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 本日、4月24日公表の幹部自衛官による暴言事件の調査報告書は、「国民の敵」発言に関する防衛省内の証人等へのヒアリングなどさえも行うことなく、また、当事者である私へのヒアリングも行うことなく、一方的に、幹部自衛官と防衛省の見解を垂れ流したものであり、「国民の敵」発言の組織的隠ぺいのためと考えざるを得ません。
 以下、取り急ぎの調査報告に対する私の見解を述べさせて頂きます。 


1.総評
・ 防衛省が本日発表した幹部自衛官の供述においては、4月16日の夜に幹部自衛官が私に対して「気持ち悪い」「馬鹿」「国のために働け」「国益を損なう」「国民の命を守ることに逆行している」などの暴言を行ったことを認めており、自衛隊法58条などに違反する事実が明らかになった。

・ しかし、本日の調査報告は、幹部自衛官が私に「国民の敵」という発言を行った事実を組織的に隠ぺいしようとするものであり、誠に遺憾である。あったものをなかったことにすることは許されない。

・ この調査報告は、当事者(被害者)である私に対して調査担当者から何の問い合わせやヒアリングも行わずに、また、既に明らかになっている防衛省事務次官や人事教育局長の有する物証などに基づく調査を一切行わず、一方的に幹部自衛官と防衛省の見解を垂れ流すものである。
なお、私は事前にヒアリングの打診を受け「何時でも受ける」と意思表示していたところである。

・ 幹部自衛官の供述内容のうち、「国民の敵」という発言に関する事実関係については、不自然に事実の記載がなされていない、あるいは、別の事実にすり替えられるなどしており、あたかも「国民の敵」という発言がなかったことを正当化するような内容となっている。

・ その他の供述内容も、事実と異なる箇所、時系列が事実と反する箇所などが散見される。(総じて書き直しが必要な程度に事実に反するか正確性に欠ける)

■当日の模様は以下のIWJ現場インタビューをご参照


・ また、当日の状況の説明のために作成したとする再現写真も事実と異なる印象を与えるものとなっており、最後の「握手」写真については、当初は、私がポケットに手を突っ込んで握手に応じているかのようなシーンの写真が使われていたものを私の抗議を受けてマスコミ公表前に差し替えるなど、まさに「印象操作」のためのものと断ぜざるを得ない。

・ 調査報告には、幹部自衛官が既に認めている暴言がシビリアンコントロールを否定するものであるか等について、幹部自衛官の見解も防衛省の見解も何ら示されていない。
  自衛隊の存立に関わる歴史的大事件を、小野寺大臣の4月17日コメントにあるように「社会人のマナー」の問題に矮小化しようとしているものと考える。

・ 折しも、4月22日(日)放送のテレビ朝日サンデーステーションにおいて、この度の暴言事件について「防衛省幹部」なる者が「そんなに騒ぐこと? だって言葉の通りでしょ もちろん本人に言うのはバカなことだが」と発言したと報道されており、防衛省のシビリアンコントロールの崩壊は行き着くところまで行っていると大きな危機感を抱いている。(当発言や他にこうした違法の発言を行った者の存在について、24日に防衛大臣への調査要請を行っている)


2.防衛省の調査が組織的隠ぺいであること
・ 私は「国民の敵」などの暴言を受けて数分後に、「国民の敵という発言を撤回しないなら防衛省の人事当局にこの場で電話通報をする」との意思表示を幹部自衛官に行った。しかし、撤回を拒否されたため、防衛省の豊田事務次官に「自衛隊員を名乗る者から国民の敵などと暴言を受けている」と通報している。豊田事務次官はこの電話で私が「国民の敵」という趣旨の言葉を発したと明確に認めている。

・ また、武田人事教育局長は同様に(局長の上司に報告するために事件の詳細を教えて欲しいとの)事件直後の私との電話で、私が「国民の敵と暴言を受けた」と話したことについて、「国民の敵」という言葉をメモに残している。(なお、武田局長には事件現場でも「国民の敵」発言を電話で伝えている)

・ しかし、防衛省の調査担当者はこれら当事者たる防衛省幹部に対して文書による報告を求めたのみで直接のヒアリングを一切行っておらず(驚くべきことに、「本日の調査報告書の発表の段階でも、両者による正式の文書報告が調査担当者に提出されていない」とのことである)、また、今後も行わない方針とのことであり、そもそも、「国民の敵」発言の事実を真剣に調査するつもりすらないものと考えざるを得ない。

・ この度の幹部自衛官の供述内容においても、これら豊田事務次官の証言や武田局長の証言と物証を幹部自衛官に示した上で「国民の敵」発言の有無について調査を行ったことは(そもそも、そうした調査は一切行っていないので)一切記載されていない。

※ なお、当日に私が現場を離脱するタクシーの中で電話した知り合いの弁護士は、私が事件のせいで遅参となった理由として「国民の敵という暴言を受け、その撤回を求めていたこと」と説明したことを明確に記憶し、求めに応じて証言すると言ってくれている。

・ 防衛省による報告文書の「3」には、『 麹町警察署から「対応に当たった警察官は、本件取扱い時において、両当事者間でなされた文言のやりとりを聞いていない。」との回答があった。 』としているが、これは、「小西議員と幹部自衛官の二人だけの時のやりとりは警察官は誰も現場にいなかったので(当然に)知らない」との意味とのことであり、当たり前で書く必要もないことの記載による誤魔化し(隠ぺい)行為そのものと解せざるを得ない。
  なお、防衛省は当時現場にいた警察官に直接ヒアリングは行っていないとのことである。


3.供述内容について事実に反する点

※幹部自衛官の供述内容には事実に反する点が多々あるが、特に、「国民の敵」発言を否定するためと解される重要事項のみについて記述する。

○供述内容「9」「10」「11」について
・ 私は「国民の敵」などの暴言を受けた直後から、「一般市民なら許されるが、自衛隊員であるなら服務、法令に反し許されない」などと撤回を求めた。しかし、大柄で鍛え上げた体格で「国会議員に意見をして何が悪いんだ」などと強圧的な態度で迫ってくる幹部自衛官に有効に対峙し、発言撤回をさせるために、横断歩道の向こうにいた国会議事堂を警備中の警察官を呼び寄せた。

・ そして、その後に、幹部自衛官に対し「撤回しないなら防衛省の人事当局にこの場で電話通報する」と意思表示(警告)を行ったが、発言撤回が拒絶されたためやむなく豊田事務次官に電話をした。以上の事実関係については、当時の警察官も時系列の流れを認めている。

・ ところが、供述においては、こうした私の幹部自衛官への意思表示(警告)が記載されず、かつ、警察官を呼んでから事務次官に電話を行ったという時系列が異なるものとなっている。

・ なお、私が官僚トップの事務次官にまで電話をしたのは、国会議事堂の前で自衛隊員を名乗る者からシビリアンコントロールの崩壊を意味する「国民の敵」という発言を受けたからである。「気持ち悪い」などでは事務次官までは電話はしない。

・ この点、供述では私が事務次官に対して「罵倒したり、冒涜するような発言をしている者がいる」と通話したとしているが、幹部自衛官はこうした言葉を聞き取ったと証言しているのに、事務次官が明確に認めている「国民の敵」という趣旨の発言(さらには「気持ち悪い」発言も認めている)を聞き取っていないのは不自然である。

