事で付き合いのある人が、今精神的に病んでいるとのことを知りました。
たまたまメールをしたらしばらく返事が無く、やっと来たと思ったら調子がおかしい。本人もそれを匂わせるようなことを言ってきました。
「実はここしばらく、仕事も何もかもまったくする気になれないし、
自分が今まで何を、何のためにしてきたのかも分からない」
と言うのです。急に動悸がしたり、目の前が真っ白になったりもするとのことでした。
それを聞き、私はすぐに「うつ病」の手前かなと感じました。
私も以前、似た経験をしました。
親父が死に会社も辞めた後、自分の中ではこれからの生き方を
しっかりと固めたつもりでいました。
ですが、思ったように物事が進まず焦りだしたり、
自分が置かれている状況を考え出すとパニックになるような感じで、
急に滝のような汗をかいたり、何をどうすれば良いのか分からなくなったりもしました。
そして無理に「自分」を形成しようとすると、誰にも負い目は見せられないと
考え出してしまい、苦労をかけている嫁にも相談できない、
お袋にも心配かけたくないなど、自分の精神状況を棚にあげて、
一人で苦しんだ時がありました。
そういう時は「よし!頑張ろう!」と思っていても、一夜明けたら一気にテンションが
下がっていて、何もする気持ちになれなかったりもしました。
幸い、私は本当に人に恵まれていて、良いタイミングで周りの人と話しをする機会が
あったりして救われてきました。その人の身の上話なども聞かせてもらえて、
「苦しいのは自分だけ」と思っていたのが、「自分なんて苦しいうちに入らない」と
考えられるようになりました。
今では「生きる」ことに凄く貪欲になったと自分でも感じます。
いつの日か来る、自分の生涯最後の瞬間に「良かった」と思える一生にする。
あまりにも簡単な言葉ではありますが、これが私の究極の「生きる」意味なんです。
言うのは簡単ですが、奥が深いのです。
以前何かで、
「子どもに『何で人間は生きていかなきゃならないの?』と聞かれたときに
あなたは答えることが出来ますか?」
というのを見ました。
その時は私は全く病んでいなかったときなのですが、
あまりにも衝撃的な問いかけでした。
何で「生活」するの?とは違う、非常に重たく、そして本来は原点であろう事なのに
すぐに答えられる自分はいませんでした。
皮肉にも、健全なときには難しく感じたその問いかけの答えは
苦しみ病んだ後に、自分の中で見出せました。
「偉くなりたい」
「社長になりたい」
「一流企業に入りたい」
「金儲けをしたい」
個々の考え方は色々でしょう。
そして答えも色々なんです。
「一流企業に入り、頑張って重役になる」
それを追い求めている人にはそれで良いのです。
「がっぽり金儲けをしてやる」
それも同様で、追い求めたものの結果であれば素晴らしいことなのです。
逆に、端から見たときに「あいつは出世もしないし、好きなことばっかりやってる」と
言うこともあるでしょう。
ですが、それがその人の人生観通りであれば、それで素晴らしいことなんです。
肩書きなんて所詮は「社会」の中でのものであり、
その人の人格・人生感に何も関係ないのです。
一概に言い切れませんが、今のこの国は「生きる」ことよりも「生活」すること
ばかりに頭を悩ませている人が多い気がします。
もちろん生活は第一です。当たり前です。
ですが、最も大切なことは「生きる」意味が分かっての「生活」だと思います。
病んでいないとき、生活が安定しているときは誰しも考えません。
自分がいずれは死ぬという「真実」さえ考えないでしょう。
ですが、心が病んでしまったときや生活が困窮しているとき、
人は「生きる意味」を問いだします。
「何でこんな思いをして生きていかなきゃならないんだ」と。
私が今まで読んだ本の中には、生命のつながりのことや宗教学的なことなど
色々書いてありましたが、いまいちピンときませんでした。
今書いたとおり、人の人生観は人それぞれだと思うからです。
私は残念なことに全く商売っ気が無いようです。
仕事もしてはいますが、あくまでも「生活」の為であり、
私が死ぬときまでに全身全霊を尽くしたいのは、苦しんでいる人を救うこと。
そしてそういう環境を社会全体を通して造り上げたいことです。
子どものことに拘っているのも、やはり「生活」の前にある「生きる」ということを
しっかりと教育できる国にしなければならないと考えているからです。
どこまで形を残せるかは正直自分でも分かりません。
(立場上、そう言ってはいけないのでしょうが。。。)
ですが、自分自身に自信を持って言えることは、生涯この気持ちだけは
変わらないで前に進んでいくということです。
これだけ長々と言っておきながら何ですが、私の「核」の心は書いてはいません。
でも、それだけの気持ちは持っています。それだけの経験もしました。
今後、議員として厳しい評価を頂くことも多くなると思いますが、
今考えていることには責任と拘りを持っていますので変わることは無いでしょう。
これからは更に色々なことを吸収し、ようやくいただけたキャンパスに
ビジョンを描き、最終的には鮮やかな色をつけていきたいです。
