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安保法制の強行採決が、明日15日にも想定されるため、本日(14日)、衆議院議員の先生方(及び参議院議員の先生方)に以下のメールをお送り致しました。
 
これについて、一部議員よりメールを入手した産気新聞が報道しておりますので、全文を公開をさせて頂きます。
 
メール送信の趣旨は、安保法制は真相の理解が及べば高校生でも分かる「一見明白な違憲立法」であり、このような内容を審議によって院として十分な認識に至らないままにに強行採決をしてしまうことは、代議制の府の衆議院のいわば自殺行為であることから、衆議院議員の先生方に「違憲論点」の核心である「昭和47年政府見解の読み替え」問題を御説明し、審議継続を御進言するものです。
また、強行裁決後に法案が転送されてくる参議院議員の先生方においても、院としてこのような違憲立法の転送拒否の意思表示をする必要があることから、同時のタイミングでお送りさせて頂いたものです。
 
解釈改憲のからくりの根幹である「昭和47年政府見解の読み替え」は、「真っ黒と書かれているものを白と強弁する」類いのもので、後世の批判に耐えうるものでは到底あり得ません。
このような暴挙が堂々とまかり通る社会は、法治ではなく人治の世界であり、それは、日本がどこかの国のような専制国家に陥る時です。
 
安保法制は衆議院で違憲論点を徹底審議の上、速やかに全会一致で廃案にすべきものと確信します。
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
衆議院代議士の先生方各位
参議院議員の先生方各位
 
平和安全法制の違憲論点の審議継続の御進言につきまして
 
                            2015714
                                参議院議員 小西洋之
謹啓
 
常日頃の御指導御鞭撻に心より御礼を申し上げます。
 
平和安全法制の衆院特別委員会での採決が15日に予定され(その旨の与党の先生方より御発言があり)、続く本会議採決の日程も想定される中、同じ立法府に所属させていただく者としてやむにやまれぬ思いから、甚だ僭越ながら御進言を申し上げさせて頂きたく、このような私信を御送付させて頂きますことを御許し頂きたく存じます。
 
平和安全法制のうち、集団的自衛権行使に関する改正部分につきましては、明確な憲法違反であり、また、これまでの戦後の衆議院及び参議院での議論の積み重ねを逸脱したものであると確信致してございます。
 
その理由、「なぜ、違憲なのか」につきましては、その核心論拠と理解してございます、いわゆる「昭和47年政府見解の読み替え」問題が、特別委員会の質疑においても再三取り上げられているにも関わらず、横畠内閣法制局長官が「法の番人」にあるまじき必死の誤魔化し答弁を連発するために、その実体が未だ十分に明らかになってないものと存じます。
 
しかし、それは、大多数の憲法学者の「違憲」との見解を立証する論拠であり、しかも、この度選挙権が付与された18歳の国民でも、いわば法令解釈以前の「黒と書いてあるものを白と強弁する」類いの話として「一見明白に違憲である」ことが容易に理解されるものでございます。
 
すなわち、7.1閣議決定とは、昭和47年政府見解にある「外国の武力攻撃」という文言が、「誰に対する」と明記されていないことに着目して、「我が国に対する外国の武力攻撃(=個別的自衛権)」のみならず「同盟国等に対する外国の武力攻撃(=集団的自衛権)」の局面での武力行使たる限定的な集団的自衛権行使も、「昭和47年政府見解の作成当時から法理として含まれていた」、「これこそが、本来の憲法9条解釈の「基本的な論理」である」とするものでございます。
 
※昭和47年政府見解抜粋:「外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされる
 
これは、昭和47年当時より昨年7.1閣議決定までの42年間の衆議院審議の歴史において、どの代議士の先生方も、どの内閣も、誰も気付いていなかったのだけれども、「限定的な集団的自衛権行使の法理が、昭和47年政府見解にその作成当時から存在していたのだ」としているものなのでございます。
 
ようするに、7.1閣議決定の憲法問題とは、「昭和47年政府見解の作成当時から、本当に限定的な集団的自衛権行使の法理がそこに書き込まれていたのか」を解明する問題であり、そして、それは、突き詰めれば「外国の武力攻撃」という文言の「同盟国等に対する外国の武力攻撃」という意味への「読み替え」が許されるのかどうかに帰着するものでございます。
 
しかし、一部の官僚の恐るべき悪知恵によって生み出されたこの驚くべき主張は、既に、特別委員会での質疑によって、それがどのようにも否定し難い虚構であることが白日の下に明らかになってございます。
 
つまり、昭和47年政府見解にはそれを作成した内閣法制局長官、次長、第一部長がいるのですが、彼等自身がその作成(昭和47107日決裁)の契機となった参議院決算委員会での答弁(昭和47914日)等で明確に限定的な集団的自衛権を含めて、あらゆる集団的自衛権行使が憲法違反であることを明言しているのです。
 
■吉國長官等弁(昭和47914日)
・「わが国は憲法第九条の戦争放棄の規定によって、他国の防衛までをやるということは、どうしても憲法九条をいかに読んでも読み切れない」
・「侵略が発生いたしましたならば、やむを得ず自衛の行動をとるということが、憲法の容認するぎりぎりのところで、集団的自衛の固有の権利はございましても、これは憲法上行使することは許されない」
・「わが国に対する侵略が発生して初めて自衛のための措置をとり得るのだということからいたしまして、集団的自衛のための行動はとれないと、これは政治論として申し上げているわけでなくて、憲法第九条の法律的な憲法的な解釈として考えておる」
・「外国の侵略が現実に起こった場合に「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」が根底からくつがえされるおそれがある。その場合に、自衛のため必要な措置をとることを憲法が禁じているものではない、というのが憲法第九条に対する私どものいままでの解釈の論理の根底でございます。その論理から申しまして、集団的自衛の権利ということばを用いるまでもなく、他国が――日本とは別なほかの国が侵略されているということは、まだわが国民が、わが国民のその幸福追求の権利なり生命なり自由なりが侵されている状態ではないということで、まだ日本が自衛の措置をとる段階ではない。日本が侵略をされて、侵略行為が発生して、そこで初めてその自衛の措置が発動する
 
吉國長官の最後の答弁の中に認められる「新三要件の第一要件」の文言は、この審議の際に、吉國長官が戦後議会で初めて用いて、昭和47年政府見解に書き込まれたものです。すなわち、当該文言の生みの親であり、昭和47年政府見解の作成者が、「同盟国等に対する外国の武力攻撃」では「国民の生命等は根底から覆らない」と明言しているのであり、それが「覆る」とする、「昭和47年政府見解の読み替え」はどのように説明を試みても「日本語が日本語である限り、この世に理屈や論理がある限り」否定されざるを得ないことになるものと存じます。
 
また、真田次長は昭和47年政府見解の作成の約5ヶ月前(S47/5/1)に「三要件のもとにおいてのみ許されるというのが憲法のぎりぎりの解釈」、「その他国がわが国とかりに連帯的関係にあったからといって、わが国自身が侵害を受けたのでないにかかわらず、わが国が武力をもってこれに参加するということは、これはよもや憲法九条が許しているとは思えない」などと答弁し、また、角田第一部長も後に内閣法制局長官として「憲法改正という手段を当然とらざるを得ないと思います。したがって、そういう手段をとらない限りできない」(S58/2/22)、「集団的自衛権につきましては、全然行使できないわけでございますから、ゼロでございます」、「集団的自衛権は一切行使できない」、「日本の集団的自衛権の行使は絶対できない」(S56/6/3)等の数々の答弁を残しています。
 
つまり、作成者自らが全否定している以上、昭和47年政府見解の「外国の武力攻撃」という文言は、「我が国に対する外国の武力攻撃」の意味に尽きるのであり、「同盟国等に対する外国の武力攻撃」との意味に読み替えることは絶対に許されないと解せざるを得ないものと存じます。
 
もし、このような恣意的な読み替えが許されるのであれば、あらゆる政府見解、国会答弁も全てその時々の都合で読み替えが可能になってしまい、我が国が法治国家として、議会制民主主義の国として、また、日本語を母国語とする国家として成り立ち行かなくなります。
 
また、こうした読み替えが、昭和47年政府見解前後のあらゆる政府見解、国会答弁とも矛盾することは言うまでもありません。それらの中には、昭和29年参議院本会議決議、平成16年政府答弁書(島聡衆議院議員質問主意書)など、「自国防衛を目的とする集団的自衛権行使」、すなわち、「限定的な集団的自衛権行使」を明確に否定したものも多数存在します。
 
