|
74年前(昭和16年)の今日1月8日は、「戦陣訓」が発布された日である。
「戦陣訓」
本訓 其の一
第一 皇国
大日本は皇国。日本には、万世一系の天皇がおわします。
天皇は、国のはじめからの皇謨(こうぼ=天皇が国を統治する計画)を紹継して、とだえることなく君臨されている。天皇のご恩は、皇恩万民にあまねく、聖徳は世界に光を覆っている。
我々皇国臣民は、忠孝勇武の血を、祖先から受け継いでいる。
我々、皇国の道義を宣揚し、天の業を補佐し、君民一体となって皇国の隆昌をはかっていかなければならない。
戦陣の将兵は、我々日本の国体の本義を体得して、牢固で、決してくじけぬ信念を持って、誓って皇国守護の大任を完遂する者。
第二 皇軍
日本の軍は、天皇が統帥し、神武天皇以来の精神を体現するための組織。
軍の将兵はみな、皇国の威徳を天下万民に示す役割を担っている。
そのことによって、日本の未来を築くという役割を担っている。
我々軍人は、常に、陛下の大御心を奉じ、常に正しい道を歩み、武人として人にやさしく(=仁)、世界の平和を築く役割を担っている。
これが神武天皇以来の「日本国の武人」の基本精神である。
帝国軍人は、常に「武」は厳格に、「仁」は幅広くという精神が必要。
いやしくも皇軍に敵対する者があれば、帝国軍人は烈々たる武威をふるい、断固、その者を撃破する。
敵を屈服させたときは、降伏した敵は撃たず、従う敵には慈しみの心を持って接する。
そうでなければ、皇軍兵士としての責務をまっとうしたことにならない。
「武」は驕(おご)らず、「仁」は飾らず。
その姿勢があふれんばかりに、常に行われることが尊いのである。
皇軍の本領は、「恩」と「威」が等しく並んで行われること。
そうすることで、天下万民に陛下の大御心を広めて行くのだ。
第三 皇紀
皇軍の軍紀の神髄は、おそれおおくも大元帥であらせられる陛下に対し奉り、絶対的に随順する、という崇高な精神にある。
上下ひとしく陛下の統帥の尊厳を尊重し、感銘する。
上に立つ者は、陛下のご意思を承り、これを謹厳に実行する。
下の者は、謹んで陛下に服従する至誠をまっとうする。
そうすることで、軍人ひとりひとりの「忠」を尽くす真心(=赤誠)が重なり合う。脈絡が一貫する。こうして全軍一致、一令のもとに、わずかの乱れもなく活動できる。
これこそが、戦いにあたって必須の要件であり、治安確保の要道。
特に戦陣は、服従の精神実践の極致を発揮すべき。戦陣は、死生困苦の間に在る。
そこでは、命令一下、欣然として死地に身を投じ、黙々として献身服行の実を挙げるのが、皇軍兵士たる軍人の精神の精華である。
第四 団結
軍は、おそれおおくも大元帥陛下を頭首と仰ぎ奉る。
軍は、あつく陛下のお考えを身を以て体現し、忠誠の至情に和し、軍をあげて、全員が一心一体となるところである。
軍隊は統率の本義にのっとって、隊長を核心とし、強固であってしかも和気藹々とした団結をしなければならない。
上下各々、その「分(ぶ)」を厳守し、常に隊長の意図に従い、誠心を仲間たち腹中に置き、生死利害を超越して、全体のために、己を没するの覚悟が必要。
第五 協同
全兵士は、心をひとつに、自身の任務に邁進するとともに、全軍が戦いに勝つため、よろこび勇んで、我を忘れて協力しあう精神を発揮しなければならない。
各隊はお互いにその任務を重んじ、名誉を尊び、お互いに信じあい、お互いに援けあい、自ら進んで苦難に就き、力をあわせて目的達成のために力闘せよ。
第六 攻撃精神
戦闘にあたっては、勇猛果敢、常に攻撃精神を以て一貫せよ。
攻撃するときは、果断に、積極的に、相手の機先を制し、剛毅にして不屈、敵を粉砕するまでは決してとどまらず攻撃せよ。
防禦に際しても、常に攻勢の鋭気を包蔵し、必ず主動の地位を確保せよ。
陣地は、たとえ死んでも敵に奪われてはならない。
追撃は、断固として、あくまでも徹底的に行う。
勇猛果敢に、何事にも恐れず、沈着にして大胆不敵、難局に際しても、固い決意を持って困苦に打ち勝ち、あらゆる障害を突破して、ただひたすらに勝利の獲得に邁進せよ。
第七 必勝の信念
信じる心は力。自ら信じ、毅然として戦う者こそ、常に勝者となり得る。
そして必勝の信念というものは、日頃の千磨必死の訓練から生まれる。
寸暇を惜しんで肝胆を砕き、必ず敵に勝つの実力を養うのである。
勝敗は皇国の隆替に関すること。
光輝ある軍の歴史に鑑み、百戦百勝の伝統に対する己の責務を肝に銘じて、勝つまで戦いをやめるな。それが必ず勝つための唯一の要諦である。
本訓 其の二
第一 敬神
神霊は、天にあって、常に我々を見ている。
心を正し、身を修め、あつく神を敬い、誠を捧げ、常に忠孝を心に念じ、誓って神仏のご加護に恥じないようせよ。
第二 孝道
忠孝の道というのは、我が国の道義精粋の根幹をなすものである。
忠誠の士は、同時に必ず純情で親孝行な子である。
最前線の戦陣にあって、深く父母の志を体し、よく忠の大義に徹して働き、祖先の遺風をみずからの働きで顕彰せよ。
第三 敬礼挙措
敬礼は純真な服従心の発露であり、かつ上下一致の表現である。
戦陣にいるときは、特に厳正な敬礼を行え。
そうすることで礼節の精神が心の内に充満する。
謹厳であり、端正でいるのは、強き武人である証(あかし)である。
第四 戦友道
