の〜んびりと,ゆ〜ったりと

派手さはなくても,毎日を笑顔で過ごしたいですね. −「美味幸せ(オイシアワセ)な日々」−

パリの屋根裏

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 前のページ ]

大好きだったキッチン

イメージ 1

地階(日本式にいうと1階)に瑞々しい花屋さんが入居していた私のアパート.
パリのアパートの典型的な建築スタイルでした.

建物の入口には暗証番号ロック付きの大きな木製の扉.
両手を突いて「ヨイショッ」と体重を乗せて開け閉めします.扉というよりも壁でしたね,アレは.(笑)
中に入ると郵便受けがあり,その先,やはり鍵付きのガラス製の扉の内側にエレベータ.
2,3人用の小さなエレベータで,明らかに後から付け足したものでしょう.
その周りをグルグルと,一見豪華な赤い絨毯が敷かれた趣のある螺旋階段が巻きついていました.

この建物の6階(日本式にいうと7階)の屋根裏に私の住まいがありました.
「えっ!屋根裏部屋?」と思われるかも知れませんが,
外観では灰色の屋根の部分にある階層で,中は普通の居住スペース.
通りに面した壁がちょっと傾いてはいますが,むしろパリらしい趣があります.
日当たりだって最高だったんですよ!

ベットもソファーもテーブルもテレビも揃った,家具付きの2DKになるのかな?
先ほどの小さいエレベータを降りて左側に分厚い木製の玄関扉.鍵が3つも付いていました.
玄関を入るとほんのり緑がかった水色の絨毯が敷かれた廊下.
廊下の右側にリビングダイニング,左側にトイレ.
さらに突き当たり右側のちょっと奥に寝室,寝室に行く手前左側がバススーム.
突き当たり左側には広々としたキッチンがありました.

このキッチン,中庭に面した大きな窓から優しい日光が入る真っ白な空間でした.

3面の壁に囲まれていて,左の壁側には大きな冷蔵庫と陶器製のシンク.
陶器製のシンクって初めてだったのですが,食器を落とすとすぐに割れるんですよね.
慌ててシンク用ラバーマットを買いに行きました.(笑)
このシンクの正面が空への玄関です.

次の壁側はゆったりとした調理スペースで,下にはドラム式洗濯機.
取扱い説明書も無く,取り付けもいい加減だったこの洗濯機.
はじめの頃は,洗濯しても,脱水はおろか濯ぎさえもしてくれない,なんてことがザラでした.
試行錯誤で使い方をマスターしましたが,その間に犠牲になった衣類も少々….
脱水の時には振動で暴れまくって,毎回位置を戻してやらないといけません.
さらに給排水用のホースが外れて水浸しになったことも数回.
でも,出来の悪い子ほど可愛いものです.

右の壁側には電気調理器と作業スペース.
この電気調理器,表面の強化ガラスが割れるんじゃないかとヒヤヒヤしました.
ですから炒め物でフライパンを返すことが億劫になって….
結果的にスープや煮込み料理を憶えるキッカケになったかも知れません.
電気調理器の下が大きなオーブン.
これも洗濯機同様,取扱い説明書なんてものはありませんでした.(笑)
でも,どうにか使い方やクセを把握して,お肉もお魚も豪快にロティしていましたよ.
今思い出しても,良い香りが漂ってきます.

この大好きなキッチンでは色々な料理を楽しみました.
友人とあるいは社用で外食すれば,同じようなものを試して,
スーパーやマルシェで珍しい食材を見つければ,やっぱり試して.
フレンチも,イタリアンも,中華も,和食も….
どんなに料理人の腕が悪く,食事抜きのピンチを迎えようとも,
最後はあの窓から見えるパリの空が,最高の味付けでフォローしてくれました.


もうひとつ,このキッチンでの大切な思い出….

スーパーで買ってきたブロッコリーについてきた青虫の「ミドリちゃん」.
初夏の清清しい雰囲気が出始めた5月頃の出来事です.

そのままブロッコリーを一株?プレゼントして,
窓際の冷蔵庫とシンクの間に居候させてあげました.
すぐにサナギになり,「生きてるのかな?死んじゃったのかな?」という状態が続きましたが,
我が家に来てから約2週間,綺麗なモンシロチョウになって私の帰宅を待っていてくれました.

翌朝,大きく開けた窓から青空に向かって巣立っていきましたが,当然その後の様子は知りません.
どこかで幸せに暮らしたと信じています.

駅から我が家まで

イメージ 1

アヴェニュ・ドメニル221番地.私が住んでいた場所です.

ドメニル通りはフランス革命で有名なバスティーユ広場から
パリ東部の広大な緑地であるヴァンセンヌの森へと続く,
マロニエ並木で彩られた,とても美しい通りです.
日本ではバスティーユ近辺の,赤レンガ製鉄道高架アーチを再利用した職人工房街が有名ですので,
この通りの名前に聞き覚えのある方もいらっしゃるのでは?

フランスの道路は,その規模,機能性,歴史的背景などから,
ブールヴァー,アヴェニュ,ルュなどとと区別して呼ばれます.
ドメニル通りは,アヴェニュ(城館,公共建造物,広場などに通じる並木道)です.
ゆったりとした片側2車線で,両翼には車道同様に余裕のある歩道を有します.

そのドメニル通りの真中辺りに位置するのがドメニル広場.
通りの名前の由来であり,先日紹介したメトロのドメニル駅があります.
別名をフェリックス=エボゥエといい,中央に大きな噴水を有する美しいロータリー.
ここからヴァンセンヌの森までは,緩やかな下り坂になります.
この辺りは平穏な住宅街で,観光スポットもなく,
私が滞在していた間,日本人をほとんど見かけませんでした.(たったの2回だけ!)

