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前の記事で2次試験まで書きましたが、その結果が出ました。
結論から言いますと、正社員試験結果は、
合格 です。
12月より正社員になります。
こんな感じで、ついに「リストラからの脱出回想録」は終了を迎えます。
さて、考えましょう。
一般の企業でセッセと働き、会社が危機となり、一部企業の傘下になる。
そこで、物流センターの所長に昇進。
その後、会社消滅、親会社の1セクションになって、一担当に格下げ。
1年後、リストラ。
その後、出ていた学校のお陰で得度、アルバイトなどで家庭を支えることが出来ず、社員の雇用を考えるが、い
い仕事に恵まれませんでした。
その後、某企業の期間雇用社員の就職試験に合格する。
数年働いていたら、班の社員の配達するお仕事が全て、出来るようになっていた。
よって、普通の期間雇用社員では行わない、早番、夜勤を含めた仕事をするようになる。(場合によっては日曜
日も仕事をしました)
そして、正社員試験を受験。
ある意味で、「誰かさん?」に感謝しなければいけないのかも知れないですね。
リストラされたことのある方,頑張ってください。
こんな、逆転人生を歩める私は幸せ者なのでしょうね。
一般の方が中々得られないものを持ちました。
得度して、僧籍を得たこと。
リストラされながら、契約社員で働き、正社員試験に合格。
ありがたい人生だと思います。
感謝!
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リストラからの脱出回想録
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さあ、ひさしぶりにリストラからの脱出回想録を更新しましょう。
期間雇用の契約社員として、ランクも最高になり、給与もそれなりに頂いていた
このままでも、もう生活は成り立つレベルになっていました。
しかし、さかのぼる事、5月に社員登用の記事がニュースになった頃、誰かさん?が私をパートだったの?って
言ってくれました。
違うのに・・・。
私は、契約社員で、パートではなかったのに・・・。
傷つきました。
お陰で社員になると、一旦給与はガクンと落ちますが、今畜生という反骨心に火がつきました。
機会があれば、受ける決心がつきました。
実は8月に社員登用1次試験を受けていました。
そして、1次試験、無事合格です。
そして、2次試験を9月に受けました。
それが以下の写真です。
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前日の記事で就職まで書いたけど、その会社での勤務は続いている。
何とか、持っている。
とりあえず、地獄の生活から脱したようである。
期間雇用社員と名前が変わったが、勤務内容が大いに変化した。
当初はマンション配達をして、終了だった。
今では一般の配達のエリアも3つできるようになった。
短時間職員のエリアも1つ覚えている。
対面(書留)も専門に行う日もある。
早番や、夜勤も行う。
場合によっては、日曜の出勤も要請される。
何でもやらせてもらった。
雇用も7時間から8時間になり、時間がかかったが、給与単価も大幅に上がった。
でも、まだ期間雇用のままである。
この、「リストラからの脱出」は今現在も続いている。
今後、どのように変わっていくか、変わるのか、公開できる状況が訪れたなら、公開していきたい。
今回、連続して「リストラからの脱出回想録」として枠を作り、公開してきたのは、今の社会情勢であまりにもリストラされる方が多いことと、精神的に病んでおられる方が多いことを知りました。
それらの方々に少しでもこういう奴もいるんだと、頑張っていただく気持ちを持って頂きたい。
きれいごとでは済まされない生の人生を知っていただき、頑張っていただきたい一心であえて、記載させていただきました。
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正規の仕事が安定せず、何時までこんな不安定な生活をしなければいけないか?
自分の年齢も上がっていくと益々仕事が無くなっていく悪循環。
ある時、外で求人の看板を観た。
何と、「日本郵政公社」
内容を確認した。
時給制で1日7時間、週5日間という事が書いてある。
コレだけでは、家庭の費用をクリア出来ないが、安定した足しにはなるし、雇用保険、厚生年金、社会保険完備
ということが良かった。
応募して、面接し、就職決定。
とりあえず、月/16万くらいは安定確保となった事と、子供まで私の雇用で社会保険がつくことがありがたかっ
た。
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さて、平成15年〜平成17年頃の間でのこと、アルバイトと寺のお手伝いだけでは、生活が安定しない。
毎月、それなりに生活費がかかります。
だから、やっぱり職安ですね〜。
でも、やっぱり難しいですよ、10社に履歴書を送って、面接できるのは1〜2社。
そして、面接してみて5割くらいの確立だったろうか?
しかし、就職してみて初めて分かる面が多い。
思った内容とギャップがあったりして、仕事になじめない。
結局、試用期間でさよなら。
まだまだ、安定しなかった時期でした。
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