戦友の道義は、大義のもと、死ぬことも生きることも一緒となり、たがいに信頼の至情を結んで、互いに常に切磋琢磨し、緩急あれば互いに救い、間違いがあれば互いに戒(いま)しめて、ともに軍人の本分をまっとうするにあると心得よ。
第五 率先躬行
幹部は、常に誠意を尽くし、すべての行いについて、みんなの模範となるよう努めよ。
上に立つ者が正しい振る舞いをしなければ、下の者は必ず乱れてしまう。
戦陣は、実行を尊ぶ。体をもって、皆に先んじて毅然とした行動をとれ。
第六 責任
任務というものは、神聖なものだと心得よ。責任は、極めて重い。
一業一務、おろそかにせず、心魂を傾注して一切の手段を尽くし、その達成にあたって、後悔することのないようにせよ。責任を重んずる者こそが、真にして最大の勇者だ。
第七 生死観
死ぬも生きるも、大切なことは、崇高な献身奉公の精神。
生死を超越し、ひとすじに任務の完遂に邁進せよ。
身心一切の力を尽くし、従容として悠久の大義に生くることを悦びとせよ。
第八 名を惜しむ
恥を知る者は強い。常に、親兄弟や祖先の面目を思い、ますます奮励して、その期待に答えよ。生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すことなかれ。
第九 質実剛健
質実をもって陣中の起居を自分自身で律し、剛健な士風を自ら築き上げ、旺盛な士気を振起せよ。陣中の生活は、簡素でなければならない。
いろいろなモノや時間など、さまざまな事柄が常に不自由であることが常態であると思い、何事にも節約に努めよ。奢侈というものは、勇猛の精神を蝕むものである。
第十 清廉潔白
清廉潔白は、武人気質のよって立つ所である。
己に克つことができなくて、物欲に心を捉えられてしまう者が、どうして皇国に身命を捧げることができようか。
我が身を持するにあたっては、自分自身に対して、常に冷厳でいろ。
そして事に対処するに際しては、常に公正であることを心がけよ。
常に天地に恥じない行動をとれ。
本訓 其の三
第一 戦陣の戒(いましめ)
(1) 一瞬の油断が、不測の大事を招く。常に戦いに備え、自分をいましめよ
それと、大切なことは、敵や住民を、決して軽侮してはならない。
また、小さな成功に安んじて、勤労を嫌がったりすることがないようにせよ。
不注意も、災禍の原因となることをよくわきまえろ。
(2) 軍機を守るには、常に細心でいろ。スパイは、常に身辺にいる。
(3) 哨戒の任務は、重大なものである。
それは一軍の安危を担(にな)い、一隊の軍紀を代表するものである。
身をもって、その重い任務に任じ、厳粛にこれを服行しなければならない。
(4) 思想戦は、現代戦の重要な一面である。
皇国に対する不動の信念を以て、敵の宣伝や欺瞞を見破るだけでなく、進んで皇道の宣布に勉めよ。
(5) 流言蜚語に惑わされるのは、信念が弱いからである。惑ってはならない。動じてもならない。皇軍の実力を確信し、篤く上官を信頼せよ。
(6) 敵の産物や、敵の資産の保護に留意せよ。
徴発、押収、物資の焼却等は、規定に従って、必ず指揮官の命に従え。
(7) 皇軍の本義に鑑みて、無辜の住民を愛護せよ。
(8) 戦陣において、酒色に心を奪われたり、あるいは欲情に駆られて本心を失い、皇軍の威信を損じ、奉公の身を過ぎるようなことは、決してしてはならない。
深くいましめ、自ら慎み、断じて武人の清節を汚してはならない。
(9) 怒(いかり)を抑え、不満を制しせよ。
「怒(いかり)の感情」こそ、敵だと思いなさいと、古人も教えている。
一瞬の激情は、悔(くい)を後日に残すこと多いものである。
軍法が厳しいのは、軍人の栄誉を保持し、皇軍の威信をまっとうするためである。
常に出征当時の決意と感激とを想い起こし、遙かに思いを父母妻子の真情に馳せ、仮初にも身を罪科に曝すことがないようにせよ。
第二 戦陣の嗜(たしなみ)
(1) 尚武の伝統をつちかい、武徳を自分自身の中に育て上げ、技能の練磨に勉めよ。
「毎事退屈するなかれ」とは、古き武将の言葉にもある。
(2) 後顧の憂いを絶ち、ひたすら奉公の道に励み、常に身辺を整え、死後を清くするの嗜(たしなみ)を肝要とせよ。
屍(しかばね)を戦野に曝すのは、もとより軍人の覚悟である。
たとえ遺骨が祖国に還れないことがあっても、あえて意としないよう、あらかじめ家族に含めておけ。
(3) 戦陣において病気で死ぬのは、まことに遺憾の極みである。
特に衛生を重んじ、おのれの不節制によって奉公に支障を来すようなことは、絶対にないようにせよ。
(4) 刀を魂とし、馬を宝とした古武士の嗜(たしなみ)を心において、戦陣の間は、常に兵器資材を尊重し、軍馬、軍犬などを愛護せよ。
(5) 陣中の徳義は、戦力のもとである。
常に他の部隊の便益を思って、宿舎や、物資の独占のようなまねは、厳に慎むべし。
また「立つ鳥跡を濁さず」と言う。
雄々しく、古式ゆかしい皇軍の名を、異郷辺土にも永く伝へられるようにせよ。
(6) 武勲は、誇るものではない。功を人に譲るのは、武人の高風である。
また、他の者の栄達を妬(ねた)むものではない。自分が認められないことを、恨むものではない。むしろ、自分自身の「誠」が足りないことを思うようにせよ。
(7) あらゆることに正直を旨とし、誇張や虚言を恥とせよ。
