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昨日、実家に弟が来ました
半年振りでしょうか?・・・お母さんの話を上手に聞いていました
弟は高校卒業してすぐに名古屋の大学に通う為にアパートを借りて家を出ました
だからでしょうか、私と同じようにお母さんの病気を「客観的」に見られるようです
「認知症」という病気なんだから「病人」として接します
母が、おかしな事とか感情的になって話しても「病気だから・・・」と思って
冷静に見られます、冷静に対処します
私はそれが当たり前だと思っていました
でも、妹はそうじゃないんです、
お母さんの言う事を真に受けて、自分まで感情的になって怒ったりないたり
心配しすぎて、考えすぎて混乱したりとか・・・
私がいくら「病人なんだから・・・」といっても駄目なんです
しかし旦那のお母さんに言わせると、妹の方が当たり前の状態見たいなんです
お母さんも66歳なんで周りから色んなことを聞いてるらしくて・・・
大事な家族だと思うから、こういう病気になると病気になる前と比べてしまって
「かわいそう」とか「見ていられない」とか冷静ではいられ無いそうなんです
でも、私は自分の親の事は好きじゃないんです
子供の頃から、嫌いでした。(なぜ嫌いなのかは、また・・・)
だからでしょう、何があってもあまり感情移入は出来ません
どうして、合理的に考えられないんだろうくらいに思っちゃうんです
冷たい人間なんでしょうか?
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認知症
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母が、完全に寝たきりになってしまって
私達は父を説得に入りました
腰を痛める前のように戻れると言い張る父です
どうやって歩けるようにするの?
進んだ認知症をどうやって改善できるの?
自分だけで全部する事は無理なのだと、福祉の手を借りようと話しましたが
どうしても、説得には応じませんでした
父は、母の病気をどうしても認めたく無かった様なのです
社会福祉協議会の担当の方に色々と相談したのですが
父の様な人は沢山いるそうです
今まで人の手を借りずにやって来た・・・色んな苦労を乗り越えてきた
だから、病気とはいえ自分達で何とかする・・・そんな気持ちなのだろうと言っていました
しかし、気持ちは理解できても、現実は甘くない!!そう思います
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退院しました
母が入院したのは4月の初めでした
退院は9月の初め、長い入院でした
これからは「介護」が始まります
ヘルパーさんから言わせると「折りたたみベットは低い」そうです
ベットから立ち上がる時に前のめりになって倒れこまないように
ベットの高さは45〜50㎝が理想だそうで・・・・仕方なく急きょ、置き型の手すりを借りました
(1か月300円です)ベットの脇に置く事になります
病院のベットの様には立てなかったんです
父は、社会福祉協議会の方に勧められた、リハビリ、お風呂などを頑なに断り
二人で出きるからと福祉の手は借りようとはしませんでした
私たち兄弟は「お金」の援助はできません
だから強く言うことはできませんでした
一つ一つは安くても、まとまれば結構な金額になってしまいます
実家は部屋も台所もトイレも2階ですが、お風呂だけは1階です
母が本当に歩けるようになればお風呂も私たちが手伝って入れてあげられますが
よちよち歩きの母では、お風呂は危なくて勧められませんでしたが
父が、毎日身体を拭いてくれていたので少しは安心していました
母が帰って来た事で、父も段々気力が出てきたようで
掃除も洗濯も食事の支度もやるようになっていきました
母がいないときはカップラーメンばかり食べていた父です
私が持っていくおかずはどうも病院の母に持って行っていたようです
退院して2週間、3週間、経つうちに母は見違えるほど元気になりました
父が取り込んだ洗濯物を自分で畳んでタンスに入れたり
スプーンでしか食べられなかった食事もなんとか箸を使うようになっていました
1か月以上たつと、時間はかかっても階段をおり
父の運転で買い物に出かけるようになりました・・もちろん重い物は持てませんが・・
認知症も、訳の解らない言動は少なくなって、感情的になる事も無くなりました
私はこれならお風呂も大丈夫かと思っていました
・・・が、その矢先、母が腰を痛めました
もうなんでも出きる気でいた母が、お布団を持ちあげよとして転んだのです
父が朝ごはんを作っていた最中にベランダに干そうと思ったのだそうです
それから3カ月、母はベットから動けませんでした
最初の内は動けない事がイライラするらしく、なんとか動こうともがくのですが
かえって治りかけた腰が、また痛み出し
少し良くなったと思えば、また動こうとして・・・
その繰り返しで、結局3カ月・・・・腰が痛い為、足を曲げて寝ていたせいで
今度は足が全く延ばせなくなっていました
それどころか、認知症がどんどん酷くなっていきました
・・・・・
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母は足の力が大分ついてきて退院が出来そうになってきました
退院が近くなったという事で家の手すりを始めて貰いました
退院の3日前に出来上がりました
母の弟にあたるおじさんは「これじゃ手すりが足りないんじゃないか?」と
市でつけて貰えなかった所にも手すりを付けてくれました
退院の日、久しぶりに家に帰った母は
「あ〜思いだした・・・私の家だわ・・でもこんなに階段があったかしら?1階に住んでたんじゃない?」
などと言いながら時間をかけて登り、用意した折りたたみベットに横になり
安心したのか、すぐに眠ってしまいました
後はお父さんがどこまで「介護」が出来るかです
その時は福祉のサービスはトイレの手すりだけで、だれも生活に入って欲しくない・・そういう感じでした
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拘束ベルトを付けられるようになってから、福祉協議会のヘルパーさんが
長引く入院を気にかけてくれて、母のリハビリを見学しリハビリの先生に
階段を登れるような足の訓練をして欲しいと頼んでくれました
「脳梗塞の治療はもう済んでいる」という主治医の言葉を受け
歩行機があれば歩けるようになていた母が階段を登れれば
退院が早くなる・・ということなのだそうです
現にそのころはもう入院して5カ月を過ぎようとしていたんです
脳梗塞と歩行困難・・・認知症・・・それでも他の方はこんなに長くはならないそうです
まあそれはそれとして・・・
退院する時は、要介護をとる為には主治医の「意見書」が必要だそうです
その意見書に「認知症」のことも書いて貰わないと行けない
それを先生にお願いしたところ
「認知症かどうかは見た所では解らない・・・お歳だから物忘れがひどいだけかも知れないし・・
薬のせいで一時期、混乱しただけかもしれない・・・」
と言われました・・私は「完全に認知症だと思います」といっても認めようとしません・・・
社会保険協議会のヘルパーさんに話すと
「自分の課で認知症になったという事を認めたがらない先生は多いんですよ、
なんとか少しでも書き加えて貰えるようにこちらからもお願いしてみます」といってくれました
結果的には要介護がとれたんですが
医者の世界も、結局、成績やメンツが優先する世界なんですね
本当に患者の事を一番に考えてくれる医者は全国にどれだけいるのでしょうね
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