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			<title>コン太春&amp;娘っこの部屋へようこそ！</title>
			<description>　ブログ開設して半年、殆どの方々が我が子のような年齢層でありながら、お付き合いさせて頂いたことを嬉しく思っています♪　また、新しい出会いもあるでしょう。今年も”何でもオジサン”で行きます♪　いじめ問題・小中学校問題・少年野球指導・草野球自慢・スポーツ全般＆観戦・和風料理レシピ・愛玩動物飼育（犬がいいな～）政治経済・町内会・北海道はじめ各地の方言・愛でも何でも恋のポエム・ドラえもん・字余りの俳句・川柳・病・不倫や片思い♪･・円満夫婦の悩み?・大奥･の扱い方･･･きゃははは♪　守備範囲が広いや!♪　　”何でもおじさん”ことコンタ春
= タイトル =</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kontaharuchan</link>
			<language>ja</language>
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			<title>コン太春&amp;娘っこの部屋へようこそ！</title>
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			<description>　ブログ開設して半年、殆どの方々が我が子のような年齢層でありながら、お付き合いさせて頂いたことを嬉しく思っています♪　また、新しい出会いもあるでしょう。今年も”何でもオジサン”で行きます♪　いじめ問題・小中学校問題・少年野球指導・草野球自慢・スポーツ全般＆観戦・和風料理レシピ・愛玩動物飼育（犬がいいな～）政治経済・町内会・北海道はじめ各地の方言・愛でも何でも恋のポエム・ドラえもん・字余りの俳句・川柳・病・不倫や片思い♪･・円満夫婦の悩み?・大奥･の扱い方･･･きゃははは♪　守備範囲が広いや!♪　　”何でもおじさん”ことコンタ春
= タイトル =</description>
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		<item>
			<title>キクさん</title>
			<description>&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;春ちゃんの母親であるキクさん（つまり私の祖母）が12日に亡くなりました。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;父が亡くなったときにはすでに、アルツハイマーの症状が出ており葬儀に出席するどころか&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;自分の息子が死んだという事実を認識することが出来ませんでした。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;しかし世の中には、科学では説明できないことがあるのだと思います。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;春ちゃんが死んだ日にばぁさんが部屋に知らない男の人が部屋に入ってきたと怯えていたそうです。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;春ちゃんは驚かすつもりはなかっただろうに、ただ最後のお別れをしにいったのに&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;無駄にお母さんを驚かせてしまったのでしょうねぇ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;しかも知らない男の人ってかなりショック！！実の息子なのに（笑）！！&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ただ、この一連の話を客観的に見ると親より先に死んではいけないんだなとつくづく思います。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;キクさん。葬儀に行くことは叶いませんでしたがどうか、じぃさんと春ちゃんと仲良くしてください。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;多分、天国にもゲートボールの大会を春ちゃんが催してると思います。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;本当に可愛いらしいお婆ちゃん。どうか安らかに・・・。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kontaharuchan/52870747.html</link>
			<pubDate>Fri, 13 Jul 2012 23:05:31 +0900</pubDate>
			<category>育児</category>
		</item>
		<item>
			<title>誕生日</title>
			<description>本日は春ちゃんの誕生日です！！&lt;br /&gt;
生きてれば62歳。&lt;br /&gt;
世間的には虫歯予防デーらしいっす。&lt;br /&gt;
6と4にかけてるんですね。(わかっとるわい！！）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし自分が歳を取ったからか一年が早い！！&lt;br /&gt;
春ちゃんが死んでもう２年・・・早すぎますな。&lt;br /&gt;
私の中ではつい最近っす。。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あまりに死に顔が可愛かったことや&lt;br /&gt;
私の意見を聞いてくれた看護婦さんが&lt;br /&gt;
ベッドにかけてあった野球のユニフォームをきせて見送ってくれたこと。&lt;br /&gt;
それを見た皆が彼らしいと喜んでくれたことが思い浮かびます。。。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本人は野球を通じて子供と接したことを&lt;br /&gt;
すごく嬉しく、楽しく思っていたけれど&lt;br /&gt;
自分の子供がどんな思いでいたことは知らなかったんじゃないかなぁ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
時に、なんで私は女なんだろうなんて思った時もありました。&lt;br /&gt;
きっと、彼の中で夢があって自分の子は願わくばプロ野球選手&lt;br /&gt;
だめなら甲子園球児、だめなら野球の好きな子&lt;br /&gt;
それもだめならただただ男・・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
かなわずでしたが、男に産んでもらえれば私は中々の選手になれたかも・・。&lt;br /&gt;
と思う今日この頃です！！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
でも、俗にゆう父親の夢。&lt;br /&gt;
子供と酒を飲む・クリアー（しかも私がヘベレケ）&lt;br /&gt;
結婚式に出席する・クリアー&lt;br /&gt;
達成できたよね！！&lt;br /&gt;
孫は見れなかったけど（あなたに似てますよ性格が）&lt;br /&gt;
やっぱり太く短く生きたんだよと私は思います。。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
生きていればっていうとなんだか寂しいので&lt;br /&gt;
誕生日おめでてとう春ちゃん！！&lt;br /&gt;
あした墓参り行くよ！！</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kontaharuchan/48166919.html</link>
			<pubDate>Thu, 04 Jun 2009 03:26:43 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>久々に</title>
			<description>先日父の夢を見たのでこのブログを更新することを思い立ちました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時は自分の私生活に忙しさを感じ中途半端に投げ出してしまいました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
プツっと糸が切れてしまったような感覚。なんだったんでしょう。。。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近況としては、私は父の思惑通り仮退院中に結婚式をし&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
姉は無事「こはる」を2007年8月8日に出産し今も元気にすくすく育っています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
残念ながら私はまだ子宝に恵まれませんが、父も喜んでることとおもいます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今もしつこく見守っているはずですから、神戸在住の姉一家はインフルエンザには&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