なお、こうした「真実」について、法政大学法科大学院教授 宮崎礼壹元内閣法制局長官は622日の参考人意見において、「四十七年政府意見書から、集団的自衛権の限定的容認の余地を読み取ろうというのは、前後の圧倒的な経緯に明らかに反します。」、現在の政府答弁は、四十七年意見書に我が国に対すると明白には書かれていないから、「外国の武力攻撃」とある表現には、我が国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃も含むと読めると強弁して、いわゆる新三要件には四十七年見解との連続性があると主張しているわけですが、これは、いわば、黒を白と言いくるめる類いと言うしかありません。」と喝破なさっています。
 
また、この「昭和47年政府見解の読み替え」の問題は、朝日新聞、毎日新聞等のメディアにおいても、次第に真相に迫ろうとする報道がなされるに至っているものと承知しております。これは、間もなく国民各層において、この「昭和47年政府見解の読み替え」の問題が広く認識されるに至るものであると存じます。
 
私ども参議院議員と異なり、衆議院の先生方におかれましては「代議士」という名誉ある尊称を付与されているものと存じます。
それは、戦前からの直接選挙の伝統を有する唯一の立法府として常に国民の声に耳を傾け、国民から負託された憲法とそれが拠って立つ法の支配の原理を守る守護神として、「国民を代表し、国政を議する士」であることからの尊称と存じます。
 
どうか、国会議員の憲法遵守擁護義務(第99条)を、このような国民の理解が到底得られず、かつ、歴史の批判に耐えることが到底できないまやかしによって欺こうとする、一部の官僚の策謀が審議の場で明らかにされることなく、(このような申し上げは重ねて恐縮至極に存じますが)それによって議会の歴史における禍根となってしまうことがないことをただただ祈念申し上げます思いから、伝統ある衆議院において、引き続きこの違憲論点を徹底的に御審議いただくことを伏して御願いを申し上げます。
 
最後に、このような御進言を申し上げることを、改めて誠に恐縮に存じます。
私は、2010年参院選挙で当選をさせて頂いた一年生議員でございます。この5年間、立憲主義と法の支配の基の立法府の一員であることを誇りに思い、諸先輩方を仰ぎ見ながら国民、国家のために懸命に微力を尽くさせて頂いて参りました。
 
そうした憲法秩序が、立法府の監督が及ばない昨年の閉会中の7.1閣議決定で大きく揺らぎ、そして、今、まさに平和安全法制の採決がなされようとする時、我が国の憲政の存亡に関わる問題として、また、議員立法の活動等で御指導御厚情を賜って参りました多くの諸先輩同僚の代議士先生方が、ことの真実を御認識されることなく違憲立法の採決に臨まれることを余儀なくされる事態に堪えきれず、苦渋の思いのもとに、御無礼を承知の上で差し上げたものでございます。
何卒、御容赦を頂きたく御願い申し上げます。
 
御忙しい中に拙いものをお目通し頂きましたことに、心より深く御礼を申し上げます。
なお、内容につきまして御不明な点等ございましたら、何時でも御用命を賜れば幸甚に存じます。
 
重ね重ね深く失礼を御詫び申し上げます。
 
謹白
 
 
(御参考)
■寄稿小論:「マスコミ市民7月号」(※コピーのネット送信承諾済み)
Youtube動画での御説明:「youtube 47年見解 小西」で御検索
※上記の小論及び動画の中に、野党議員として政府に対する踏み込んだ批判の表現等がございますことを御詫び申し上げます。
 
 
(御参考)
■「昭和47年政府見解の読み替え」を示す国会答弁
■参外交防衛委員会 平成270324
○小西洋之君 昭和四十七年の政府見解、ここの「外国の武力攻撃」ということについて、我が国に対する外国の武力攻撃だけではなくて、我が国でない他国に対する武力攻撃、同盟国に対する武力攻撃、そういうものも含まれると、そういうふうにこれを考えていいんだということを、あなたは歴代の法制局長官から直接伺ったことはございますか。
○政府特別補佐人(横畠裕介君) 直接聞いたことはございません。
○小西洋之君 では、法制局の内部でそうした見解をおっしゃっていた方、いらっしゃいますか。
○政府特別補佐人(横畠裕介君) この基本的な論理まで遡ってしっかりと検討したというのは、今回の閣議決定に至る過程の中でございます。
○小西洋之君 では、要するに、今私が申し上げたような同盟国、我が国でない他国に対する外国の武力攻撃ということもここに概念的に含まれるというふうに考え出したのは、横畠長官、あなたが初めての法制局長官ということでよろしいですね。
○政府特別補佐人(横畠裕介君) 同様に考えていた者がいたかどうかは存じませんが、この昭和四十七年の政府見解そのものの組立てから、そのような解釈、理解ができるということでございます。
 
■衆議院我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会平成27527
○長妻委員 ・・・四十七年見解・・・ここの「外国の武力攻撃」というのは、これは、外国の日本に対する武力攻撃及び外国の密接に関係する相手国に対する武力攻撃と、両方含まれているということなんですね、四十七年見解というのは。
○横畠政府特別補佐人 ・・・四十七年政府見解の御指摘の部分、「外国の武力攻撃」という部分でございますけれども、・・・「外国の武力攻撃」という部分は、必ずしも我が国に対するものに限定されていない。・・・というふうに理解しております。
 
■参外交防衛委員会 平成27611
○小西洋之君 ・・四十七年見解を作ったときに今お認めになった限定的な集団的自衛権行使を容認する法理が含まれていたんだと、作ったときにですね、そういう理解でよろしいですか。
○政府特別補佐人(横畠裕介君) ・・・法理といたしましてはまさに当時から含まれているそれは変えない、変わらないということでございます。
 
 
(御参考)
7.1閣議決定においては、限定的な集団的自衛権行使を容認する「基本的な論理」が「昭和47年政府見解において明確に示されている」旨明記されています。ようするに、解釈改憲を策謀した官僚も、「あらゆる集団的自衛権行使は違憲であり、憲法改正以外に可能とする手段はない」とする60年余りの国会審議の積み重ねを無視することは出来ず、「元々、国会に提出された政府見解に法理として存在していたのだ」という論法を講じているものと理解しております。
・しかし、もし、昭和47年政府見解において限定的な集団的自衛権行使が容認されていたのであれば、それこそ「憲法解釈の変更そのもの」であり、このような我が国の憲法秩序と安保政策を根本から覆すような重大極まりない政府見解の国会提出を「閣議決定もせずに、内閣法制局の数名の官僚だけで実行した」ことになります。すなわち、法令解釈以前の常識論としても、「昭和47年政府見解の読み替え」は到底成り立ちようがないものと理解しております。
 
・横畠長官は、昭和47年政府見解前後の国会答弁等は「全母集団(フルセット・フルスペック)の集団的自衛権行使」を違憲と述べているだけで「限定的な集団的自衛権」の存在は法理として否定されていない、という論理矛盾した主張を展開していますが、これについては、宮崎元内閣法制局長官は、参考人質疑(622日)において、「四十七年政府意見書を含む累次の政府見解が違憲と言ってきたのは、このフルスペックの集団的自衛権のことであったなどというのは、歴史を甚だしく歪曲するもの」と明解に断じられています。
・この「甚だしい歴史の歪曲」の一環として、昭和47年政府見解に先立つ1960年(昭和35年)に締結(新設)された日米安保条約第3条の問題がございます。実は、第3条には、「日本国は、憲法上集団的自衛権行使が禁止されており、従って、米国に対し集団的自衛権を行使しなくてよい(行使の前提である相互援助義務等を免除)」ことが主権国家間の権利義務関係として条文上に明記されています。
すなわち、平和安全法制の衆議院可決は、法律に優越する条約に対し「上書き」をする無効の立法となり(憲法61条違反)、また、憲法第98条の趣旨に違反する立法となるものと存じます。この重大この上ない論点につきましても、どうか、慎重審議を御願い申し上げます。
 