○供述内容「13」について
・ この「13」の供述中で、私が携帯電話で話している相手は、武田人事教育局長である。
 武田局長との通話を保持しながら私は携帯を耳に当てたまま、目の前に居る幹部自衛官と電話越しの武田局長の双方に聞こえるように、「今、この電話が繋がっている相手は、防衛省の人事の最高責任者である武田人事局長だ。武田局長の名前は防衛省のHPでインターネットで確認できる。もし、このまま国民の敵などの発言を撤回しないなら、あなたの所属と氏名を局長に通報する。あなたは処分されることになるがそれでもいいのか。撤回するべきではないか。」との旨を発言した。

・ こうした私の発言があったことは、武田局長も現場にいた警察官も認めているが、幹部自衛官の供述ではこうした私の発言を真っ正面から受けていたにも関わらず「会話の内容は、聞き取れませんでした。」となっており、明らかに不自然である。

・ また、「国会議員に意見をして何が悪いのか」などと強圧的な態度であった幹部自衛官はこの武田局長と私の通信を受けてようやく態度を変え始めたのであり、この点からも、「会話の内容は、聞き取れませんでした。」との供述は明らかに不合理である。

○供述内容「17」について
・ 幹部自衛官の「勉強になりました」という言葉は、事件の発生から30分弱ほど経った事件の最後に、私が幹部自衛官からの撤回・謝罪するとの意思表示を受けて、私からそれを表す発言を求めた際に幹部自衛官が発したものである。
 これが撤回・謝罪の発言としては余りにも不適切なものであるため、周囲の警察官も呆れた態度を取り(一部失笑が漏れるなどした)、再度私から幹部自衛官に撤回発言のやり直しを促し、「すみませんでした」といった発言があったものであり、これらの事実関係は現場にいた警察官も認めている。

・ そして、そもそも、幹部自衛官が供述している5.15事件や2.26事件の下りは、私が「国民の敵」という発言を撤回しない幹部自衛官に対して、国会議事堂を指差しながら「今から、70年以上前、まさにこの場所で軍人が政治家を国民の敵と叫んで総理などを暗殺していった。だから、こうした歴史の教訓の上にある自衛隊のシビリアンコントロールは守られなければならないのだ」という旨の話をして、彼になぜ「国民の敵」発言が許されないのかを「国民の敵」発言の史実を示しながら諭していたものである。

・ 以上、撤回・謝罪に値しない発言を行い、複数警察官の前で再度の発言を要求された事実について幹部自衛官が記憶にとどめていないとは余りにも不自然であり、そして、この記憶しているはずの「勉強になりました」との発言を、私が彼に「国民の敵」発言がなぜ許されないのかを史実をもとに言い聞かせた反応の言葉として供述しているのは「国民の敵」発言を否定するための意図的かつ便宜的な事実のすり替えと考えざるを得ない。

・ なお、この私の史実の言い聞かせによる撤回の要求は、例えば、「13」の武田人事教育局長との電話よりも時系列的には前のものであり、そのことは現場にいた警察官も認めている。


【参考】
・ 供述「8」に『「戦死」を身近に感じている私にとっては、小西議員の「戦死」という言葉の言い方が非常に軽く感じ・・・」とあるが、私は執務室に何十冊もの第二次世界大戦での日本軍兵士や日本国民の悲惨な戦死に関する書籍を置き、常にそれを読み返しながら、私自身が国会で証明するに至った集団的自衛権行使の解釈変更の絶対違憲などを追及し、その際には以下に示すように、何度も「自衛隊員をこのような違憲の武力行使で殺してはいけない」等、安倍総理らに追及している。

・ また、こうした信念に立つ私からすれば、供述「17」で私が幹部自衛官に言い聞かせたように「事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえる」との服務の宣誓の意味を国会で何度問われても答えられなかった小野寺大臣こそ自衛隊員の戦死についてこの上なく軽く考えている者と解せざるを得ない。
 なお、幹部自衛官の供述にはないが、当日、私は服務の宣誓のこのフレーズを丸ごと朗唱している。その時の握手は仲直りのためのものではなく、彼に自らの過ちと私の国会議員としての信念を伝えるためのものである。

・ 全自衛隊員は憲法尊重擁護義務を負う。当該幹部自衛官は私の違憲の証明(それは、国会で論戦され元最高裁判事らによって陳述され、民主党・民進党の党見解となり、全国紙の社説にも掲載されているものである)を学びもせず、偏狭な視野に囚われ違法な暴言に至ったのであり、部下の生命を預かる幹部自衛官(指揮官)として失格であると言わざるを得ない。

・ 17日に謝罪に訪れた河野統合幕僚長に直接伝えたが、自衛隊の全指揮官は、安倍総理の集団的自衛権行使の解釈変更が法論理ですらない不正行為による絶対の違憲であり、このようなもので自らや部下達が戦地に送られようとしていることを学ぶ必要がある。https://www.youtube.com/watch?v=4vYRpz5sYYo&t=852s

■186-参-決算委員会-7号 平成26年05月12日
○小西洋之君 笑っている人がいらっしゃいますけれども、私は、集団的自衛権の行使の下で、国民投票を行わない戦争によって自衛隊員の皆さんの体が砕け散って、真っ黒焦げに焼けただれて死んでいく、そうしたことをやっていいのか。

■189-参-予算委員会-10号 平成27年03月20日
○小西洋之君 集団的自衛権の行使は、これまで日本国憲法の上に存在しなかった戦争です。集団的自衛権の行使を発動すれば、安倍総理は安全な機雷掃海などと言っておりますけれども、集団的自衛権の行使を発動すれば、自衛隊員は必ず戦死します。これをごまかしてはいけない。自衛隊員の体が砕け散って、真っ黒に焼けただれて死んでいくことになります。

法務委員長 解任決議案に対する賛成討論 (本会議原稿)

 
                                          平成2967                                          民進党・新緑風会 小西 洋之
 
民進党・新緑風会の小西洋之でございます。
私は、会派を代表して、本解任決議案に対し、断固「賛成」の立場から討論を行います。
 
冒頭、秋野委員長におかれましては、社会保障の専門家として、この良識の府を舞台に、憲法の生存権の具現化のため格別の取り組みをなされてきたそのお姿に、私も一後輩議員として深い尊敬の念を抱くものでございます。
しかし、憲法と国会法が定める法務委員長のこの上なく重大な職責に照らし、首相官邸及び自民党に言われるがままの「職権濫用」の有り様は、立法府の存立そのものを否定し、国民の自由と尊厳を著しく侵害する違憲立法を主導する暴挙として、以下、心を鬼にして、断固厳しく問責を申し上げます。
 
○刑事局長の常時出席の職権濫用採決
 秋野委員長が解任されるべき理由の第一は、委員長が「忖度」を通り越した首相官邸の指示、すなわち、「総理のご意向」に従って、憲法及び国会法令に違反する政府参考人出席を強行したことであります。
 衆議院ですら、当初は開催日ごとの強行採決の暴挙であったのに、秋野委員長はあろうことか、この良識の府において、我々国会議員の大臣質問権を無きものにする「刑事局長の常時出席」を法案審議の初日の会議の冒頭から、いきなり強行採決したのであります。
 
