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本日の解釈改憲を強行した後の記者会見の冒頭において、安倍総理は、「いかなる事態にあっても、国民の命と平和な暮らしを守る総理大臣としての責任と覚悟」で解釈改憲を強行した旨述べています。
 
集団的自衛権の行使は、我が国による同盟国等を防衛するための第三国に対する一方的な武力行使(先制攻撃)であり、それは当該第三国からの反撃により、自衛隊員が間違いなく戦死し、また、他の国民にも死者が生じる国家の戦争行為です。
 
如何なる理屈により集団的自衛権の必要性を論じようとも、この集団的自衛権の行使により、憲法9条の「専守防衛」のもとでは決して死ぬことがなかった自衛隊員や国民の犠牲が生じることは否定しようがない事実です。
 
すなわち、立憲主義に立脚する日本国憲法において、「国民の命と平和な暮らし守る」ために集団的自衛権の行使が必要であるかを判断する権限を有するのは安倍総理ではなく、議院内閣制のもと安倍内閣を監督する国会であり、主権者である国民の皆様です。
それは、国会における憲法改正発議の是非に関する徹底した議論であり、仮にそれが発議された後の国民投票による国民の決断です(憲法96条)。
 
すなわち、安倍総理は、「国民の命と平和な暮らし守る」を決する主人公である主権者国民の脇役(国会)の更にその脇役に過ぎません。http://konishi-hiroyuki.jp/140627-2/
 
こうした、安倍総理が、何故に主権者である国民の皆様を無視し、かつ、国民代表機関である議会を無視して、解釈改憲を強行するのか、また、なぜそのことに安倍総理は何の疑問も抱いていないのか、すなわち、「安倍総理の解釈改憲の本質」とは何かについて、私が理解するところを記させて頂きます。
 
 
約一年前の2013329日の参院予算委員会で、私は、安倍総理が、日本国憲法の目的そのものを記した究極の中核条文である「憲法13条」の存在を知っているか、そして、その意味を理解しているかを追及しました。(文末に質疑概要を添付)
 
第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
 
 実は、安倍総理は、これに先立つ2月26日の参院予算委員会で民主党藤末議員から自民党憲法草案13条と現行憲法13条の違いを問われていました。
 そして、私の3月29日の質疑においては、事前通告を行い参考資料も手元に与えられた状況であるにも関わらず、個人の尊厳の尊重という憲法の目的そのものを定め、さらに、包括的な人権である幸福追求権を定めた憲法13条について、存在を一切答えられず、また、条文を示されてその意味の説明を求められても何も答えられませんでした。
 
 更に、安倍総理は、戦後の憲法学を体系立てた最大の憲法学者であり、憲法を少しでも学び、憲法改正案の検討を含む憲法に関する立法事務に少しでも取り組んだことがある政治家であれば当然に知っているはずの故「芦部信喜教授」を始めとして、現在の憲法学を代表する「高橋和之教授」や「佐藤幸治教授」の御名前を誰一人として知らないと答弁しました。
 
 この質疑からは、国会議員として20年間、「憲法改正が国会議員としての使命そのもの」という旨の発言を行ってきた安倍総理が、実は、日本国憲法の目的そのものである憲法13条の存在やその意義を何も知らず、何も理解できていないこと、なぜならば安倍総理は、実は、憲法をまともに学問としても立法執務としても触れたことも考えたこともないからという驚愕の事実、そして、内閣総理大臣としての憲法遵守・擁護義務違反の許されざる事実が明らかになりました。
 
さらに、憲法13条を大日本帝国憲法と同質のものに木っ端微塵に破壊する自民党草案13条について、繰り返し、「21世紀にふさわしい憲法改正案である」と衆参両院で主張している安倍総理が、実は、そもそもの憲法13条についても、破壊後の自民党草案13条についても、何も理解できていないことを暴露しました。
 
しかし、実は、この質疑においては、もう一つの国民の皆さんにとっての戦慄の事実、安倍総理の恐るべき実相が明らかになっていたのです。
 
実は、個人の尊厳と幸福追求権を定める憲法13条は、戦争の放棄や戦力の不保持を定める憲法9条において、個別的自衛権(自衛隊)の合憲論拠を導くためのたった一つの根拠条文なのです。(前文の平和的生存権も根拠となるが、本則条文は13条のみ)
 
つまり、議員活動20年を通して、一貫して、集団的自衛権の行使のために憲法改正を唱えてきた安倍総理が、そのために繰り返し国会で質疑を繰り返してきた安倍総理が、実は、憲法9条の上に個別的自衛権を合憲とする根拠条文であると同時に、集団的自衛権の行使が違憲である論拠を構成するたった一つの条文について何も知らなかったという戦慄の事実を意味しているのです。
 