かからない気がします。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして母ももちろん元気です。根っからの働き者の血が災い？してじっとしておれず&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近所のマクドナルドで朝マック売ってます。スマイル要求回数は１回です（笑）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして早くも三回忌の法要も終わりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
命日近くには野球部ＯＢによる偲ぶ会も開催していただき&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
３回忌を迎えた今も父を忘れずにいてくださる人がいることに感謝の気持ちでいっぱいです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それから父が死んでも死に切れない心配事のひとつ横浜ベイスターズ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今年も微妙に残念な感じです。去年ほどではないですが・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
横浜港１５０周年の今年は頑張らなきゃいけないはずなんですけどねぇ・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
というわけで、ずっとお休みしていたブログを気にしていたんですが&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また少しづつ書いていこうと思っています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時メッセージや応援していただいた方にはもう見てもらえない可能性大ですが。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
細々と気長に出来ればと思ってマス。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それでは皆様くれぐれもトンフルエンザ予防おこたらないよう気をつけてくださいね！！</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kontaharuchan/48004025.html</link>
			<pubDate>Sat, 23 May 2009 02:18:49 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>俺の思い皆に届け！！（BY 春ちゃん）</title>
			<description>お久しぶりです。決意も裏腹、またまた間が空いてしまいました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
作家先生でもないのに、書き出すまでに時間を要してしまいなかなか・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あげくの果てには、今流行りのビリーズブートキャンプにキャンプインしてしまい、無駄に疲れておりま&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
す^^父が私に痩せないと死ぬぞと、遺言を残していったので実行した次第です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
成果はというと・・・痩せまへん。やたらと筋肉がついてしまい、自分がどこに向かっているのか分から&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なくなってきました（笑）腹筋割れたらどうしよう・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２月２１日　夜1&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちょうど、ブログを更新した直後に、父が教えていた中学３年生の野球部員が二人きました。病気である&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ことは知っていたとは思いますが、父の姿を見て一瞬ひるんだようでした。私は毎日父の姿を見ていたの&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
で見慣れてしまったというか、黄疸の出ている顔が当たり前になってしまっていたのですが、元気な姿し&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
か知らない人から見るととても異様に映るようでした。私達は席をはずして遠くから、父と中学生の会話&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
する様子を見ていました。思春期の彼らは、何を思ったのでしょう・・。父の事ですからすべて話したと&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
思います。とにかく、この学年は色々と問題があり父も心配していたので何かを感じとってくれればとい&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
う思いが強くあったように思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今福での用事をすべて終えると、父はOBが来るからと、私と母に酒やつまみを用意するようにと言うの&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
で、店にまだ残っていたビールやら焼酎やらグラスやらを持ってマンションに戻ろうとした時、店を休ん&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
でいることを知らなかったお客さんがやってきたのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
どうやら、ここ最近店を気に入ってくださり足繁く通ってくれていたお客さんの様でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちょうど父がトイレに言っており、母が父の具合が悪いので店を閉める旨を伝え対応したのですが、それ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
を聞いた父がなぜか追いかけろというので追いかけ、なんとか店にもう一度戻っていただきました。する&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と父がそのお客さんの焼酎ボトルを本人に返し、自分が病気であることと店を存続することが出来ない事&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
を告げました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これから飲みに人にボトルを持たせるのもどうなのよという気もしましたが、その方は事情を飲み込んで&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
くださり、持って帰られました。そういえば、店を閉める事を決めた時に父が最後の閉店パーティーとボ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
トルの返却を一人一人にしたいと言っていた事を思い出しました。この後全員とまではいきませんでした&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
が、常連のお客さんにはボトル返却を母がしました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
マンションに戻り、ひといきつくと父の代りに北海道旅行に引率して下さるＫさんがいらっしゃいまし&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
た。この方は過去に何度も北海道旅行に行っているのでとても頼りになります。この時点では、父兄の&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
方々の間で父が行かないなら行かない・・と言っているという話を耳にしていたので、必ず旅行は実行し&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
てほしいということ、自分の作った日程通りには全ては行けないかもしれないけれど、なるだけ多くの場&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
所に子供達を連れていってほしいことなど、熱く語っていました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この日父は元気でした。久しぶりの帰宅と色々な方との会えた嬉しさから、そして弱いとこを見せたくな&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いというのもあったと思います。無理をさせないようにとは気をつけてはいましたが、本人がやりたい事&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