・特別委員会において横畠長官は、「昭和47年政府見解の作成者の吉國長官は、同盟国等に対する外国の武力攻撃によって国民の生命等が根底から覆されることがあるという事実認識は持っていなかったが、しかし、限定的な集団的自衛権行使の法理は、同見解の中に法理として書き込んだのだ」旨、答弁しています。しかし、事実認識もなく「我が国として国際関係において実力の行使を行うことを一切禁じているように見える」(平成16年政府答弁書、7.1閣議決定等)という憲法9条の文理としての解釈から、新たな武力行使の法理を創り出すことは法令解釈としてできないことは、「立法事実」論の本質そのものであります。
・特別委員会において、横畠長官は、昭和47年政府見解の第三段落は「基本的な論理①」、「基本的な論理②」、「帰結(あてはめ)」という三つに構造分割なされていると答弁していますが、昭和47年政府見解とはあらゆる集団的自衛権行使の定義を冒頭で述べ(第一段落)、それが我が国の憲法上許容されない理由たる「考え方」を明らかにすると述べた上で(第二段落)、その「考え方」として第三段落全体が在るものであり、いわゆる日本語の文章理解の「国語の問題」として、「(限定的な集団的自衛権行使を含む)あらゆる集団的自衛権行使が違憲である旨の法的な考え方(法理)を示す文書の中で、限定的な集団的自衛権行使の合憲を明記していることになる」という、論理的に到底成り立ち得ない主張であるものでございます(他にも、この構造分割論を否定する論拠は多数ございます)。
 
・実は、「憲法前文の平和主義の法理」と、集団的自衛権行使を始めとする安保法制の自衛隊の新たな諸活動等についての関係が、私が拝察する限り、特別委員会では議論されるに至っていないものと存じます。
例えば、砂川判決は憲法前文の「全世界の国民の平和的生存権」のうちの「日本国民の平和的生存権」のみを根拠に憲法9条の下での「自衛のための措置」を認めています。であるならば、「他国民の平和的生存権」の法理と我が国が武力攻撃を受けない局面で行使する集団的自衛権の問題等、このもう一つの「重大な憲法論点」を徹底審議しなければ、これらの平和主義を義務教育の教科書で習っている子供達を始めとする主権者国民に説明が付かない事態に陥るものと危惧致しております。
 
 
第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
 
第九十八条 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
2 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
 
 昨日(610日)の読売新聞、産経新聞の記事において、私が、声を荒げ(読売)、激昂(産経)して、憲法違反の解釈改憲・安保法制を確信犯で推進している官僚に対し、「政権を奪い返した後、必ず処分する」旨の発言を、9日の外交防衛委員会で行ったと報道しています。
 これについては、国民の皆様に、ぜひお知りおき頂きたい点がございまして、以下に御説明をさせて頂きます。
 
■本来の報道機関の使命と異なる報道であることについて
・読売、産経の記事は、安倍総理の解釈改憲が違憲であることを憲法論として立証し、安倍内閣を追及している国会議員である私を不当に貶め、国会議員としての憲法遵守擁護義務の遂行を意図的に妨害し、安倍内閣を擁護するための行為であると判断せざるを得ません。
・また、両紙はかねてより、その紙面において、同様な行為を執拗に繰り広げており、これは、来年7月の私の参議院選挙への悪影響を企図した行為であるとも考えざるを得ないところです。
・この度の報道についても、当日の私の質疑は、どれも全国紙の一面に掲載されてもおかしくない価値を有する質疑でした。
 
①砂川判決が集団的自衛権行使の根拠となり得ないことについての、国会で初めての徹底的な法的証明
②さらに、衆院安保特委で安倍内閣が錦の御旗に使っていた「砂川判決が解釈変更の論拠になるという主張」が虚偽であることの国会初の完膚無きまでの法的証明(翌日10日から衆院特委での大臣答弁が変わりました)
③中谷防衛大臣の「憲法解釈を安保法制に合わせた」旨の衆院答弁の撤回要求(翌日10日の衆院特委での答弁撤回に繋がりました)
③解釈改憲の違憲論点の「三つのからくり」を図表を使って説明し、その核心論点である「昭和47年政府見解の読み替え」が同見解の全体の文理からも不合理極まりないことの立証
④防衛省設置法改正案の与党多数による採決が確実視される中で、シビリアンコントロールの憲法規定(662項文民条項)の根本趣旨「国政が武断政治に陥る危険を排除する」を中谷大臣に防衛省の組織・運営のあり方として遵守させる答弁を引き出した上で、事務官が主流である内部部局の法定の調整機能における事務官の政策的見地の大臣補佐に制服組が代替することを禁止する運用を確認する答弁を取り、その上で、さらにその旨の訓令等の設置を要求した
⑤「武器輸出三原則が憲法の平和主義の精神に則ったものである」という歴代政府の解釈を示し、この「平和主義の憲法論点」について、昨年4月の「防衛装備移転三原則」の閣議決定の際に内閣法制局が全く審査を行っていないことを初めて答弁で確認し、この平和主義の切り捨てを追及
 
・こうした他の国会議員が誰も行っていない重要論点を扱った質疑であったにもかかわらず、読売新聞と産経新聞は、報道機関として購読料を支払っている読者の皆さんに対して、まさに伝えるべき価値のある内容は一切取り上げることなく、私が、憲法違反の安保法制を意図的に先導する官僚を処分するとした発言のみを取り上げています。
 
■「処分発言」の報道されていない事実関係について
・両紙の「官僚を処分するとの発言」についての報道は、その発言の前後の事実関係を全く報道していない、非常に意図的なものであると考えます。
・文末の議事録に全て記載されているように、①憲法違反の内容の大臣答弁を意図的に補佐する大臣秘書官の行為は今回が二度目であること、②一度目の際には防衛省の官房長に対し、本来ならば委員会の理事会で協議する必要のある事項であるが、今回に限り、官房長より秘書官に指導するように指示を与えていたこと、③さらに、憲法違反の解釈改憲と安保法制を意図的に先導する官僚に対しては、憲法遵守擁護義務違反を政権奪還後に必ず追及する旨を、既に外務省、防衛省、国家安全保障局の幹部(官房長等)に対して議員会館にお越し頂いた際に、国会議員の信念として伝えていたこと。
・両紙においては、これら、国会での議事録上も明らかなことは全く報道せずに、まるで、私が突如として声を荒げ(読売)、激昂(産経)したかのような、意図的かつ恣意的な報道を行っています。
・なお、この憲法違反を意図的に先導する官僚の処分についての私の考えなどの詳細は、別のブログに詳細を記させて頂きますが、この場では以下の点を申し上げさせて頂きます。
①憲法を蹂躙する官僚が現れた時に、それを阻止できる者は国会議員しかいません。かつての、国策を誤った悲惨な戦争については、軍部や官僚に信念を持って対峙できなかった国会議員にも大きな責任があると考えます。
②また、憲法違反の暴挙を侵す官僚を処分するべく取り組むのは、憲法擁護義務を負う国会議員の憲法上の義務であり、また、国会が政府を監督する議院内閣制の下の国会議員の責務です。実際の処分は、違憲行為を強行する内閣を倒閣した後に、新しい内閣のもとで官僚の国家公務員法違反等(要するに違法行為です)に照らして処分させることになります。
 ③なお、こうした憲法違反の行為を強行する内閣の追及とその憲法違反行為を先導す る官僚の責任を追及することは、個々の議員のみならず衆参議院の責務であり、ま た、政党交付金を受ける全政党の当然の法的義務です。
政党助成法(平成六年二月四日法律第五号)
第一条 この法律は、議会制民主政治における政党の機能の重要性にかんがみ、国が政党に対し政党交付金による助成を行うこととし、・・・もって民主政治の健全な発展に寄与することを目的とする
 
 
■読売新聞と産経新聞は堂々と言論で勝負を行うべきこと
・さて、当日の朝日新聞の朝刊は、上記の「③中谷防衛大臣の「憲法解釈を安保法制に合わせた」旨の衆院答弁の撤回要求」について、私の質疑を取り上げていました。
・同じ質疑について、全く違うテーマで、複数紙の新聞に取り上げられる議員は極めて珍しいことと考えます。
・読売新聞や産経新聞は、私を妨害すれば、安保法制は成立し安倍内閣は安泰であり、逆に、私が解明した以下の解釈改憲の核心論点が広く社会に共有され、その結果、安保法制の倒壊と安倍内閣の退陣に繋がることを恐れているのだと思います。
 
