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2007年3月30日(金)
今年の桜の開花予想は二転三転しましたね。
「暖冬の影響で桜開花は早い」と言われていた3月。
この調子なら、3月30日の京都はサクラ・ビンゴ?!
・・・と、喜んだのは束の間。
この旅も、今の所サクラは空振りばかりナリ・・・。
確実に咲いている早咲きの桜を目ざそう、と京都御苑に来ました
■ふう。 ここへ来てやっと咲いている桜に出会えました。
でも
盛りを過ぎております。
おとといくらいがベストだったでしょう
桜にあわせて旅するのは
難しいなあ。
ここに早咲きの桜があることは
わかっていましたが
過去に来たことは
ありませんでした。
それは
京都御苑内に
あまり情緒を感じないから。
(ワタシにとって)
この場所は←にあるように
「近衛邸跡」といいます。
近衛家は12世紀に始まる
由緒ある公家。
この姓でピンとくる近衛文麿も
この一族のメンバーです。
明治維新で大方の公家は
天皇と共に
東京に移住してしまったので
空き家となった公家邸群は
ボロ家となり
取り壊されました。
今ではこのような木の杭で表示が残るのみ、の近衛邸なのです。
残ってたらよかったのになあ。
もっと味わい深いエリアになってたのになあ。
でも、そこは京都。がんばって残ってる公家が現存します
■「近衛邸跡」のある今出川御門の対面に・・・ ■こけらぶき屋根のこのおウチ。
この公家さまのおうちは
同志社大学の校舎にほとんど
取り囲まれているかのように
建っています。
まるで「再開発反対!」で
居座ってる住居のようにも見え・・・
(失礼な)
「冷泉家邸」といいます。
(一般読みでは「れいぜいけ」、京都読みで「れえぜえけ」)
今回、修復してきれいになっていて驚きました。(01年に解体・修復工事をしたらしい)
以前は瓦も傾き、塀もぼろぼろでいつか崩壊するかも〜? ってお屋敷だったのになー。
■歴史や国文学で登場するので覚えているでしょうか? 藤原定家さん。
その定家を祖父に、「十六夜日記」の阿仏尼を母にもつ冷泉為相さんから始まる家です。
公家界のエリートです。
家業が歌道と蹴鞠(!)、というのもおじゃるモードでいいわぁ。
もちろん、御子孫の方もいらっしゃる。(冷泉貴美子さん)
今もこちらに住んでるのかな? ボロ家だったころはお住まいだったようだけど。
・・・ってわけで、
800年、900年の時を経てもこうしてサラッと残っていたりするのが京都。
そんなところが、こにゃくうが京都に惚れちゃう理由なのです。
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