(8) 常に大国民として襟をただし、正しいことを実戦し、義を貫いて、皇国の威風を世界に宣揚せよ。国際の儀礼を、軽んじないようにせよ。
(9) 万死に一生を得て、祖国に帰還することができたならば、思いを亡くなった護国の英霊に致し、言行を慎んで国民の範となれ。
そして帝国臣民として、いよいよ奉公の覚悟を固くせよ。
結
各自は、この「戦陣訓」を、戦陣における道義として実践し、もって任務の完璧を期すようにせよ。戦陣の将兵は、すべからくこの趣旨を実行し、いよいよ奉公の至誠をひときわぬきんでて実践し、よく軍人の本分をまっとうして、厚い皇恩に答へ奉れ。
【戦陣訓】
序
夫れ戦陣は、大命に基き、皇軍の神髄を発揮し、攻むれば必ず取り、戦へば必ず勝ち、遍く皇道を宣布し、敵をして仰いで御稜威の尊厳を感銘せしむる処なり。されば戦陣に臨む者は、深く皇国の使命を体し、堅く皇軍の道義を持し、皇国の威徳を四海に宣揚せんことを期せざるべからず。
惟ふに軍人精神の根本義は、畏くも軍人に賜はりたる勅諭に炳乎として明かなり。而して戦闘並に練習等に関し準拠すべき要綱は、又典令の綱領に教示せられたり。然るに戦陣の環境たる、兎もすれば眼前の事象に促はれて大本を逸し、時に其の行動軍人の本分に戻るが如きことなしとせず。深く慎まざるべけんや。乃ち既往の経験に鑑み、常に戦陣に於て勅諭を仰ぎて之が服行の完璧を期せむが為、具体的行動の憑拠を示し、以て皇軍道義の昂揚を図らんとす。是戦陣訓の本旨とする所なり。
本訓 其の一
第一 皇国
大日本は皇国なり。万世一系の天皇上に在しまし、肇国の皇謨を紹継して無窮に君臨し給ふ。皇恩万民に遍く、聖徳八紘に光被す。臣民亦忠孝勇武祖孫相承け、皇国の道義を宣揚して天業を翼賛し奉り、君民一体以て克く国運の隆昌を致せり。
戦陣の将兵、宜しく我が国体の本義を体得し、牢固不抜の信念を堅持し、誓つて皇国守護の大任を完遂せんことを期すべし。
第二 皇軍
軍は天皇統帥の下、神武の精神を体現し、以て皇国の威徳を顕揚し皇運の扶翼に任ず。常に大御心を奉じ、正にして武、武にして仁、克く世界の大和を現ずるもの是神武の精神なり。武は厳なるべし仁は遍きを要す。苟も皇軍に抗する敵あらば、烈々たる武威を振ひ断乎之を撃砕すべし。仮令峻厳の威克く敵を屈服せしむとも、服するは撃たず従ふは慈しむの徳に欠くるあらば、未だ以て全しとは言ひ難し。武は驕らず仁は飾らず、自ら溢るるを以て尊しとなす。皇軍の本領は恩威並び行はれ、遍く御綾威を仰がしむるに在り。
第三 皇紀
皇軍軍紀の神髄は、畏くも大元帥陛下に対し奉る絶対随順の崇高なる精神に存す。
上下斉しく統帥の尊厳なる所以を感銘し、上は大意の承行を謹厳にし、下は謹んで服従の至誠を致すべし。尽忠の赤誠相結び、脈絡一貫、全軍一令の下に寸毫紊るるなきは、是戦捷必須の要件にして、又実に治安確保の要道たり。
特に戦陣は、服従の精神実践の極致を発揮すべき処とす。死生困苦の間に処し、命令一下欣然として死地に投じ、黙々として献身服行の実を挙ぐるもの、実に我が軍人精神の精華なり。
第四 団結
軍は、畏くも大元帥陛下を頭首と仰ぎ奉る。渥き聖慮を体し、忠誠の至情に和し、挙軍一心一体の実を致さざるべからず。 軍隊は統率の本義に則り、隊長を核心とし、鞏固にして而も和気藹々たる団結を固成すべし。上下各々其の分を厳守し、常に隊長の意図に従ひ、誠心を他の腹中に置き、生死利害を超越して、全体の為己を没するの覚悟なかるべからず。
第五 協同
諸兵心を一にし、己の任務に邁進すると共に、全軍戦捷の為欣然として没我協力の精神を発揮すべし。
各隊は互に其の任務を重んじ、名誉を尊び、相信じ相援け、自ら進んで苦難に就き、戮力協心相携へて目的達成の為力闘せざるべからず。
第六 攻撃精神
凡そ戦闘は勇猛果敢、常に攻撃精神を以て一貫すべし。
攻撃に方りては果断積極機先を制し、剛毅不屈、敵を粉砕せずんば已まざるべし。防禦又克く攻勢の鋭気を包蔵し、必ず主動の地位を確保せよ。陣地は死すとも敵に委すること勿れ。追撃は断々乎として飽く迄も徹底的なるべし。
勇往邁進百事懼れず、沈著大胆難局に処し、堅忍不抜困苦に克ち、有ゆる障碍を突破して一意勝利の獲得に邁進すべし。
第七 必勝の信念
信は力なり。自ら信じ毅然として戦ふ者常に克く勝者たり。
必勝の信念は千磨必死の訓練に生ず。須く寸暇を惜しみ肝胆を砕き、必ず敵に勝つの実力を涵養すべし。
勝敗は皇国の隆替に関す。光輝ある軍の歴史に鑑み、百戦百勝の伝統に対する己の責務を銘肝し、勝たずば断じて已むべからず。
本訓 其の二
第一 敬神
神霊上に在りて照覧し給ふ。
心を正し身を修め篤く敬神の誠を捧げ、常に忠孝を心に念じ、仰いで神明の加護に恥ぢざるべし。
第二 孝道
忠孝一本は我が国道義の精粋にして、忠誠の士は又必ず純情の孝子なり。
戦陣深く父母の志を体して、克く尽忠の大義に徹し、以て祖先の遺風を顕彰せんことを期すべし。
第三 敬礼挙措
敬礼は至純の服従心の発露にして、又上下一致の表現なり。戦陣の間特に厳正なる敬礼を行はざるべからず。
礼節の精神内に充溢し、挙措謹厳にして端正なるは強き武人たるの証左なり。
第四 戦友道
戦友の道義は、大義の下死生相結び、互に信頼の至情を致し、常に切磋琢磨し、緩急相救ひ、非違相戒めて、倶に軍人の本分を完うするに在り。
第五 率先躬行
幹部は熱誠以て百行の範たるべし。上正しからざけば下必ず紊る。