安倍総理は、憲法の法規範としての意味、すなわち、立憲主義や法の支配(法治主義)について何も理解することもなく、また、そこに託されたかけがえのない国民の皆様の生命や尊厳の重みに皮膚感覚の共感や理解、そしてそれに基づく政治家としての最高法規に向かう峻厳な責任感を何ら有することもなく、ただ、まるで子供が気に入らないおもちゃを扱い壊そうとするがごとく、憲法に接してきたのです。
 
その証拠に、安倍総理が私の追及に対する答弁の中で、必死に「クイズのような質問」と矮小化しようとした、この「憲法13条」とその中の「幸福追求権」などの文言は、本日7月1日の解釈改憲の閣議決定の文章の中でも具体的に示されています。
 
以上から理解できることは、安倍総理という政治家は、国民の皆様の生命や尊厳に皮膚感覚の理解と共感を持っていない、持つこともできない人間であり政治家であること、さらに、安倍総理という政治家は、国民の皆様の生命や尊厳に関わることを誠意を尽くし論理的に考えることができない、そもそも、そういう姿勢すら持っていない人間であり政治家であると言うことです。
 
安倍総理が、本日、主権者である国民の皆様と議会を無視して憲法9条の解釈改憲を強行した理由はただ一つ、そこには現在と将来に生きる国民の皆様の命や尊厳への真摯な思いは何もなく、また、憲法9条の恒久平和主義の制定事実である過去の戦争における悲惨な国内外の人々の命と尊厳の犠牲への真摯な思いは何もなく、ただ、安倍総理のいう「戦後レジーム」の象徴である憲法9条を否定したいという「情念」だけに基づいた行為であると断言します。
 
もし、安倍総理が、憲法13条の定める国民の皆様の生命や尊厳の尊重の意義を考えることができる政治家であれば、自衛隊員が戦死し、国民が死傷することになる集団的自衛権の行使について、その必要性を誠心誠意、国会に説明し徹底的な審議を受け、その上で、主権者である国民の判断を求めるために、憲法改正の発議を国会に要請したでしょう。
しかし、報道によれば、安倍総理は、この閣議決定前の週末はゴルフをして過ごしたとされています。
 
 
私は、この2013329日の質疑に先立つ、2月26日の安倍総理の国会答弁から、安倍総理が憲法13条をまるで理解していない、国民の皆様の尊厳に対し皮膚感覚の理解や共感を有していない政治家であることを見抜き、準備の上、国民の皆様のためにこの安倍総理の実体を暴く決意を持って、329日の質疑に臨みました。
 
質疑の途中で、安倍総理をわざと指差して質問を行ったのは、かつて官僚時代に国会で大臣の答弁補佐を行った経験から、安倍総理の後ろに控える総理秘書官達を気迫で制圧し、安倍総理と一対一の勝負に持ち込むための戦略的な行為でした。(不快な思いを抱いた国民の皆様には改めてお詫びいたします。)
 
その中で、私が発した、「(安倍総理を)指さすのは、やむにやまれぬ、国民のためにやむにやまれぬとき以外はしません。」という発言の根底にある信念は、今も、解釈改憲という更なる「やむにやまれぬ」状況に至った国民の皆様のために、安倍総理に対峙する国会議員として、自らの存在を懸けた揺るぎない信念として、私の胸の中に確認できます。
 
一年前の予算委員会質疑を契機として、安倍総理を打倒することができず、解釈改憲という国民の皆様の生命と尊厳に最大の危険を生じさせてしまった私の国会議員としての責任とその所属する民主党の責任を噛み締めながら、引き続き、安倍総理の打倒のために全力を尽くさせて頂く決意です。
 
(参考)
安倍総理が経済再生と並ぶ政権の二本柱とする「教育再生」の最重要政策の一つである学校のいじめ対策について、安倍総理が全て出席した教育再生実行会議報告書(2013年2月)は、この度の安保法制懇の空疎かつ低劣な内容と同じく、「道徳の教科化」といういじめ対策として何ら本質的な意義を有しない提言のみに留まりました。
その後の与野党協議により、私が立案した民主党案を基軸に、これまでの学校・地域の対策の構造的問題を抜本的に解決する仕組みを講じた「いじめ防止対策推進法」が成立しました(2013年6月)。その第一条には、私の提案により、「いじめから児童生徒の尊厳を守る」と憲法13条の理念を法律の目的としました。http://konishi-hiroyuki.jp/p1118/
 
(参考)
難病患者であることを公言している安倍総理は、「難病対策は、私のライフワーク」と先の通常国会の所信表明演説で突如発言を行いました。難病対策について、民主党の責任者の一人として取り組んできた私は、その間、難病対策に取り組む安倍総理の姿形をみたことも、一度も噂を聞いたこともなかったため、大いに驚きました。
 それはさておき、先の通常国会で成立した「難病の患者に対する医療等に関する法律」には、安倍総理が何も知らなかった憲法13条の理念がより豊かに深い言葉で表現されています。http://konishi-hiroyuki.jp/p1710/
 なお、安倍総理の上記の発言については、法案審議の際にも、これまで難病対策に取り組んできた複数の議員から疑問の指摘がなされています。
 
