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※追記※【検索等で当記事にいらした方へ・・・】 魅惑の「北京地下城」は2008年に閉鎖されたそうです。 摩訶不思議な施設で、最高におもしろかったんだけどなー。 2007年3月3日(土) ■ 胡同(横丁)に入り込んだら、この有様だ。 ・・・ボロい。 ・・・このエリアも撤去目前か? ■ぼろビルの一階に こんな入り口があり オットが入って行くので ついて行った。 『北京地下城』・・・? なんでしょう? オットが何も教えてくれないので 文字から推測するしかないです。 ■ガラスの押し扉を開けると ご覧のような狭い受付に なんちゃって迷彩服を着た 女性が一人と 高校生くらいの少年が一人。 オットが一人20元(\300)の入場料を払う。 この少年がガイドとして 案内してくれた。 (ガイド少年は英語を話せます) 実はこの記事、 書こうか、書くまいか迷った。 何しろ、写真が撮れなかった事もあるが ここが何なのか、ガイド少年の英語の説明から理解するのがいっぱいいっぱいで 疑問点を考えてガイドに質問する余裕がなかったのだ。 故に、謎が謎のままで終わってしまった。 そんな話を記事にしてもしかたなかろう・・・と ボツネタにするつもりでした。 伝聞と推測ばかりの内容でごめんなさい。 北京地下城・・・1967年から77年まで、10年もかけて掘った地下壕。 ソ連と米国の核戦争、および中国への核攻撃を恐れて造られたとか。 (当然、使われることなく今日に至ったわけ) 当時の中国は毛沢東による「文化大革命」の真っ最中。 何10万人もの人民が強制的にかり出されて、手掘り同様で掘ったらしい。 強制的に国民を使役して造ったんだよね。 時代はう〜〜んと離れてるのに、やってることがそっくり・・・ 天安門広場、北京駅、故宮、政府機関の建物・・・ほとんどの地下にこの壕が通じているらしい。 毛沢東め、いざとなったら自分達だけ地下に逃げるつもりだったな。 ・・・ゲッ!! 肝試しですか? ちょっとしたオバケ屋敷気分。 ■唯一、撮れた写真がコレ。 なんだか不明ですが ドーム型にくりぬいた地下道を進みます。 天井は十分な高さがあるし 壁も補修されているので危険は感じないけど ガイドがいなかったら迷います。 こんなところで遭難はイヤです。 ガイドコース以外は主に封鎖されていて 長城並みと豪語する地下壕の実体を掴むことはできませんが。
【 北京地下城」には謎がいっぱい! 】
1.どうも中国人は自由に入れないらしい。
20元払って見れるのは外国人だけ。・・・なぜ? 過去のアフォ事業の実態を隠すため?
2.日本のガイドブックには一切、載っていないらしい。
あの「地球の歩き方」にも。 ・・・なぜ?
3.北京に住んでいる中国人でも、ここの存在を知ってる人は少ないらしい。
たしかに、こんなボロ胡同なんて用事のある人しか入ってこないでしょうけど・・・
ミステリアスでしょ〜〜〜? さて、ここの最大のミステリーはこちらだ。↓ ■ガイド少年 「案内はここまでです。 シルクのお店があるから見てってね」 ・・・・長い通路の先になぜかど〜〜んと、シルク屋さん。 しかも店員うじゃうじゃ。 10人以上の店員がいたよ。 客はワタシ達3人だけだよ。 人件費、どうなってんの? で、売り上げってあるの? ガイド少年に聞いてみた。 ワタシ 「客さんって、 一日に何人くらい来るの?」 (てか、ちゃんとやっていけてるの?) 少年 「うん!いっぱい来るよー。 しかも、世界中の国からいっぱいね」 ・・・ほんとかな〜 さっきから、客はワタシ達だけだけど・・・ 「・・・らしい」「・・・そうだ」ばかりの文章ですみませんでした。 やっぱり中国は謎だらけ。 でも、こんなヘンテコな探検のほうが 北京の名所・旧跡の見学よりも、ワタシはおもしろくてスキ! 今度行ったらガイド少年を質問攻めにしよっと。 北京市崇文区西打磨廠62号 tel★010−6511−4340
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2007年04月20日
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