コン太春&娘っこの部屋へようこそ!

なかなか更新できなくてすみません!!それからまだ慣れないので失礼があったらスイマセン!

娘っこ

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久々に

先日父の夢を見たのでこのブログを更新することを思い立ちました。

当時は自分の私生活に忙しさを感じ中途半端に投げ出してしまいました。

プツっと糸が切れてしまったような感覚。なんだったんでしょう。。。



近況としては、私は父の思惑通り仮退院中に結婚式をし

姉は無事「こはる」を2007年8月8日に出産し今も元気にすくすく育っています。

残念ながら私はまだ子宝に恵まれませんが、父も喜んでることとおもいます。

今もしつこく見守っているはずですから、神戸在住の姉一家はインフルエンザには

かからない気がします。

そして母ももちろん元気です。根っからの働き者の血が災い?してじっとしておれず

近所のマクドナルドで朝マック売ってます。スマイル要求回数は1回です(笑)



そして早くも三回忌の法要も終わりました。

命日近くには野球部OBによる偲ぶ会も開催していただき

3回忌を迎えた今も父を忘れずにいてくださる人がいることに感謝の気持ちでいっぱいです。



それから父が死んでも死に切れない心配事のひとつ横浜ベイスターズ。

今年も微妙に残念な感じです。去年ほどではないですが・・・。

横浜港150周年の今年は頑張らなきゃいけないはずなんですけどねぇ・・・。



というわけで、ずっとお休みしていたブログを気にしていたんですが

また少しづつ書いていこうと思っています。

当時メッセージや応援していただいた方にはもう見てもらえない可能性大ですが。

細々と気長に出来ればと思ってマス。


それでは皆様くれぐれもトンフルエンザ予防おこたらないよう気をつけてくださいね!!