(基本理念)
第二条 難病の患者に対する医療等は、難病の克服を目指し、難病の患者がその社会参加の機会が確保されること及び地域社会において尊厳を保持しつつ他の人々と共生することを妨げられないことを旨として、難病の特性に応じて、社会福祉その他の関連施策との有機的な連携に配慮しつつ、総合的に行われなければならない。
 
 
183--予算委員会-8号 平成250329日(議事録抜粋)
○小西洋之君 ・・・総理、三権の長である、行政のトップ、内閣総理大臣の立場としてお答えください。憲法の中で一番大切な条文を一つだけ挙げてください。何条ですか。
 
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 一つだけ挙げることはできません。
 
○小西洋之君 今、後ろから優先順位は決められないというやじがありましたけれども、憲法が基本的に分かっていない方。多分、谷垣前総裁はお分かりでしょう。実は、理論的には分かるんです。
 じゃ、そのことを今から解き明かしてまいります。では、じゃ具体的な話、総理、憲法において包括的な人権保障、包括的な人権規定と言われる条文は何条ですか。安倍総理、どうぞ答えてください。
 
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 今そういうクイズのような質問をされても、暫定予算を議論をしているわけでありますから、余り生産性はないんじゃないですか。それだったら、そういうのを聞くんだったら、私に聞かなくても調べればいいじゃないですか。
 
○小西洋之君 私は知っています。今総理が答えられなかったことは、大学で憲法学を学ぶ学生が一学期でみんな知っていることですよ。
  重ねて聞きます。総理、総理は、日本国憲法において包括的な人権保障を定めた条文、何条か知らないという理解でよろしいですか。どうぞ。
 
○内閣総理大臣(安倍晋三君) これは、済みませんけど、大学の講義ではないんですよ。国会で大切な暫定予算の議論をしているんですよ。こんなやり取りが生産的ですか。
 
○小西洋之君 暫定予算の質問にふさわしくないと言いましたけれども、憲法の中で最も大切な条文の位置付け、またその内容を知らずに予算を編成し執行すること自体が内閣として失格なんですよ。
 まあ、そのことおきます。じゃ、今総理は人権の包括規定を知らないということをこの国権の最高機関の委員会の議事録に付させていただきました。
 では、聞きます。総理、個人の尊厳の尊重、個人の尊厳の尊重を包括的かつ総合的に定めた条文は何条ですか、憲法、日本国憲法何条ですか。
 
○内閣総理大臣(安倍晋三君) まず、余り人を指さすのはやめた方がいいですよ。これは人としてのまず初歩ですから。そのことは申し上げておきたいと思います。
 
○小西洋之君 指さすのは、やむにやまれぬ、国民のためにやむにやまれぬとき以外はしません
 では、今、私が問うた質問。個人の尊厳の尊重を包括的に定めた総括的な規定は何条ですか、憲法第何条ですか。
 
(中略)
 
○小西洋之君 憲法、日本国憲法において個人の尊厳の尊重を包括的に定めた条文は何条ですか。総理、総理、総理に問うています。
 
○内閣総理大臣(安倍晋三君) それをいきなり聞かれても、今お答えできません。
それと……(発言する者あり)その、すごいとかいうことではなくて、こんな相手がすぐ答えられないことを今ここで質問して、まるで自分の方が優越に立っているような、そういう子供っぽいことはやめましょうよ。
 
○小西洋之君 私の質問が、仮に日本国憲法が五十条、五十一条、五十二条、五十七条まで何を決めていますかと聞かれれば、私も残念ながら明確には答えられません。後ろから今官房長官が助けに入りましたね。
  私は、聞いているのは、じゃ総理、カンニングしないで。憲法において、あなたは今、包括的な人権を定めた条文を知りませんでした。では、幸福追求権を定めた条文は憲法第何条ですか。幸福追求権を定めた条文は憲法第何条ですか。どうぞ。
 
○内閣総理大臣(安倍晋三君) それ、こういうやり取りは、私、何の意味があるか分かりませんよ。じゃ、これを決めた、憲法九十三条、九十一条は何だとか、そういう、何の意味があるのか分かりませんけどね。これ、やるんだったら大学の憲法学の講義でやってくださいよ。
 
○小西洋之君 この条文は、私が問うている条文、じゃ、今議事録として、総理は幸福追求権を定めた条文を知らなかったということを私は付させていただきます。
 総理、今総理が答えられなかった条文は、総理が声高に言っている普遍的価値の実現あるいは法の支配の実現、その中枢を成すものです。また、日本国憲法が何のためにあるのか、日本国憲法の下で立法府、行政、司法が何のためにあるのか、全てそこに行き着く究極の条文なんですよ。憲法第十三条ですよ。憲法第十三条を知らない。憲法五十条から五十七条までの条文が分からなくても、具体的、個別に言えなくても、憲法十三条が分からないというのは、これは驚愕の事実ですよ、総理。あきれます。
 じゃ、総理、じゃ、総理、今お手元に自民党の憲法改正草案で憲法十三条の新旧対照表がありますよね。憲法十三条、日本国憲法の憲法十三条を見て、御自分の言葉で日本国憲法の憲法十三条の意味を説明してください、御自分の言葉で。
 