 これは秋野委員長による、安倍総理という絶対権力者への「忖度」によるものだったのでしょうか。
いいえ。答えは明白でございます。加計学園や森友学園問題、さらには、強行採決の前日に被害者の告発会見がなされた総理のお友達記者の犯罪捜査への介入疑惑など、安倍政権を巡る重大極まりない違法行為疑惑への国民の怒りがいっそう大きく燃えさかる前に、会期中に何が何でも共謀罪法案を強行採決しろ、そのためには最初から刑事局長を答弁者として審議を強行しろ、という強固なる「安倍総理のご意向」に従ったのであります。
 
これには明確な理由があると考えます。
仮に、ある総理大臣が、自分が全責任を持って任命した大臣が、法案審議が一秒もなされていない段階で、法務委員長から「この大臣は答弁能力が無い。刑事局長に答弁させる」との本音に基づく無礼千万なる扱いを受けた場合に、これを大人しく受け入れる訳がないのであります。
 
更に、憲法66条では、内閣の各大臣は国会に対して連帯して責任を負うとされています。要するに、国会から答弁能力が無いとされた法務大臣を擁する内閣は、それ自体で「内閣として無能かつ失格」なのであります。
 
このように、自分が任命した大臣が無能と断罪され、更には、自分の内閣そのものが失格と烙印を押される屈辱を、常日頃「レッテル貼り」や「印象操作」にすら人一番敏感な安倍総理が何の異議も唱えない、例えば、総理大臣の座席から秋野委員長に対し必死になってヤジの一つも飛ばさないことは、安倍総理の普段の委員会室での異常なる振る舞いに照らし、到底理解できないのであります。
 
 そしてこの断固とした「総理のご意向」が、国民の目の前でまざまざと示された瞬間がございました。
 
それは、やはり審議の初日、民進党の有田委員の質問に対し、勢い良く手を挙げ「我こそは」と答弁しようとした金田大臣を、安倍総理が怒りの表情で力づくで押さえ付け「答弁阻止」した前代未聞の事件でございます。
申し上げるまでもなく答弁者の指名は委員長の職権でございます。ところが、安倍総理が「答弁者を刑事局長に強行指定する暴挙」に対し、秋野委員長は何らの議事整理権を行使することもなく、まさに「総理のご意向」に従ってしまったのであります。
 
 思うに、国会の常任委員長たるもの、国権の最高機関の責任者の矜持と国民に対する責任感を持って、あらゆる圧力と闘い、全政治生命を懸けて公正中立な適正審議を確保して頂く必要があるのであります。それができないのであれば、憲法の三権分立の趣旨にも照らして、委員長は即刻解任されなければならないのであります。
 
○違憲立法である共謀罪法案の強行
 解任の第二の賛成理由は、委員長が強行採決へと推し進める共謀罪が、かつての治安維持法が宗教団体やその教組をも弾圧した悲劇の史実が示すとおり、稀代の違憲立法であり、悪法であることであります。
共謀罪法案は、憲法31条が求める構成要件の明確性や厳格性において、「組織的犯罪集団、実行準備行為、共謀、計画」等々の中核概念についてすら、「下見と花見の違い」答弁が象徴するように、未だに何が何であるのか国会も国民もさっぱり分からない状態にあります。
 
そもそも、委員長が行うべき職権行使とは、こうした、共謀罪法案の憲法違反の問題、その濫用の危険や、「一億総『監視』社会」を生み出す危険の解明のために、適正審議を実現することにこそあるのであります。
 
例えば、本法案は、共謀罪の適用犯罪である277の犯罪のそれぞれについて、その必要性と合理性を詳細に立証した「立法事実」に値する政府資料が存在せず、この意味でも審議の前提を欠く違憲立法でありますが、「立法事実が提出されない限り審議せず」と理事会の討議を主導するのが、憲法及び国会法に基づく本来の委員長の職責なのであります。
 
さて、安倍総理は、こうした違憲立法の真相を国民に隠蔽するため、今や安倍総理の代名詞である禁じ手を連発しています。
それは、加計学園事件ですっかりお馴染みとなった「印象操作」です。
 
政府によるこの法案の名称は「テロ等準備罪」ですが、しかし、277の犯罪の中で「テロ等準備罪」との罪名の犯罪は一つもありません。テロという文言すら当初の政府原案には存在しなかったのであります。また、そもそもTOC条約はテロ対策目的ではなく、加盟のために共謀罪を創設した国は二カ国しかなく、しかも我が国だけが「包括的な共謀罪の創設」という究極の逸脱に及んでいるのであります。
 
要するに、「東京オリンピックのためにテロ等準備罪が必要だ。なければ開催できない。」と国民に対し不当な「印象操作」を必死に行っているのが、安倍総理本人なのであります。
なお、一昨年の空前絶後の違憲立法である安保法制審議においても「平和安全法制」という自衛隊員や国民の尊厳を蹂躙する「印象操作」が強行されました。
 
しかし、法務委員長は、こうした不法ともいうべき安倍内閣の「印象操作」を正すどころか、安倍総理のラジオ番組における「野党が不安を広げる議論を延々としてる」との旨の「法務委員会の存立そのものを否定」する「レッテル貼り」・「印象操作」の暴言について、野党理事の抗議を放置し、委員会の職権開催を強行したのであります。
 
○共謀罪を絶対に「組織的憲法違反集団」である安倍内閣に渡してはならない
最後に、この法案の濫用の危険について申し上げます。
 共謀罪は、安倍政権の下で必ず濫用される。それは火を見るより明らかな真実であります。
 
安倍総理は5日の決算委員会で、加計学園の獣医学部新設について、「総理は関与できない仕組みになっている。国家戦略特区諮問会議でしっかりと議論がなされ、そこで決まる。介入する余地はない。」との旨を述べています。
しかし、この諮問会議の議長は他ならぬ安倍総理であり、そして、52年ぶりに解禁した学部新設を事実上加計学園のみに独占させた内閣府・文科省の共同告示を発出した担当大臣は、内閣府所管大臣たる安倍総理本人なのであります。
 
要するに、加計学園の獣医学部新設は、法制的には安倍総理ただ一人のみが独占する「内閣総理大臣の職務権限」に基づき行われたものなのであります。
 
更に、安倍内閣は、自らの責任で任命した文科省前事務次官が「本物である」と証言する「総理のご意向」等を示した文書について、「誰かが勝手に作ったもの。行政文書にも当たらない。怪文書だ。」との旨を主張しています。しかし、恐らくは、元霞ヶ関官僚であられる秋野委員長や不詳私も、これが官僚が作成し組織的に使用した「行政文書」そのものであることは一見にして明らかなのであります。
 
 このようなまさに「黒を白と言いくるめる類い」の法制度の濫用解釈を乱発する行政府に対し、何故に、委員長は法案審議を強行されるのでしょうか。ひょっとして、首相官邸においては、早速この共謀罪を使った言論封殺の意図があるのではないでしょうか。
 
実は、民進党や報道機関が入手した「『官邸の最高レベル』との文書の配信メール」、すなわち、メールの送受信欄と同姓同名の職員が現に在籍することが確認されているメールですが、もしこれが、安倍内閣の主張どおり、出所不明等の文書、すなわち、文科省職員の作成した文書でもなく行政文書でもないとされるのであれば、なんと、その民進党への提供などが、共謀罪法案に明記された「偽造公文書行使等」の犯罪に該当すると解されるのであります。
 
