水俣病は実際には、国の審査に問題があり、会社は責任がなかった。ところが裁判所は自分が「国」だから、国に責任を求めず、会社を「無過失責任」で罰した。つまり本来は国に過失があるのだから罰せられるところだが
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さらに、筆者の聞き取り調査により、油症患者が望むのは治療及び補助金よりも社会的な
認知[注43]であった。しかし、治療を無料で受ける被害者たちを、物乞いする者のよう に扱う医者もいた。さらに、政府は社会に対して油症による被害を的確に説明しなかった。 現在でも有効な治療法が確立されていない[注44]。特に、発生初期の頃、皮膚症状が重か った時、油症はエイズのような恐ろしい伝染病であると信じられ、友達でさえ被害者を差別 し、排除しようとした。結婚や就職においても油症を隠し、いつも不安におびえていたと訴 える被害者もいた。このような精神的暴力は彼らの自尊心を傷つけることとなった。 単に医療費だけではなく交通費その他の経費も必要となる。特に台湾の場合、被害者の大 半は貧困な生活を送っている。貧しい者が病気になることはまるで火に油を注がれたよう なものである。日常生活機能の低下は職場、地域、家庭内における役割分担にも変化をもた らし、家庭・地域内阻害要因となり人間関係の悪化をもたらす。身体的な被害だけではなく、 派生的な精神的被害も深刻である。 油症事件においても公害事件の場合と同様に、被害者及びそれに関わる人々はそれぞれ 異なる人生観を持っており、将来に対する考え方も多様である。経済的に余裕のある少数の 被害者たちは、賠償を既に諦め、生きているだけで十分であると考えている。しかし、多く の被害者は生活に困窮し、老齢化しており、様々な症状は悪化し、残りの人生に絶望してい る点を忘れてはなるまい。 |