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 何か興奮して質問しておられますけどね、このやり取り自体に私は何の意味があるのか分からないんですが、要するに、憲法の条文でこれを知っているか、あれ知っているかといっても、全く私は意味を感じません。(発言する者あり)
 
(中略)
 
○小西洋之君 では、お話、議論してもしようがないということがよく分かりましたので、先に進めさせていただきます。何も知らないということがよく分かりました。
 自民党の憲法改正草案は、憲法第十三条、幸福追求権、個人の尊厳、そして公共の福祉、最も重要な人権の原理を定めたその条文について、その公共の福祉を公益及び公の秩序と変更するとしています。今お手元にQアンドAがありますよね。QアンドAを基に、あるいは御自分の言葉で結構ですけれども、どういう目的、内容でその憲法十三条を公益及び公の秩序と変えるのかを御説明ください。
 
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 改正草案においては、自民党の案としては、「全て国民は、人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。」ということでありました。
 今、しかし、中西委員はずっと……
 
○小西洋之君 小西です。
 
○内閣総理大臣(安倍晋三君) あっ、済みません、中西さんじゃなくて小西さんですか。小西さんは知っているか知らないかというだけの質問であって、その精神はどう考えるかということではなくて、知っているか知らないかという質問だけだったので、それに何の意味があるかということは、私は言わざるを得なかったということでございます。
 
○小西洋之君 私は、かつて第一次安倍政権を含め十二年間霞が関で官僚として働いておりました。麻生大臣にもお仕えしたことがございます。で、国政に就いて二年半、立法に携わっておりました。憲法十三条を私は考えなかったことは、公務員時代、国会議員になっても一度もございません。当たり前の基本的な条文です。
 では、国会図書館、今日来ていただいています。日本国憲法の憲法十三条の内容を説明してください。
 
(中略)
 
○小西洋之君 今、国会図書館が読み上げてくださった公益また公序、すなわち公の秩序、公共の福祉をこの公益と公の秩序という言葉ですり替えると人権制限が限りなく広がってしまう、そのことを私は議論をさせていただきたいわけでございます。
 では、かつて、国会図書館、公共の福祉を自民党草案十三条のように解釈した学説に対する戦後の通説的な学説からの批判について説明していただけますか。芦部教授の。
 
○参考人(吉本紀君) お答え申し上げます。
 一元的外在的制約説というものでございまして、これは日本国憲法が施行された当初における通説でございまして、基本的人権は人権の外にある公共の福祉によって制約され得るというものでございます。これは、後に憲法学者の芦部信喜教授が命名されたものでございます。
 この説の問題といたしまして、芦部教授は、公共の福祉の意味を公益とか公共の安寧秩序というような抽象的な最高概念としてとらえているので、法律による人権制限が容易に肯定されるおそれがあり、ひいては明治憲法における法律の留保の付いた人権保障と同じことになってしまわないかということを挙げておられます。
 以上でございます。
 
○小西洋之君 内閣総理大臣、安倍総理、今述べられました芦部信喜さんという憲法学者、御存じですか
 
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 私は存じ上げておりません。
 
○小西洋之君 では、高橋和之さん、あるいは佐藤幸治さんという憲法学者は御存じですか。総理。
 
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 申し訳ありません、私は余り、憲法学の権威ではございませんので、学生であったこともございませんので、存じ上げておりません。
 
○小西洋之君 憲法学を勉強もされない方が憲法改正を唱えるというのは私には信じられないことなんですけれども。
 今私が聞いた三人は、憲法を学ぶ学生だったら誰でも知っている日本の戦後の憲法の通説的な学者です。今、国会図書館が読み上げた言葉、公益とか公共の安寧秩序という言葉で公共の福祉を潰してしまうと、人権とは全く違う価値によってこの世の中をコントロールすることができる、そうして、それはすなわち明治憲法時代の法律の留保の下の人権侵害が解き放たれると、そういうことだというふうに言っているんです。恐ろしいことなんですよ。
 じゃ、これを、何か総理、首をかしげていますので、理解されていないと思いますので、具体的な例として見てまいりましょう。
 
(中略)
 
○小西洋之君 お手元に中華人民共和国第五十一条を示させていただいております。実は、自民党の憲法改正草案十三条は内容的に中華人民共和国第五十一条と同じでございます。違いがあるんでしたら御説明いただきたいと思います。
 以上、自民党は憲法の価値、そして何よりも、内閣総理大臣である安倍総理は、憲法で最も重要な条文すら知らずこの行政を営もうとしています。私は、これは議会の威信に懸けて問責に値すると思いますので、各党会派の皆さんの御検討をお願いいたします。
 ありがとうございました。
 