をやったらいいと私は思っていたので、黙ってみていました。母はソワソワ落ち着かずでしたが。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なにせこの時点では夜は始まったばかり・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父の思いはたくさんの人に届けなければならなかったのです。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kontaharuchan/32320460.html</link>
			<pubDate>Sat, 19 May 2007 09:17:46 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>久しぶりの帰宅</title>
			<description>千葉まで行った甲斐があり、潮干狩りは思った以上の成果でした!母も良い気分転換になったみたいで&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
す。ところが、親娘そろって太ももの裏に筋肉痛を発症し今日一日丸つぶれ状態。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
完全に運動不足です。まだ翌日に筋肉痛が出ただけでもマシだとポジティブに考えてはいますが^^&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２月２１日（水）病院～家路まで&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
固くO君と握手を交わした後、車に乗り込みました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
事情をすべてO君に説明し、重苦しい空気の中最初に口を割ったのは父でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父：「かおりの結婚式をすることにしたから、お前のとこでやりたいんだけど。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
O君：「いつですか？」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父：「二泊三日だから、最後の日の金曜日どうかな。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当事者である私と私の彼の予定は一切聞くことなく、どんどん話は進んでいきます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
O君も現状を最近知ったばかりで、動揺していたと思いますが普段とおりに父に接してくれました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
O君：「わかりました。大丈夫だと（お店の方は）思います。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私の相棒はシステムエンジニアなのですが、その頃とても仕事が忙しく徹夜作業が続いていたんです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私：「休めないかもしれないよ。」・・・・・・私の言葉は届くことなく、見事にシカトでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、どんどん段取りが決まってゆき今更出来ませんとは言えない事態となっていったのでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当事者を無視したままの結婚式話も一段落し父がボソっと言った事があります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
誰にあてて言ったのか、なぜ言ったのかはわかりませんが・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父：「こうなってみて、小さい争い事ってくだらないとく思う。ばかばかしく思えてきた。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ほんとに独り言のように呟いた一言だったのですが、私の人生の教訓となりそうです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
サンキュー父ちゃん！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最初は自宅であるマンションに、直行で帰るつもりでしたが父がまずは今福にというので今福までO君に&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
送ってもらいました。ここから、父の過密スケジュールは始まりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まずはO君にお願いし、中学野球の次期３年生の召集とO君の野毛野球OB同期の召集。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
母には、北海道旅行の引率者の召集と父の兄弟への連絡。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、今福の隣であるＫ自転車屋さんに行き私の結婚式をする報告と立会人になってほしい旨を父本人&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
が伝えると、近くの神社での婚礼を無理にお願いしてくださいました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このKさんはうちの両親より１世代若いご夫婦なのですが、根っからの野毛の方で亡くなったお爺さんも&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
含め子供の時から私や姉を可愛がってくれました。つねに父と母を支えてくれた大事な人です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は焦りました。まずは相棒に引き返せないところまで結婚式話がすすんでいるのでなんとかしてくれと&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いう電話。そして、友達にこれこれこういう訳で明後日結婚式をするから来れる人は来て！という電話。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本気で結婚式するらしいと義兄へ電話。なにせ突如明後日の平日に結婚式という事で慌てまくりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
確かにやりたいことをやれ。とアドバイスはしたものの、ここまでやりたい放題とは・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、私達のすさまじい慌てっぷりを尻目に父はパソコンへ向かったのでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それが２月２１日５時２８分に更新したブログの記事です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
前にも書きましたが、私は毎日ブログを閲覧しコピーを取り父に届けていました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
皆さんの激励の言葉に涙し、勇気づけられていたのは紛れもない事実です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私自身ブログを書きながら思うのですが、父はある意味正直な気持ちを言えるのがこの場だったなのだと&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
感じています。具合が悪くなってから父がファン限定にブログを書いていたのも、精神的に近い存在であ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
りながら、言い方は悪いかもしれませんが会うこともないだろう方々に強がりながらも弱音を吐いていた&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
のかなぁと。なにせ、私達には強くて元気な姿しか見せようとはしてませんでしたから・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この日から父は日記を書くのをやめました。というより、書く時間がなくなったのと体力的に余裕がなか&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ったのだと思います。活字ではなく、言いたい事はその本人へ直接伝える形に変わっていきました。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kontaharuchan/31830470.html</link>