▼「昭和47年政府見解の恣意的な読み替え」解説動画
▼解説ブログ
▼解説週刊誌記事
 
 
・しかし、もはや手遅れです。昨日から衆院安保特委で民主党議員がこの核心論点の追及を始めています。本日の衆議院の憲法審査会でも、出席の民主党議員の複数名がこの論点により、与党議員を追及しています。
・もう間もなく、読売、産経以外の全ての全国紙、地方紙がこの違憲の核心論点を報道し始め、その後は、他の違憲論点である「憲法前文の平和主義の法理の切り捨て」、「立法事実のでっち上げ」などが続々と報道されるようになるでしょう。そして、それは安保法制の廃案と、安倍内閣の退陣に至るでしょう。
・私は、寧ろ、その時に、安倍総理の解釈改憲と安保法制を擁護する論陣を張ってきた読売新聞や産経新聞が、両紙ともに厳しい報道を繰り広げていた昨年の対朝日新聞のような社会的バッシングを受け、特に、我が国を代表する全国紙であった読売新聞が報道機関として立ち直ることができるのかを心配しています。(同様の心配は、私の知り合いの読売の中堅・若手記者の皆さんの全ての方から伺っています。)
 
・最後に、読売新聞と産経新聞に対しては、「私は、何時でも、その紙面上やシンポジウムなどの場において、両紙の編集委員や論説委員の方々と、解釈改憲が違憲でないのかどうかについて、議論を交わす用意があり、どうしても安倍総理を守り自らの主張を世の中で実現したいのであれば、私の質疑等について本来報道すべきことは一切行わず、意図的に私を貶めるような記事を配信するのではなく、言論報道機関として、堂々と私と言論の勝負を行うこと」を強く求め、そのため、両紙に対し、何時でも私の国会の議員会館に議論の申し込みをして頂きたいことを、ここに要請をさせて頂きます。
 
 
(追記)
・本日(11日)の外交防衛員会の冒頭で、私は、最初の質疑者であったにも関わらず3分間の遅刻をしてしまい、片山委員長を始めとする各委員、岸田外務大臣、中谷防衛大臣を始めとする政府の方々に御詫びを申し上げました。これについては、一切弁解の余地はありません。深く反省し、今後は二度とこのような過ちをしないことをお約束申し上げます。
・なお、この私の質疑で、片山委員長が誤って私の質疑時間を3〜4分短く終えてしまい、また、この原因についての委員長の説明が一定せず理事会で理解を得られなかったため、その後の委員会の時間が変更になり、また、開会後の冒頭で委員長より、私と各委員、政府へ謝罪の言葉がありました。
・これらの事案について、産経新聞が、私の遅刻と私から片山委員長への謝罪を早速配信をし(私の謝罪風景の写真付きで)、読売新聞については、明日の紙面で報道するとの情報を得ております。私の質疑中に、カメラマンが二人、議場に入ってきて私だけを集中して熱心に写真を撮っておりましたので、遅刻と謝罪があった段階で、両紙共に、直ちに記事にするようにとの指示が上層部から出ていたのでしょう。
・申し上げましたとおり、遅刻については何ら弁解の余地はなく、それを報道機関の判断で報道することには何ら異存はありませんが、明日の読売の紙面を確認し、本日の私の質疑の内容の報道の有無(「昭和47年政府見解の読み替え」問題について、衆院特委だと間違いなくトップ記事に来る核心論点の追及など)、昨年より既に4回目となる片山委員長の謝罪についての報道の有無などを確認し、改めて、対応を検討する所存です。
 
―――参議院外交防衛員会 6月9日議事録(速報版)抜粋―――
 
■第189回通常国会 参議院外交防衛委員会 201569
 
○小西洋之君 では、防衛大臣に伺いたいと思います。
 
 今回のこの法改正の争点というのは、今、安倍内閣が進めている安保法制ですね、自衛隊の今まで行えなかった集団的自衛権を始めとする強大な軍事力を止めどもなく解禁するものだというふうに私ども民主党は理解をしているところでありますけれども、そのように、もう自衛隊の行う業務そのものが変わる中で、いわゆる防衛省の中のシビリアンコントロールの実質が失われてしまうのではないかという懸念がされているところでございます。
 
 ところが、皆さん、防衛省、大臣を始め答弁でおっしゃるのは、確かに憲法には閣僚は文民でなければならないというそういう規定はあるんだけれども、その文官統制というような趣旨については今まで憲法を始めどこの法令にもなかったんだというふうにおっしゃっているわけでございますけれども。そうすると、憲法の六十六条のたしか二項だったと思いますけれども、閣僚は文民でなければいけない、これは有名な条文でございまして、なぜかというと、横畠長官の答弁によれば、まあ歴代内閣も全部そうですけど、かつて一回だけあった憲法解釈の変更が当たり得るとすればこれであるという、まさに有名な条文なわけでございますけれども。
 
 当時、その憲法の、まあこれ通告もさせていただいていますけれども、その憲法解釈を変更したのではないかというふうにまさに議論になったときですね、つまり、かつて自衛官は文民だったんですね。自衛官は文民だった、しかし自衛官は武人であるというふうに考え方を改めたと。そのときの法制局長官の説明で、いわゆる文民条項ですね、文民条項の根底の趣旨というのは、我が国の国政において武断政治を排除する、武断政治というものを排除する、それが根本の趣旨であるというふうにおっしゃっておりますけれども。
 
 中谷大臣に伺いたいと思います。武断政治、いろいろ定義はあろうかと思いますけれども、そのときの答弁というのはこういう意味なんだろうと思います。およそ軍事力を行使し得る軍事的な組織に所属する方々が政治に実質的な影響力を及ぼすようなことはあってはいけないと。それは、かつての戦前の我が国のように、軍事が政治に優先をして、軍事がまさに政治をコントロールして、国を誤らす、国民に惨禍を及ぼす、そういうことがあるというわけでございますので。
 
 では、中谷大臣に伺います。今般の法改正、またこれからの防衛省の在り方において、防衛省の組織と、あと防衛省の組織運営あるいは業務遂行の在り方として、間違っても武断政治というものを芽生えさせる、あるいは間違っても武断政治に陥るということは絶対あってはならない、それが当然の憲法の趣旨にも連なる、踏まえる考え方というふうに理解してよろしいでしょうか。
 
○国務大臣(中谷元君) 御指摘のように、その文民条項につきましては憲法六十六条二項に定められておりまして、その文民とは、旧陸海軍の職業軍人の経歴を有する者であって軍国主義思想に深く染まっていると考えられる者、また自衛官の職にある者以外の者をいうとされております。
 
 この同条の同項によりまして、内閣を構成する内閣総理大臣その他の国務大臣はこのような文民でなければならないということでありますが、その趣旨は、おっしゃるように、国政がいわゆる武断政治、これに陥ることを防ぐことにあります。
 
 我が国においては終戦までの経緯に対する反省もありまして、自衛隊が国民の意思によって整備、運用されることを確保するために厳格な文民統制の制度を採用しており、文民統制に当たっては、このような内閣による統制に加えて、国民を代表する国会が、自衛官の定数、主要組織などを法律、予算の形で議決し、防衛出動などの承認を行うこととしております。
 
 さらに、防衛省においては文民である防衛大臣が部隊を統率することとしており、このような大臣による文民統制に際しては、軍事専門的見地だけではなくて、政策的見地も踏まえた的確な判断を行うことができるように、文官及び自衛官による両見地からの大臣補佐がバランスよく行われるような体制を整備をいたしております。
 
 御指摘のように、防衛大臣の判断といたしましては、やはり政治経済情勢を的確に認識するとか、外交政策、財政政策、法令等との関連を考慮するといった政策的検討に当たっては、様々な情報の収集、分析を行い選択肢を考慮する必要があることから、相応の人員構成による組織的な防衛大臣の補佐体制が必要と考えており、防衛省の内部におきましては防衛大臣の補佐体制として文官主体の組織である官房各局があり、文官である官房長、局長がその長として政策的見地から組織的に防衛大臣を補佐をいたしております。
 
 こうした文官の補佐というのは防衛大臣による文民統制を助けるものとして重要な役割を果たしており、今般の組織改編においても、これは何ら変わることはないということでございます。
 
○小西洋之君 ちょっと全体として長い答弁をいただいたんですけれども、中で一ついいことをおっしゃっていただいたと思います。いわゆる内部部局ですね、文官を中心とする内部部局というものが政策的見地でしっかり大臣を補佐をすると。内部部局における文官の皆様の位置付けということを明確に答弁いただいたというのは非常に重要であろうかと思います。
 
 ちょっと一言だけ、大事な答弁なんでおっしゃっていただけますか。
 
 防衛省の組織、またその組織運営、また業務運営の在り方として、武断政治を芽生えさせる、あるいは武断政治に陥るようなそういうもの、可能性があるもの、おそれがあるような、そのような組織の在り方あるいは運営の在り方というのは当然許されないものであるという認識でよろしいですか。イエスかノーかだけでいただけますか。
 
