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(2)法令解釈の政治からの自律性が失われるおそれ
 
1.内閣法制局は、憲法を始めとする法令解釈について、時の権力に左右されず「法の番人」として、条文等から論理的に帰結される解釈の客観性や一貫性を担う使命を有する機関です。
 
実は、私が垣間見た事案においても、ある法律を所管する霞ヶ関の省庁がその運用解釈を判断するに当たり、当時社会的に大きな関心を持たれていたある法律問題についてある有力政治家(当時の政権の最高幹部)にとって都合のよいと思われる解釈を敢えて検討した際に、それを国会で答弁するに当たって、事前の内閣法制局の審査によって、当該有力政治家には都合が悪いけれど法解釈としては正しい解釈に変更修正され、その正しい解釈を時の総理大臣が本会議で答弁したという事例がありました。
 
残念ながら、霞ヶ関の省庁と政治家との関係はこうした危険を常態的にはらんだものであり、このようなケースは霞ヶ関全体で他にも少なからず存在すると承知しており、私は、内閣法制局はこうした時の権力におもることなく「法の番人」として、あるべき法解釈を貫く一種の「国士集団的な組織文化」を有しているものと理解しています。
こうした正しいプロフェッショナリズムが、法規範としての論理的な整合性を尊重するのではなく、いわば自分の政策方針のために憲法解釈を変えたい安倍総理等においては邪魔でしょうがないものなのでしょう。
 
2.しかし、内閣法制局も行政組織であり、その法令解釈の内閣への意見具申等の業務は長官に「統括」されるものと内閣法制局設置法で定められています。
つまり、長官以下の全員がある法解釈を合理的な理由をもとに「白」と考えても、長官が適当な理屈を付けてそれを「黒」だと言い張れば、内閣法制局の見解として、本来「白」となるべきものを「黒」とすることができることになります。(集団的自衛権行使に係る憲法の解釈変更はまさにこれです)
 
すなわち、以下の(4)で述べるように、本来、内閣設置法が求める法令解釈の「統括」業務の任に必要な資質を備えた方なのか俄に理解しがたい、しかも、本来あるべき法令解釈のルールを逸脱してでも特定の政治の意向を反映しようとする「国士」のあり方とは対極の疑念を抱かざるを得ない方針のもとの政治任用が一旦行われると、そこから先は組織が腐ってしまい、法制局全体として政治権力に左右されずあるべき法令解釈を貫くという組織の機能が失われ、それは、我が国の法治国家としての根幹を揺るがす事態となります。
 
 つまり、この度の長官人事は、「集団的自衛権の行使」の解釈変更の問題だけに留まらず、「法の番人」たる内閣法制局が権力の手先に貶められる危険性を有したものであり、国会における真剣な審議が必要な事項なのです。
 
※ もし、小松大使が歴代の内閣が「いかなる理由を設けてみても、条文改正でしか合憲とできない」と国会答弁している「集団的自衛権の行使」について、何らかの新しい理屈を設けることによりこれを「解釈変更により合憲とできる」と考えているのであれば、これは、内閣法制局長官に就任する者として求められるべき「内閣としての憲法解釈のあり方」、「三権分立のものとの国会と内閣の関係」等についての見識を著しく欠く者と考えざるを得ず、それはすなわち、内閣法制局長官としての資質を欠く者と言わざるを得ません。
  いずれにしても、このことは国会の審議において、直接小松大使本人に各党の代表が質疑を行うことによりその資質を明らかにする必要があります。
  
 
(3) 国会による行政監督が骨抜きになるおそれ
 
1.民主党の長妻昭代議士より「消えた年金問題」の追求などで活用された、国会議員が政府に所管する法令の解釈や業務についての事実関係の説明を求める「質問主意書」という制度があります。
  これは、国権の最高機関である国会が議院内閣制における政府への国会監督の機能を発揮するために国家法上に設けられた制度です。この質問主意書は、衆参両院のそれぞれが国会(院)として内閣に公式見解を求める非常に重い国家行為でもあります。
  従って、質問主意書の答弁書は閣議決定され国会(院)に送られるのですが、実は、各省が起案した質問主意書の内閣としての答弁案を審査する任にあるのが内閣法制局です。
 
2.ところが、私も、かつての霞ヶ関勤務時代に、質問主意書の答弁案を作成し内閣法制局の審査を受けた経験が何度かありますが、そもそも、各省庁における答弁案の作成方針としては、なるべく国会議員からの追求の矛先を鈍らせるよう、「問われたことに必要最低限度のことのみを答えればよく、かつそれで足りるはず」というものであり、十分な答弁内容ではないとして内閣法制局より何らかの修正指示を受けることが良くあるケースと認識しています。(念のため、私の場合はこういう修正指示は頂きませんでした)
 
3. こうした実態をも踏まえると、尚更、内閣法制局が「法の番人」という立場を失って、時の権力に遠慮するような組織となってしまえば、この質問主意書の審査業務もいい加減なものとなり、内閣から送付される答弁書は骨抜きのものとなってしまい、結果として、国会による内閣の監督の機能が劣化することになります。
  よって、こうした国会が有する内閣に対する「質問主意書」という特別の監督機能との関係でも、この度の長官の政治任用は重大な懸念が否定できないものと考えます。
 
 
(4)法制局長官としての適正な職務遂行が確保できない恐れ
 
1.この度の小松フランス大使の内閣法制局長官人事の問題の重要な点として、そもそも、内閣法制局での勤務経験が全く存在せず、また、国際法の専門家に留まる小松大使が、内閣法制局設置法が求める長官の職責を担うに足るだけの能力や資質を備えているのか明らかでないという問題があります。
 