			<pubDate>Sun, 06 May 2007 23:31:26 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>衝撃的な宣告</title>
			<description>ゴールデンウィークも終盤ですね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今日は会社の仲間と千葉まで潮干狩りに行ってきます。何故だか母もついてきますが^^&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
久しぶりの遠出。晴れてくれるといいんですが・・。楽しんできます！！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2007/2/21 (水）午前～夕方&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この日は私も会社から休みをもらい、母と二人病院へ行きました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
病院へつくと父は、同部屋の方々に今日で退院するからと挨拶をしています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先日、隣のベットの方から「うるさい」とクレームを言われたといっていたのにいつのまにか仲良くなっ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ていたのも、さすが父！と思いつつ、いつの間にやらその他にも友達が出来ていたようでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一人づつに声をかけ、「頑張って！俺なんかに比べたら大丈夫だから。」と元気づけていたのがやけに男&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
らしく「やっぱりこの人強い」とあらためて思ったのでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
看護婦さんに呼ばれ、主治医・父・母・私でナースステーションで話をすることになりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
血液検査の結果とすい臓・肝臓のレントゲンを見ながら先生は話始めました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先生：「予想以上に進行が早いです。元気でいられるのが信じられないほどです。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父：「正直に教えてください。私はあとどれくらいなんでょうしょうか？」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
とにかく父は「余命」を気にしていました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
やらなければならないことはやる、会いたい人には会う、伝えたいことをすべて言う、この三つは&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
絶対にしたいのではないかと・・。そして格好良く散りたい。私はそう受け止めていました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先生：「数値からみると1ｹ月。畠山さんはやりたいことがたくさんあるようだから、正直にいいました」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父の隣にいた母は分からなかったようなのですが、少し後ろにいた私には見えてしまいました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父の手が震えているのを・・。今思うと、自分でも恐ろしいくらいに冷静でとにかく現実を受け止めよ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
うと必死でした。涙を流している母、手を震わしている父を凝視していたのが異様だったと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父：「そうですか。もうちょっと猶予があるかと思ってました。ハハ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
すると、ガン告知をされた時と同様私の方に向かってまいったなという顔でこっちを向いたのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は笑いながら肩をポンポンとたたきました。こういう時にかける言葉ってあるんでしょうか・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
気の利いた言葉や、励ましの言葉は思いつきませんでした・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
余命を聞くということに関して、私と母は意見が分かれました。私は絶対に聞いた方がいいと思っていま&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
した。反対に母は今でも、１ヶ月なんて先生に言ってほしくなかった。嘘でもあと３ヶ月と言って欲しか&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ったといっています。理由としては希望がなくなったら人は生きていけないから。だそうです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私の意見としては、というよりもし私だったらと考えるとハッキリした事が聞きたいと思うのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１ヶ月と３ヵ月に差が見出せません。普通に過ごしていて本当に何もしない一日があります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
でも、父の病気が発覚してから、そんな日はありませんでした。それが答えかな・・と思ったりもして。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
母の意見が分からないわけではないし、父が何を望んでいたのかはわかりませんが、余命宣告という事に&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
関しては何が正しかったのか今でもわかりません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後は先生から今後の治療法について説明がありました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
病気を治すという意味では成す術がないこと。痛みを緩和することに全力を注いでゆきましょうと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先生としては、最後まで父を診たいといってくださったのですが、父は家族に負担をかけるのが嫌という&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
理由で近所の病院に転院したい旨を申し出ました。（勝手に挨拶もすませてましたし・・）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今日退院させてくださいと父は言い張ったのですが、先生は受け入れ先の病院がはっきり決まって&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いない状態で退院は心配でさせられません。とおっしゃいました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もしかすると体裁もあるのかもしれませんが、すごく父の事を考えてくれているんだと感じました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先生：「でも、二泊三日の外泊なら許可しますよ。具合が悪くなったらすぐ戻ってきてくださいね」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父：「ありがとうございます。じゃあ、外泊させてください」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なんの計画もなしに退院させようとしてた私達家族は、帰る準備だけは万端だったので父の荷物を片付け&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
早く家に帰ることだけに神経を集中させ、帰り支度を一心不乱にしていました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
帰りは先日お守りを持ってきてくれたO君がわざわざ迎えに車で来てくれるてはずになっていました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仕事が休みということもあったのですが、いつくるかわからない電話を待っていてくれました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