○国務大臣(中谷元君) これまでも防衛大臣は文官でありましたし、防衛大臣として、この防衛省の統率におきましては政策的見地による文官の補佐を受けながら、そして武断政治に陥らないようにしっかりと統率をしてまいってきたと、これからもそうあるべきだと思っております。
 
○小西洋之君 防衛大臣と武断政治の関係はお答えいただけましたけど、防衛大臣に限らず、防衛省の組織全体です。大臣の下にいらっしゃる局長や、お座りになっている官房長、あるいは統合幕僚長や幕僚長の方々、あるいは全ての、皆様ですから自衛隊員ですね、全自衛隊員が、皆さんのその組織の在り方、あるいはその組織運営、業務運営の在り方として武断政治に陥ることがない、また武断政治を、その兆し、あるいは芽生えを見せるような、そのような過ちということは絶対行ってはいけないという理解でよろしいですか。
 
○国務大臣(中谷元君) そのとおりでございまして、大臣は文民でなければならないということで、これは国会からも内閣からも監視を受けています。中においては、まず自衛官におきましては、任官するときに政治的活動に関与せずという宣誓をした上で自衛隊の任務に就いておりまして、そういう政治的な活動に関与しないという前提で勤務をいたしております。
 
 一方、そういった政策的見地につきましては、内局を補佐する部署とおきまして、防衛大臣は絶えずそういうところから政策的補佐を受けているということでございます。
 
○小西洋之君 なぜこのようなことが一言で、武断政治を何かやってしまってもいいとお考えになっているように聞こえますよ。武断政治を排除する、完全に排除するような組織の在り方、運営の在り方、業務の運営も含めてですね、でなければいけないというのを一言、防衛省全体が、全自衛隊員が、皆さんも自衛隊員なんですから、それだというふうに一言おっしゃっていただきたいだけなんですけれども、そういう理解でよろしいでしょうか。
 
○国務大臣(中谷元君) 国政が再び武断政治に陥ることがないように努めてまいっております。
 
○小西洋之君 いや、努めてまいるではなくて、防衛省の在り方としてそういう在り方でなければいけないという理解でよろしいですか。武断政治を許容しているように答弁されているように聞こえますよ。
 
○国務大臣(中谷元君) おっしゃるとおりでございます。武断政治に陥らないような仕組みで運営をされているわけでございます。
 
○小西洋之君 運営をされているだけではなくて、運営をしていかなければいけないとまでおっしゃっていただけますでしょうか。
 
○国務大臣(中谷元君) そのとおり、武断政治に陥らないように運営をしてまいります。
 
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○小西洋之君 次に防衛装備庁の話に移らせていただきますけれども、内閣法制局長官に伺います。
 
 今回の防衛装備庁が担う業務の一つとして、いわゆる武器輸出ですね、防衛装備の移転と言わずにもう武器輸出とはっきり言わなければいけないと思うんですけれども、武器輸出を次元を変えた形で大きく推進していくということがあるわけでございますけれども、過去の法制局長官の答弁にこういう答弁があります。かつての武器輸出三原則についてですね。
 
 昭和五十六年の二月二十日の角田法制局長官、偉大な長官だった方ですね、「わが国の憲法が平和主義を理念としているということにかんがみますと、当然のことながら、武器輸出三原則は憲法の平和主義の精神にのっとったものであるというふうに考えております。」と、武器輸出三原則は憲法の平和主義の精神にのっとったものであるというふうにおっしゃっているところでございます。
 
 法制局長官に伺います。憲法の平和主義、政府の答弁で、憲法前文に三つあると言いますけれども、その三つの平和主義それぞれがどういう意味で武器輸出三原則に適合している、のっとっているというふうになるんでしょうか。個別具体に御説明ください。
 
 こういう御質問をさせていただくのは、この防衛装備の原則、もちろん通告もしていますよ、変えるに当たって法制局は審査をしたということなんですけれども、平成二十六年の四月、この防衛装備の移転の原則をがらぽんに変えてしまったときに、ちゃんとそういう見地で審査をしたかどうかの確認でございます。
 
○政府特別補佐人(横畠裕介君) 防衛装備移転三原則について、法制局として審査をしたという事実はございません。
 
○小西洋之君 では、横畠長官に伺います。
 
 かつての長官が「武器輸出三原則は憲法の平和主義の精神にのっとったものである」というふうに言っているわけですから、あなたは、防衛省設置法の意見事務ですね、法律上の強権規定です、意見事務に従って、そういう憲法に関わるものを内閣が閣議決定するときは当然意見事務を発動しなければいけないんですけれども、内閣法制局、あなたの前任の小松長官ですけれども、しなかったという理解でよろしいですか、内閣法制局設置法違反をしたという理解でよろしいですか。
 
○政府特別補佐人(横畠裕介君) 防衛装備移転三原則は、従前の武器輸出三原則の下で幾つかの例外が設けられていたわけでございますけれども、そのような経緯を踏まえまして、包括的に整理をして明確な原則を定めたものと承知しておりますが、いずれの場合も、武器の輸出によって国際紛争などを助長することを回避して、外国貿易及び国民経済の健全な発達を図るという目的をもって外為法令等の運用基準を定めたものでありまして、それ自体が憲法上の問題ではないというふうに理解しております。そのような国際紛争を助長することを回避するようなことなどは憲法の定める平和主義にそぐうものであるということは理解しております。
 
○小西洋之君 本当、審査をされていないのに何でそんな見解を内閣法制局として責任を持っているのかさっぱり分からぬですね。
 
 集団的自衛権の解釈変更が憲法違反だというふうにようやく議論が、関心が高まっておりますけれども、これはもうずっと私国会で明らかにしていることですけれども、集団的自衛権行使の七月一日の閣議決定、このときも内閣法制局は審査していないんですね。内閣法制局が行った審査資料というのは閣議決定の最終案文しか存在しないんですね。もうこれ、国会答弁も質問主意書もいただいております。
 
 私、元霞が関で働いておりましたけれども、私の経験だと、憲法九条の解釈を変更するんだったら、もう床から積み上がるぐらいの審査資料、過去の国会答弁との整合性、憲法前文の平和主義との関係、文書に書いて、あと立法事実の存在、全部立証しなきゃいけないんですけど、何にもしていない。七ページのぺらぺらの閣議決定の最終案文を六月三十日に法制局は受け取って、翌七月一日の午前中に電話で憲法上の意見、憲法上の問題を含めて意見はないという電話でのお答えをしているんですね。新聞各社はこういう問題をしっかりと報道をしていただきたいわけでございますね。
 
 中身は後から徹底的に追及しますけれども、プロセスもめちゃくちゃでございます。もちろん、その前には、解釈変更する際には閣議決定の最終案文を国会で十分な審議を受けろという参議院の憲法審査会の附帯決議、それをじゅうりんして破って、戦後の議会初めてのことですけれども、明白な附帯決議を正面から破ったのは。つまり、国民、国会を全て無視してやっている閣議決定ですね。
 
 ちょっと憲法違反の問題に移りたいと思いますので、この武器輸出の問題は非常に深刻な問題であります。なぜ我が国がこういう止めどもない武器輸出が許されないのか。今回の政府が行われたものですけれども、もう事前同意がないわけですから、我が国のですね、なくできるわけですが。これはなぜかというと、憲法の平和主義、先ほど過去の長官の答弁を御説明しましたけれども、武器輸出三原則というのは、憲法前文の平和主義ですね、全世界の国民の平和的生存権、あるいは平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して我が国を守っていくというその考え方、そうした様々な憲法の平和主義というのを全く初めから切り捨てているわけなんですね。
 
 それは、例えば二十六年の四月の閣議決定をされた防衛装備移転三原則、四月一日の閣議決定ですが、この中には、憲法の前文の平和主義、平和主義という文言が一言もないんです。積極的平和主義という言葉はあるんですけれどもね。これは実は、七月一日の閣議決定もそうなんですね。七月一日の閣議決定には憲法の平和主義という文言が一つもない。また、それに至る与党協議の資料にも一つも載っていない。また、今回の安保法制を作るに当たっての与党協議に政府が提出した資料にも一言も平和主義という言葉がないんですね。つまり、安倍内閣がやっているこの安保法制あるいは武器輸出のこういう問題というのは、全て憲法の平和主義を切り捨てた、つまり憲法違反を犯しながらやっていることなんですね。しっかりこれ我が参議院でも引き続き追及しますし、衆議院の安保特でしっかりこの問題、まだ平和主義との関係どなたも質問をされていませんので、是非マスコミの方も取り上げていただいて、国民的な議論をしていきたいというふうに思います。
 