戦陣は実行を尚ぶ。躬を以て衆に先んじ毅然として行ふべし。
第六 責任
任務は神聖なり。責任は極めて重し。一業一務忽せにせず、心魂を傾注して一切の手段を尽くし、之が達成に遺憾なきを期すべし。
責任を重んずる者、是真に戦場に於ける最大の勇者なり。
第七 生死観
死生を貫くものは崇高なる献身奉公の精神なり。
生死を超越し一意任務の完遂に邁進すべし。身心一切の力を尽くし、従容として悠久の大義に生くることを悦びとすべし。
第八 名を惜しむ
恥を知る者は強し。常に郷党家門の面目を思ひ、愈々奮励して其の期待に答ふべし。生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ。
第九 質実剛健
質実以て陣中の起居を律し、剛健なる士風を作興し、旺盛なる士気を振起すべし。
陣中の生活は簡素ならざるべからず。不自由は常なるを思ひ、毎事節約に努むべし。奢侈は勇猛の精神を蝕むものなり。
第十 清廉潔白
清廉潔白は、武人気質の由つて立つ所なり。己に克つこと能はずして物慾に捉はるる者、争でか皇国に身命を捧ぐるを得ん。
身を持するに冷厳なれ。事に処するに公正なれ。行ひて俯仰天地に愧ぢざるべし。
本訓 其の三
第一 戦陣の戒
一 一瞬の油断、不測の大事を生ず。常に備へ厳に警めざるべからず。
敵及住民を軽侮するを止めよ。小成に安んじて労を厭ふこと勿れ。不注意も亦災禍の因と知るべし。
二 軍機を守るに細心なれ。諜者は常に身辺に在り。
三 哨務は重大なり。一軍の安危を担ひ、一隊の軍紀を代表す。宜しく身を以て其の重きに任じ、厳粛に之を服行すべし。哨兵の身分は又深く之を尊重せざるべからず。
四 思想戦は、現代戦の重要なる一面なり。皇国に対する不動の信念を以て、敵の宣伝欺瞞を破摧するのみならず、進んで皇道の宣布に勉むべし。
五 流言蜚語は信念の弱きに生ず。惑ふこと勿れ、動ずること勿れ。皇軍の実力を確信し、篤く上官を信頼すべし。
六 敵産、敵資の保護に留意するを要す。徴発、押収、物資の燼滅等は規定に従ひ、必ず指揮官の命に依るべし。
七 皇軍の本義に鑑み、仁恕の心能く無辜の住民を愛護すべし。
八 戦陣苟も酒色に心奪はれ、又は慾情に駆られて本心を失ひ、皇軍の威信を損じ、奉公の身を過るが如きことあるべからず。深く戒慎し、断じて武人の清節を汚さざらんことを期すべし。
九 怒を抑へ不満を制すべし。「怒は敵と思へ」と古人も教へたり。一瞬の激情悔を後日に残すこと多し。 軍法の峻厳なるは特に軍人の栄誉を保持し、皇軍の威信を完うせんが為なり。常に出征当時の決意と感激とを想起し、遙かに思を父母妻子の真情に馳せ、仮初にも身を罪科に曝すこと勿れ。
第二 戦陣の嗜
一 尚武の伝統に培ひ、武徳の涵養、技能の練磨に勉むべし。「毎事退屈する勿れ」とは古き武将の言葉にも見えたり。
二 後顧の憂を絶ちて只管奉公の道に励み、常に身辺を整へて死後を清くするの嗜を肝要とす。
屍を戦野に曝すは固より軍人の覚悟なり。縦ひ遺骨の還らざることあるも、敢て意とせざる様予て家人に含め置くべし。
三 戦陣病魔に斃るるは遺憾の極なり。特に衛生を重んじ、己の不節制に因り奉公に支障を来すが如きことあるべからず。
四 刀を魂とし馬を宝と為せる古武士の嗜を心とし、戦陣の間常に兵器資材を尊重し、馬匹を愛護せよ。
五 陣中の徳義は戦力の因なり。常に他隊の便益を思ひ、宿舎、物資の独占の如きは慎むべし。
「立つ鳥跡を濁さず」と言へり。雄々しく床しき皇軍の名を、異郷辺土にも永く伝へられたきものなり。
六 総じて武勲を誇らず、功を人に譲るは武人の高風とする所なり。
他の栄達を嫉まず己の認められざるを恨まず、省みて我が誠の足らざるを思ふべし。
七 諸事正直を旨とし、誇張虚言を恥とせよ。
八 常に大国民たるの襟度を持し、正を践み義を貫きて皇国の威風を世界に宣揚すべし。 国際の儀礼亦軽んずべからず。
九 万死に一生を得て帰還の大命に浴することあらば、具に思を護国の英霊に致し、言行を慎みて国民の範となり、愈々奉公の覚悟を固くすべし。
結
以上述ぶる所は、悉く勅諭に発し、又之に帰するものなり。されば之を戦陣道義の実践に資し、以て聖諭服行の完璧を期せざるべからず。
戦陣の将兵、須く此趣旨を体し、愈々奉公の至誠を擢んで、克く軍人の本分を完うして、皇恩の渥きに答へ奉るべし。
|
全体表示
-
詳細
コメント(1)
|
核開発、保有は日本にとっての圧力の具だ。したがって、日本が中国の核ミサイルに対抗するためには、中国の核に匹敵するあるいはそれ以上の圧力の具が必要になる。核は実際には使わないが、中国の圧力をかわすための外交力の裏付けとして必要なのだ。核抑止力が使わなくとも存在することが役に立つのだ。
尖閣諸島問題で中国の主張は一方的であり、事実を基にせず日本との交渉など最初からそのつもりはない。それは、いずれ日本が中国の核に屈するとの確信があるからだ。その意味では米国も中国との戦争には勝てない。MADが成り立たないからであり、米国は中国の核が日本に撃ちこまれても中国に核を撃つことはない。
米国の核の傘とは、あくまで米国に核の脅威が及ばない場合に限っての話であり、いわば米国の巨大な空母に対処出来ない日本の敵支那に対し、空母を出してやるから安心しろと言っているだけだ。核ミサイルとなると話は別で、米国はそのために日本に対し、中国を刺激するなと言い続けている。日本の立場など、米国の安全のためにはどうでも良いということだ。