とすると、前事務次官の告発にあるように「公平、公正であるべき行政の在り方がゆがめられた」、すなわち、違法行為による「法の支配の破壊」に対して、憲法15条に定める「全体の奉仕者」たる公務員の良心に照らし信念を持って立ち上がった文科省の現職員や前事務次官に対し、これまでは「総理のご意向」に粛々と従って獣医学部新設に励んできたお役所たる「団体」、あるいは、その粛々たる担当職員等の集団たる「団体」であったのに、突如その「団体の性質が一変した」として、これを違法な「組織的犯罪集団」であるとレッテルを貼りつけ、共謀罪を適用する、あるいは、その適用を威嚇することもできるのであります。
 
 共謀罪は必ず濫用される。
国家権力最大の発動である戦争を禁止した憲法9条すら、法論理も何もない「昭和47年政府見解の恣意的な読み替え」という非科学的不正行為で解釈変更を強行し、そして、他の憲法や法律の条文を濫用解釈し、さらには、森友・加計学園問題等々を引き起こしている「組織的 憲法違反 集団」であり「組織的 法令濫用 集団」である安倍内閣が、自らの権力を何が何でも維持するため、手に入れた共謀罪を濫用しない訳がない。
 
その危険を国民に訴え、断固共謀罪を廃案に追い込むために会派を挙げて全力で闘う決意を申し上げ、法務委員長解任の賛成討論とさせて頂きます。
 
 ご静聴ありがとうございました。
以上

4. 安保法制はなぜ絶対の違憲なのか
 
本論の前半「3.」までで、「安倍総理が唱え始めた9条3項改憲が、実は、安保法制の合憲化改憲そのものであり、それは憲法9条の規範性そのものを改変する改憲であると同時に、日本が法治国家として自殺行為を犯すものである」ということをご説明しました。
 
 では、安倍総理は、なぜ、このような自衛隊の明記に止まらず、「集団的自衛権行使などの安保法制を認めるかどうか」の内容に至ることになるはずの9条改正を唱え始めたのでしょうか。しかも、2020年中との期限を区切ってまでして。
 
 私はその最大の狙いは、自衛隊の存在の明文化ではなどではなく、未来永劫に絶対の違憲立法である「安保法制の合憲化」であると考えています。
 
 以下、本論で一番大切なことをご説明します。
 
 
実は、安保法制は、真相を知って頂ければ中高生でも分かる本物の憲法違反です。
安保法制は、「多くの憲法学者が違憲と言っているから違憲」なのではなく、この世に日本語が存在し、真実と論理に基づく常識が存在する限り、つまり、日本が北朝鮮のような「人治国家」ではなく「法治国家」であり続ける限りは、「未来永劫に絶対に違憲無効の法律」なのです。
 
安倍内閣は、歴代政府が「9条の解釈変更で可能とすることは絶対にできず、憲法改正で9条の条文そのものを変えない限り不可能である」と国会答弁してきた集団的自衛権行使を突如として解釈変更によって可能に、つまり、合憲にしました。
 
実は、安倍内閣は、この不可能なことを可能にするために新たに9条の解釈を論理的に作り出すのではなく、逆に、どのようにしてもそれを作り出すことができなかったので、「昭和47年政府見解という田中角栄総理の時代に作成された政府文書に集団的自衛権行使が合憲と書いてあることを発見した。実は、もともと合憲だったのだ。」というとんでもないインチキ、ペテンを主張し、そのことを解釈変更の唯一の合憲の論拠として7.1閣議決定に明記してあるのです。
 
つまり、安倍総理は集団的自衛権行使を合憲とする憲法9条解釈の「基本的な論理」なるものを昭和47年政府見解の中にねつ造し、「基本的な論理の枠内だから、限定的な集団的自衛権行使を解禁しても違憲ではない」と主張し、解釈変更を強行しているのです。
 
しかし、このような主張は法論理のかけらもない「論理のねつ造というインチキ・ペテンの不正行為」であることが、昭和47年政府見解の作成者である当時の吉國内閣法制局長官がその作成契機となった国会答弁で「憲法9条においては個別的自衛権の行使しかできず、集団的自衛権行使は違憲である」と明言しているなどの物証と御健在の作成者の御一人の生の証言などによって、完膚なきまでに科学的に立証されています。
 
これは小西説などではなく、「安倍政権の新三要件は立憲主義に反する」と安保国会前の2015428日の民主党が党見解に明記し、安保国会においては元最高裁判事、元内閣法制局長官などが「法匪という悪しき例である」「将来の裁判所では通用しない」「黒を白と言いくるめる類いである」などと厳しく批判し、昨年9月には朝日新聞や東京新聞が社説において「違憲である」と訴えているものなのです。
しかし、その後の社会的追及が中途半端であるために、国民の皆さんにとって最重要の問題であるにも関わらず未だに十分に世論化されていないのですが、かつて天動説が地動説に破れたように論争としては完全に決着が付いているのです
 
※ 安倍総理の解釈変更が「最高裁の統治行為論」も使えないインチキ、ペテンの絶対違憲であることは以下の記事をご覧下さい。
元最高裁判事が一刀両断!「違憲の証明」http://blogos.com/article/134230/
※ 報道や法律関係者の方々は、日本学術会議に提出した以下の小論をぜひご覧下さい。
解釈変更の合憲の論拠が科学でないことの証明 https://goo.gl/oBGn8O
 
 
5. 9条3項改憲の打破は法治国家存立の闘いである
 
つまり、安倍総理の9条3項改憲論は、「そもそも、法治国家を滅ぼす暴挙である安倍総理の9条の解釈変更とそれに基づく絶対の違憲立法である安保法制を放置して、国会として9条の改正審議や改正発議を行うことが国民に対し許されるのか」、「また、日本社会は、国会のそうした審議や発議を許してよいのか」という、我が国の国民主権と民主主義のあり方そのものが問われている問題なのです。
 
 憲法9条を法的な論理もないインチキ、ペテンで改変し、許されるはずのない集団的自衛権行使などの戦争行為を可能にし、それにより内閣総理大臣の判断で自衛隊員や国民を戦死させることを可能にしている状態は、今の日本においては憲法が立脚するところの法の支配・立憲主義が破壊され存在できなくなっていることを意味します
 
 すなわち、国家権力の最大の発動である武力行使(戦争)を禁止した憲法9条すらインチキ、ペテンで改変し、それを数の力で強行採決する政治の下では、憲法のあらゆる条文が時の権力者の意のままに改変されてしまうことを意味するのです。
現に、言論報道の自由を定めた憲法21条を蹂躙し「たった一つの放送番組に関する政治的公平の判断で放送局の電波全体を止めることができる」という放送法の解釈変更を強行するなど、安倍政権の下で憲法違反の暴挙が次から次に積み重ねられています。
 
 そして、この法の支配・立憲主義の破壊は、9条3項改憲によって安保法制が合憲化されても何ら変わることはありません。
過去に絶対の違憲立法を民主主義社会の力で阻止し破棄することができなかったという歴史は、9条3項改憲によって「法治国家の敗北と崩壊」という烙印として永久に焼き付けられることになります。そして、この烙印は、法の支配・立憲主義の奪還と再生に目をつぶらせ背を向けさせるだけでなく、その努力そのものを諦めさせる毒薬として日本社会を汚染し続けることになるのです。
 
