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昨日で中越地震から4年が過ぎました。 当時の事は今でも鮮明に覚えています。 今だかつて経験をした事の無かった大きな揺れ、震源から押し寄せる地響き、家を揺さぶられる時の音、 何時やってくるかわからない地震の恐怖、人々の悲鳴、大災害を知らせるサイレンなど思い出しただけでもゾッとします。 地面が割れ、電柱が傾き、家屋が倒壊し、この世の地獄をこの目で見ました。 この世の終わりかとさえ思えました。 幸い、私の住んでいる地域は地震直後もライフラインが全て機能していたためテレビを見る事ができました。 震源は私の住んでいる中越地方、最大震度6強、只これだけの情報でした。 時間が経つにつれ少しずつ詳細が分かりました。 まさか山古志村、川口町、小千谷市があんな姿になっていようとは・・・。 http://proxy.f3.ymdb.yahoofs.jp/bc/48fd2fd8_13389/bc/%a5%de%a5%a4%a5%c9%a5%ad%a5%e5%a5%e1%a5%f3%a5%c8/jisin3.jpg?BCRgdAJB7xlmYz.j http://proxy.f3.ymdb.yahoofs.jp/bc/48fd2fd8_13389/bc/%a5%de%a5%a4%a5%c9%a5%ad%a5%e5%a5%e1%a5%f3%a5%c8/090.jpg?BCRgdAJBLmvZMXQ6 http://proxy.f3.ymdb.yahoofs.jp/bc/48fd2fd8_13389/bc/%a5%de%a5%a4%a5%c9%a5%ad%a5%e5%a5%e1%a5%f3%a5%c8/2-1.jpg?BCRgdAJBbWtbbdsH 数週間後、ボランティアとして川口町に行きました。 そこは私の住んでいる所とは別世界でした。 家という家は全て崩壊し、まるで戦争で爆弾を投下されたかの様な光景でした。 自衛隊の車両があちこちに置かれ、空にはヘリコプターが飛び回っていました。 ボランティアとして行ったは良いが、何処を何から手をつけて良いのか分からない状態でした。 家の中は物が散乱し、ガラスが飛び散り、タンスの引き出しが壁にめり込み、壁は崩れ、足の踏み場が無い状態でした。 家の主に「何をしましょうか?」と尋ねても、「何をしよう?」と笑っていました。 人間、極限状態になると笑っちゃうんですね。 心の中は不安でしょうがないのに・・・。 人間は自然の中では何と無力なのでしょう。 一人ひとりはちっぽけな生き物ですが、皆が力を合わせると大きな力となります。 その証拠が今の被災地の状況です。 まだ地震の爪あとは多少は残っていますが、生活に支障の無い程度です。 まさかあの当時、ここまで復興できるとは皆思っていなかったでしょう。 しかし、まだ家を無くし再建できずにいる方々が沢山います。
そんな方々が今も居る事を忘れないでください。 |

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