その米国が許さないから核は持てない、と考えるのは本末転倒なのであり、米国が日本の盾になってくれない以上、日本が盾を持たなくてはならない。それが核抑止力だ。
一方、もし中国のミサイルを全て探知し、中国上空で迎撃出来る方法が有れば、もちろん日本の核抑止力はいらない。これには、中国の核ミサイル原潜も捕捉しミサイル発射以前に撃沈出来る確たる手段も含む。が、今時点、そして将来もその方法を実現するのは不可能だと言っていい。仮に今のMDが精度を上げて今のミサイルを百発百中で落とせるとしても、ミサイルはもっと進化しそのMDをかいくぐる。
唯一中国やその飼い犬の反日プロパガンダに反論したいのであれば、日本が中国を押さえ込める力を有してからの話だ。そうすれば、世界世論も米国も変わる。
今日本が正論をいくら発しても、それが中国を刺激し世界の安定を失わせると思っている西欧の姿勢を変えることは出来ない。その意味で、中国を押さえ込むにも、そして世界世論を味方に付けるにも日本の核武装は必要不可欠なのだ。
日本には非核三原則がある。つまり、造らない、持たない、持ち込ませないの三原則だが、これは別に法的な意味はなく、単なる政府の目標でしかない。したがって、政府が決心すれば少なくとも日本が核武装をしても法的には問題がない。憲法9条が禁じているなども当たらない。
国際的な約束、すなわち核拡散防止条約(NPT)に加盟しているが、これは日米安全保障条約が有ればそれを信じて日本が核を持つことはしないと意思表明をした物だ。が、この時代、米ソ冷戦の時代であり核大国中国の今の状況は想定されていなかった。その核大国中国の想定敵として標的になっているのが日本である状況は当時核拡散防止条約加盟の前提に入っていなかったのだ。
また、近年、それまで署名を留保していた日本は核不使用に関する国連声明に署名した。これもまた米国の核不使用を強制するのではないかとの考え方を変えたためとされている。少なくとも、非核三原則の一つを否定して見せたのだから進歩といえるだろう。
核武装の実際のステップだが、技術的、コスト的には日本には何ら問題がない。
核弾頭及び運搬手段双方とも、極めて短期間に持てると思うし、実際に世界では、日本が決心さえすればすぐに核武装が可能であり、すなわち洗剤核武装国家であると見なされている。
また法的な縛りは実はない。非核三原則は方針であって法律ではなく、憲法も別に核武装を禁じているわけではない。日本が戦争を国際紛争の解決手段として用いないとされているのは、あくまで日本の侵略戦争を禁じているのであり、防衛戦争は、いわば国家の生存権としていかなる場合も確保されるのだから、9条といえども禁じているとは考えられない。つまり、日本の核武装とは、防衛のためであり、何ら何らに触れる物ではない。戦術核兵器は攻撃兵器にもなるだろうが、戦略核兵器は言い換えれば核抑止力の本質であって、攻撃兵器とは言えないからだ。
最大の障害は国内世論だと思える。実際、日本人には感情的な核兵器アレルギーがある。確かに世界唯一の被爆国であり、広島長崎の悲惨さを自らの物として持っているのだから、核兵器に対する畏れ、嫌悪が世界で一番激しいのは当然だ。が、その核兵器を日本が使わないと決心したところで、世界には現実に10ヶ国近い核保有国があるのだ。国連安保理の5ヶ国に、インド、パキスタン、北朝鮮、そしてイスラエルは否定はしているが核保有国との見方も有力だ。南アフリカはかつて開発していたが、放棄したとされている。
かつてと違い、核兵器開発はそれほど難しくはない。北朝鮮やパキスタンが出来たほどなのだ。それら10ヶ国近い核保有国が核を使用しないとの確証を日本が自ら放棄することで得られるとはどのような理論による物なのか。
特に、日本を標的として事実上宣伝戦において対日回線をしているような中国が、核の使用をためらわないと宣言している。これは事実上、核による恫喝なのだが、それでも日本が核を持たなければ中国は確実に対日戦で核を使用しないとなぜ確信出来るのだろうか。まして、兵器の性能、兵員の練度などで日本が数段勝っていると言われている現状で、絶対に日本に負けることの出来ない中国が核を使用しないとの確信をどうして持てるのか。日本は核武装すべきではないと言う人々は、たんなる核恐怖、核嫌悪感情に理性を失っているとしか思えない。
とはいえ、現実に今日本世論は未だ核武装反対が主勢を占める。しかし、数年前に比べれば、核武装を口にすることも出来なかったのが、少なくとも検討はすべきだという人の数が増えてきて、一説には90%以上の人がそう思っているとのデータもある。また、核武装をすべきだという人も確実に増えている。
しかしまだまだ少ない。ただ、世論という物は、ある時点で180度変わる物だ。自分では考えることをせず、たんなる感情論で思いこんでいる人たちが、その時に強い主張をする人の数が増えればそちらになびくからだ。
確実に核武装論者の世論がリアル世論を動かすまでには行っていないが、その影響力も確実に強まっている。印象だが、過半数は核武装支持者と思える。これは規制メディアが報道しない日本の状況、すなわち日本は、中国、ロシア、アメリカ、北朝鮮という4つの核保有国に囲まれ、そのうちの3ヶ国が日本を敵視している状況で、日本は核武装すべきではないと言うのは、その状況を知らされていない世論だと言うことだ。
