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【 前の記事よりつづき 】
2014年8月24日(日)
通行止めにより他の観光客が居ないという、静かな奥入瀬を堪能したのち
今日宿泊の温泉旅館に向かいましょ。
青森県の奥入瀬渓流から、岩手県八幡平まで南下してきたよー。
わあ♪
岩手山がキレイだー。
八幡平の山中にある温泉宿、峡雲荘に向かってます。
途中で、オットが言う。
「ところで、廃墟はお好きですか?」
↑地図★の場所に、廃墟マニアには知られた鉱山跡があるんだけど、と。
ハイ!こにゃくう、廃墟は大好物です!
オットの元住居地であり、今や廃墟となった「小串鉱山」への旅は楽しかったなあ!
(参考過去記事→コチラ)
旧松尾鉱山 といいます。
(googleマップ→ココ ※旧松尾鉱山新中和処理施設を目指して行きましょう)
小串鉱山跡の時のアクセスの困難さと比べ、松尾鉱山跡は県道脇にあり
立派な道路もそのままなので
車で苦も無く近寄れる模様。
ただし、「立入禁止」の警告はぬかりなく。
「何かあっても当局は関知しないのでそこんところヨロシク」的な。
ハイハイ。
自己責任ですね、うん。
うわー
盛大な廃墟っぷり!
朽ちてなお、倒れないコンクリート製住居の群!
四角く開口した窓枠部分だけが、
ここにたくさんの人が住んでいた過去を能弁に語る。
大規模な鉱山がこんな岩手県の山中にもあったのねえ・・・
3階だった部分に立派な樹木が生え育ってる。
2階部分に幹が見えないのだから、3階の床に根を張っているのかしら〜?
やがて彼の根や枝が育って、この堅い建造物を割るかもね。
しみじみと細部を観察。 各階一番手前の部屋は
男性トイレ跡、と見たりき。
ふむ。
ここ松尾鉱山は硫黄を掘る鉱山でした。
大正3年から昭和47年まで操業。
最盛期の昭和35年には1万3千人の従業員とその家族が暮らしていたそうです。
小・中学校に病院も鉱山町に建てられました。
1960年代に入ると、石油精製の行程でできる脱硫硫黄が登場し
わざわざ硫黄鉱石を掘り出す必要がなくなります。
やがて閉山。
それは、オットの住んでいた小串鉱山や日本各地の硫黄鉱山と同じ運命。
長野県・小串鉱山はその土地が国有地だったので
廃業後は更地に戻さなければならず、
残念ながら、最奥地の建物以外ほとんど存在していません。
が、コチラ松尾鉱山は朽ちようとも未だ倒れないコンクリート群が
独特な風景を創り、圧倒的な存在感を放っています。
あ。
ホラ。
あそこにバイク。
きっと廃墟マニアさんに違いないw
煙突があるから、ここはボイラー室だったのかな?
マニアさんはここから侵入して探索している模様。
こにゃくうとオットは何の安全対策もしていないし
今夜のお宿に向かうべき時間なので
残念ながらお外から眺めるだけにします。
眺めるだけでいろんな想像を広げることができる廃墟。
ワタクシ、好きだわー
キレイに整地された一画がアリ。
「学習院八幡平校舎跡地」
ってどーいうこと?
あの学習院なんでしょーか。
それとも名門校の名前をパク・・・^^;
学習院中学時代に学校行事でこの施設に宿泊された方のブログを拝読しました。
記事からも、寄せられたコメントからも
学習院卒業生にとって、この八幡平校舎が思い出の地であることが伝わり
とても興味深い内容です。
もう誰もいないはずなのに、
其処此処にかつての人々の気配を感じることができる場所。
廃墟ってホントにステキですねっ!
「ハイ、廃墟探訪は終了。松川温泉に行くよー」 (オット)
【 つづく : 松川温泉峡雲荘に向かいます】 |
14年八戸・奥入瀬&松川温泉
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洞窟はダメでも廃墟はいけるのか
私は獣道を歩きたがるとよく言われますが、怖がりなので人気のない建物はどうかなぁ。
でも、木造住宅ならまだしも、こーんな巨大団地が残ってるって、見たら圧巻かもしれませんね。
軍艦島のようなところは他にもあるんだなぁとシミジミ感じ入ってしまいました。
2017/2/22(水) 午後 5:35
> ふわり♪さん
>洞窟はダメでも廃墟はいけるのか
そうなんです!この矛盾について自問してみました。
たぶん、出口が見えていれば大丈夫なんだと思います。
「真っ暗」「出口が見えていない」「呼吸がし難い」状態だとパニるんだと思います。
獣道は私も好き!
この松尾鉱山住宅の雰囲気、どこかマテーラのサッシに似ていると思いました。建物から無言の圧が出ている感じです。
軍艦島は有名になっていますが、日本にはきっとまだまだあるのでしょう。地元の人はその特異さに気付いていないのだと思います。
2017/2/22(水) 午後 10:42
許可とかはとらなくても大丈夫なのでしょうか
2017/9/9(土) 午後 11:30 [ Drake equation ]