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野茂英雄投手が現役引退を発表した。
野茂投手のことは、今さら、ここで書く必要がないかもしれませんが、自己満足で書かせてもらいます。
野茂投手は、日本では近鉄で5年間プレーし、78勝(46敗)をあげ、メジャーでは、ドジャース、メッツ、ブリュワーズ、タイガース、レッドソックス、デビルレイズ、ロイヤルズでプレーし、123勝(109敗)をあげた。
野茂投手は1989年のドラフトで8球団から指名を受け、近鉄へ入団し、ルーキーの1990年から93年までの4年間で70勝をあげ、トルネード旋風を巻き起こした。四死球の数も多かったが、ストレートとキレ味鋭いフォークで三振の山を築いた。
94年に肩を痛めて、8勝に終わると、そのオフに近鉄との契約がこじれて、任意引退選手扱いになり海の向こうのロサンゼルス・ドジャースと契約した。
95年にいきなり13勝をあげ、新人王と奪三振王に輝いた。また、アメリカでもドルネード旋風を巻き起こした。その後も16勝、14勝をあげドジャースのローテを担っていた。96年には投手の墓場と言われているクアーズフィールドでノーヒットノーランを達成した。しかし、97年オフに右ひじを手術すると成績が下降し、98年シーズン途中にドジャースを追われるようなかたちで、マリッキー投手らとのトレードでメッツへ移籍した。移籍先のメッツでも成績をのこすことができず、99年シーズン前にメッツを放出された。その後、契約したカブスではマイナーで結果を残せずメジャーに昇格できず、再びFAとなったが、今度はブリュワーズと契約し、12勝をあげ復活した。その後、タイガースを経て、01年にレッドソックスに入団し、シーズン初登板のオリオールズ戦でまたノーヒットノーランを達成した。(ちなみに、両リーグでノーヒットノーランを達成した投手は野茂投手も入れて過去に4人だけ。ノーラン・ライアン、ジム・パニング、野茂投手とあと一人忘れた)レッドソックスには1年しか在籍しなかったが、13勝をあげアリーグ奪三振王にかがやいた。02年からドジャースに復帰し、2年連続で16勝をあげチームのエースとして活躍した。しかし、また03年オフに右肩を手術した後は成績が低迷した。04年は4勝(11敗)、05年はデビルレイズへ移籍し5勝(8敗)に終わった。06年はホワイトソックスとマイナー契約を結んだものの、マイナーで1試合に登板をしただけでひじを手術し、ホワイトソックスを退団した。以後はチームに所属していなかった。
そして、07年秋、ベネズエラのウィンターリーグに参加し、復活の狼煙をあげた。ウィンターリーグでは故障もあり、不本意な投球に終わったが、08年の春季キャンプではロイヤルズに招待選手として参加した。オープン戦でもまずまずの投球を見せていたが、開幕直前で足首を故障してしまった。それでも、驚異の回復でマイナーで結果を残し、4月中にメジャーに昇格した。だが、メジャーでは中継ぎで3試合に登板したものの防御率18,69に終わり、ロイヤルズを退団した。FAではあったが、どのチームからも声はかからなかったようだ。
野茂投手がすごいのは、メジャーに行ってから、何度も所属チームをクビになっているが、その都度必ず復活していること。今年も、メジャー復帰はきついと思っていたが、3年ぶりにメジャー復帰を果たした。
野茂投手、今までおつかれさまでした。
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