日記
第1章 油症についての概要第1章 油症についての概要
1.1 カネミ油症事件 カネミ油症事件とは、1968 年に、カネミ倉庫株式会社が製造した米ぬか油を食べた人々
とその2 世、3 世にも疾病及び障害の影響を与えた食中毒事件である。なお、1968 年10 月 10 日朝日新聞(西部版)の夕刊で初めて「正体不明の奇病が続出」と報道されたが、1967 年以前に発症した例があることは1972 年頃から何度か報道されていた(カネミ油症40 年 記念誌編さん委員会2010:14)。通説では、カネミ倉庫株式会社が食用油を製造した過程で、 脱臭のために熱媒体として使用したPCBs が、配管部から漏れて油に混入したとされる。PCBs が加熱されてダイオキシン類の一種であるPCDFs 等に変化して、その食用油を摂取した人々 に被害を及ぼした。当初はピンホール説(株式会社カネカの責任が大きい)が主張されたが、 その後工作ミス説(カネミ倉庫株式会社の責任が大きい)が主力となった[注5]。 カネミ油症事件の場合は、被害届出1万4,627 名に対して、最初の認定は913 名であっ た(1969 年7 月現在、厚生労働省)(カネミ油症40 年記念誌編さん委員会2010:14)。2004 年に血中ダイオキシンが認定基準に追加された。さらに、2012 年の法律により同居家族の 積極認定の基準が追加された。しかし、認定されたのは2,307 名(2017 年3 月31 日現在、 厚生労働省)にとどまっている。 1.2 台湾油症事件
1978 年から1979 年にかけて台湾でもカネミ油症事件と同質の油症事件が起こった。公表 された限りでは台湾油症として登録した被害者は2,000 名以上に及ぶとされている。被害 者が集中していたのは台中県、彰化県であった。特に多かったのが目に障害を持つ子どもた ちを無料で受け入れているキリスト教系の施設、恵明学校だったと言われている。 被害者の属性は、前述の通り恵明学校の児童・生徒と教職員、台中県及び彰化県の工場労 働者、その他家庭や個人であった。2004 年国民健康署が行政院衛生署疾病管制局(注2 を参照)から引き継いた時に、登録されていた生存患者数は約1,600 名である。現在登 録されている生存患者数は1,854 名、そのうち第1 世代は1,269 名(68%、平均年齢56 歳)、 第2 世代は585 名(32%、平均年齢25 歳)である[注6]。 |
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