待っている間例のごとく父が「タバコ吸いに行こう」と私を誘うので外にでました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父：「１ヶ月で何が出来ると思う？」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私：「やりたいことやんなよ。意外と１ヶ月って長いよ。気の持ちようだよ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父：「そうだよな。悔しいから２ヶ月生きてやる！」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私：「そうだよ。余命とか数値ってあてになんないじゃん。でも、姉ちゃんはどうする？」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父：「さすがに隠しておけないな、うまく言ってよ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私：「わかった。でも、姉ちゃんの事は義兄にまかせてるから義兄に言うよ。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父：「そうだな、それがいい。それと、お前外泊してる間に結婚式しろよ。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私：「えぇぇぇ。無理だよそんなの。式場とってないもん」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父：「こうなったらどこでもいいじゃん。近しい人だけ呼んでやろうよ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もう、この親子壊れ気味です。現実見すぎて会話が変ですね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後私は義兄に父が余命１ヶ月であること、病気の事を姉に宣告してもかまわないと言っている事を告&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
げました。義兄は絶句。「不死身だと思ってたのに」かなり印象的な言葉でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ついでに、私の結婚式をするかもしれない。ということを伝えました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そうこうしているうちに、O君が迎えに来ました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
病気が発覚してからの初対面。父もO君も二人が歩みより固い握手を交わしました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後１時間ほど、不思議な空間の家路までのドライブが始まったのでした。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kontaharuchan/31751757.html</link>
			<pubDate>Sat, 05 May 2007 01:26:49 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>思い出って大事</title>
			<description>とうとう今福はも抜けの殻となり、鍵は大家さんに返却しました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
物が無くなってみると、以外と店が広いことにビックリ！色々な物が出てくること出てくること・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
お店の道具に関しては、近所のお店にあげたり友達にあげたりと意外とスムーズに片付いていったのです&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
が住居スペースであった２階と、ちょっとした倉庫は大変な事になってました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
原因としては、父が物を捨てないというのがあげられます。(ちなみに私も色濃く血を受け継いでいます)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
逆に母はなんでもパッパと捨ててしまい、父の大事な書類までいつのまにか捨ててしまうという特技を持&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
っており夫婦バトルを繰り広げたのを何度みたことか・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
子供の頃は泣いて止めてみたりもしましたが、いつからか二人のバトルが始まると私は貝になるよう徹し&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ました。関わると、ろくなことがないということを悟ったのは、15の春くらいだったでしょうか（笑）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それにしても、野球部関連の物が多いこと。３０年という歴史はすごい事なのだと実感しました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
トロフィーやら表彰状やら写真の特大パネルなどなど・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
特に苦労したのがスナップ写真!!家族の物はわずかしかないのに、野球部関連の写真がてんこ盛り状態で&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いっそのこと家ごと燃やした方が早いんじゃないかと本気で思いました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もちろん大切な思い出ですからそんなことも出来ないので、今福会開催の際に皆さんに持って帰って&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いただいたり、分けてアルバムに入れたりと・・かなりの作業。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今までの父の放置っぷりに母は激怒し、「何度も片付けてっていったのに」とプリプリしておりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もちろん私は貝になりました。なるしかないでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その他にも、私や姉の小学校時代の作文・通信簿・健康手帳なんかもごっそり出てきて&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あまりにも懐かしくて思わず手をとめて見てしまいました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
小学校３年生の時に書いた私の作文で「お父さんの手」という題名を発見!!&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時の私は父の手を、野球のグローブのように大きくて仕事人の手であると評価していました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
実際のところ、私の手はグローブどころかキャッチャーミット並に巨大化し父の手を超えるという&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
番狂わせがあったものの、我ながらなかなか良い出来栄え。書いた記憶は全くないんですけどね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何でも捨てる母も、私たちの思い出の品は取っておいてくれたことに感謝感謝。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
寂しさと懐かしさで胸がいっぱいになり私は自宅へ戻りました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
母はまだ少し作業が残ってるからと、コツコツ細かいところまで忘れ物がないか見ていたようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一人で思い出にふけりたかったのかもしれません。私もこっそり一人で行ってましたし・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ところが、私の帰宅後にとんでもない物が発見されたのです！！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
母が帰ってきて開口一番、『私がお父さんにあげた昔の手紙が出てきた』というのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『おっラブレター??』と私が聞き返すと、『違う、逆』と母。逆？？？？？？？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