本日、安倍総理により、憲法9条の解釈改憲が強行されました。
解釈改憲の閣議決定は、立憲主義、国民主権、議院内閣制、法の支配(法治主義)を否定する政治的クーデターというべき空前絶後の暴挙です。
 
しかし、この閣議決定は、それ自体が憲法9条及び前文等に違反し、日米安保条約第3条や内閣法などの法令に違反する閣議決定として無効のものであり、憲法9条の法規範は何ら変わることなく今までどおり存在し続けます。
※以下の分析ペーパーをご参照http://konishi-hiroyuki.jp/140627-2/
 
私は霞ヶ関官僚を12年間務めましたが、政府が法令の解釈変更を行う際には、あらゆる条文と矛盾抵触しないか検討の限りを尽くします。
 
しかし、この度の自公与党協議は憲法9条以外の論点(※)を何ら検討しておらず、こうした常軌を逸した過程で生み出された閣議決定の内容は「憲法の条文や他の法令の条文と矛盾だらけ」であり、これを論争の火の海にすることにより、本日の解釈改憲を安倍政権の終焉の幕開けとする決意です。
 
本日18時からの安倍総理の記者会見は、官邸による報道統制のもとの出来レースでしたが、それでも安倍総理の説明は同じフレーズの繰り返しによるしどろもどろで聞くに堪えないものでした。安倍総理は、今回の閣議決定の内容についても、論理的な理解はろくすっぽ出来ていないのでしょう。
 
なお、閣議決定は法的に無効ですが、形式上は別の内閣で「解釈改憲の閣議決定を撤回する閣議決定」を行う必要があります。こうした先例を改める閣議決定の例は幾らでもあることです。そのために、第二次安倍内閣を一刻も早く打倒すべく全力を尽くします。
 
 さらに、そのために、今回の安倍総理の蛮行を招いた大きな責任の一端を有する民主党の解釈改憲への対抗姿勢の在り方について、意を決して改革に取り組んで行きます。
 
また、安倍総理と異なりこれまで複数の重要政策を立案し実行してきた経験を総動員し、憲法9条の恒久平和主義と専守防衛のもと、日本国民と国益を守り、諸外国とともに共存していく外交安保政策を包含した平和創造政策の構築に取り組んでいきます。
 
201471
参議院議員小西洋之
 
 
 憲法前文における(1)「日本国民は、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が生じることがないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し」た、すなわち、国家による戦争を許さないために採用された「国民主権」の原理から、集団的自衛権行使という新しい戦争行為を可能とする国民投票なき解釈改憲の閣議決定は憲法違反となり、(2)同じく前文における全世界の国民に対し確認する「平和的生存権」との関係からも、日本国民に生命の危険が生じていないにも関わらず第三国の国民を武力攻撃により殺害する(=当国民の平和的生存権を奪う)こととなる集団的自衛権行使は憲法違反とならざるを得ない。
 
 この度の主権者である国民不在の強行、議院内閣制の下に内閣の憲法解釈を監督する使命を有する議会不在の強行は、内閣法第1条に真っ向から違反する。
 
■内閣法第1条
第一条 内閣は、国民主権の理念にのつとり、日本国憲法第七十三条その他日本国憲法 に定める職権を行      う。
  2 内閣は、行政権の行使について、全国民を代表する議員からなる国会に対し連帯して責任を負う
集団的自衛権行使を容認する閣議決定の違憲・違法性についての分析ペーパーを作成しました。
 
                リンクはこちら:http://konishi-hiroyuki.jp/1969-2/
 
この分析ペーパーにおきましては、次の点について明らかにしております。
  1. 安倍内閣が強行しようとする解釈改憲の閣議決定は、憲法違反・法令違反の行政行為であり、無効である。
  2. 従って、憲法9条は、閣議決定の後も何ら変わらず同じ憲法規範として存在し続ける。
  3. 与党の閣議決定案が憲法9条に違反し、無効であることの論理的証明。
 
内容については、(1)憲法9条解釈の本質、(2)与党閣議決定案の憲法9条違反の証明、(3)解釈改憲の違憲・違法性の証明からなります。
 
これらについては社会的に、また、永田町においても、まだ十分にご存じ頂けていない問題であると考えます。
 
一人でも多くの方に、解釈改憲が、国家権力が国民の皆様の憲法をハイジャックし、民主主義と法治国家を滅ぼす空前絶後のクーデター行為であることをご理解頂きたいと願っております。
 
 
 
 
集団的自衛権行使を容認する閣議決定の違憲・違法性について
―解釈改憲による集団的自衛権行使の容認は許されない―
 
Ⅰ.憲法9条と集団的自衛権の行使
1.憲法9条の政府解釈のポイント
2.政府解釈による「限定容認論」の明確な否定
(1) 個別的自衛権発動の3要件
(2) 集団的自衛権行使の「限定容認論」の否定(必要最小限度は「数量的概念ではない」)
 