 なので、防衛装備移転三原則というのは憲法の平和主義に違反すると、法制局は審査もしていないと、そのことを申し上げて、将来、民主党が政権を奪還したときには、安保法制、その前に当然安倍内閣を倒しますけれども、これを変えさせていただかなければいけないというふうに考えております。
 
○小西洋之君 六月四日の衆議院の憲法審査会で、先ほど申し上げました自民党が推薦した長谷部かつての東大教授、今早稲田大学の教授でございますけれども、集団的自衛権の行使容認は憲法違反であるというふうにおっしゃいました。
 
 ただ、このこと、憲法問題、集団的自衛権を解禁した新三要件などにこれ歯止めがないのはある意味当たり前でございまして、全く禁止されていたものを、そこを解禁したんですから、どうしたって野方図になるのは当たり前でございまして、歯止め論を議論することは一定必要ではあるんですけれども、やはり国権の最高機関、国民主権の下の我々の議会の役割としては、内閣が行った解釈変更というものが憲法上問題はないのかどうか。つまり、新三要件の歯止め論ではなくて、新三要件そのものが憲法上成り立つのか、新三要件の成立論というものを、本来、イの一番に議論しなければいけないと。ただ、それが今ようやく動き始めてきたというところは非常に大切なことであるというふうに思います。
 
 ただ、残念ながら、今、社会的に欠けているものがあります、決定的に欠けている。それは、こういうことでございます。なぜ政府の解釈変更は憲法違反なのか、なぜ憲法違反なのか、その具体的な理由、そこがうまく社会の中でまだ共有に至っていないところでございます。それは、裏返して言えば、政府が主張している合憲であるというその主張、その主張がなぜ不正であるのか、あえて、ちょっと言葉は適切でないかもしれません、不正であるのか、間違ったものであるのか、そこの説明がないわけでございます。
 
 その問題を昨年来、私、委員会で追及をさせていただいて、皆様に御説明させていただきましたけれども、分かりやすく言うとこういうことになるんですね。(資料提示)安倍内閣の七月一日の解釈改憲、九条の解釈変更がどのようにインチキであるかということ、不正であるかということは、こういうことになるんですね。
 
 安倍内閣は、昭和四十七年政府見解という、過去に政府見解は幾つも実は憲法九条についてはあるんですけれども、その中で、昭和四十七年見解という解釈改憲を強行できる、この見解だけが、これ、隙間でも何でもないんですけれども、それがあったんですね。なので、昭和四十七年政府見解というものを使って行ったと。
 
 じゃ、昭和四十七年政府見解というのは元々どういうものだったかというと、憲法九条解釈の正しい基本論理を書いたものであると同時に、その内容として、集団的自衛権が憲法違反であるということについての論理的な理由、その結論を書いたものであったと。
 
 ところが、安倍内閣は、この憲法九条解釈の基本的な論理、あと集団的自衛権が違憲であるという論理的理由、ここの部分を論理を捏造して、自分たちが解釈改憲のとき集団的自衛権を解禁できる基本的な論理というものをつくり出したんですね。それが右の図ですけれども、七月一日の閣議決定ですね。論理を捏造して基本的な論理というものをつくった。この基本的な論理の中にも、言葉としてそのまま含まれている新三要件というものを要件立てとして抽出をしたと。その抽出立てのどさくさ紛れに、明白な危険という緩和要件を火事場泥棒的に追加した。これが実は解釈改憲の構図なんですね。
 
 じゃ、どういうふうに論理を捏造したか、この三つのからくりが大きくあるわけでございます。
 一つは、この委員会でもずっと取り上げて、ついに衆議院の安保の特別委員会でも、民主党の長妻先生、また大串先生もこの論点を追及を今いただいておりますけれども、先々週ぐらいに私が申し上げたように、七月中には火の海になると。安倍内閣は火の海になって、安倍内閣は退陣する。あらゆる政治、法的な、国民の憲法をじゅうりんした政治的責任、法的責任、またアメリカの議会等で演説などをした外交責任を取って、安倍内閣は火の海になって倒れるというふうに申し上げましたけど、そういうふうに今後なっていくと思います。
 
 三つのからくり。一つは、外国の武力攻撃という文言を、我が国に対する外国の武力攻撃に決まっているのに、申し上げました、この四十七年見解を作るきっかけになった、その国会質疑で作った本人ですね、吉國法制局長官、あるいは真田次長、あるいは角田第一部長、みんな限定的な集団的自衛権なんか絶対あり得ないと、論理としてと言っているのに、ここを同盟国に対する外国の武力攻撃と読み替えて、恣意的に、集団的自衛権を解禁する。
 
 それと同時に、お示ししましたけれども、昭和四十七年見解の中には書いてある平和主義の制限の法理。全世界の国民に平和的生存権を確認しているわけですから、日本に攻めてきてもいないイランの人たちを殺して石油を確保するようなことはできないわけですよ、憲法を変えない限り。そういうことを解禁している。
 
 三つ目は、立法事実のでっち上げです。結局、我が国に武力攻撃が発生しない集団的自衛権の局面で、国民の生命が根底から覆る、つまり死んでしまう日本国民って一体誰なんだと。それは、どういう事態のどういう因果関係で死んでしまうのか。かつ、それは個別的自衛権でも外交努力でも防げないのかと。つまり、集団的自衛権を解禁する政策目的の必要性と、その手段としての合理性、立法事実、これが存在しないわけです。
 
 憲法九条の文理というのは、一見して全ての実力行使を禁止されているように見えると、これは七月一日の閣議決定にも書いています。つまり、真っ暗闇なんです、一見すると。真っ暗闇の中に新しい集団的自衛権という武力行使を解禁するためには、その目的の必要性、手段の合理性が必要なんです。その立証がない。先ほど指摘しましたように、内閣法制局は審査もしていない。
 
 この三つのインチキをやれば、これ、ナチスの手口以上ですよ。ワイマール憲法を骨抜きにした授権法以上ですよ、法律すらないんだから。この三つの手口を合わせれば、どんな法規範だって抜くことができますよ。どんな憲法の条文だって抜くことができますよ。徴兵制なんかもっと簡単ですよ。そういうことを犯しているというわけでございます。
 
 こうした問題、特に四十七年見解の読替えについては私もずっと追及をさせていただいておりましたけれども、実は、衆議院の安保の特別委員会に行ったら、政府の答弁が変わっているんですね。どういうふうに変わったかというと、先ほど佐藤理事がおっしゃっていただいた、砂川判決の基本的な論理と軌を一にするという訳の分からぬ説明を、これはごまかしの説明だと思います。参議院でさんざん私の方で追及したので、衆議院になってこれをやられたらかなわぬというので、国家安全保障局の官僚の皆さんを中心とする方々がごまかしができるようにそういう余計なことを付け加えたんだろうと思うんですけれども。
 
 じゃ、中谷大臣に伺います。よろしいですか、中谷大臣、こちらを御覧いただけますか、このフリップ。
 
 先ほどの答弁で中谷大臣は、佐藤理事の質問に対してこういうふうにおっしゃいました。砂川判決に書かれている基本的な論理と軌を一にする、それが昭和四十七年政府見解に書かれている基本的な論理であるというふうにおっしゃいました。おっしゃいました。よろしいですか。
 
 じゃ、この皆様の分け方ですね。本当はこれ一つの文章なのでこれを三つに構造分割してはいけないんですけれども、後で追及しますけれども。基本的な論理①、基本的な論理②、それで帰結を当てはめと言っていますね。
 
 中谷大臣に伺います。砂川判決に書かれている基本的な論理は、この論理①と②、あるいは帰結、どこに当たりますか。論理①だけなのか、論理①と②両方なのか、あるいは帰結まで含むのか。
 
 秘書官、後ろからやるんじゃないですよ。(発言する者あり)
 
○委員長(片山さつき君) 御静粛に、御静粛に。
 
○小西洋之君 国会議員が国民の憲法をじゅうりんした政権に対して真剣勝負で議論しているんだよ。何で官僚が後ろから補佐するんだ。
 
 私もかつて霞が関の官僚でしたけれども、大臣の後ろから補佐はしましたけれども、官僚の矜持を皆さん持ちましょう、官僚の矜持を。堂々と勝負すればいいんですよ。どうぞ。
 
○国務大臣(中谷元君) 砂川事件の最高裁の判決は、「わが国が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛の措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然のことといわなければならない。」というふうに述べているわけでございます。
 