母いわく、姉４歳、私２歳当時の手紙らしく、黄ばんでクシャクシャになっていました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『読んでみれば』と母が言うので読みました。逆っていう意味がすぐにわかりました（笑）	&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
要するに、若い時に父がヤンチャをし、それに怒った母が書いた三行半でした。										&lt;br /&gt;
便箋２枚にも渡る壮大な嫌味に父は打ちのめされたことでしょう。押入れの敷物の下にあったそうです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なぜこの手紙を大事に取ってあったのかは分かりませんが、反省の意味だったのでしょうかねぇ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
男性の方から是非とも意見が聞きたいものです。			&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんなわけで、心機一転新しい生活の始まりのような気分で今はいます。						&lt;br /&gt;
これからは、もう少しブログをまめにやろうと決心しております。			&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
皆さん、改めましてこれからもよろしくお願いします！！！</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kontaharuchan/31657906.html</link>
			<pubDate>Wed, 02 May 2007 12:26:32 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>一段落しました</title>
			<description>今日は４９日にあたる日です。法要は２１日の土曜日に済ませました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なんだか本当に仏様になってしまったのだと、今更ながら思ってしまいました。			&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2007/2/20　(火）			&lt;br /&gt;
			&lt;br /&gt;
この日あたりからジワジワと近所やお客さんからの問合せが増えたように思います。	&lt;br /&gt;
			&lt;br /&gt;
今福を閉店していたというのもそうですが、父の姿が見えない事に違和感を覚えたのかもしれません。&lt;br /&gt;
			&lt;br /&gt;
父は隠す必要はないと言っていたので、聞かれた人には正直に答えるようにしていました。	&lt;br /&gt;
			&lt;br /&gt;
それから、父の方から病気の事を伝えてほしいという方々もいたので母は買ったばかりの携帯に悪戦苦闘&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しつつ対応していました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
皆さん、話をすると絶句される方が多く、なんで・・・。という声ばかりでした。	&lt;br /&gt;
			&lt;br /&gt;
この後も父の為に私たち家族のために奔走してくれた、野球部OBとんかつ屋のO君は聞いた瞬間に涙を流&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
し、その後その足でお守りを買ってきてくれ母に渡してくれたそうです。有り難い・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今福営業最終日ともなったこの日、近所中に父の病気が知れ渡ることとなったのでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父の方はというと、黄疸と腹水が日ごとにひどくなってきました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
特に腹水がつらいらしく、お腹がはってしまっているので食欲もあまりないと言っていました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
腹水の扱いというのは非常に難しいらしく、ただ注射で抜けば良いというのでもないそうです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
腎臓の働きが悪くなり尿が溜まってしまうらしいので、毒をお腹に持っているようなものなのかと思いき&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
や血液のような働きもしているので、人によっては腹水を抜くことで著しく体力が落ちる場合もあるそう&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
です。最終的に、父は腹水を抜かず薬で尿をだす方法を選択したのですが苦しそうでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この日の夜は父と私の会話は母には聞かせられないくらい、現実的？哲学的?というか・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
とにかく、私には話しても大丈夫と踏んだのかやたらと死んだらどうなると思う？とか死ぬ時ってどうな&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
のよ。といった話、人間の体の不思議やら・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今となってはなんで？と思いますが、そんな会話を繰り広げていたのでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この日の父の話で印象に残っている話で、ちょっと笑ってしまったんですが&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父「俺は自己中心的な性格だから、死ぬ時に自分以外の人がパっと消えると思うんだけど」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私「やっぱ、無になんじゃないの？寝た感じで。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父「実はちょっと最近そんな気もしてきたんだよねぇ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なんでしょうねぇこの会話。健康な人が話すならともかくシャレになってないですね^^&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
結局どうだったのか化けて出てきてくれる約束のはずなんですが今のところ来てくれません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
翌日は父が担当の先生にお願いしていた事を聞くことになっていました。それは自分の余命です・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この前日、皮肉な事に私の従姉妹の旦那さんがスイドウ癌で亡くなり明日が告別式だといいます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１年以上闘病生活をしていた末の最期でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父も気にかけており、「俺の方が早く逝っちゃうかもしれねぇなぁ」と言っていたほどでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このことは最後まで父に言えませんでしたので、今ごろ天国でなんでいるの？と二人で言ってる&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
かもしれません^^葬儀に出るかどうか迷いましたが、親戚に「生きてる人の方が大事だから」と言われ父&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と母と３人で明日話を聞くことにしました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
姉の方は、義兄から連絡があり検査の為にガンセンターに入院した。というところまで話ているというこ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
とでした。姉からはその晩にしつこいくらいに、電話で色々聞かれましたが「ガンの疑いだから」の一点&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
張りで通しました。もう隠せないし、姉も薄々感づいている。逆に隠していることのほうが&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
