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青森の夏祭りといえば、ねぶた祭り!
五所川原では「ねぷた」と呼ばれていて、高さ23mの巨大な立佞武多(たちねぷた)が町を練り歩きます。
立佞武多(たちねぷた)の館では、実際にお祭りで使われた立佞武多が展示されてるんですよ!
展示室に入ると、高さ22メートル、総重量19トンの立佞武多がお出迎え♪
うわぁー!
7階建てのビルに匹敵する立佞武多は圧巻!!
展示室には常時3台の立佞武多を展示していて、新作の立佞武多と3年目を迎える立佞武多が入れ替えとなります。
お祭り当日は、ここからねぷたが出陣!!
2012年の作品は、東日本大震災からの復興を祈って、『復興祈願・鹿嶋大明神と地震鯰』でした。
五所川原のねぷた祭りは、明治中期から大正初期にかけて行われて行われましたが、電気の普及により電線が張り巡らされた結果、小型化されて高さ約4.5mの通常のねぷたへと移行しました。
しかし、1枚の写真を元に五所川原の有志たちにより、立佞武多を復元。
運行コース上の電線を地中に埋め、平成10年、ついに復活となったそうです
展示室は1階から4階まで吹き抜けで、4階まで上った後、ねぷたを観ながららせん状のスロープを下っていきます。
違った角度からも見れるのもうれしい〜♪
立佞武多祭りは、毎年8/4〜8/8までの5日間。
掛け声は「ヤッテマレ ヤッテマレ」。
「やってしまえ!」という意味だそう〜。
威勢のいい掛け声を聞きながら夜空に浮かぶ巨大ねぷたを間近で見てみたいなぁ
青森とってもイイところで思い出に残る旅になりました
みなさま青森の旅にお付き合いいただきありがとうございました
明日からは日常の記事へ戻りますので、またご訪問いただけるとうれしいです
これからもどうぞよろしくお願いします |
旅行(東北)
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太宰治が生まれ育った生家・斜陽館へ。
太宰の父が総工費約4万円(現在の価格で約7〜8億円)で建てた和洋折衷建築の大豪邸です
太宰が13歳まで過ごした生家で、津島家(太宰の姓)は青森県で4番目の資産家でした。
1階11室278坪、2階8室116坪、付属建物や泉水を配した庭園など合わせて宅地約680坪、青森県特産のヒバやケヤキをふんだんに使った建物で、重厚感があります
津島家が手放した後、一時は旅館として開業してましたが、現在は国の重要文化財に指定されています。
一度泊まってみたかったなぁ
では、各部屋をご覧ください
土間(1階)
大勢の小作人が、小作米を積んでいました。
板の間(台所)(1階)
小間(1階)
太宰誕生の部屋
座敷(1階)
太宰の愛用したマントの復元したものが掛けてあり、自由に着ることができます
前回の芦野公園の銅像の記事をご参照ください
仏間(1階)
仏間を含む四つ座敷の襖をはずすと、63畳の大広間になるそう!
ケヤキの階段
2階の瀟洒な洋間へと続きます。天井もオシャレ
洋間(2階)
モダン〜♪ 内部の装飾も見事!
和室(2階)
通りの向かい側には、「みちのく銀行」や「青森銀行」が立ち並び、これは津島家が経営し莫大な利益を得た「金木銀行」や「米蔵」から変わったものだそうです。
この大邸宅を中心に、銀行や村役場などが続々できて、金木地方が形成されたんですね!
立派すぎる豪邸に感激でした
津軽三味線会館へつづく・・。
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金木町にある芦野公園へ。
芦野公園は、芦野湖を含む約80haで、日本さくら名所100選に選ばれた公園。
桜もまだ少し残っていました。
満開のときはキレイだろうなぁ
公園内には、太宰治の銅像があり、マントを羽織り、生家・斜陽館の方向を見つめています。
この公園で幼い太宰もよく遊んだそうですよ。
橋のたもとにある太宰治文学碑が見逃してしまいました
吊り橋の先には、全長265mの芦野夢の浮橋が芦野湖に架かっています。
そして、公園内には津軽鉄道が通り芦野公園駅があります。
桜に埋もれる津軽鉄道は素晴らしいだろうなぁ〜
昭和5年に作られた芦野公園駅。
昭和52年に無人駅の新駅舎ができ、旧駅舎は喫茶店「駅舎」として営業しています。
赤い屋根にオフホワイトの外観は当時のまま。
アンティークなインテリアが当時の雰囲気を醸しだしてます〜
太宰の好きだった弘前土手町の珈琲屋「万茶ン」のオリジナルブレンド「昭和のコーヒー」をいただきました。
苦味があるけどスッキリした味わい。
こういうホッとする時間ってイイですよね〜
店内からふと見るとちょうど列車が〜。
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五所川原から1時間、日本海に面した小泊港の近くにある小説「津軽」の像記念館へ。
小説「津軽」のクライマックス。
太宰治の子守をしていた越野タケと太宰が30年ぶりに再会を果たした国民学校(現小泊小学校)のグランドが見下ろせる場所に、小説「津軽」の像記念館があります。
運動会の会場となったグランドも残っています。
心の母、タケと30年ぶりに再会を果たした太宰。
タケは正座をして前方の運動場を見つめ、太宰はゲートルを巻いた右足を投げ出し、うつむいている。でも、二人の心は通い合う。
というシーンを再現。
小説の一部が記された文学碑が建てられています。
記念館では、タケと太宰の年譜、写真、思い出の品をパネルなどで解説しています。
そして、生前のタケが太宰の思い出を語る映像は必見!!
最後に、小説の一部をご紹介します
私はたけの、そのやうに強くて不遠慮な愛情のあらはし方に接して、ああ、私は、たけに似てゐるのだと思つた。きやうだい中で、私ひとり、粗野で、がらつぱちのところがあるのは、この悲しい育ての親の影響だつたといふ事に気附いた。私は、この時はじめて、私の育ちの本質をはつきり知らされた。私は断じて、上品な育ちの男ではない。だうりで、金持ちの子供らしくないところがあつた。見よ、私の忘れ得ぬ人は、青森に於けるT君であり、五所川原に於ける中畑さんであり、金木に於けるアヤであり、さうして小泊に於けるたけである。アヤは現在も私の家に仕へてゐるが、他の人たちも、そのむかし一度は、私の家にゐた事がある人だ。私は、これらの人と友である。
十三湖のしじみラーメンへつづく・・。
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