コン太春&娘っこの部屋へようこそ!

なかなか更新できなくてすみません!!それからまだ慣れないので失礼があったらスイマセン!

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キクさん

 
春ちゃんの母親であるキクさん(つまり私の祖母)が12日に亡くなりました。
 
父が亡くなったときにはすでに、アルツハイマーの症状が出ており葬儀に出席するどころか
 
自分の息子が死んだという事実を認識することが出来ませんでした。
 
しかし世の中には、科学では説明できないことがあるのだと思います。
 
春ちゃんが死んだ日にばぁさんが部屋に知らない男の人が部屋に入ってきたと怯えていたそうです。
 
春ちゃんは驚かすつもりはなかっただろうに、ただ最後のお別れをしにいったのに
 
無駄にお母さんを驚かせてしまったのでしょうねぇ。
 
しかも知らない男の人ってかなりショック!!実の息子なのに(笑)!!
 
ただ、この一連の話を客観的に見ると親より先に死んではいけないんだなとつくづく思います。
 
キクさん。葬儀に行くことは叶いませんでしたがどうか、じぃさんと春ちゃんと仲良くしてください。
 
多分、天国にもゲートボールの大会を春ちゃんが催してると思います。
 
本当に可愛いらしいお婆ちゃん。どうか安らかに・・・。
 

誕生日

本日は春ちゃんの誕生日です!!
生きてれば62歳。
世間的には虫歯予防デーらしいっす。
6と4にかけてるんですね。(わかっとるわい!!)

しかし自分が歳を取ったからか一年が早い!!
春ちゃんが死んでもう2年・・・早すぎますな。
私の中ではつい最近っす。。

あまりに死に顔が可愛かったことや
私の意見を聞いてくれた看護婦さんが
ベッドにかけてあった野球のユニフォームをきせて見送ってくれたこと。
それを見た皆が彼らしいと喜んでくれたことが思い浮かびます。。。

本人は野球を通じて子供と接したことを
すごく嬉しく、楽しく思っていたけれど
自分の子供がどんな思いでいたことは知らなかったんじゃないかなぁ。

時に、なんで私は女なんだろうなんて思った時もありました。
きっと、彼の中で夢があって自分の子は願わくばプロ野球選手
だめなら甲子園球児、だめなら野球の好きな子
それもだめならただただ男・・・・。

かなわずでしたが、男に産んでもらえれば私は中々の選手になれたかも・・。
と思う今日この頃です!!

でも、俗にゆう父親の夢。
子供と酒を飲む・クリアー(しかも私がヘベレケ)
結婚式に出席する・クリアー
達成できたよね!!
孫は見れなかったけど(あなたに似てますよ性格が)
やっぱり太く短く生きたんだよと私は思います。。

生きていればっていうとなんだか寂しいので
誕生日おめでてとう春ちゃん!!
あした墓参り行くよ!!

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久々に

先日父の夢を見たのでこのブログを更新することを思い立ちました。

当時は自分の私生活に忙しさを感じ中途半端に投げ出してしまいました。

プツっと糸が切れてしまったような感覚。なんだったんでしょう。。。



近況としては、私は父の思惑通り仮退院中に結婚式をし

姉は無事「こはる」を2007年8月8日に出産し今も元気にすくすく育っています。

残念ながら私はまだ子宝に恵まれませんが、父も喜んでることとおもいます。

今もしつこく見守っているはずですから、神戸在住の姉一家はインフルエンザには

かからない気がします。

そして母ももちろん元気です。根っからの働き者の血が災い?してじっとしておれず

近所のマクドナルドで朝マック売ってます。スマイル要求回数は1回です(笑)



そして早くも三回忌の法要も終わりました。

命日近くには野球部OBによる偲ぶ会も開催していただき

3回忌を迎えた今も父を忘れずにいてくださる人がいることに感謝の気持ちでいっぱいです。



それから父が死んでも死に切れない心配事のひとつ横浜ベイスターズ。

今年も微妙に残念な感じです。去年ほどではないですが・・・。

横浜港150周年の今年は頑張らなきゃいけないはずなんですけどねぇ・・・。



というわけで、ずっとお休みしていたブログを気にしていたんですが

また少しづつ書いていこうと思っています。

当時メッセージや応援していただいた方にはもう見てもらえない可能性大ですが。

細々と気長に出来ればと思ってマス。


それでは皆様くれぐれもトンフルエンザ予防おこたらないよう気をつけてくださいね!!