つまり、端的に言って、安倍総理の9条3項改憲と日本社会の闘いは、日本が法治国家として存立できるのかどうかという闘いになるのです。
子ども達に安倍総理という権力者の「人治国家」ではなく民主主義に基づく「法治国家」を譲り渡すことができるのかという、まさに世紀の闘いなのです。
 
一旦壊れた法治国家のシステムは安倍総理が総理大臣を引退しても変わることはできません。逆に、安倍総理を支えてきた与党議員は自らの政治生命を守るために必死になって解釈変更と安保法制を維持するため対抗し続けるでしょう。
 
この闘いに勝利するためには、国会議員や野党だけでなく、社会のあらゆる皆さんが一刻も早い安倍政権の倒閣のために、それぞれの立場で信念に基づいた行動をして頂く他ありません。
 
特に、報道関係者や学者の先生方は戦前の反省を踏まえ、「解釈変更における安倍内閣の合憲の主張は論理のねつ造という不正行為であり、故に安保法制は絶対の違憲である」という真実を主権者である国民の皆さんに分かりやすく繰り返し伝えて頂くとともに、決然として、法の支配・立憲主義を守り抜くための行動をして頂かなければなりません。
 
 
6. 全国会議員は9条3項改憲を阻止する憲法上の義務を有する
 
もちろん、立憲主義・法の支配の奪還のために最重要の責任を担うのは国会議員と政党です。
私は、現在、参議院の憲法審査会の幹事を務めていますが、何があっても安倍総理の9条3項改憲論に応じてはならない、すなわち、この改正原案の審議に応じることは絶対に許されないと考えています。
 
それは、日本が法治国家であり続けるために当然のことであるとともに、国民の皆さまに対し国会議員として負う憲法尊重擁護義務(第99条)に照らして、当然のことであると考えるのです。
 
憲法尊重擁護義務とは、憲法を法規範として扱わないような暴挙を追及し国民の手に憲法を奪還する法的な責務を国会議員は負っている、すなわち、これらを全力で行わない国会議員は第99条に違反するということを意味します。
とすると、国会議員である以上、絶対の違憲である安倍総理の解釈変更と安保法制の徹底追及とその廃止の実現を棚に上げて、憲法9条に新3項を追加する改正議論を行うことなどは許されようがないのです。
 
更には、安倍総理の9条3項改憲論に応じてはならない、すなわち、この改正原案の審議に応じることは絶対に許されないことは、国会法で定められた法的な義務を国会議員が守るためにも必然のことだと考えています。
 
憲法審査会の職務を定めた国会法102条の6においては、「日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制について広範かつ総合的に調査を行う」と明記されています。つまり、憲法審査会は9条そのものやその基本法制である安保法制の憲法問題を調査する、すなわち、それらに生じている憲法違反や法の支配・立憲主義の破壊の問題を調査するための委員会であることが設置法(国会法)で明定されているのです。
 
よって、これに全力で取り組まない国会議員は上記の憲法99条違反に加えて国会法違反という法律違反を犯すことになるのです。
すなわち、この憲法審査会で、国会議員が絶対の違憲である9条の解釈変更と安保法制を徹底追及しその廃止を実現することを棚に上げて、新3項の改正審議を行うことなど許される訳がないのは、これまた自明の理なのです。(※2)
 
 
7. 今こそ、安倍政権を打倒する政治戦略の実行を!
 
本来、絶対違憲の解釈変更と安保法制を国民世論の力で破棄できないことは、日本が法治国家として市民社会として、現状において安倍政治に敗北してしまっていることを意味します。
逆に、既に物証などによって完全に証明済みであり、違憲の強行という最大の政治犯罪である安倍内閣の解釈変更と安保法制の違憲問題について、強大な国民世論を形成し、安倍総理と与党を痛撃していくことこそ、安倍政権打倒の最強にして最優先の戦略でなければなりません。
以下にその戦略をご提案していますので、ぜひご覧下さい。
 
※ 安倍政権を打倒する政治戦略の実行を!〜「壊憲」インチキの世論化〜
 
子ども達に、安倍総理による人治国家ではなく民主主義の法治国家を取り戻す。そのために、安倍総理による9条3項改憲を安倍政権打倒の闘いにするため、私も一国会議員として全力を尽くすことをお誓いします。
皆さま、ともに頑張りましょう!
 
 
201755日 参議院議員 小西洋之
 
 
※1 安保法制を廃止した後の日米同盟のあり方や弾道ミサイル防衛のあり方などの政策論はこちらをご参照。「専守防衛に基づく安全保障政策論」として、ぜひ拙著P.123以下をご覧下さい。
違憲の絶対証明」を含めた拙著の全編は以下でご覧頂けます。
 
※2 参議院の憲法審査会においては、平成26611日に「立憲主義に基づいて、徹底的に審議を尽くす」、「国民主権、基本的人権の尊重及び恒久平和主義の基本原理に基づいて、徹底的に審議を尽くす」との附帯決議が成立しています。この附帯決議の規定からも、新3項の審議以前に安倍内閣の9条の解釈変更の違憲が徹底追及されなければならないことは自明です(私はこの決議文の起草者です)。
 
※3 安倍総理の9条3項改憲は9条の破壊のみならず、9条の法的な母とされている全世界の国民が平和的生存権を有することを確認するなどの「憲法前文の平和主義の法理」をも破壊し、日本社会を全く別の社会に変容させるものでもありますが、この問題は別にご説明します。(以下は、ご参考)
安倍総理は憲法記念日に、「9条の平和主義の理念については、未来に向けて、しっかりと堅持していかなければならない」とした上で、「1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込む」という憲法9条改正を2020年中に行うべきと公言しました。
 
 その理由として安倍総理は、「多くの憲法学者や政党の中には自衛隊を違憲だとする議論が、今なお存在している。「自衛隊は、違憲かもしれないけれども、何かあれば、命を張ってくれ」というのは、余りにも無責任だ」との見解を示しています。
 
 この安倍総理による9条3項改憲論は、実は、絶対の違憲立法である安保法制を合憲化してしまうとともに、同時に、日本が法治国家として存在していくことを未来永劫に不可能にしてしまう究極の蛮行です。
 
以下、そのことを分かりやすくご説明します。
 
 
1. 自衛隊を違憲の存在にしたのは安倍総理
 
 最初に、安倍総理の9条3項改憲論が、その発言自体として、この世のものとは思えないほどに非常識で非論理かつ不合理な暴論であることを指摘します。
 
 平成11520日、大森内閣法制局長官は「自衛隊は合憲である、しかし必然的な結果といいますか、同じ理由によって集団的自衛権は認められない」と国会答弁しています。要するに、安倍内閣以前は「自衛隊が合憲であるのはあくまでも自国防衛のためのみの組織だからであり、自衛隊は集団的自衛権を行使して他国を守る「他衛隊」となることは違憲の存在となるためできない」との憲法解釈で一貫していたのです。
 