よっぽど姉の精神を不安定にさせる気がしたのでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この日の父の日記より&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明日１１時半から医師より最終報告。&lt;br /&gt;
偶然エレベーターで○○先生（主治医）と会った。&lt;br /&gt;
なんにも話はせず。話づらいのかな～。気の毒にさえ思った。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kontaharuchan/31356945.html</link>
			<pubDate>Tue, 24 Apr 2007 19:33:59 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>今福閉店パーティー</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d5-da/kontaharuchan/folder/1552115/63/31138963/img_0?1176952894&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
ご無沙汰です！！なんだか妙に疲れて、パソコンに向かえなくなっていました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だいたいのやるべき事は終えて、気が抜けたのかもしれません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
コメントをいただいた皆様申し訳ありませんでした。それでは早速。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２月１９日（月）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
実は父の病が発覚したときに父本人が、すぐに決断したことがありました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それは、３５年間続けてきた自分の店である「北海道料理店　今福」を閉店するということでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そもそも、自分の子供が女二人という時点で店を継がすというつもりも全くなく(多分）愛着はあるもの&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
の執着している様子はなかったので、私もすぐに賛成しました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
やはり、店があるとどうしても無理をしてしまうと考えましたし母も６０歳、看病と店の継続は難しいと&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いうのもありました。そして一番大きな要因としては店が借家であるということが一番大きい・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父の「しがみついてもしょうがない。なるようになる。」という一言で閉店を決めたのでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
母も納得、私も納得。ただ、姉には相談なしで決めた事が今となっては唯一の後悔かもしれません。。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
宴会の予約等が入っていたので母が断りの電話をしなければという時に父からの希望で&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２月１８日（３０年来のお客さん）と翌日（父もメンバーの一人だった青体育指導員）の宴会だけはなん&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
とかやってほしい。出来れば自分がやりたいと言いました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
が、ご存知の通り、即入院となってしまい叶わぬ事となってしまいました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そしてもう一つ、父の死ぬまでにやりたかったことの一つ。退院出来たら店に親しい仲間やお客さんを&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
よんで、盛大に閉店パーティをしたいということ。こちらもついに叶いませんでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当日、私は会社が終わってから夕方、ガンセンターに向かいました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本当だったら私が母と二人で店をやるのが筋なのですが有り難い事に近所の方や母の友人らが&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
店を手伝ってくれると申し出て下さり、私は父のところへ行く事ができました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
病院につくと、父が何か書いています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父「オッス。これちょっと読んでみて。おかしいかなぁ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
どれどれっと、読んでみるとお客さんへの閉店のご挨拶と自分自身の現状を赤裸々に書いたものでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父「これお母さんに渡してもらって、宴会の最後に読んでほしいんだけど」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私「そりゃあいいね。隠したってどうせバレるしね。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんなこんなで話をしているうちにかなり遅い時間になってしまい宴会が終わってしまう&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ということで父の手紙を持ち、店に電話したところ、もうそろそろ宴会が終わるという情報をキャッチ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
苦肉の策で母の携帯に父の書いた手紙を私がメールで送信することにしました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
手紙より一部抜粋&lt;br /&gt;
本当ならば今ごろ私もそこにいて、ワイワイやっているころだと思います。&lt;br /&gt;
中略&lt;br /&gt;
こんな形で店を閉めることは悔しいですが、一日でも長く生きたい！！どうぞご理解ください。&lt;br /&gt;
皆様も健康には留意してください。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私が店につくと、まだお客さんは残っていらっしゃいました。ちょうど帰り際のようでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
母は父の手紙をすでに読んでおり、これを全ては読めない。と言います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
楽しむ為に店に来て、陽気に飲んでいるところに暗い気分にさせては申し訳ないという理由からでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
確かに。母の言っていることは正論でした。（と私は思います）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
店は両親二人のものですから、私が口出すべきところではありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
母は、父の言葉と自分の言葉で、お客さんに説明し笑顔で挨拶をしました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それでも、お客さん方は事の重大さを察知してくださり、母や私に優しい声をかけてくれた上に&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その場で集めた、お見舞い金までいただき恐縮してしまいました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このような厚情をいただけるのも父と母の３５年間の汗と涙なんだと感じる事ができました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
両親の職場でもあり、私たちの生家でもある今福。４月いっぱいまで完全撤去です・・。ん～寂しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