2.内閣法制局の主たる業務は、全ての国内法令及び条約の条文審査を行うこと(法令審査業務)や、憲法解釈を含めたあらゆる法律問題について解釈を行うこと(法令意見業務)にあります。
この法令審査業務と法令意見業務における内閣法制局設置法に規定された長官の職務としてはこれらを「統括」すること、すなわち、これらの審査や解釈における憲法合憲性などの実質的な全ての責任を担うことにあります。
 
3.そして、この実質的な責任を全うするために、歴代の長官が行ってきた業務のあり方は、法令審査業務にあっては全ての法律案の一言一句の逐条的な審査を行うことであり、また、法令意見業務においても一部の軽微な案件を除いては自らその解釈の妥当性について確認を行うものです。
私が、かつての霞ヶ関官僚として内閣法制局に法律案の審査を受けた時も長官の審査によって条文の文言の修正が行われたことがありました。
また、私が、担当していた法律のある重要な問題についての法律解釈について法制局の中のプロセスとして長官まで解釈の妥当性の確認が行われたことがありました。
 
4.つまり、法制局長官の職務というものは、我が国の法制度や法律問題全般にわたる非常に広く深い見識を前提として、さらに、それらのあらゆる審査や解釈について常に高度の専門性をもって適切に対応できる「一種の究極の専門職」であり、そうした特別の専門性や能力を有した者以外に到底担えるものではないはずのものなのです。
 
5.では、そうした究極の専門職がどのように育成されているかというと、まず、霞ヶ関の各省の官僚の中でそれまでの度重なる法令審査や法令解釈において、これらの能力に特に秀でた者と認められた非常に優秀な官僚が選抜され、内閣法制局に参事官(課長級)として出向し5年ほどの勤務を行います。(法制局に出向する者は官僚の中でも畏敬の存在です)
 
  この参事官は、複数の省庁が抱える法律案や法律問題に対応します。例えば、出身省庁とは異なる案件についても必ず対応をします。そして、こうした参事官を5名ほど部下として従えるのが部長職です。部長は四名いますが、各部長は参事官よりも更に多くの省庁にまたがる案件を担当することになります。
  この部長職を、1〜3回ほど務め、そのうちの最後に憲法解釈などの法令解釈を一元的に担当する「第一部」の部長を必ず務めた者が、長官の手前の次長に昇任します。この第一部の部長経験が必須であるのは、法制局の主たる二つの業務のうちの法令意見業務を担っているポストだからです。
 
戦後、現在までに定着した内閣法制局長官に至るまでの人事慣行としてこれまでの三代の長官就任までの平均的な経歴を見てみると、法制局参事官(5年)、同部長(6〜8年)、同次長(1〜3年)などといったもので、長官就任までにその他のポストも含めて全員19〜20年余りの内閣法制局勤務を経ています
 
 
6.ちなみに、この度の小松大使が外務省時代に経験している条約審査業務などは、内閣法制局の一参事官と一部長がそれぞれ担当している職務の一部のものにしか過ぎません。内閣法制局で条約審査業務などを担当している参事官や部長は他の省庁の審査業務等を山のように抱え、経験を積んで行きます。
別の言い方をすれば、小松大使は条約審査等の専門家であっても、それを内閣における責任を背負って審査等した経験もなく、また、外務省が所管する法律や政令等の審査等の専門家ですらありませんでした。
これら小松大使が経験もしたことのない法令審査や法令解釈の業務等を着任したその日から内閣法制局設置法が求める「統括」のレベル、すなわち、法案の一言一句の逐条審査などを果たしていく必要があります
もし、次長以下の部下の業務を何ら実質的に統括できず、部下に丸投げして、憲法9条問題のみに勤しむのであれば、「法の番人」の頂点に立つ小松長官自身が内閣法制局設置法違反を犯して、しかも、本来より適切なものとできたはずの不適切な法令を生じさせているといったマンガのような事態が生じます。
 
※ 平成24年の法令案等の内閣法制局長官が行った閣議決定を行う審査案件は、法律案94、政令案302,条約案25です。これらすら適切に全うするに足る能力や資質を備えているのか大いなる疑問を禁じ得ません。
 
7.以上より、この度の小松大使の長官人事を、小松大使が外務省において国際法の専門家としてのポストを歴任していることから、菅官房長官においては「適材適所」の人事と会見で述べられているようですが、これは内閣法制局の職務の実態とそれに実質的な全責任を負う内閣法制局長官の極めて高度な専門職としての特性を踏まえると、政府としてその説明責任を果たしたものとは言えず、到底承服しがたい見解であると考えます。
 
従って、国内法とは法令として質が全く異なる国際法の専門家に過ぎず、しかも、法制局勤務が一度もなく我が国の法令全般に関する高度の専門的知見を得る修練を積まれていないと考えられる小松大使が、内閣法制局設置法に規定する長官の職責を適切に全うできるものか、すなわち、真に「適材適所」たり得る人材なのかどうか、その能力及び資質を明らかにする必要があり(能力も資質も足りない者を任命すれば内閣法制局設置法違反です)、そのために、小松大使をその長官就任前に国会招致し、ご本人に対し徹底した質疑を行う必要があると考えます。
 
 
※ 小松大使においては、憲法の保障する職業選択の自由を行使し、自らが内閣法制局長官の職責に相応しくないと判断すれば、それを辞退することができるはずではないかと思慮します。
仮に、そうであるにも関わらず、小松大使が、(更に仮に)自らの能力・資質や長官の職責に及ばないと自覚しているにも関わらず、長官への就任への意志を有しているとすると、それは、「法の番人」の全責任を担う内閣法制局長官たるものが有していなければならない職業倫理に反するものと考えざるを得ません。こうしたことについても、具体的に国会質疑で確認をさせて頂く必要があります。
 
以上

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