 また、これは同時に、「自衛隊員は絶対に、総理大臣の命令によって、集団的自衛権行使の戦争に命を張って戦い、戦死することはない。また、他の一般市民も、総理大臣が起こした集団的自衛権行使の戦争で戦死することはない」という、政府の9条解釈が立憲主義に立脚していることを意味していました。(立憲主義とは、「憲法は、武力行使(戦争)の発動などの国家権力のあり方を制限して国民の生命・人権を守るためにあり、それ以外のあり方は許されない」という考えです)
 
つまり、実は、自衛隊を集団的自衛権を行使する存在に変え、憲法学者どころか元内閣法制局長官にまで「違憲」と批判される事態を生み出し、自衛隊員を集団的自衛権行使という新しい戦争で戦死させるという立憲主義に反する暴挙を強行しているのは安倍総理自身なのです。
 
安倍総理の9条3項改憲論は、自衛隊員を始めとする国民を尊厳ある存在と全く考えず、また、法の支配や立憲主義という法治国家の至上の価値を何ら尊重しない、通常の人ではそもそも発想すらもできない戦慄すべきとんでもない暴論であることを、まずは皆さまと共有させて頂きたいと思います。
 
 
 さて、憲法9条2項で「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と明記してあるのに自衛隊が存在するのは不合理であるなどとして、憲法9条に新3項を設けて自衛権行使の根拠、すなわち、自衛隊の保持を明記すべきという主張は、以前より公明党の「加憲論」などがありました。(※1)
 
しかし、安倍総理が強行した安保法制が法律として存在する状況における新3項は安倍総理の主張する単なる「自衛隊の合憲化の確認」に止まらず、集団的自衛権行使など安保法制で解禁された違憲の軍事力の行使を合憲化することを意味します。
 
つまり、安倍総理の9条3項改憲は、違憲立法である安保法制の合憲化そのものなのです。
 
 以下、具体的にご説明します。
 
 
2. 新3項の「自衛隊」は一体何ができるのか?
 
 議論のために、安倍総理の主張を「忖度」ではなく推察して、9条3項の条文案を書いてみました。モデルは、違憲の解釈変更である7.1閣議決定にある集団的自衛権行使を可能にする「武力行使の新三要件」です。
 
 第二章 戦争の放棄 
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
3 前項の規定に関わらず、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がない場合に、必要最小限度の自衛権を行使するための組織として自衛隊を保持するものとする
 
さて、新3項に「自衛隊を保持するものとする」をいう文言を明記しましたので、これで、自衛隊が合憲であることは誰の目にも明らかになりました。
問題は、この自衛隊が一体何ができるのか? つまり、この自衛隊がどのような「自衛権の行使」ができるのかということです。
 
憲法改正を決定するのは国民の皆さんによる国民投票ですが、その前に、衆参の本会議で国会議員の2/3以上の賛成による憲法改正の発議があります。そして、この本会議で採決される憲法改正の原案は、その更に前に衆参の憲法審査会という委員会で審議されることになっています。
 
ポイントは、この憲法審査会及び本会議の審議の中で、当然に、憲法改正の原案を提案した自民党の議員に対して、「新3項の「自衛隊」は、個別的自衛権以外に集団的自衛権も行使できるという条文解釈なのか?また、米軍の戦闘のために弾薬提供などの後方支援や米艦防護などもできるのか?」という追及がなされるということです。
 
これは当たり前のことで、自民党の改正原案の提案者によって新3項の「自衛隊」の条文解釈が示されない、つまり、「新3項の自衛隊が何ができるのか?」が明らかにならなければ主権者である国民の皆さんは「その自衛隊の存在を憲法上に明記していいのかどうか」の国民投票の判断ができないからです。
歴史上の経験として、何だか得体の知れないものを条文に明記してしまい、後にそれが暴走して国民に大きな不幸をもたらした例は、明治憲法を始めとして世界の憲法や法律に数え切れないほど存在します。
 
つまり、新3項の「自衛隊」の条文解釈が「個別的自衛権しか行使できない!いや、集団的自衛権も行使できるのだ!」などといった玉虫色の解釈のまま、国民の皆さんの憲法改正の国民投票に発議されることなどあり得ないし、断じてあってはならないのです。
 
とすると、安倍総理と与党を始めとする改憲派は「集団的自衛権行使を含む安保法制は絶対に合憲だ」という主張ですから、自民党の提案者の条文解釈の説明としては、「新3項に明記される「自衛隊」は当然に集団的自衛権などを行使できる」というものしかあり得ません。
 
つまり、衆参で2/3以上を占める改憲派が強行するにしても、「自衛隊の存在を憲法上に明記するために9条に新3項を設けたいと思います。この新3項に明記される「自衛隊」は集団的自衛権行使を始め安保法制で認められているあらゆる軍事力を行使することができます。主権者である国民の皆さん、ぜひこの憲法改正を認めて下さい!」という説明による憲法改正の国会発議しかあり得ないはずなのです。
 
これは、単に自衛隊を9条に明記する改正に止まらず、「その自衛隊に何ができることを認めるのか」という9条の内容の変更を含む改正になります。
 
よって、安倍総理の主張する9条3項改憲は、そのあり方として、単なる自衛隊の存在の明記に止まらず、「集団的自衛権行使を始めとする安保法制で付与された自衛隊の違憲の軍事力の行使を合憲化する」という憲法改正にならざるを得ないものであり、安保法制に反対する全ての勢力は、何が何でも全力でこれを阻止しなければならないものなのです。
 
 
3. 新3項の「自衛隊」の解釈が不明なまま改憲が強行される
 
さて、新3項の「自衛隊」の条文解釈が玉虫色のまま改正原案が発議されることはあり得ないとご説明しましたが、間違ってもこれで「なんだ、結局は国民が判断して決めることができるんだ」と安心してはなりません。
安倍政治の下では、「国民の皆さんに改正原案の解釈が明らかにされないままに、国民の皆さんが改憲の国民投票に駆り出される」という法の支配・立憲主義に反する改憲が強行される空前絶後の事態も十分にあり得ます。
 
恐らく、安倍総理はこれを狙っているのだと考えます。
 
それは、自民党の改正原案の提案者が「安保法制が違憲かどうかは最高裁が決める。新3項は安保法制の合憲・違憲には関知しておらず(それは、1項・2項の解釈のみで決まる)、自衛隊の存在の明記だけを行うものだ」とのみ言い張り、新3項の「自衛隊」の条文解釈を明らかにしないやり方で憲法審査会と本会議の審議・採決を強行することです。
 
国会の憲法審査会及び本会議の役割は、憲法改正の原案が法的にどのような意味を有するのか、すなわち、「新3項に明記された自衛隊は一体何ができるのか」という条文解釈を明らかにすることにありますから、こうした憲法改正の発議は絶対に許されることではありません。
 
しかし、現に、後半の「4.」でご説明するように、国会審議の上では完全に違憲立法であることが立証されていた安保法制も「誤魔化し、すり替え、居直り、時間稼ぎ」などの安倍内閣以前には全くあり得なかった卑劣極まる手法による徹底した答弁拒否によって最後は強行採決され、共謀罪など他の法案審議においても、こうした法治国家と議会制民主主義の存立そのものを破壊する空前絶後の暴挙が常態化してしまっています。
 