まずは今苦しんでいる仲間を、早く元気にしなければならないと考えています。
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私のまちの牧野市長のお母様がお亡くなりになり、昨晩お通夜に行って参りました。
一時間ばかり早めに行き、席についてからずっとお母様の遺影を見ておりました。
とても優しく微笑んでいるその写真を見ていると、お母様の人柄が垣間見えました。
さすがにたくさんの参列者が見えており、全員が焼香を済ませ、最後に住職の説教。
私は説教が好きである。
好きと言うと語弊があるかもしれないが、死を宿命としている私たち人間にとって、
説教は私たちのあるべき「生」を改めて正してくれると思っているからである。
昨晩も説教を聞きながら、市長のお母様の一生の世界に浸っていました。
昭和2年にお生まれになったお母様は、やはり若い私なんかがわからない
昔ならではのご苦労をしていたようではありますが、その大変な生活の中で「幸せ」を
見出して生きてこられたようです。
そして苦楽を共にしてきたご主人を亡くし、その際にも言葉にならない悲しみがあったのだろうと
思いますが、いつも笑顔を絶やさなかったことを伺い、まさに素晴らしい「生」のあり方を
築いてこられたのだと思いました。
「苦楽を共にする」
とは良く耳にする言葉ですが、実際にそれを経験することは並大抵ではないと思います。
誰しも出来れば苦しみは味わいたくありません。
ですが人生、誰もが苦しみも経験しなければならないのです。
私も今までにいくつもの苦しみを経験できました。
「経験しました」というよりも「経験できました」という気持ちです。
それは、今の私がここにあるのはその苦しみがあったからこそだと思っているからです。
当然、結婚してからの出来事は妻も一緒に経験してきた訳で、同じく苦労も多々あったと思います。
何度となく二人で話し合い、先の見えない不安があったり、すぐには解決できない事項があっったり
大変なこともあります。
ですが、やはり苦労なくては新しい明るい未来はないと思っていますので、二人で協力し合い
乗り越えていこうと強く心に思いました。
人は苦しいときには、猛烈な孤独感に襲われ、「自分だけが苦しんでいる」とか
「自分は一人ぼっちだ」と考えがちになると聞きます。
そういう気持ちになってる人が周りに居たら、私は持っている力は惜しみなくお貸ししたい。
ひとりでも多くの人が、それぞれの価値観での「幸せ」を見出せる世の中になればよいと思っているからです。
人の人生それぞれ。人の幸せもそれぞれ。
それから育っていく子どもたちにも理解してもらえる環境を整えたいと思っております。
市長のお母様、本当にお疲れ様でした。ごゆっくりお休みください。
ご冥福をお祈りいたします。
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今日は久しぶりに家族(長男以外)で旭川に行きました。
長女のミニバスケットの練習試合です。
今日は我が士別西と、神居東、千代田、忠和の4校で行いました。
ん〜〜。。やっぱり千代田の監督さんはいい!大好きなタイプです!
(変な意味じゃなく)
非常に厳しい言葉を発するのですが、厳しさの中に情熱がにじみ出ています。
私も今後、何かのコーチングの際には是非見本にさせていただきたい方です。
話しは変わって。。。
少し落ち着き、改めて選挙戦を振り返っていました。
今回、色々な場所で声を発して想いを伝える場があったのですが、
日を重ねるごとに「感謝」の想いが強くなっていました。
人間、周りの協力があって現在があるときに「感謝」の意が出ます。
逆に行き詰って苦しいとき、ふと考えれば日々の「感謝」の意はどこにいったのだろう。。。
何か自分ひとりが苦しく辛い目に遭っているとさえ感じます。
ところが今回学んだことは、逆境であれ、苦しいときであれ、「目標」が定まっていれば痛くも痒くもない。
まさに「なんのこれしき」なのです。
私はこの1ヶ月の間に、凄くたくさんな出来事を経験することが出来ました。
そして、普段の数倍・数十倍の人と接してきました。
そして今はおそらく1ヶ月前の自分と比べると、変わったところはあると思います。
良い意味での「自信」は沸いてきています。
それは今回感じ取った人に対する「感謝」の意であり、それが今の私の想いを
掻き立ててくれていると思っています。
そして、人と接することの大切さを改めて考えさせてもらえました。
これは、今後の私の活動に対しての大きな収穫であり、私はこれからのビジョンを構築するために
動きます!走ります!
政治の勉強ももちろん学ばなくてはなりませんが、私はそれと同時にもっともっと「人間」の勉強を
していきたいと思っています。
これから私が考えているビジョンには絶対になくてはならない大切なものなのです。
「生涯学習」
まず先にできるだけのことを吸収して、私はそれを子どもたちに伝えていきたいと思っています。
今回お世話になった方々全てに感謝しております。
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