 この平和安全保障法制の整備に当たりましては、集団的自衛権の行使を一部限定容認をしましたが、それはあくまでも自衛のための必要最小限度の措置に限られるわけでございます。
 
 そこで、この基本的な論理というのは、自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置をとることを禁じているとは到底解されず、外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫不正の事態に対処するためのやむを得ない措置として必要最小限の武力行使は容認されるという部分でございます。
 
○小西洋之君 ちょっと質問に答えていただけていないので。
 
 ただ、ちょっと先ほどの私の発言について少し補足をさせていただきますけれども、今、私もかつて官僚でしたので、こういう個々の方のことを申し上げるのはあれなんですけれども、今大臣に耳打ちをされたその秘書官の方は、さきに私が平和主義、憲法の平和主義についての質問のときに、政府の行為によって戦争の惨禍を再び起こることがないように決意して国民主権を採択すると、そこの部分の戦争の意味について、いわゆる国際法の戦争の意味であると、つまり満州事変のようなそういう武力行使は含まないんだよという間違った耳打ちをしたんですね。それを法制局長官はその後答弁で修正されましたけれども。私もかつて官僚でいましたけれども、憲法違反の答弁を大臣にさせる、そんな補佐は憲法遵守擁護義務を持つ公務員は絶対やってはいけないわけです。いけない。
 
 かつ、私はこのことについて、防衛省の官房長を後に呼んで、あの秘書官にそういうふうにちゃんと指導をしろと、本来だったら理事会で取り上げるように私は言うところだけれども、本当は国民のことを考えるとしなければいけないんだけれども、あなたからちゃんと指導をしろというふうに今お隣に座っている官房長に申し上げました。ところが、そういう指導が全く徹底していない。
 
 理事会でしっかり協議いただけますか。秘書官が憲法違反の答弁を、大臣の補佐している問題について、しっかりと協議をしていただけますでしょうか、委員長。
 
○委員長(片山さつき君) 御事情も含めて、後刻理事会でお話をさせていただきます。
 
○小西洋之君 既に私、防衛省や外務省の官房長のほか皆さんに言っていますけれども、政治家に言われて解釈改憲を嫌々必死に抵抗しながらやるというんだったらまだ、それでも理解はなかなか難しいですけど、同情の余地はありますけど、解釈改憲、安保法制を、この憲法違反のものをお先棒を担ぐような官僚の皆さんは絶対に許さない。政権を奪い返してから、必ず皆さんを処分する。(発言する者あり)当たり前です、憲法違反ですから。当たり前のことですよ。憲法遵守擁護義務に反した国家公務員を法に基づいて処分するのは当たり前です。政治の役割です。議院内閣制の国会監督として当然の役割ですよ。そこを、私もかつて官僚だったので、おかしい政治の下で苦しむ局面があるというのは分かる。分かるけれども、積極的にそれを補佐するのは違うということを断言申し上げさせていただきます。
 
 じゃ、大臣、先ほどの質問、もう明確に一言だけで答えてください。砂川判決で示されている法理というのは、基本的な論理①ですね、この四十七年見解の基本的な論理①。基本的な論理②、このフリップを御覧いただけますか、基本的な論理。昭和四十七年政府見解のその全文につきましては、資料の、済みません、このフリップ、皆さんはもうさんざん御覧のはずですけれども、四ページに書いておりますので、四ページの第三段落目でございます。基本的な論理①、②、帰結(あてはめ)というふうに分けているわけですけれども、このフリップで御覧いただけますか。七月十四日の北側先生が使った有名なフリップ、もう何度もこの委員会で取り上げています。この基本的な論理①の部分だけのはずなんですけれども、だけのはずという理解で、砂川判決で示されている法理は基本的な論理①だけでよろしいですね。基本的な論理②も法理として示しているんでしたら、どういうふうに示しているかお答えください。どうぞ。
 
○国務大臣(中谷元君) 砂川事件の判決は、先ほど読みましたように、我が国が自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛の措置をとり得ることは、国家固有の権限の行使として当然のことと言わなければならないといたしまして、①におきまして、「自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛の措置をとることを禁じているとはとうてい解されない。」ということにつきましては、この最高裁の判決の考え方と①、軌を一にするものでございます。
 
○小西洋之君 ありがとうございました。明確な答弁をいただきました。
 
 つまり、安倍内閣は、安倍政権は、衆議院の安保の特別委員会に行って説明を変えたというか、昨日、安倍総理のインタビューが報道でも流れていましたけれども、砂川判決に示されている最高裁の法理にのっとっているからいいんだみたいなことを言い始めたんですけれども、砂川判決が示している法理というのはこの三つに分割したうちの基本的な論理①なんですね。
 
 で、問題なのは、基本的論理②の方なんですね。基本的な論理の②、皆さんの四ページのお手元の資料の「外国の武力攻撃」という線を引いていますけれども、ここの「外国の武力攻撃」という言葉を同盟国などに対するというふうに読み替えて、ここに限定的な集団的自衛権が書かれているというふうに言っているんですね。だから、砂川判決で示している基本的な論理、法理と、皆さんが主張の限定的な集団的自衛権が実は昭和四十七年見解に書かれていたんだというのは、主張はかみ合っていないんですね。なぜならば、限定的な集団的自衛権の行使が法理として書かれているのは、書かれていると皆さんが言っているのは、基本的な論理②の部分ですから、砂川判決はこういう基本的な論理②の内容に至るようなことまで一言も言っていないんですね。
 
 じゃ、そのことをちょっと皆様と確認をさせていただきたいと思いますが、このお配りした資料のマジックの三ページを御覧いただけますか。失礼しました、五ページ、六ページですね。
 
 これは、砂川判決の条文です。私もこの問題をずっと国会で取り上げたかったんですけれども、解釈改憲が違憲であるというもう本丸の証明に皆さん、政府が答弁拒否をするので、なかなかできなかったんですが、実は、あえて言います、自民党の高村先生を始めとする方々は、砂川判決に集団的自衛権は読めるというふうに言っていますけれども、暴論です。法令解釈というものを逸脱した暴論です。そのことを今から御説明をさせていただきます。
 
(以下、略)
 6月4日の衆院憲法審査会で、小林節先生(慶応大学名誉教授)など三人の憲法学者が揃って、安倍内閣の安保法制は「違憲」との見解を述べられました。
 
特に、与党が参考人として招致した長谷部教授(早稲田大)までもが「集団的自衛権行使の容認は、憲法違反である」との発言をしたのは、大きな反響を呼びました。
 
この発言をきっかけに、翌5日の国会で野党議員から中谷防衛大臣等に対する質疑がなされるなどし、本日6日付けの新聞各紙の社説において、安倍内閣の憲法9条の解釈変更について、批判(朝日、毎日など)、擁護(読売)の論陣が張られています。
 
しかし、読者の方々は、各紙の社説を読んでいても、「結局、安倍内閣の解釈変更は違憲なのか、合憲なのか。その具体的理由は何なのか?」という肝心のところが、理解できないと思います。
 
なぜなら、違憲だという学者の発言と、大臣の答弁の趣旨が、以下のように噛み合っておらず、かつ、各紙社説もその違いを具体的に説明できていないからです。
 
長谷部教授: 集団的自衛権行使は憲法改正以外に手段がないとしていた「従来の政府見解の基本的な論理の枠内では説明が付かないから違憲
 
中谷防衛大臣:「従来の政府見解である「昭和47年政府見解」基本的な論理の枠内で、合理的な当てはめの帰結を導いたから合憲
 
キーワードは、「昭和47年政府見解」、「基本的な論理」という言葉です。
中谷大臣の答弁の内容を、他の政府答弁の内容とも総合して、噛み砕いてご説明すると、以下のようになります。
 
・「昭和47年政府見解」に書かれている憲法9条解釈の「基本的な論理」には、もともと限定的な集団的自衛権行使が含まれていたのだ。
 
・ この昭和47年政府見解の「基本的な論理」こそが、本物の正しい憲法9条解釈の「基本的な論理」であり、そのことを安倍内閣は、7.1閣議決定に向かう検討の中で、歴代政府において、初めて発見したのだ。
 
・そして、安倍内閣は、同じく歴代内閣が思い付くことができなかった集団的自衛権の局面である「ホルムズ海峡」などの事例を、この本物の「基本的な論理」に適用して、「機雷掃海」といった集団的自衛権の行使を容認したのだ。
 