お久しぶりです。決意も裏腹、またまた間が空いてしまいました。

作家先生でもないのに、書き出すまでに時間を要してしまいなかなか・・・。

あげくの果てには、今流行りのビリーズブートキャンプにキャンプインしてしまい、無駄に疲れておりま

す^^父が私に痩せないと死ぬぞと、遺言を残していったので実行した次第です。

成果はというと・・・痩せまへん。やたらと筋肉がついてしまい、自分がどこに向かっているのか分から

なくなってきました(笑)腹筋割れたらどうしよう・・。


2月21日 夜1

ちょうど、ブログを更新した直後に、父が教えていた中学3年生の野球部員が二人きました。病気である

ことは知っていたとは思いますが、父の姿を見て一瞬ひるんだようでした。私は毎日父の姿を見ていたの

で見慣れてしまったというか、黄疸の出ている顔が当たり前になってしまっていたのですが、元気な姿し

か知らない人から見るととても異様に映るようでした。私達は席をはずして遠くから、父と中学生の会話

する様子を見ていました。思春期の彼らは、何を思ったのでしょう・・。父の事ですからすべて話したと

思います。とにかく、この学年は色々と問題があり父も心配していたので何かを感じとってくれればとい

う思いが強くあったように思います。


今福での用事をすべて終えると、父はOBが来るからと、私と母に酒やつまみを用意するようにと言うの

で、店にまだ残っていたビールやら焼酎やらグラスやらを持ってマンションに戻ろうとした時、店を休ん

でいることを知らなかったお客さんがやってきたのです。

どうやら、ここ最近店を気に入ってくださり足繁く通ってくれていたお客さんの様でした。

ちょうど父がトイレに言っており、母が父の具合が悪いので店を閉める旨を伝え対応したのですが、それ

を聞いた父がなぜか追いかけろというので追いかけ、なんとか店にもう一度戻っていただきました。する

と父がそのお客さんの焼酎ボトルを本人に返し、自分が病気であることと店を存続することが出来ない事

を告げました。

これから飲みに人にボトルを持たせるのもどうなのよという気もしましたが、その方は事情を飲み込んで

くださり、持って帰られました。そういえば、店を閉める事を決めた時に父が最後の閉店パーティーとボ

トルの返却を一人一人にしたいと言っていた事を思い出しました。この後全員とまではいきませんでした

が、常連のお客さんにはボトル返却を母がしました。


マンションに戻り、ひといきつくと父の代りに北海道旅行に引率して下さるKさんがいらっしゃいまし

た。この方は過去に何度も北海道旅行に行っているのでとても頼りになります。この時点では、父兄の

方々の間で父が行かないなら行かない・・と言っているという話を耳にしていたので、必ず旅行は実行し

てほしいということ、自分の作った日程通りには全ては行けないかもしれないけれど、なるだけ多くの場

所に子供達を連れていってほしいことなど、熱く語っていました。


この日父は元気でした。久しぶりの帰宅と色々な方との会えた嬉しさから、そして弱いとこを見せたくな

いというのもあったと思います。無理をさせないようにとは気をつけてはいましたが、本人がやりたい事

をやったらいいと私は思っていたので、黙ってみていました。母はソワソワ落ち着かずでしたが。


なにせこの時点では夜は始まったばかり・・。

父の思いはたくさんの人に届けなければならなかったのです。

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久しぶりの帰宅

千葉まで行った甲斐があり、潮干狩りは思った以上の成果でした!母も良い気分転換になったみたいで

す。ところが、親娘そろって太ももの裏に筋肉痛を発症し今日一日丸つぶれ状態。

