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夢を見ました。
僕は違う家にいました。
借りているようです。
仕事をしながら大学に通ているようです。
友達も一緒に住んでいたようですが、いなくなっていました。
炬燵があり、古いテレビもあり、6畳ぐらいの部屋が2つ。
「車どこに止めるんだっけ」と夢の中で言っていました。
「この部屋があるからここに来ればよかったな」とぼやいていた自分がいました。
似たような夢を何度も見た気がします。
妙に落ち着いた自分がいます。
本当にそこがあって、ほっとしてるのかもしれません。
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死というものには実感がない。
今日、そんな感じがした。
人は誰かの死に対して、鈍感だ。
もしくはそうあろうとするのが、人なのだろうか?
人はいつか死んでしまう。
「なんで」、「あんなに」と人は言うが、死だけは運命だと思う。
今こうしていても次の瞬間には、どうなっているかわからない。
いくら健康に気を遣おうが、死はいつ訪れるかわからない。
だからだろうか。
誰かの死に対して鈍感なのは。
避けられない運命が、その人に訪れた。
そう人はどこかで思うのだろう。
死後の世界はよくわからないが、そこでもその人にとって新しい世界があるのだろうか?
それとも死とともに無になるのだろうか?
人の世とは無常だ。常に無なのか。
はじめからそうだったのか?
その人にとっての世界は終わり、無だけが残るのだろうか?
人の世というものは生と死の連続性の中で成り立っているとしたら。
この世界が誰かにとって共有すべき世界であるのなら、無にはならないのか?
この世界は人々の共有によって保たれている。
そう考えると無ではないのかもしれない。
でも、その世界が醜く、仕方なく共有されているものであるにすぎないとしたら。
人々が違う世界を見ながら、この世界を共有するために整合性をとろうとするから。
そこに軋みが生じるのではないだろうか。
この世界は成り立っているようで、成り立っていない。
継ぎ接ぎだらけの人造人間なのだ。
人間になりたくても、人間にはなれない。
人の世に生きる人間も皆そのような存在だ。
世界がそうであるなら、人の世というものはきっとそういうものなのだろう。
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この世界に生れ落ちて、何を僕は望むのだろう。
皆が見ている景色は、本当に僕がみている世界だろうか。
本当は違うんじゃないか。
僕は本当にこの世界の一員なんだろうか?
なぜ、こんなにも、みんな笑っていられるんだろう。
なぜ、こんなにも笑っていられるんだろう。
僕はただ理解ができないんだ。
共感ができないんだ。
不安なんだ。
ただ不安なんだ。
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今日と明日の境目にさっきまでいたのに、いつの間にか今日と昨日の境目にいる。
夜の0時は不思議な時間だ。 時間が姿を変えてさまざまな顔を見せる。 今日はどんな日になるだろう。 まだ24時間ある。 明日は24時間後だ。 今日はまだ始まったばかりだ。 きっとわくわくする今日が、僕を待っているに違いない。 タイムリミットは24時間。 僕は何回笑えるだろう。 今日で昨日で明日な時間。 時間軸がさまざまに交差する。 0時の魔法に僕らはかかる。 これから始まる24時間の中で、僕は何回笑えるだろう。 |

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サッカーの世界においてオランダという国は大きな位置を占める。
ビッグタイトルにはあまり縁がない。Wカップでも優勝はなく、ユーロ(ヨーロッパ選手権)でも優勝したのは、1回のみである。 常に出場すれば優勝候補の一角には上げられるが、後一歩で優勝できない国である。 そんな勝ちきれない国がサッカー界で重要視されるのは、ひとえに1970年代にミケルス監督の下、世界に衝撃を与えたトータル・フットボールによってである。 そのDNAはミケルス、クライフから現在はその系譜に連なる監督として最高峰に位置するのがグァルディオラである。 ポゼッションを重視した攻撃的なサッカー。現代サッカーの潮流のひとつである。 その系譜にファン・ハールがいる。 私が始めてファン・ハール監督を知ったのは、1994-95シーズンのチャンピオンズリーグ決勝の試合である。試合自体にはあまりスペクタクルだった印象はないが、当時のミランは世界最強とも言われていたので、ミラン目当てでテレビを見ていた。アヤックスの印象は当時珍しかった3-4-3システムを使っており、選手がみな若かった。 この大会でアヤックスはミランを下して優勝するのだが、そのあと優勝メンバーはビッククラブに引き抜かれてアヤックスは再び凋落していく。 オランダサッカーの宿命でもあるが、いい選手は国外のビッククラブに移籍していくのである。 その後も、ファン・ハールには注目していた。 サッカー雑誌などから受けるファン・ハールの印象は、傲岸不遜。元体育教師ということもあり厳格で規律に厳しく、自分の理論には絶対の自信を持っているとの印象を受けた。 私の同僚でもいるが、正しいがゆえに成功するのだが最後には失敗するタイプに思えた。 チームを立て直す、規律を取り戻す、組織を確立する過程では非常に成功するのだが、その成功が続くと、その正しさゆえに周りが窮屈になり最後は追われる。 ずっと、ファン・ハールを見ていて世界でも10本の指に入るぐらいの監督なのに、残念だなとおもっていた。 そして、2014年Wカップでファン・ハールはオランダ代表を率いて、世界に衝撃を与えた。 前世界王者スペインをカウンターで粉砕するのである。 この結果を見て、ファン・ハールは変わったなとおもった。 かたくなに自分の理論にこだわっていたファン・ハールが選手の適正と相手の力量を冷静に測りながら、勝つサッカーを選んだと思った。 そこにはポゼッションサッカー思考のオランダといえども、練習時間が多く取れない代表の難しさもあるのだろうと思った。 そして、現在ファン・ハールはマンチェスターユナイテッドの監督として、プレミアリーグに挑んである。名門を復活させることについては絶対の手腕があるので成功するだろうと思っている。 問題はその後だ。 現在でも名監督だが、ユナイテッドの伝説であるファーガソンやバスビーに肩を並べられるかは今後にかかってくると思う。 楽しみに見てみたい。 |