お久しぶりです。決意も裏腹、またまた間が空いてしまいました。

作家先生でもないのに、書き出すまでに時間を要してしまいなかなか・・・。

あげくの果てには、今流行りのビリーズブートキャンプにキャンプインしてしまい、無駄に疲れておりま

す^^父が私に痩せないと死ぬぞと、遺言を残していったので実行した次第です。

成果はというと・・・痩せまへん。やたらと筋肉がついてしまい、自分がどこに向かっているのか分から

なくなってきました(笑)腹筋割れたらどうしよう・・。


2月21日 夜1

ちょうど、ブログを更新した直後に、父が教えていた中学3年生の野球部員が二人きました。病気である

ことは知っていたとは思いますが、父の姿を見て一瞬ひるんだようでした。私は毎日父の姿を見ていたの

で見慣れてしまったというか、黄疸の出ている顔が当たり前になってしまっていたのですが、元気な姿し

か知らない人から見るととても異様に映るようでした。私達は席をはずして遠くから、父と中学生の会話

する様子を見ていました。思春期の彼らは、何を思ったのでしょう・・。父の事ですからすべて話したと

思います。とにかく、この学年は色々と問題があり父も心配していたので何かを感じとってくれればとい

う思いが強くあったように思います。


今福での用事をすべて終えると、父はOBが来るからと、私と母に酒やつまみを用意するようにと言うの

で、店にまだ残っていたビールやら焼酎やらグラスやらを持ってマンションに戻ろうとした時、店を休ん

でいることを知らなかったお客さんがやってきたのです。

どうやら、ここ最近店を気に入ってくださり足繁く通ってくれていたお客さんの様でした。

ちょうど父がトイレに言っており、母が父の具合が悪いので店を閉める旨を伝え対応したのですが、それ

を聞いた父がなぜか追いかけろというので追いかけ、なんとか店にもう一度戻っていただきました。する

と父がそのお客さんの焼酎ボトルを本人に返し、自分が病気であることと店を存続することが出来ない事

を告げました。

これから飲みに人にボトルを持たせるのもどうなのよという気もしましたが、その方は事情を飲み込んで

くださり、持って帰られました。そういえば、店を閉める事を決めた時に父が最後の閉店パーティーとボ

トルの返却を一人一人にしたいと言っていた事を思い出しました。この後全員とまではいきませんでした

が、常連のお客さんにはボトル返却を母がしました。


マンションに戻り、ひといきつくと父の代りに北海道旅行に引率して下さるKさんがいらっしゃいまし

た。この方は過去に何度も北海道旅行に行っているのでとても頼りになります。この時点では、父兄の

方々の間で父が行かないなら行かない・・と言っているという話を耳にしていたので、必ず旅行は実行し

てほしいということ、自分の作った日程通りには全ては行けないかもしれないけれど、なるだけ多くの場

所に子供達を連れていってほしいことなど、熱く語っていました。


この日父は元気でした。久しぶりの帰宅と色々な方との会えた嬉しさから、そして弱いとこを見せたくな

いというのもあったと思います。無理をさせないようにとは気をつけてはいましたが、本人がやりたい事

をやったらいいと私は思っていたので、黙ってみていました。母はソワソワ落ち着かずでしたが。


なにせこの時点では夜は始まったばかり・・。

父の思いはたくさんの人に届けなければならなかったのです。

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久しぶりの帰宅

千葉まで行った甲斐があり、潮干狩りは思った以上の成果でした!母も良い気分転換になったみたいで

す。ところが、親娘そろって太ももの裏に筋肉痛を発症し今日一日丸つぶれ状態。

完全に運動不足です。まだ翌日に筋肉痛が出ただけでもマシだとポジティブに考えてはいますが^^



2月21日(水)病院〜家路まで

固くO君と握手を交わした後、車に乗り込みました。

事情をすべてO君に説明し、重苦しい空気の中最初に口を割ったのは父でした。

父:「かおりの結婚式をすることにしたから、お前のとこでやりたいんだけど。」

O君:「いつですか?」

父:「二泊三日だから、最後の日の金曜日どうかな。」

当事者である私と私の彼の予定は一切聞くことなく、どんどん話は進んでいきます。

O君も現状を最近知ったばかりで、動揺していたと思いますが普段とおりに父に接してくれました。

O君:「わかりました。大丈夫だと(お店の方は)思います。」

私の相棒はシステムエンジニアなのですが、その頃とても仕事が忙しく徹夜作業が続いていたんです。

私:「休めないかもしれないよ。」・・・・・・私の言葉は届くことなく、見事にシカトでした。

その後、どんどん段取りが決まってゆき今更出来ませんとは言えない事態となっていったのでした。


当事者を無視したままの結婚式話も一段落し父がボソっと言った事があります。

誰にあてて言ったのか、なぜ言ったのかはわかりませんが・・。

父:「こうなってみて、小さい争い事ってくだらないとく思う。ばかばかしく思えてきた。」

ほんとに独り言のように呟いた一言だったのですが、私の人生の教訓となりそうです。

サンキュー父ちゃん!


最初は自宅であるマンションに、直行で帰るつもりでしたが父がまずは今福にというので今福までO君に

送ってもらいました。ここから、父の過密スケジュールは始まりました。


まずはO君にお願いし、中学野球の次期3年生の召集とO君の野毛野球OB同期の召集。

母には、北海道旅行の引率者の召集と父の兄弟への連絡。

そして、今福の隣であるK自転車屋さんに行き私の結婚式をする報告と立会人になってほしい旨を父本人

が伝えると、近くの神社での婚礼を無理にお願いしてくださいました。

このKさんはうちの両親より1世代若いご夫婦なのですが、根っからの野毛の方で亡くなったお爺さんも

含め子供の時から私や姉を可愛がってくれました。つねに父と母を支えてくれた大事な人です。


私は焦りました。まずは相棒に引き返せないところまで結婚式話がすすんでいるのでなんとかしてくれと

いう電話。そして、友達にこれこれこういう訳で明後日結婚式をするから来れる人は来て!という電話。

本気で結婚式するらしいと義兄へ電話。なにせ突如明後日の平日に結婚式という事で慌てまくりました。

確かにやりたいことをやれ。とアドバイスはしたものの、ここまでやりたい放題とは・・。


そして、私達のすさまじい慌てっぷりを尻目に父はパソコンへ向かったのでした。

それが2月21日5時28分に更新したブログの記事です。

前にも書きましたが、私は毎日ブログを閲覧しコピーを取り父に届けていました。

皆さんの激励の言葉に涙し、勇気づけられていたのは紛れもない事実です。

私自身ブログを書きながら思うのですが、父はある意味正直な気持ちを言えるのがこの場だったなのだと

感じています。具合が悪くなってから父がファン限定にブログを書いていたのも、精神的に近い存在であ

りながら、言い方は悪いかもしれませんが会うこともないだろう方々に強がりながらも弱音を吐いていた

のかなぁと。なにせ、私達には強くて元気な姿しか見せようとはしてませんでしたから・・。


この日から父は日記を書くのをやめました。というより、書く時間がなくなったのと体力的に余裕がなか

ったのだと思います。活字ではなく、言いたい事はその本人へ直接伝える形に変わっていきました。

衝撃的な宣告

ゴールデンウィークも終盤ですね。

今日は会社の仲間と千葉まで潮干狩りに行ってきます。何故だか母もついてきますが^^

久しぶりの遠出。晴れてくれるといいんですが・・。楽しんできます!!