まず,広場に面した場所には銀行が有ります.
カード先進国のフランスですが,やはり小さな買い物やチップのために現金も必要です.
フランスではごくあたりまえの道路に面したキャッシュディスペンサーが設置されていて,
毎回「誰かに狙われているのではないか?」と緊張しながら利用していました.
雨ざらしなので,最初の頃は「ほんとにお金が出てくるの?」と疑ったものです.

お隣がホテル「ドーレ(DORE)」.
三世代の家族経営で,本当に親切で感じの良い方ばかりです.
帰国時,アパートを引き渡した後の短い期間に利用し,とても気に入りました.
その後,旅行などでパリに滞在する際の定宿となりました.
帰国前に生まれた三代目,その後に旅行で滞在した時はヨチヨチしていました.
次回お邪魔する頃には…,えっ,もう小学生!?時間が経つのは早いなぁ.

続いて,ブランジュリ.
ちょっぴり職人気質の老夫婦のお店で,とくにクロワッサンが絶品.バゲットも気骨溢れる仕上がり.
パン屋さんは星の数だけ有りますが,どこも個性豊かで誇りを持っています.(ダメな店もありますが…)
シーズンにはその場で絞ってくれるオレンジプレッセも出していて,
店前のベンチでコレをいただきながら,のんびりと日光浴する時間が好きでした.

何故か「日本!」や「桜!」と書かれたポスターを貼っていた旅行代理店.
アジア専門だったようでもないのですが….
いつも窓際で居眠りしていた店番がいました.大きなドイツ生まれのワンちゃんです.

書店はシーンと静まり返った知的な空間.外の喧騒とは無縁の世界です.
よく写真集や絵本を拝見しました.それだけでアートな気分に浸れたものです.
余りにも静かなだけに,万引き防止装置の警告音が響く,響く!

清潔感あふれる眼鏡屋.
お邪魔する度に違う眼鏡を着こなしていた,まさに眼鏡の広告塔のような若きパリジャンがオーナー.
ソフトコンタクトレンズを使用している私は,定期的にオプティフリーを買いに行きました.
それにしても日本より乾燥した気候なため,コンタクトの渇きには悩まされました.
洗濯物はあっという間に部屋干しで乾きましたけどネ(笑)

最後まで苦労したのが美容室.
アジア系の髪質に不慣れだったのか,ハサミの技術がNG!
ヨーロッパ系の髪質って,適当にカットしても格好良くまとまりやすいみたい.
あの髪質に憧れたきっかけです.

クリーニング屋のご主人は,陽気な東南アジア系移民.
お店の前を通るたびに明るく声をかけてくれました.
お互いに不完全なフランス語.何を言っているか分からなくても最後は笑顔でボンジョルネ(笑)
対照的に奥様は物静かで,一生懸命仕事中.

鮮やかな色で現像してくれる写真屋.
毎回,熱く写真の出来を評価してくれたのですが,専門的な言葉が多く苦労しました.
これぞ芸術の都です!

日本でもお馴染みとなった惣菜屋の「フロ(FLO)」
美味しそうなもので溢れ,華やかで幸せな空間でした.
よくショーウィンドウを外から覗いていて,店内の店員さんと笑顔を交換したものです.
とくにクリスマスのデコレーションが印象的です.

陽気で派手なお爺さんがオーナーのレストラン.
鮮やかな青と黄色を基調としたプロバンス系?のお店で,
食べきれないほどの料理が出てきました.
デザートのイル・フロッタントだけでもお腹一杯.
フランス料理の量が少ないというのは間違いですよ!
毎週末は貸切ホームパーティーのお客で予約一杯でした.

我が家から一番近くのブランジュリ.
ご夫婦と中学生くらいのシャイな女の子の三人家族.
毎朝のクロワッサン,晩のドゥミバゲット,夜食用のパンオショコラなどを買っていました.
お釣を渡してくれる時の女の子の照れた仕草が印象的です.
ここで出会ったお菓子が「フラン」.
弾力性のある硬めのプリンのような,小麦粉を溶いて固めたような,素朴で古いお菓子ですが,
今でも私の大のお気に入りです.

そしてヒョイと小道を渡ると,私が住んでいたアパート(今日の画像)に到着です.
メトロの駅からほんの200メートル程度ですが,思い出が一杯詰まっています.
あそこで出会った人達が,今も同じ場所で同じような生活を続けているのかと想像すると,
ちょっぴり羨ましくもなります.

イメージ 1

パリ,メトロのドメニル(Daumesnil)駅.
ちょっと夜霧がかかっていて,ムードがあるでしょう?

1999年1月,今にも雪が降り出しそうな真冬のパリ.
その数日前に渡仏しオペラ座界隈のホテルに滞在していた私は,
それから1年余りの住まいとなるアパートを下見するため,
勤務先となる仏企業の友人と一緒にこの出入り口から街に飛び込みました.

そう,私の1年2ヶ月間のパリ生活は,この駅から始まったのです.
それからは毎日のようにここを出入りし,
パリの地下を縦横無尽に走るメトロが
私を夢のような刺激に溢れる世界へと運んでくれました.

これから少しずつ,私のパリ生活についてもお話していこうと思います.



※フランス語,またはフランスにお詳しい方,関心をお持ちの方,
 ファン限定公開の書庫で,フランス語日記を綴っています.
 これは,まったく個人的なフランス語入門のためで,間違い覚悟です(笑)
 是非,添削,ご感想,ご質問をいただければ幸いです.

全2ページ

[1] [2]

[ 前のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事