つまり、長谷部教授は、「従来の政府の「基本的な論理」をはみ出す!」と主張し、中谷大臣は「そもそも、昭和47年政府見解の中に発見した本物の「基本的な論理」には、その当時から限定的な集団的自衛権行使が含まれていたのだから、はみ出しはない!」と主張しているのです。
 
とすると、両者のどちらが正しいのか、その判断は、中谷大臣が主張する「安倍内閣が42年ぶりに初めて発見したという、昭和47年政府見解の中の「基本的な論理」なるものに、本当に、限定的な集団的自衛権行使が存在するのかどうか」で決まることになります。
 
もし、「昭和47年政府見解の「基本的な論理」なるものに限定的な集団的自衛権行使が存在しない」のであれば、安倍内閣の解釈変更は根底から覆されてしまいます。
 
仮に、存在するのであれば、安倍内閣の解釈変更について、従来の政府解釈の「基本的な論理」に基づくものとの主張が可能になることになります。
 
どちらが正しいのか。ぜひ、以下の動画をご覧頂きたいと思います。
 
安倍内閣の「基本的な論理」なるものは捏造の論理」であり、「昭和47年政府見解には、集団的自衛権行使は影も形も存在しない」、すなわち、「安倍内閣の解釈変更は違憲無効である」ことの具体的かつ決定的な証明をさせて頂いております。
 
 
 
■動画関連資料
・昭和47年政府見解原本(写し)
・吉國内閣法制局長官等の答弁
・使用フリップ
■関連ブログ
 安保国会が始まりました。
 集団的自衛権行使の「三要件には歯止めがあるのか?」といった議論などがなされています。
 しかし、戦争放棄の9条から戦争を解禁した法案に歯止めが存在しないのは当たり前です。
 
 もっと、本質的な議論をしなければいけません。
 それは、「そもそも、新三要件は存在し得るのか?(合憲なのか?)」という問題です。
 昨日の安倍総理の答弁を見てみましょう。
 
■平成27526日 衆議院本会議速記録(議事速報)抜粋
○内閣総理大臣(安倍晋三君)
昨年七月の閣議決定における憲法解釈は、従来の憲法解釈との論理的整合性と法的安定性に十分留意し、昭和四十七年の政府見解における憲法第九条の解釈の基本的な論理の枠内で、国民の命と平和な暮らしを守り抜くための合理的な当てはめの帰結を導いたものであります。
昨年の閣議決定では、国民の命と幸せな暮らしを守るため、必要最小限度の自衛の措置が許されるという、従来の憲法解釈の基本的考え方を変えるものではないことから、憲法の規範性を何ら変更するものではなく、立憲主義に反するものではありません。
  したがって、御指摘のとおり、昨年の閣議決定について、解釈改憲、立憲主義の逸脱という批判は全く当たらないと考えます。
 
・ 安倍総理は、「7.1閣議決定による憲法9条の解釈変更は、解釈改憲というべきものであり、立憲主義に反するのではないか?」という質問に対して、「7.1閣議決定の解釈変更は、昭和47年政府見解に書いてある憲法9条解釈の「基本的な論理」と同じだから解釈改憲ではない。」と答えています。
 
・ これを分かりやすくいうと、安倍総理は、「昭和47年政府見解の中には、もともと集団的自衛権行使が許容されていたのだ。その集団的自衛権行使が許容されている憲法9条の法理(法的な論理)こそが「基本的な論理」なのだ。」と述べているのです。
 
・ 「えっ? 憲法9条では、昭和47年政府見解という政府の9条解釈の時から、集団的自衛権行使が認められていたのか?」と驚かれるかも知れませんが、そのとおり7.1閣議決定にははっきりと書いてあるし、安倍政権はそのように答弁をしているのです。
 
・ つまり、7.1閣議決定の解釈変更とは、「昭和47年政府見解を、作成されてから42年ぶりに読み直してみたらそこに集団的自衛得権行使が書かれていたのを発見した。そして、この集団的自衛権行使がもともと含まれている憲法9条の法理こそ正しい憲法9条解釈であり、安倍内閣はこの法理たる「基本的な論理」にホルムズ海峡事例や邦人親子避難事例を当てはめて、初めてその解釈を実際に使ったという意味で「解釈変更」をしたのだ。」と言っているのです。
 
・ ちなみに、安倍内閣は、「昭和47年政府見解の前後のあらゆる国会答弁や政府見解で、集団的自衛得権行使を許容することが明記されているもの、法理として読み取れるものは存在しない。」と、私の国会質問に対し答弁しています。
 
・ これは、当たり前です。なぜなら、「憲法9条において、集団的自衛権行使は、限定的な集団的自衛権行使なるものを含めて、憲法解釈の変更の余地すらなく、憲法の条文を変える以外に手段がない。」というのが確立した(憲法制定議会以来一貫した)政府の憲法9条解釈だったからです。
 
・ そうすると、安倍内閣が7.1閣議決定において主張するところの、「歴代政府が踏襲してきた憲法9条解釈の「基本的な論理」(この中には集団的自衛権行使が含まれている)なるもの」は、昭和47年政府見解以外には表明され、あるいは明記されたものが存在しないことになります。
 
・ では、本当に昭和47年政府見解には、もともと集団的自衛権行使が含まれていた(法理として許容されていた)のでしょうか?
もし、これがとんでもないインチキだったら、安保国会は「幻の集団的自衛権行使」の上に議論が始まっていることになります。
 
・ 結論を先に申し上げると、「昭和47年政府見解に集団的自衛権行使が含まれている」という主張は、昭和47年政府見解にある「(我が国に対する)外国の武力攻撃」という文言を、42年目にして勝手に、「同盟国等に対する外国の武力攻撃」という意味に読み替えるという単なる「言いがかり」に過ぎないものであり、何の根拠もない空前絶後の暴挙であり「正真正銘のレッテル貼り」というべきものです
 
・ 現に、例えば、昭和47年政府見解を作成した当時の吉國内閣法制局長官が、当見解を作成し国会に提出する契機となった国会答弁において(作成のわずか3週間前ののもの)、以下のように明言しています。
 
 「集団的自衛権行使ができるということは、憲法9条をいかに読んでも読み切れない。
 
 「(日本には未だ武力攻撃が発生せず)他国にのみ武力攻撃が発生している集団的自衛権の状況では、日本国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されることはあり得ず、よって、日本はあらゆる自衛の措置(集団的自衛権行使)を行うことはできない。
 
 
・ つまり、「昭和47年政府見解には集団的自衛権行使は存在しない」のです。
 
・ で、あるならば、昨日から始まった安保国会は「日本の政治史上、最大の喜劇」というべきものです。
  つまり、「安保国会は、安倍内閣の終わりの始まり」なのです。
 
・  にもかかわらず、この真実を国民の皆さまが知ることなく、安倍政権の欺罔によって憲法を奪われたまま、「安保国会がクーデター改憲が強行される日本の政治史上、最大の悲劇とならないよう(そして、その先には、違憲の戦争という自衛隊員や国民の最大悲劇が待っています)」、以下の私のご説明ビデオをぜひご覧下さい。
 
  目からウロコの衝撃をお約束致します。
 
■解釈改憲を根底から覆す決定的な根拠
〜「昭和47年見解の読み直し」の虚構を暴く〜
 
 
2015527日 
参議院議員 小西洋之
 
 
Youtube解説の参考資料】
・フリップ等資料
・昭和47年政府見解の原本コピー
・昭和47年政府見解の作成者による「7.1閣議決定の解釈改憲」否定答弁
 
※なお、この主張は先月に発表した民主党の党見解のど真ん中にも記載されています。
本日5月24日(日) 夜19時より、IWJ社の公開放送で以下の番組があります。
 
解釈改憲を覆す決定的な根拠 by小西洋之」(無料、ライブのみ) 
 
解釈改憲の「からくり」の根幹である「昭和47年政府見解の読み直し」が単なる言葉遊びの暴挙であることを、私が徹底的に御説明しています。ぜひ、ご視聴下さい!
 
「憲法9条の条文改正以外に不可能」とされてきた集団的自衛権行使が、7.1閣議決定により、なぜ可能となったのか。
その理由である「三つのからくり」の根幹である「昭和47年政府見解の読み直し」を完全に論破するものです。
 
恐らく、目を疑うような驚きをお持ちになると思いますが、紛れもない解釈改憲の真実であり、これを国民の皆さんがご存じ頂ければ、安保法制は阻止できます。
 
 
※三つのからくり
 
 

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