2007/2/21 (水)午前〜夕方

この日は私も会社から休みをもらい、母と二人病院へ行きました。

病院へつくと父は、同部屋の方々に今日で退院するからと挨拶をしています。

先日、隣のベットの方から「うるさい」とクレームを言われたといっていたのにいつのまにか仲良くなっ

ていたのも、さすが父!と思いつつ、いつの間にやらその他にも友達が出来ていたようでした。

一人づつに声をかけ、「頑張って!俺なんかに比べたら大丈夫だから。」と元気づけていたのがやけに男

らしく「やっぱりこの人強い」とあらためて思ったのでした。


看護婦さんに呼ばれ、主治医・父・母・私でナースステーションで話をすることになりました。

血液検査の結果とすい臓・肝臓のレントゲンを見ながら先生は話始めました。

先生:「予想以上に進行が早いです。元気でいられるのが信じられないほどです。」

父:「正直に教えてください。私はあとどれくらいなんでょうしょうか?」

とにかく父は「余命」を気にしていました。

やらなければならないことはやる、会いたい人には会う、伝えたいことをすべて言う、この三つは

絶対にしたいのではないかと・・。そして格好良く散りたい。私はそう受け止めていました。

先生:「数値からみると1ケ月。畠山さんはやりたいことがたくさんあるようだから、正直にいいました」

父の隣にいた母は分からなかったようなのですが、少し後ろにいた私には見えてしまいました。

父の手が震えているのを・・。今思うと、自分でも恐ろしいくらいに冷静でとにかく現実を受け止めよ

うと必死でした。涙を流している母、手を震わしている父を凝視していたのが異様だったと思います。

父:「そうですか。もうちょっと猶予があるかと思ってました。ハハ」

すると、ガン告知をされた時と同様私の方に向かってまいったなという顔でこっちを向いたのです。

私は笑いながら肩をポンポンとたたきました。こういう時にかける言葉ってあるんでしょうか・・。

気の利いた言葉や、励ましの言葉は思いつきませんでした・・・。


余命を聞くということに関して、私と母は意見が分かれました。私は絶対に聞いた方がいいと思っていま

した。反対に母は今でも、1ヶ月なんて先生に言ってほしくなかった。嘘でもあと3ヶ月と言って欲しか

ったといっています。理由としては希望がなくなったら人は生きていけないから。だそうです。

私の意見としては、というよりもし私だったらと考えるとハッキリした事が聞きたいと思うのです。

1ヶ月と3ヵ月に差が見出せません。普通に過ごしていて本当に何もしない一日があります。

でも、父の病気が発覚してから、そんな日はありませんでした。それが答えかな・・と思ったりもして。

母の意見が分からないわけではないし、父が何を望んでいたのかはわかりませんが、余命宣告という事に

関しては何が正しかったのか今でもわかりません。


その後は先生から今後の治療法について説明がありました。

病気を治すという意味では成す術がないこと。痛みを緩和することに全力を注いでゆきましょうと。

先生としては、最後まで父を診たいといってくださったのですが、父は家族に負担をかけるのが嫌という

理由で近所の病院に転院したい旨を申し出ました。(勝手に挨拶もすませてましたし・・)