むろん、20年も待っては居られない。ここ2〜5年で核武装をしなければその意味が無くなる。言い換えれば、その間に中国が自滅すれば、あとはその核を持つ残存勢力の在り方によっては、もしかしたら核は必要が無くなるのかも知れないが、一方核武装がさらに急がれなければならない状況である可能性の方が大きい。
したがって、とにかく一日も早く日本が核武装をすべく、国民世論に働きかける必要がある。
米国が日本の核武装に反対するであろう。日本の核武装を容認すれば、核ドミノが始まり制限なく世界中に核が拡散するだろう、そうすれば、米国の世界唯一のパワーという地位が脅かされるが、これは米国の都合だ。
米国の核の傘が実際には何の役にも立たないことは、多くの米国の指導者達が繰り返し言っている。日本に核が撃ち込まれても、べ米国がそれを撃った国に核を打ち込むはずがないと。
となれば、米国の反対があるから日本は日本の安全を犠牲にすべきだとの理論は成り立たない。最悪の場合、米国と離反することになっても、日本は生存のために核を持たなければならないと言うことになる。
しかし、米国や世界世論を敵に回せば、日本は米国などの経済制裁を受け崩壊するのではないかとの懸念を反対の理由に挙げる者もいる。しかしそうだとしても、日本が壊滅に瀕しても日本を護らない米国の経済制裁を、日本の生存よりも優先する理由はない。
また、実際に米国国内にも確実に日本に核武装をさせるべきだとの主張が大きくなっている。それは世界の警察を自認し、また世界平和を守ることで(実際はそうではないが)唯一のパワーと認められている米国が日本を見殺しにすれば、米国が世界からの信頼を失う。それは米国の存続を揺るがす。たとえば、もし日米が離反し米国が日本に対して経済封鎖、制裁などを行えば、日本は膨大な米国国債を一気に放出し、米国ドルは暴落する。むろん、米国が日本から放出された国債を引き受けないと宣言すれば、それで米国の国債は危険だと言うことになる。
結局、一事の軋轢はあっても米国は日本の核武装を容認せざるを得ないと言うことになるだろう。ちょうど、インドやパキスタンがそうであったようにだ。ただし、これは希望的観測。
もう一つ可能なのは、有事に備え、公然の秘密で核を開発するというやり方だ。本当は上記の国内世論、米国始め国際世論の了承が望ましいが、それが待てる時間はない。となると、ちょうど米国の核が持ち込まれているというやり方、つまり公然の秘密として核抑止力を持つ。実際には核を保有しながら、それを公式には認めないと言うやり方だ。実際には核を開発すれば、中国や米国がそれに気づかないはずがない。が、それでもそれを事実として認めないと言うやり方だ。イスラエルがそうだと言える。
自らは核開発を否定しているが、実際には核開発を済ませているという観測もある。イスラエルが公式に認めない限り、たんなる疑いでしかない。
ただ、そうしなくても済むように、日本の核武装が米国にとっても有利であることを納得させる。そのためには、中国の軍事的脅威が単に日本だけではなく、世界にとっても脅威になることを訴え続けるなど、広報活動にも力を入れなければならないし、それを国内でも積極的に広める必要がある。だが、それを成し遂げる十分な時間がないとの認識も持たなければならず、そうならば上記のような非常手段を執らざるを得ないのではないか。
自分の身に危険が迫っていることにも気づいていない人間には、それを理屈で教えても届かない。嘘でも、強制的に危険から遠ざけてやらなければならないと言う話だ。
日本を挑発し続け、そして米国を始め西欧が日本を押さえ続けるなら、中国の対日姿勢は抑制が利かないほど大きくなりうる。その時になって米国が日本を護ってくれるなどと火宅の人なら信じたいだろうが、実は日本はほぼ丸腰で中国の暴力の前にさらされていることを知るべきだ。一刻も早く、核武装するべきだ!!!
|

>
- Yahoo!サービス
>
- Yahoo!ブログ
>
- ブログバトン
|
2月22日を「竹島の日」と定める条例制定の趣旨
竹島は歴史的にも、国際法的にも、島根県隠岐郡隠岐の島町に属する我が国固有の領土であるにもかかわらず、下朝鮮韓国は半世紀にもわたって不法占拠を続け、これまで接岸施設の設置や国立公園指定の検討などを行うが、竹島の領土権確立のためには、国民世論の啓発が不可欠であり、島根県議会では「竹島の日」を制定するよう、国に対して意見書を提出してきたが、国ではいまだ制定の動きが見られない。
このため、島根県において「竹島の日」を制定し、この日を中心として竹島問題に対する県民と国民の理解と関心を更に深める取り組みを行い、全国的に竹島領土権確立運動の一層の推進を図り、領土権の確立を目指すものである。
「2月22日」は、1905年(明治38年)の閣議決定に基づき、竹島を島根県隠岐島司の所管とする旨を島根県知事が公示した日である。
韓国にある日本大使館前に嘘で固めた慰安婦の記念碑を立て、日本に嫌がらせをする韓国、韓国慰安婦権益団体が在韓国日本大使館の前に偽りの平和記念碑を立てたことや、安重根記念館の報復として、政府は、東京の韓国大使館の前、及び大阪の韓国総領事館前に記念碑を設置せよ!!