４月１５日（日）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父のやりたかったこと　その1&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今福パーティーを開催しました。野球部のOBがかけつけてくれました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父の遺影もこの日は一段と笑顔です^^&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（ちなみに私は前日も今福パーティーを会社の仲間とやりひどい二日酔いでダウンしました。ハハハ）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kontaharuchan/31138963.html</link>
			<pubDate>Thu, 19 Apr 2007 12:21:34 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>今日は月命日です</title>
			<description>横浜はなんとか桜が持ちこたえてます。なぜかここ一週間真冬のような寒さでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
皆さん体調を崩されたりしてないでしょうか？？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今日は父の月命日です。もう一ヶ月かぁ早い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ん？でも、長かった気もしないこともない不思議な感じです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ここ２ヶ月くらいで色々な事がありすぎて、正直ついていけてない自分がいたりもします^^&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２月１８日（日）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この日の私は結婚式場探しに奔走することになりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まずはネットでめぼしい式場を見つけては電話して一番近い日付で結婚式を出来る日はいつか聞きまわら&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
りました。もちろん相手の彼やご両親もこの結婚式には賛同してくれました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
でも結婚式って普通は半年位前から、遅くても３ヶ月前から練りこんでやるもんなんですねぇ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本当に興味がなかったもんですから参りました（笑）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
やっと約一ヶ月後の３月２４日に出来るという式場にたどりついた時は、速攻仮予約してました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
早速、病院にいる母の携帯に電話すると完全に出てる音がするのにに反応がない！！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
実は今まで父も母も携帯を持っていなかったのですが、前日にこれから携帯が必要だろうということで、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私の彼が新品の電話（年寄り専用）を買ってきてくれたのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかしどうも使いこなせない様子。前の晩死ぬほど教えたのにです・・。しかもお年寄り様の電話なので&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もういいよ。っていう位、画面上に説明書きがでてくるんです。字も大きいし。ん～～。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
どうやら、私がマナーモードにしたのが失敗の様でした（涙）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何度目かにやっと「もしもし」と出たのは父でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
二人で携帯がブルブルしてるけど、なんなんだと、もめていたとの事・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
平成１９年・西暦２００７年にこんな人たちがいることが信じられますか？（笑）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
気を取り直して、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私「結婚式場とれたよ３月２４日に」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父「もっと早く出来ないの？自信ないなぁ」と言うのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私「大丈夫だよ。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父「今みたいに普通に生活出来てるかどうかわからないし、自分が元気なうちがいいなぁ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まさか、その時にすでに一ヶ月後に自分はこの世にいないと思ったわけではないとは思うのですが&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自分の体は自分が一番分かるということでしょう。嫌な予感があったんだと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私「とにかく、来週の土曜日までに本予約するか待ってくれるみたいだから。もうちょっと探すね。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、また探し始めましたが相手の親が来れるかどうか（青森の弘前なんです）という事もあるし&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
やはり、早くても一ヶ月後。私の中でも、まだ大丈夫だろうと漠然と思っていたんですよ。。。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、父の病院には、母と父の実兄、それから初めてとなる親戚以外の見舞客がきました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この時点では、親戚とごく親しいご近所の方、そして父が携わっている野球関係の方にしか入院の事は&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
言っておらず、親戚以外の方のお見舞いは断っていました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、どうしても父に会いたいということで野球を教えていた中学校の先生がお見舞いに来て&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
くださいました。中学の野球部を創部する際から二人三脚でやってきた先生です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
母の話によると、二人は２時間ほど話をしたようです。先生はずっと泣きっぱなしだったとか。&lt;br /&gt;
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野球部内が荒れていた事もあってじっくり話しあったようです。&lt;br /&gt;
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昨日までは家族の事中心に考えていたのに、この事がきっかけで野球部の事や野球部員・OB達の&lt;br /&gt;
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思いが強くなった気がします。（いつもの事なので慣れっこ）&lt;br /&gt;
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その日の父の日記より一部抜粋&lt;br /&gt;
○○先生があんまり泣くから、もらい泣きしちゃったよ。&lt;br /&gt;
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OBの○○や○○（特に思い入れの強い１０名くらいの名前）みんなみんなに会いたいよー。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kontaharuchan/30625243.html</link>
			<pubDate>Sat, 07 Apr 2007 11:14:27 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
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