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2014年8月23日
今夏の最後。
東北地方へ旅した思ひでのお話し。
8月初頭に、こにゃくうは実家母を看取った。 行先は岩手&青森方面。
東京駅から「はやぶさ」に乗ります。
※右画像は「はやぶさ」と「秋田新幹線・こまち」が連結するのを群がって撮る撮り鉄さん方が面白かったので、コソ撮りしたものであるw
「癒しの旅にはグリーン車だよね」 というオットの御慈悲によりグリーン車両。
いいわー、このシート。
次回「はやて」に乗ることがあったらグランクラスがいい、と
どこまでも強欲なワタクシ。
(※グランクラスはアルコール含むフリードリンクサービス、食事サービス付き車両) 着きました、二戸駅。
降りた乗客は、こにゃくうとオット含め5人だけw
皆さん、そのまま八戸駅や新青森駅まで行きますわね。
わー!
新幹線駅前が、すがすがしいまでにサッパリしている。
いいわー二戸駅♪
いや、こにゃくう地元の新横浜駅も25年前はこんなもんでしたからね。
二戸駅前のポテンシャルは非常に高いと言うわけですよ^^
二戸市は岩手県です。
ここで下車しようと企画したのはオット。
「ほーら、おなじみ南部美人の酒蔵はこの町にあるんだよー」などと。
へえ。 キレイな清水がたーんと湧き出てる。
羨ましい事態ですね。
オットは、サッパリした駅前とか酒蔵が主目的だったわけではなく
この「九戸城跡」を見てみたかった故に二戸駅を下車駅に選んだのだそうです。
「九戸城」・・・はて? 聞いたことないんですケド
ひ〜。
これまた、すがすがしいほどにサッパリとした城跡だこと。
建造物が何もないじゃん?
どーいうお城?
オット曰く・・・「コレ、最近読んで面白かった本。
高橋克彦の『天を衝く』
戦上手で知恵のある武将、九戸政実の物語。
彼はこの地域の棟梁だった人。
最後には、天下統一を目指す天下人、秀吉に大ゲンカを仕掛けるんだけどね。
豊臣家臣軍相手に巧みな籠城戦に持ち込んで・・・
その籠城戦の現場がこの九戸城なんだー」 (オット)
あー。
なんか、さっきの二戸駅に
「ナニコレ、戦国バサラのキャラ?」みたいなのが立ってましたね。
彼が九戸政実クンですか。
そんな名前の武将は大河ドラマでは
ついぞ見かけたことないですよね?
マイナーっぽいけど
プロフィールを聞くだけで気になる人物じゃないですか!
こにゃくう、知らなかったから勉強になりまつ
なーんにもない城跡を見てもシロウトには何が何だか分かりませんからね
地元ボランティアさんが無料ガイドしてくれるんですよ。
(4月中旬〜11月末日までの土・日・祝日 午前10時〜午後3時)
小説ですっかり政実ファンになったオットはさておき、
九戸政実初心者のこにゃくうに、ここでの戦のあらましから教えてくれるガイドさん。
彼女のおかげで、すっかり小説を読破したかのよーな気分に。
二戸市のHPに3分で読める「九戸政実物語」っつー漫画がある。
コレ読むと瞬殺で政実クンが理解できるよ(笑)
ナゼ秀吉の家臣がここ二戸まで攻めて来たのかは、そちらでご理解ください。
当ブログでは説明不可能w(←丸投げ)
・・・というわけで、豊臣家臣軍団は6万人も来ちゃって、この城を囲んだそーな。
迎え撃つ政実軍は5千人。
6万人 VS.5千人。
簡単に勝負がつきそうだけど、そうならなかった。
高さ40mの崖上の要害だったので、地形に阻まれ攻められなかったのだって。
籠城11日目。
「大将が首を差出したら家臣は助ける」という和睦条件を提示されて
城中の皆の為に政実は投降する。
でも、その約束は反故にされた、というのが九戸城悲劇のミソ。
ガイドさん 「成人男性だけでなく、城中にいた女性やお年寄り、子供までもが
全員惨殺されたのだそうです。」
「私らは子供の頃、親に言われてました。城跡で遊ぶんじゃないとか
夕方になったら近づいちゃなんねえ、って。」
こにゃくう 「あらヤダ
ガイドさん 「今でも、二戸市が土地をコツコツと地権者から買い取って、
史跡として整備している途中で、やっとここまで整いました。
ですが、昭和40年代まではほとんどが畑になっていました。
二の丸跡あたりには住居を建てて暮している農家もいたんです」
「そのご家族の話しでは、畑を掘るとよく出てきたんだそーですよ。
動物の骨・・・?いや違う、もしかしてコレは・・・な物体が^^;」
こにゃくう 「ガイドさん、キツイわー
今晩トイレに行けなくなるレベルの話しですね、ソレ^^;」
ガイドさん「農家さんの言い伝えでは夜、外で人が歩く音がする、ってそーいう・・・」
こにゃくう 「夜行性の動物が山から下りてきたとか、そーいうオチですよね?
そうですよね?^^;」
ガイドさん 「オカルト話は噂ですが、人骨は最近の調査でも出てきていますね。
平成7年に首のない十数体が発見されています。
すべてに無数の刀創が有り、放射性炭素年代測定で九戸城落城の
1591年と矛盾しないという調査結果が出ています。」
こにゃくう 「ともあれ、日本中の権力が豊臣秀吉に集約されていく時勢に、
遠い東北で、孤立しようとも立ち向かった姿は誇り高いですね」
「この辺りの人間は九戸政実が大好きなんです。
戦の後、豊臣側の南部氏が城主としてここへ6年間居住しましたが
それでも領民たちは九戸城と呼び続けました。
九戸氏の城ではなくなっても、やっぱりここは九戸城なんです」
・・・ガイドさんの解説に、400年間愛され続ける地元ヒーローを実感しました。
【 つづく ・ 次は今さらのあまちゃん久慈w】 |
14年八戸・奥入瀬&松川温泉
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へぇ〜、二戸駅も、九戸城も全く知りませんでした!
なにもない城跡、想像力をかきたてられて大好きです^^
(霊的なものは勘弁やけど…)
なんで領主の首差し出す言うてんのに、皆殺しにされちゃうの!?
それだけ九戸政実が慕われてて、領民を残したらいつか反乱の火種になると思ったからでしょうかね〜!?
恐ろしいですね〜
2014/11/2(日) 午後 10:32
ensyuさん、私も、まさかこんな所に来ることになるとは思いませんでした〜w
スキな人しか来ません!
今やってる大河ドラマ黒田官兵衛観ていると、恭順したのに皆殺しとか、詫びて仏門に入ったのにやっぱ切腹とかの沙汰がけっこう出てきて。秀吉に限らないのかもしれないけど、卑怯がまかり通ってたんだなー、と思います。
法律なんてないもんね。
2014/11/7(金) 午前 0:07