①竹島碑設置。「竹島は日本の固有の領土」と明記。
②竹島で韓国軍に殺戮された漁師の皆様全員の慰霊の像建立。
③竹島の真実の歴史記念館建設。
④島根県が主催する「竹島の日」式典に、安倍首相出席。国会議員、政府高官派遣。
⑤政府主催の「竹島の日」式典開催。総理大臣、島根県知事、国会議員出席。
以上を島根県が制定した竹島の日の2月22日に設置せよ!!!
日本政府は明白な我が領土である独島への不当で無意味な領有権主張を撤回させ、今後も独島の領有権を侵害しようとするいかなる企てに対しても、断固として対処せよ!!
領土を守る気概がみられない。占領に諦めじみた、今までの弱腰を猛省せよ!!!
日本の、国益を護る気が本気で有るのなら、政府は、韓国大使館入口前の道路を管理する外務省、国土交通省と連携して協議決定せよ!!反日法を作り、日本を舐めきっている下朝鮮に、日本人も毅然として反韓の意思表示をすべきだ!!! 黙りや、抗議だけは国益を失う!!!存在自体が捏造の慰安婦と違って竹島問題は現実に日本が領土侵犯され、実際に日本人が虐殺されているのだ、真実を記念館として後世に残し教育しなければならない!!! 教科書にも真実を明記し、今の教育荒廃の元凶は教育基本法にあるとし「愛国心の涵養」や 「宗教的情操の涵養」などを明記した法改正を迅速にせよ!!!
|

>
- Yahoo!サービス
>
- Yahoo!ブログ
>
- ブログバトン
|
日本古来の伝統的精神や道徳に対する目覚めがなければ、いかに景気が回復したとしても、真の日本再生は為し得ないのであります。日本古来、建国して2674年の伝統精神や道徳を再評価し、この国本来のお国柄を取り戻すことは明白であります。
日本古来の伝統的な精神や道徳に根ざした本来のお国柄を取り戻すことによって、真の日本再生に道筋をつけようとすれば、右傾化と騒ぎ、マスゴミが叩く。戦後の自虐政策、偏見報道が、この国をいよいよ亡国の淵に沈んでいく。
そして明確に戦後レジームの脱却を標榜し、破壊勢力を粉砕せよ!!!
訪韓中のボケ村山富市元首相は12日、韓国国会内で講演し、日本の植民地支配を謝罪した村山談話(1995年)について「私の後継内閣すべてが継承すると誓約し、安倍内閣も最終的には継承すると言っている」と述べ、村山談話は日本政府の一貫した立場だとして韓国側に理解を求めた。
国賊村山よ!!黙れボケ!!国会議員は眺めることなく、河野、村山談話は即刻、撤回しろ!この捏造談話をバ韓国に、使わせるな!朝鮮人に利用されて捏造を本気にしている村山をこのままにさせるな!政府は、継承していないと、はっきり主張すべきだ!!
「この村山談話は、事実無根、捏造したものだ!」と、はっきり主張すべきだ!!!!
日本が侵略国家ではない…どころか、逆に現在進行形で「日本は侵略されている」のである。米国をはじめ中国、南北朝鮮、ロシア…日本の周囲は「全方位宗主国」も同然で、過去のことを云々している場合ではない。
中国に至っては「日本が虐殺した」とする南京大虐殺での被害を10万人から20万人、30万人、黙って聞いていれば60万人と言い出す始末だが、南京大虐殺があったか無かったかで言えば無かったのだ。
日本が侵略国家か否か…そんなことを云々している場合ではない。早く占領憲法破棄し
新憲法を復元せよ!!ありもしない虐殺を理由に永遠に続く中国からの現在進行形の日本侵略に、どう対応するのかが問われている。黙りは国益を失う。中国韓国には、徹底して論破せよ!!
第2次世界大戦直前、日本はコミンテルン(国際共産党)の謀略によって世界大戦に引きずり込まれたとされている。しかし、一方では日本が戦ったお陰でアジアの国々は独立を果たせたとされている。それではアジア解放はコミンテルンの功績だったということになるのだ!
果して、このままで日本の保守に真の自主独立も自存もあるのか。
保守派は一事が万事この調子。かの日露戦争に勝利した近代史を讃えるのは大いに結構だが、負かせたはずのロシアに北方四島を奪われたままになっているのが現状である。
共産化を防ぐための戦いだったと言われているが、結果として旧ソ連も含めて日本の周囲は中国・北朝鮮といった共産主義国家群に囲まれる形となった。
明治期の日露戦争で日本は樺太(サハリン半島)の南半分の権益を得たが、元々日本の領土だったのである!!!
日露戦争後、日本は朝鮮半島の統治を経て中国大陸の東北部へと進出。満州国の開拓に乗り出すが、その権益をめぐって登場してきたのがアメリカとイギリス。
日露戦争が誰のために血を流すことを余儀なくされた「代理戦争」だったのかを物語っている。
そろそろ日本人が気づかなければならない「近代史の真実」とは、日本が侵略国家だったか否かとか、日本がアジアの国々を解放したか否かといった次元ではない。
「日本も植民地国家だった」という事実だ!!!!!
それも戦後から始まったのではない。明治以降の戦前から一貫してだ!!