Ⅱ.与党合意の「閣議決定文案」の問題点 (憲法9条違反)
1.憲法の解釈変更の原則との適合の必要
2.憲法9条の文理解釈の維持の必然
3.検証方針
4.具体的検証
(1)「生命等の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」が現実に想定しうるか
①生命等が根底から覆される要因が「武力作用を直接の起因とする」場合
(a)第三国の我が国に対する攻撃的意図が推測される場合
(b)第三国の我が国に対する攻撃的意図が推測されない場合
②生命等が根底から覆される要因が「武力作用を直接の起因としない」場合
(a)第三国の我が国に対する攻撃的意図が推測される場合
(b)第三国の我が国に対する攻撃的意図が推測されない場合
(2)「他に適当な手段がない」場合があるのか
(3) 武力行使の範囲が「必要最小限度」と限定できるか
(4)他の憲法規範に違反しないか
【補論】閣議決定案における「明白な危険」要件の濫用の危険性
 
Ⅲ.安倍政権の「閣議決定による憲法解釈の変更」が違憲・違法であること
1.立憲主義、国民主権の否定   
  (参考)自衛隊員の「服務の宣誓」
2.法の支配(法治主義)の否定
3.間接民主制、議院内閣制の否定
4.閣議決定の憲法違反の問題
 (1)憲法9条に対する違憲
 (2)憲法前文「人類普遍の原理(国民主権・間接民主制)に反する憲法」としての違憲
 (3)憲法前文のもとの憲法9条、96条における違憲
 (4)前文に定める「平和的生存権」における違憲
 (5)憲法前文のもとの憲法99条(尊重・擁護義務)における違憲
【補論】憲法の恒久平和主義との問題
5.閣議決定の法令違反の問題
(1)内閣法第1条違反
(2)日米安保条約第3条違反
    (3)周辺事態法第2条2項違反
 
 ※なお、急遽の作成のため、本文につきましては、追ってより読みやすくなるよう体裁等を整えていただきます。
 
安倍総理が推し進める政治的クーデターというべき憲法9条の解釈改憲ですが、実は、国権の最高機関である国会が作る法律によってこれを阻止することができます。
 
憲法解釈の変更というのは、内閣の行う行政事務ですので、他の行政事務一般と同様に、法律でそのあり方を規律することができます。
 
名付けて「解釈改憲禁止法案」ですが、①内閣の解釈変更が恣意的・意図的なものとならないよう、政府自身が明らかにしてきた「解釈変更の原則」に反する解釈変更を禁止すること②解釈変更を行う際には、国会に対し事前に、(a)解釈変更の案と(b)「解釈変更の原則」への適合性について報告し、徹底的な審議を受けることの二点を定めるシンプルな内容です。
 
衆議院議員島聡君提出政府の憲法解釈変更に関する質問に対する答弁書)
 
こうした法律が作れることを気付き、参議院法制局ともども立法作業を重ね、予算委員会質疑で安倍総理に突き付けるなどしてきましたがhttp://konishi-hiroyuki.jp/p1250/、肝心の民主党内で、なかなか根回しが運ばず国会に提出できるかは時間との戦いになっております。
 
上記のご説明でお分かり頂けるように、集団的自衛権行使についての政策的見解とは中立的な法律ですので、「国民の代表機関である国会を無視して、内閣だけで好きなように解釈変更することは許さない」という点では誰でも賛同できるはずのものであり、安倍総理の「憲法ハイジャック」を阻止するべく、国会議員として最後まで全力を尽くします。
 
 
(参考)
安倍内閣は、国民の皆様の代表機関として何十年にもわたり政府の憲法9条の解釈を監督してきた国会を完全に無視して、閣議決定だけで解釈改憲を強行しようとしています。
これは、議会の存在意義そのものが問われている事態のはずであり、自民党議員を始めこのことを真剣に憂慮する議員が多数派でないことは、国民の皆様にとって恐るべき危機的状況であると考えます。
与党多数のために、法案の成立は十分見込めないまでも、国会への法案提出は、解釈改憲という蛮行に対し、「立法府の一員として、これを絶対に許さない」という意思表示となり、これは国民の皆様に対し重要な意義を持ちます。
 
なお、解釈改憲禁止法案が国会提出できなかった場合に備えるのと同時に、また、仮に提出しても自民党や解釈改憲に賛同する政党が衆参で圧倒的多数を占める状況で本法案が成立する可能性は限りなく小さいと覚悟しなければなりません。
こうした認識のもと、本法案と同内容の事項を規定する参議院憲法審査会附帯決議を取ることも目指し、これは実現させて頂いております(附帯決議第四項〜第六項)。
法律と同等ではないものの、議会と政府を永久に実質的な法的効力をもって拘束し、今と将来の国民の皆様を守るためのものです。 
 