今日退院させてくださいと父は言い張ったのですが、先生は受け入れ先の病院がはっきり決まって

いない状態で退院は心配でさせられません。とおっしゃいました。

もしかすると体裁もあるのかもしれませんが、すごく父の事を考えてくれているんだと感じました。

先生:「でも、二泊三日の外泊なら許可しますよ。具合が悪くなったらすぐ戻ってきてくださいね」

父:「ありがとうございます。じゃあ、外泊させてください」


なんの計画もなしに退院させようとしてた私達家族は、帰る準備だけは万端だったので父の荷物を片付け

早く家に帰ることだけに神経を集中させ、帰り支度を一心不乱にしていました。

帰りは先日お守りを持ってきてくれたO君がわざわざ迎えに車で来てくれるてはずになっていました。

仕事が休みということもあったのですが、いつくるかわからない電話を待っていてくれました。


待っている間例のごとく父が「タバコ吸いに行こう」と私を誘うので外にでました。

父:「1ヶ月で何が出来ると思う?」

私:「やりたいことやんなよ。意外と1ヶ月って長いよ。気の持ちようだよ」

父:「そうだよな。悔しいから2ヶ月生きてやる!」

私:「そうだよ。余命とか数値ってあてになんないじゃん。でも、姉ちゃんはどうする?」

父:「さすがに隠しておけないな、うまく言ってよ」

私:「わかった。でも、姉ちゃんの事は義兄にまかせてるから義兄に言うよ。」

父:「そうだな、それがいい。それと、お前外泊してる間に結婚式しろよ。」

私:「えぇぇぇ。無理だよそんなの。式場とってないもん」

父:「こうなったらどこでもいいじゃん。近しい人だけ呼んでやろうよ」

もう、この親子壊れ気味です。現実見すぎて会話が変ですね。


その後私は義兄に父が余命1ヶ月であること、病気の事を姉に宣告してもかまわないと言っている事を告

げました。義兄は絶句。「不死身だと思ってたのに」かなり印象的な言葉でした。

ついでに、私の結婚式をするかもしれない。ということを伝えました。


そうこうしているうちに、O君が迎えに来ました。

病気が発覚してからの初対面。父もO君も二人が歩みより固い握手を交わしました。

その後1時間ほど、不思議な空間の家路までのドライブが始まったのでした。

思い出って大事

とうとう今福はも抜けの殻となり、鍵は大家さんに返却しました。

物が無くなってみると、以外と店が広いことにビックリ!色々な物が出てくること出てくること・・・。

お店の道具に関しては、近所のお店にあげたり友達にあげたりと意外とスムーズに片付いていったのです

が住居スペースであった2階と、ちょっとした倉庫は大変な事になってました。

原因としては、父が物を捨てないというのがあげられます。(ちなみに私も色濃く血を受け継いでいます)

逆に母はなんでもパッパと捨ててしまい、父の大事な書類までいつのまにか捨ててしまうという特技を持

っており夫婦バトルを繰り広げたのを何度みたことか・・・。

子供の頃は泣いて止めてみたりもしましたが、いつからか二人のバトルが始まると私は貝になるよう徹し

ました。関わると、ろくなことがないということを悟ったのは、15の春くらいだったでしょうか(笑)


それにしても、野球部関連の物が多いこと。30年という歴史はすごい事なのだと実感しました。

トロフィーやら表彰状やら写真の特大パネルなどなど・・・。

特に苦労したのがスナップ写真!!家族の物はわずかしかないのに、野球部関連の写真がてんこ盛り状態で

いっそのこと家ごと燃やした方が早いんじゃないかと本気で思いました。

もちろん大切な思い出ですからそんなことも出来ないので、今福会開催の際に皆さんに持って帰って

いただいたり、分けてアルバムに入れたりと・・かなりの作業。

今までの父の放置っぷりに母は激怒し、「何度も片付けてっていったのに」とプリプリしておりました。

もちろん私は貝になりました。なるしかないでしょう。


その他にも、私や姉の小学校時代の作文・通信簿・健康手帳なんかもごっそり出てきて

あまりにも懐かしくて思わず手をとめて見てしまいました。

小学校3年生の時に書いた私の作文で「お父さんの手」という題名を発見!!

当時の私は父の手を、野球のグローブのように大きくて仕事人の手であると評価していました。

実際のところ、私の手はグローブどころかキャッチャーミット並に巨大化し父の手を超えるという

番狂わせがあったものの、我ながらなかなか良い出来栄え。書いた記憶は全くないんですけどね。

何でも捨てる母も、私たちの思い出の品は取っておいてくれたことに感謝感謝。

寂しさと懐かしさで胸がいっぱいになり私は自宅へ戻りました。

母はまだ少し作業が残ってるからと、コツコツ細かいところまで忘れ物がないか見ていたようです。

一人で思い出にふけりたかったのかもしれません。私もこっそり一人で行ってましたし・・・。


ところが、私の帰宅後にとんでもない物が発見されたのです!!

母が帰ってきて開口一番、『私がお父さんにあげた昔の手紙が出てきた』というのです。

『おっラブレター??』と私が聞き返すと、『違う、逆』と母。逆???????

母いわく、姉4歳、私2歳当時の手紙らしく、黄ばんでクシャクシャになっていました。

『読んでみれば』と母が言うので読みました。逆っていう意味がすぐにわかりました(笑)

要するに、若い時に父がヤンチャをし、それに怒った母が書いた三行半でした。
便箋2枚にも渡る壮大な嫌味に父は打ちのめされたことでしょう。押入れの敷物の下にあったそうです。

なぜこの手紙を大事に取ってあったのかは分かりませんが、反省の意味だったのでしょうかねぇ。

男性の方から是非とも意見が聞きたいものです。


そんなわけで、心機一転新しい生活の始まりのような気分で今はいます。
これからは、もう少しブログをまめにやろうと決心しております。

皆さん、改めましてこれからもよろしくお願いします!!!

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