有りもしない村山河野談話を破棄し、自民党は真実の歴史を国際世論に発信せよ!!!
|

>
- Yahoo!サービス
>
- Yahoo!ブログ
>
- ブログバトン
|
日本書紀によると、初代天皇とされる神武天皇は、紀元前660年の1月1日(旧暦)に奈良県の橿原宮(かしわらのみや)で即位された。明治5年(1872年)に日本紀元元年を神武天皇の即位の年とすることを定めるにあたり、明治政府がグレゴリオ暦に直すと即位の日が紀元前660年2月11日にあたるので、この日を紀元節として明治6年より祝日となった。700年頃には、「日本」という国名も確定し、伝統文化を受け継いでいる世界最古の統一を維持してきた国家であることは間違いのないところである。もっと、日本人は、日本の歴史と伝統に誇りをもってよいのである。
第2次世界大戦敗北後の昭和22年(1947年)日本国憲法下の建国記念日として政府によって提案されたが、占領軍GHQによって削除された。昭和42年(1967年)より、「建国記念の日」となり、国民の祝日となっり現在に至っている
2月11日は、戦前、初代天皇である神武天皇即位の日の祝祭日「紀元節」で、政府主催で奉祝行事が営まれ、国民挙ってお祝いしてきた。
ところが、戦後、連合国軍総司令部・GHQが、紀元節を祝祭日とすることを廃止した。アメリカを主体とするGHQの占領政策の柱は、日本の弱体化政策にあったからだ。
学校教育からは、神話を中心とする神道教育は禁じられ、国民道徳として日本人が遵守してきた教育勅語も廃止された。愛国主義的用語はすべて教科書から省かれ、黒塗りにされた教科書が使用された。こうした一連の占領政策で、紀元節も廃止されたのだ。これに加えて、国旗・国歌も、日教組によって学校教育の場から忌み嫌われてきたから、日本人の愛国心は、消されかけようとしている。
それを昭和41年に「建国記念の日」として復活させた。しかし、今だ、「仏作って魂入れず」。同様に、政府主催の「建国記念の日」の奉祝式典は一度も行われず、国民に「建国をしのび、国を愛する心を養う」ということが啓蒙されることがない。「渇だ!」と檄を飛ばし、「目覚めよ、日本人」と大喝したい心境だ。しっかりと守っていきたい伝統の記念行事だ。
日本建国の精神の大事は、神武天皇が大和地方(奈良)の橿原で即位し、国を肇いた目的を「六合を兼ねて都を開き 八紘を掩ひて宇と為さん」と宣明たことにある。この意訳は、「日本を建国する意味は、宇宙の星々が相互に助け合い調和している姿を地球にうつし、地球を一つの家・家族にすることである」とされている。これが「八紘一宇と言う伝統、正義の精神である。」この八紘一宇を今こそ復活させなければならない!!!
建国の肇より、宇宙を含めた世界観で、調和の世界を具現化していこうとする思想・哲学は、古事記、日本書紀を拠り所とする日本神話から生まれたものと拝察される。この精神と連動するように、日本の国旗は太陽を象徴した日の丸で、生きとし生けるものすべての命を育むという博愛の精神を象徴していることも忘れてはなるまい。
「建国記念の日」は、しかと「建国をしのび、国を愛する心を養う」日であります。
皇祖の親授し給いし稲穂を尊み、瑞穂の国の民を慈しみ給う神代ながらの御精神が、今日まで継承されているものである。又、その事業は天皇の我国を愛し、臣民を愛し給う故の、国造りの現れであったことを知らなくてはならない。広域的、組織的米作り農業を発展させることにより、臣民が心を一にし、良く話合い協同一致してこそ、推進す繁栄を得ることが出来、天祖、皇祖の御意(みこころ)に叶う生活が許されるのでという我国の国造りの精神を御指導賜ったのであることを忘れてはならない。
我国に於ける村社会、又は合議(話合い)国家、家族制度等、お互いがお互いを尊び支え合い、助け合い、『和(やわらぎ)』の精神を持ち、心を一にして日々の生活を営んだ結果の今日までの『精華』は、実は、神武天皇の全体的協同一致による米作りを通しての、新たな国造りにより果たされた精華であったことに気付かなければならない。正に、我大和の国の繁栄と発展とは、『和を以て』一致団結し、心を一にした協同一致の精神であり、その本質が存するのである。生まれ変わった大和。これが大和魂だ!!其れ故に神武天皇を『始馭天下之天皇(はつくにしらすすめらみこと)』と御讃え申し上げるのである。……我国は其の後、その御精神と大改革を奉じ、以後の天皇(すめらみこと)に継承されて行くのである。」
神武天皇による建国の理想「八紘一宇」を今からでも伝えて行かなければならないと思う。「八紘(あめのした)を掩(おほ)ひて宇(いへ)と為(せ)むこと,亦可からずや。」が「八紘一宇」の精神である。
我々は皇紀2674年という、世界に類稀なる国の歴史を戴いた。それは正に『世界人類の宝』というべき我国の皇国の歴史であることを再認識し、その御聖業と祖先の精進に対し、敬虔なる感謝の想いと心よりの賛美を申し上げ、その御精神、御理想を回想し、翼賛しまつり、国際社会に相対するべきではないのか。そしてそのためには先ず建国前の御東征の如く、今こそ「日本」の国に服わない国内外の敵を打ち倒し、日本破壊勢力を粉砕し、再び日本を日本たらしめるべきではないのか。
紀元節とは神武建国に感謝の誠を捧げるとともに、天業に仕え祀る決意を固める日であると思っている。疎かに過ごさず、国民としての誇りを味わいたい。
なお上述の通り「建国記念の日」なる呼称は、紀元節を否定する左翼に配慮してのものであり、歴史を汚すものである。
|

>
- Yahoo!サービス
>
- Yahoo!ブログ
>
- ブログバトン