 
 
解釈改憲禁止法案骨子
 
第1 目的
 
 この法律は、政府による日本国憲法の解釈の変更の原則及び政府による日本国憲法の解釈の変更に関する国会報告等について定めることにより、政府による日本国憲法の解釈の変更を規律することを目的とすること。
 
 
第2 政府による日本国憲法の解釈の変更の原則
 
 1 日本国憲法を始めとする法令の解釈は、当該法令の規定の文言、趣旨等に即しつつ、当該法令の立案の意図、立案の背景となる社会情勢等を考慮し、また、議論の積み重ねのあるものについてはその議論の全体の整合性を確保することにも留意して、論理的に確定されなければならないこと。
 
 2 政府は、日本国憲法第九条の下では我が国に対する外部からの武力攻撃が発生した場合においてこれを排除するために他の適当な手段がないときにおける必要最小限度の実力行使のみが許容されているという解釈その他の政府により確定され、定着してきた日本国憲法の解釈については、これらの解釈が1の原則に基づき論理的な追求の結果として示されてきたものであることを踏まえ、政府がこれらの解釈を便宜的又は恣意的に変更した場合には、政府による日本国憲法の解釈のみならず憲法規範そのものに対する国民の信頼が損なわれ、かつ、日本国憲法を国の最高法規とする法秩序が害されることに鑑み、諸情勢の変化及びこれにより生ずる新たな要請を考慮すべき場合においても、論理的な整合性に欠ける解釈の変更をしてはならないこと。
 
 
第3 政府による日本国憲法の解釈の変更に関する国会報告等
 
1 内閣総理大臣は、政府により確定され、定着してきた日本国憲法の解釈を変更しようとするときは、当該解釈の変更の案及び当該案の第2の2の原則への適合性について、国会に報告しなければならないこと。
 
2 政府は、1の国会報告に関する国会の審議を十分に踏まえることなく、政府により確定され、定着してきた日本国憲法の解釈の変更をしてはならないこと。
 
 
第4 施行期日
 
  この法律は、公布の日から施行すること。
                                        以上
 
※正式の名称は「政府による日本国憲法の解釈の変更の規律に関する法律案」となります。
 
安倍総理が強行しようとしている憲法9条の解釈改憲ですが、最も大切なことを、安倍総理や他の大臣達も、多くの国会議員も、そして、一部の国民の皆様もご理解をされていないと考えます。
 
それは、日本国憲法においては、集団的自衛権の行使という新しい戦争を解禁するには、憲法第96条に基づく主権者である国民の皆様の国民投票がなければ許されないと言うことです。
 
 なぜならば、集団的自衛権の行使という戦争の下で、相手国の反撃により自衛隊員が戦死し、あるいは、国民の皆様が戦死するという、国民の生命や尊厳に直結する重大この上ない事柄を、時の国家権力(内閣と国会)だけで勝手に決めることを許さないのが、日本国憲法がよって立つ立憲主義の考えだからです。
 
 立憲主義とは、「憲法とは、国家権力を制限し、国民の自由と権利を保障するものである」という原理です。
つまり、戦後の内閣と国会は国会審議等を通じて、「日本国憲法においては、国家権力の最大の発動である戦争行為について集団的自衛権の戦争は許されず、憲法改正以外に手段がない」としてきました。
これは、国民代表機関である国会が、憲法の定める議院内閣制に基づき内閣の憲法解釈を国民に代わって監督し、それを国民に説明してきたということを意味します。
 
ところが、ある内閣の閣議決定による解釈変更で突然これを可能とし、その後の国会での自衛隊法等の改正により集団的自衛権の行使を可能とし、その結果、国民の自由と権利の前提である生命や幸福追求の権利を失わせることは、この立憲主義の原理に根本的に反することになるのです。(※「ご参考1」参照)
 
 つまり、「閣議決定はもちろん、国会で成立する自衛隊法改正等の法律によっても、なお奪うことのできない自衛隊員や国民のかけがえのない生命がある。それを決めることができるのは、主権者国民の国民投票による憲法改正でしかない。」という、立憲主義の考えを、安倍総理や多くの国会議員が理解していないのが、この解釈改憲の最も憂慮すべき問題であるのです。(※「ご参考2」参照)
 
 また、国民の何割が集団的自衛権行使の解釈改憲に賛成かという各種マスコミのアンケート調査結果も、この立憲主義の考えの前には、何ら解釈改憲を正当化するものとはなり得ません。
 つまり、それぞれがかけがえのない個人としての尊厳を有する国民皆で日本という国家を形成している(憲法第13条)以上、他の国民の生命や尊厳に直結する事柄を、一部の国民の世論だけで正当化することは許されないのです。
 