そして、もし、こうした改正発議が強行され、それがまかり間違って国民投票でも認められてしまった場合には、憲法の条文解釈上は「新3項の自衛隊は何ができるのか?」は直ちには明らかになりませんが、実際には、次のように、「自衛隊は何ができるのか」について憲法の内容が大きく変わってしまうことが生じます。
 
一つは、安倍政権は、国民投票の後になって、「9条3項の改正により、安保法制が合憲であることについても国民投票でお墨付きを頂いた」と臆面もなく主張し始めるということです。そして、以前にも増して、安保法制の運用を際限なくエスカレートしていくことになるでしょう。
 
二つ目は、実は、この新3項が「安保法制の違憲訴訟」における最高裁の判断に悪い影響を与えることになりかねないということです。
つまり、安保法制の違憲訴訟において、最高裁が「安保法制は合憲である」という判決を出したり、あるいは、「安保法制という高度の政治性を有するものについては最高裁は判断をしない」という「統治行為論」に逃げて安保法制を合憲としかねないことです。
 
まず、違憲訴訟を提起されている安倍政権としては、裁判での訴えにおいて「従来の安倍内閣としての安保法制の合憲論(注:これは「4.」でご説明するように我が国の最高裁が北朝鮮の裁判所のようにならない限り、絶対に認められず違憲判決が下されるものです)」に加えて「新3項の改正によって、もともと合憲であった安保法制の合憲性は新たに担保されることになったのだ」という主張を持ち出してくることになります。
 
すると、最高裁としては、国民投票の結果として新3項が追加された、すなわち、それが安倍総理及び与党という安保法制を強行した政治権力をその後の国政選挙で支持している国民によって憲法改正をして可決された以上は、安保法制について違憲判決を出しにくくなることが危惧されます。
あるいは、より一層、悪名高い「統治行為論」に逃げ込む判断になりやすいと危惧されるのです。統治行為論は安保法制の憲法判断をしないという手法ですので、安保法制は合憲立法として残ってしまいます。
 
こうした「違憲立法を誤魔化しの憲法改正で合憲化する」というやり方は、憲法が立脚する法の支配・立憲主義そのものに反します。(ようは、法治国家がやることでは断じてない)
従って、そもそも改正原案の国会審議で自民党の提案者が「新3項は、安保法制の合憲・違憲は関知していない」との条文解釈を示している以上は(もっとも、これすら示さず強行する可能性もありますが)、最高裁としては司法権の存立に懸けて決然として新3項にとらわれることなく1項・2項のみを根拠に安保法制に対し違憲判決を出さなければなりませんが、戦後の最高裁の消極的な姿勢に鑑みるとこれは相当に困難なことではないかと危惧します。
 
 
 以上、安倍総理が唱え始めた9条3項改憲は、「どちらに転んでも安保法制の合憲化改憲そのものであり、それは憲法9条の規範性そのものを根底から改変する改憲であると同時に、日本が法治国家として自殺行為を犯してしまうものである」ということになるのです。
 つまり、安倍総理や与党議員の口車に乗って、この改憲に乗り出すと、後で幾ら後悔しても取り返しの付かない事態が生じるのであり、絶対に阻止しなければなりません。

逆に、9条3項改憲というこの危機を好機に変えて、違憲の強行という最大の政治犯罪である安倍内閣の解釈変更と安保法制の違憲問題について、強大な国民世論を形成し、安倍総理と与党を痛撃していくことこそ、安倍政権打倒の最強にして最優先の戦略にすることができます。
 以下にその戦略をご提案していますので、ぜひご覧下さい。
 
※ 安倍政権を打倒する政治戦略の実行を!〜「壊憲」インチキの世論化〜
  
https://goo.gl/xl652H
 
 本論の後半「4.」以降では、この「日本が法治国家として自殺行為を犯すものである」という意味について、「なぜ、安保法制が絶対の違憲であるのか」のご説明と「安保法制により、どのように日本が法治国家として破壊されてしまっており、それが、9条3項改憲によって取り返しの付かない崩壊にまで至るのか」について分かりやすくご説明をします。
 
 

※1 安倍総理が主張する自衛隊の存在の明記のための9条3項は以下の点でも法的に不合理な主張となります。
(1) 9条の学会の違憲論は自衛隊の組織・装備の実体が2項の「戦力」に該当しているという評価に基づくものが主流である。仮に、新3項で自衛隊を明記しても第2項のこの評価が変わらない限り自衛隊の違憲論は学説として意義を有することになる。
(2) 「憲法9条の文言は、我が国として国際関係において実力の行使を一切行うことを禁じているように見える」(平成16年政府答弁書、7.1閣議決定等)という9条の文理としての解釈を、国民の生命を守ることを国政の最大の責務として定めた憲法13条等との論理解釈によって乗り越え、我が国に対する外国の武力攻撃が発生した場合にやむを得ず必要最小限の武力を行使する(限定的な個別的自衛権の行使)ことだけは認められそれを担う実力組織の自衛隊が合憲であるという歴代政府の憲法9条解釈は、例えば、「一切の表現の自由はこれを保障する」とある憲法21条の規定を、個人の名誉権を定めた憲法13条との論理解釈で乗り越える解釈などと法的には同じものであり、憲法はもちろんあらゆる法令で当たり前のものである。
(3) 「憲法9条の文言は、我が国として国際関係において実力の行使を一切行うことを禁じているように見える」という9条の文理としての解釈は、肥大かつ暴走しがちな軍事的組織の目的・機能・規模・態様等を制限する強力な法的規範として機能してきた。安倍内閣もこの文理としての解釈を論理的に乗り越えられず「4.」で説明する「昭和47年政府見解の読み替え」という暴挙によって集団的自衛権行使を解禁するに及んでいる。新3項に自衛隊を明記することによって、新9条全体の文理としての解釈がこれと同じものを維持できるのかは不明であり、軍事的組織の統制規範としての機能が弱まる可能性がある。
(4) 9条2項の戦力の不保持は、米空母カール・ビンソンのような攻撃型空母や戦略爆撃機、大陸弾道弾ミサイルといった攻撃的かつ侵略的な兵器は戦力に該当するため自衛隊はこれを保持できず保持した瞬間に違憲であるという厳然たる実体的な法規範としての意義を有する。つまり、自衛隊が合憲である根拠は2項との関係でも明煌かである。一方で、仮に、自衛隊を新3項に明記しても、(1)で指摘した問題は解決しない。(なお、2項の交戦権の否認との関係の説明は割愛する)
(5) あらゆる政府の憲法解釈に対しては学会や政党からの違憲論があり得る。これに対し、違憲の行政組織、違憲の行政行為などという批判があるから憲法改正をしてそれを封じ込める必要があるというのでは、憲法が人権擁護規範などの意義を失ってしまうことになる。例えば、過去に違憲と学会から批判があった法律とそれに基づく行政の行為が、後に最高裁判決においても違憲とされた例が10余りあるが、もし、憲法改正でこうした法律等を合憲としてしまえば国民の権利救済がなし得ないことになってしまう。
(6) 憲法には行政機関は「内閣」との規定しかなく、防衛省も国交省も海上保安庁も警察庁や総務省も規定がなく、尖閣諸島の警備当たる海上保安官や警察官、消防士の規定もない。自衛隊は、自衛隊法に基づく服務の宣誓により命懸けで職務の遂行に当たると明示で宣誓している唯一の国家公務員であるが、だからと言って、なぜ、自衛隊だけ憲法に明記するのかについて合理的な説明は見出し難い。
 