完全に運動不足です。まだ翌日に筋肉痛が出ただけでもマシだとポジティブに考えてはいますが^^



2月21日(水)病院〜家路まで

固くO君と握手を交わした後、車に乗り込みました。

事情をすべてO君に説明し、重苦しい空気の中最初に口を割ったのは父でした。

父:「かおりの結婚式をすることにしたから、お前のとこでやりたいんだけど。」

O君:「いつですか?」

父:「二泊三日だから、最後の日の金曜日どうかな。」

当事者である私と私の彼の予定は一切聞くことなく、どんどん話は進んでいきます。

O君も現状を最近知ったばかりで、動揺していたと思いますが普段とおりに父に接してくれました。

O君:「わかりました。大丈夫だと(お店の方は)思います。」

私の相棒はシステムエンジニアなのですが、その頃とても仕事が忙しく徹夜作業が続いていたんです。

私:「休めないかもしれないよ。」・・・・・・私の言葉は届くことなく、見事にシカトでした。

その後、どんどん段取りが決まってゆき今更出来ませんとは言えない事態となっていったのでした。


当事者を無視したままの結婚式話も一段落し父がボソっと言った事があります。

誰にあてて言ったのか、なぜ言ったのかはわかりませんが・・。

父:「こうなってみて、小さい争い事ってくだらないとく思う。ばかばかしく思えてきた。」

ほんとに独り言のように呟いた一言だったのですが、私の人生の教訓となりそうです。

サンキュー父ちゃん!


最初は自宅であるマンションに、直行で帰るつもりでしたが父がまずは今福にというので今福までO君に

送ってもらいました。ここから、父の過密スケジュールは始まりました。


まずはO君にお願いし、中学野球の次期3年生の召集とO君の野毛野球OB同期の召集。

母には、北海道旅行の引率者の召集と父の兄弟への連絡。

そして、今福の隣であるK自転車屋さんに行き私の結婚式をする報告と立会人になってほしい旨を父本人

が伝えると、近くの神社での婚礼を無理にお願いしてくださいました。

このKさんはうちの両親より1世代若いご夫婦なのですが、根っからの野毛の方で亡くなったお爺さんも

含め子供の時から私や姉を可愛がってくれました。つねに父と母を支えてくれた大事な人です。


私は焦りました。まずは相棒に引き返せないところまで結婚式話がすすんでいるのでなんとかしてくれと

いう電話。そして、友達にこれこれこういう訳で明後日結婚式をするから来れる人は来て!という電話。

本気で結婚式するらしいと義兄へ電話。なにせ突如明後日の平日に結婚式という事で慌てまくりました。

確かにやりたいことをやれ。とアドバイスはしたものの、ここまでやりたい放題とは・・。


そして、私達のすさまじい慌てっぷりを尻目に父はパソコンへ向かったのでした。

それが2月21日5時28分に更新したブログの記事です。

前にも書きましたが、私は毎日ブログを閲覧しコピーを取り父に届けていました。

皆さんの激励の言葉に涙し、勇気づけられていたのは紛れもない事実です。

私自身ブログを書きながら思うのですが、父はある意味正直な気持ちを言えるのがこの場だったなのだと

感じています。具合が悪くなってから父がファン限定にブログを書いていたのも、精神的に近い存在であ

りながら、言い方は悪いかもしれませんが会うこともないだろう方々に強がりながらも弱音を吐いていた

のかなぁと。なにせ、私達には強くて元気な姿しか見せようとはしてませんでしたから・・。


この日から父は日記を書くのをやめました。というより、書く時間がなくなったのと体力的に余裕がなか

ったのだと思います。活字ではなく、言いたい事はその本人へ直接伝える形に変わっていきました。

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