むしろ、立憲主義の基底には、その時の社会の多数派やそれに支持される国家権力から、社会の少数者の生命と尊厳を守ることが憲法の本質であるという理解があります。
 
つまり、わずか25万人しかいない自衛隊員とわずか数十万人強しかいないその自衛隊員の家族の命運や、集団的自衛権の戦争で自らやその大切な家族が死傷する可能性を危惧している国民の命運を、他の国民の世論によって決めることはできないのです。(※「ご参考3」参照)
 
それを決めることができるのは、国会における徹底的な審議を始めとした、社会を挙げた議論の結果として行われる国民の皆様全員による国民投票によってのみなのです。
 
この余りに基本的な事柄が、安倍総理や国会議員の間で理解されていない事実は、もし、憲法9条の解釈改憲を許すと、今度は、「戦後のその圧倒的な数量の国会審議にも関わらず、しかも、究極の国家行為である戦争を解禁するものである憲法9条の解釈改憲すらできたのだから、憲法の他の条文についても内閣で解釈改憲を行い、その後に国会で必要な法改正をすればいい」という考えに政府と国会が染まってしまい、法治国家として崩壊していくことになります。
 
※ 既に、小松前内閣法制局長官の任命行為や、長谷川三千子氏のNHK経営委員人事において、これまでどの内閣も行わなかった法治主義を蹂躙する行為を安倍総理は繰り広げています。
 
 安倍総理が強行しようとする解釈改憲は、我が国の恒久平和主義が失われる問題であるのみならず、我が国の法治国家としての存立を根底から覆す、空前絶後の政治的クーデターともいうべき蛮行なのです。
 
 私のかつての先輩・同僚である霞ヶ関の官僚の皆さんの中で、このような私の見解を否定する方には一人もお目にかかったことがありません。むしろ、皆さん声を揃えて解釈改憲への危機感をお話しになります。
これは、日々法律や制度の運用や立案に直接関わる立場の者として、当然の見識であると考えます。
 
解釈改憲は、安倍総理のような立憲主義も憲法も何も理解していない、また、国民投票法改正によりいつでも憲法改正ができる環境が整っているのに自分のやりたいことの実現のためには手段を選ばない恐るべき政治家のみが主導できる蛮行です。
 
引き続き、この暴挙を打破するため、全力を尽くして参ります。
 
 
(ご参考1)
・ 実は、「日本国民は、(中略)政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。(中略)これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。」との憲法の前文の規定からは、集団的自衛権行使の解釈改憲の閣議決定は、単に立憲主義に違反するのみならず、憲法の明文規定に反する違憲行為となり、将来においても何ら法的効力を持ち得ないものとなります。
これについては、別の機会にご説明します。
 
(ご参考2)
・ 一部の国会議員の方々の間で、安全保障の基本法を作ることによって集団的自衛権の行使を可能にするという主張がありますが、これも残念ながら、立憲主義の基本的な考え方をご理解なさっていないものではないかと推察しています。
 
・ 主権者の国民の皆様から見れば、内閣も国会も国家権力という面では変わりません。総選挙でも参議院選挙でも左右することが出来ない国民の生命や尊厳があり、国会の役割はそれを徹底的に議論して、どうしても憲法改正が必要となれば、憲法第96条に基づき主権者の国民の皆様自らで決めて頂くべく国民投票を求めることです。
 
・ それをせずして、国会議員が勝手に立法を行うのは、立憲主義と国民主権に違反する行為です。
 
(ご参考3)
・ 集団的自衛権の行使というのは、日本に対して侵略の意図やそれに基づく具体的な取り組みがない国(一言でいえば、敵国ではない国)に対し、日本が一方的に武力攻撃を仕掛けるものであり、それは戦争が始まることを意味します。
 
・ つまり、当然、相手国からすれば日本に対する個別的自衛権の発動を行うことになり、さらには、その相手国と同盟関係にある国においては、日本に対する集団的自衛権の発動を行う事になります。
 
・ すなわち、集団的自衛権の行使は相手国やその同盟国から見れば「日本による限定行使」も何もない、日本による全面的な宣戦布告であり、そこから先は相手国からの反撃やその同盟国からの攻撃による戦争状態に突入し、その中で、自衛隊員や国民の皆様が死んでしまうことになります。特に、自衛隊員に戦死者が出ることは避けられないと考えます。
 
・ 自衛隊員は「戦う道具」ではなく、主権者国民のための公務員であり、何より、我々と同じかけがえのない「尊厳ある存在」です。時の権力者の一存で、憲法で禁止されてきた新しい戦争(=集団的自衛権の行使)で自衛隊員を戦死させることは許されない。それを判断できる唯一の者は、安倍総理でも国会でもなく、主権者である国民のみなのです。
 
・ また、集団的自衛権の行使は、日本が武力行使を行う相手国などからの反撃により、国民の命が失われる可能性がある戦争です。こうした国家の行為(戦争)を憲法上可能とするかどうかを判断できる唯一の者は、安倍総理でも国会でもなく、主権者である国民のみなのです。

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