※2 安保法制を廃止した後の日米同盟のあり方や弾道ミサイル防衛のあり方などの政策論はこちらをご参照。「専守防衛に基づく安全保障政策論」として、ぜひ拙著P.123以下をご覧下さい。
違憲の絶対証明」を含めた拙著の全編は以下でご覧頂けます。
 
※3 安倍総理の9条3項改憲は9条の破壊のみならず、9条の法的な母とされている全世界の国民が平和的生存権を有することを確認するなどの「憲法前文の平和主義の法理」をも破壊し、日本社会を全く別の社会に変容させるものでもありますが、この問題は別にご説明します。(以下は、ご参考)
 本日331日、参議院本会議で代表質問を行いました。
冒頭、安倍総理に対し、限定的な集団的自衛権行使についての安倍総理の合憲の主張が事実に反する虚偽である場合、つまり、違憲の場合は、総理大臣のみならず国会議員も辞職する覚悟があるかを質問しました。
答弁拒否を阻止するため、自衛隊員の生命や尊厳に懸けてなど、三つの観点から三度にわたって問いただしました。
 
安倍総理は、「平和安全法制は内閣として(国会に)提出したものであり、その内容及び法の施行について、内閣の長たる内閣総理大臣として、そして自衛隊の最高指揮官としてあらゆる責任を負う覚悟であります」と、「辞職」という言葉を使うことを避け、しかも、「総理を辞職するつもりはあるかもしれないが、議員辞職をする覚悟はない」と受け止められる答弁をしました。
 
先に安倍総理は、南スーダンPKOの自衛隊員に死傷者が出た場合には総理を辞職し、森友学園の土地売却等に自身や夫人が関与していたならば総理のみならず国会議員も辞職することを答弁しています。
 
これらを明確に答弁していた安倍総理が、解釈変更が違憲だった場合、すなわち、自衛隊員や国民が違憲の武力行使による戦死を強いられる場合に、総理を辞職すると明言せず、かつ、国会議員を辞職するつもりが伺えない答弁をするとは、正直、驚くとともに許しがたい怒りを覚えました。
 
先日、安倍総理は防衛大学校卒業生に対し「諸君と、最高指揮官である私との紐帯(ちゅうたい)の強さが、我が国の安全に直結する」などと訓示しました。
また、自衛隊法による「服務の宣誓」において全自衛隊員が安倍総理の手によって生み出された新しい憲法解釈を遵守し集団的自衛権行使に命を懸けて戦うと誓っています。
 
にもかかわらず、安倍総理はそれが違憲だった場合における議員辞職についてすら何ら明言しませんでした。
 
ぜひ、以下の議事録をご覧いただき、安倍総理の人格の異常性と安倍政治の恐ろしさを一人でも多くの国民の皆さんに知って頂きたく存じます。
 
2017331
参議院議員 小西洋之
 
※安倍総理の解釈変更がインチキ、ペテンの絶対違憲であることは以下の記事をご覧下さい。
元最高裁判事が一刀両断!「違憲の証明」http://blogos.com/article/134230/
 
 
平成29331日 参議院本会議(議事録)
○小西洋之君 
安倍内閣は限定的な集団的自衛権行使なるものが合憲である唯一の論拠として、7.1閣議決定において、限定的な集団的自衛権行使を許容する憲法第9条解釈の「基本的な論理」がいわゆる昭和47年政府見解の中に「明確に示されている」と明記した上で、同見解が作られた当時からその作成者である吉國一郎内閣法制局長官らの手によってこの「基本的な論理」が書き込まれていたとの旨を主張しています。
 この法の支配や立憲主義を滅ぼす究極の暴挙に対し、この間、同見解の作成契機となった国会答弁などの確たる物証等を基に国会での追及がなされてきましたが、安倍内閣は論理破綻した答弁拒否に終始しています。しかし、各紙の社説報道や憲法学者の論文発表、違憲訴訟の提起などが相次いでおり、こうした主張をするのは、日本中で安倍内閣だけとも思われる状況となっております。
安倍総理に伺います。端的にお答え下さい。もし、安倍総理の主張するようにいわゆる昭和47年政府見解の中に限定的な集団的自衛権行使を許容する憲法9条解釈の「基本的な論理」なるものが存在しなければ、つまり、存在するという安倍政権の主張が事実に反するものであれば、安倍総理は違憲の解釈変更を強行し、それに基づく違憲の法案を国会提出し、成立した安保法制を運用した責任を取って、内閣総理大臣としてはもちろん、国会議員としても責任を取る覚悟はございますか。明確に答弁下さい。
 
重ねて、先に安倍総理は、南スーダンPKOの自衛隊員に死傷者が出た場合、自衛隊の最高指揮官として総理を辞任する覚悟を持っていると答弁し、さらに、森友学園の土地売却や学校認可に自身や夫人が関与していれば総理だけでなく国会議員も辞職すると答弁しています。
昭和47年政府見解に憲法9条解釈の「基本的な論理」が存在するという安倍内閣の主張が事実に反する場合は、違憲の武力行使で自衛隊員や国民が戦死することになります。であるならば、この安倍内閣の主張が事実に反する場合は、安倍総理は、総理大臣はもちろん国会議員を辞職する覚悟があるのか、こうした観点からも、逃げることなく明確に答弁下さい。
 
なお、安倍総理は去る319日の防衛大学校卒業式での訓示において「最前線の現場にあって指揮をとる諸君と、最高指揮官である私との紐帯の強さが、我が国の安全に直結する。日本の国益につながっています。」と耳を疑うようなことを述べています。もし、安倍総理が議員辞職の有無について明確に答弁しない場合は、この安倍総理の主張する自衛隊員との「紐帯」なるものは、自衛隊員を尊厳ある存在として扱わない単なる独りよがりの独善的な「暴言」であることになります。
全自衛隊員は、安倍総理が頻繁に引用する「服務の宣誓」において「日本国憲法及び法令を遵守し、・・・事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえる」と誓っています。すなわち、自衛隊員は安倍総理の手によって解釈変更された憲法9条解釈とそれに基づく安保法制を遵守し命懸けでたたかうと誓っているのです。
であるならば、いわゆる昭和47年政府見解の中に憲法9条解釈の「基本的な論理」が存在するという安倍内閣の主張が事実に反する場合は、安倍総理は、総理はもちろん国会議員を辞職する覚悟があるのか、自衛隊員の命と尊厳に懸けて逃げることなく明確に答弁下さい。
 
以上、三つの観点から安倍総理の覚悟を問いました。自称、たたかう政治家の信条に懸けて逃げることなく誤魔化すことなく、具体的かつ明確に答弁下さい。
 
○内閣総理大臣(安倍晋三君)
 ・・・また、平和安全法制は、国権の最高機関である国会において二百時間を超える充実した審議の結果、野党三党の賛成も得て成立したものであり、現行憲法の下、適切に決定されたものであります。もとより、平和安全法制は内閣として提出したものであり、その内容及び法の施行について、内閣の長たる内閣総理大臣として、そして自衛隊の最高指揮官としてあらゆる責任を負う覚悟であります。

■動画は以下の2017年3月31日本会議より

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