では、マチュピチュ・小串の心臓部に潜入しましょう。。。。
まずは、硫黄事業エリアへ。
義父の当時のお仕事場ですね。
■ コンクリート製の構築物だけが崩壊の途中で時を止めた。その光景が眼下に
■左サイドの建物をアップで。 義父は「選鉱場の跡では?」といいます。
(義父も記憶が薄れてきた〜、と嘆いております)
高地の斜面に張り付く廃墟の様は、まさにマチュピチュのイメージ。
■まるで古城の石垣のような・・・ 上部の建造物は失われていますが
しっかりと積み上げられた土台だけは、残っています。
■コンクリート製の物体って、なかなか崩壊しないのですね。
■義父に「コレ何?」って訊きましたが、正確な記憶がないそうです。
ここは、mappiさんのお父様のご記憶をお借りしたいところです。
(mappiさんは当連載が契機でお知り合いになったブロガーさんでオット同様、小串在住だった方)
【 2011年1月27日追記 】
mappiさんがご実家のお父様に↑の物体について訊ねてくださいました。
お父様のご記憶によると、これは坑道の支えとなる「支保」というものだそうです。
mappiさん、mappiさんのお父様、ありがとうございました。
■義父さん。義父さんの職場、こんなんなってもーたよ。 車がポツリ。コレはそれほど古くない車種なので、
どこぞの悪いやつが廃てに来たのだな。違法ですよ。やめていただきたいね。
■ガラガラの斜面には
今でも、このような鉱石が
無造作に転がっている。
この黄色い部分が
硫黄なんです。
義父たちはこの硫黄を含んだ鉱石を目指していたのね。
「この石でだいたい純度が30〜40%。
これを精製して100%の硫黄を造るの」 (義父談)
・・・そうかー。 この石に命を掛けて、危険と背中合わせの仕事をしていたのね。
■精製して100%になった硫黄の破片が落っこちていたよ、義父さん。
これが貴重なメシの種だったんですね。 義父が就職した頃の写真をオット実家のアルバムより発掘!
■大学卒業後すぐだから20代の義父と小串鉱山の画像。
けっして、戦前の写真じゃないんですよー(汗) f(^^;)
たぶん昭和30年代? まだ、義母と結婚する前と思われます。
ま、本人(義父)の了解とってないけど、ネットに流出させちまいましょう。
現在の本人が特定される可能性は、ほぼ低いから^^;
この
今回の我々の探検では、こう
■上の、義父が撮られた場所とほぼ同じ場所から同方向に撮ってます。
■義父の後方に並ぶ住宅は
すっかり!
みごとに!
森になっちゃってます。
これは、森の中が気になりますので
進入しましょう、そうしましょう、と。
では次号 「驚愕
をお送りします。 ええ、川口浩並に誇大タイトルです (;^ω^A
まて、次号!
【 つづく 】
|
おでかけ
[ リスト ]





この車が本当に嫌な感じですね!!
趣きたっぷりの自然なのにっ。
近くに行くと昔の思い出のものが結構残っているものなんですねぇ。
コンクリートは強い! って事がよくわかりますね。
義父様はオット様に似ておられるのですか??
ちょっと気になっちゃいました。(笑)
2010/12/26(日) 午後 1:38
これはまた、興味深い写真をたくさんありがとうございます。
これだけ朽ちてしまっては・・もとはどんなものだったか分かりにくいですよね。正月の集まりに写真をプリントして父に見せてみます。
お義父さま男前でいらっしゃいますねー。家の母は父と結婚した理由を「真面目だから」としかいいません(笑)。
2010/12/27(月) 午後 5:11
恐縮です。どちらも山の中の遺跡ですからイメージが近いですね
2010/12/29(水) 午後 11:20
まだまだ建造物が残っているんですね。
歴史の遺物を見ると、余計その当時が思い浮かびますね。
住宅地エリアだった森の探索楽しみです。次回期待しています!
こにゃくうさん、何時間くらいこの場所にいたの?
かなり充実のレポートです!
2011/1/1(土) 午前 8:29
なんか凄い事になってますねぇ!めっちゃ面白そう(人´∀`).☆.。.:*・°
ちょっくら『その1』に戻って楽しんできます♪
2011/1/3(月) 午後 0:37
再び失礼します。昨日実家に行って参りました。そして父に5番目の写真を見せたところ、これは坑道の支えとなる「支保」というものだそうです。何カ所も鉱脈を探してこのくらいの穴が何カ所も掘られたそうです。
2011/1/3(月) 午後 4:39
WAXさん、松の内も過ぎてしまった今頃ですが、あけおめでございます。
義父、いい男ですか!?本人に伝えましょう。大喜びだと思います。
オット、似てるといえば似ています。が、やはり夫婦の合体で生まれてくるもので、母の要素がコレに加わってます。
2011/1/8(土) 午前 2:12
mappiさんも男前と褒めてくださった!こりゃ、義父は感涙モノでしょう。ヨメより厚くお礼申し上げます。
お父様は真面目な若人でしたのね。たぶん、義父はその正反対な若者だったんじゃなかろうか…と思います^^
2011/1/8(土) 午前 2:16
fxxさん、改めてマチュピチュの画像をみたら、けっこう似てました!あと千年くらい残ってくれたら世界遺産になれるかな〜?
2011/1/8(土) 午前 2:18
ensyuさん、こんな冗長な記事をいつも読んでくださってありがとうございます。
何時間いたか・・・思い出してみたら、朝の7時に歩き出して、車に戻ってきたのが12時でした。 ・・・きゃー。5時間!!
2011/1/8(土) 午前 2:20
ルシファーさん、読んでくれてありがとう。
でも、長話だから気をつけていってきて!(;^ω^A
2011/1/8(土) 午前 2:22
mappiさん、義父さまに訊いてくださったんですね!
ありがとうございます。「支保」・・・義父に報告いたしますね。
2011/1/8(土) 午前 2:24
日本版マチュピチュ・・・
さすがは世界遺産検定に合格したオットさんに似合ういいフレーズ。今回のテーマにもぴったしですね。
木は朽ち果てても、石やコンクリートは長い年月残っているだけに、改めてここに生活の跡があったのだと感じます。文明の跡というのはこうやって残り、発掘されていくのかもしれませんね。
それにしても義父様、おっとこ前ですね。
2011/1/20(木) 午後 4:58
すけさん、日本に世界文化遺産が少ないのはそのせいですね、きっと。
西洋は石だから残ってるけど、我らの建築物は紙と木!ですからねー。
地震も多いし不利ですよねえ。それでも残った日本の世界遺産は奇跡だと思います。
をを!義父をほめてくださってありがとうございます。
当時の男性にしては背も高いし、お勉強もできたし、喧嘩も強い(これは余計)そんな義父だったようです。義母が惚れたのもわかるわ。
2011/1/26(水) 午後 8:41