■あ、この店。この蔵造りの店舗は『川越の街並み』なんてキャプションの画像に必ず使われるお店だーね。 ■ステキだったので、ナニ屋さんだか知らぬまま引き込まれるように入店す。 あら、陶器屋さんでしたか。 おちゃわんフェチのワタクシ、うっかり買いそうになる。 コラ!まてまて。まだ道中は長いのだし、割れたらどーすんねん。・・・我慢。我慢やー。 店内に「NHKドラマ・つばさで主人公の家族が経営する和菓子店甘玉堂として仕立てられました」
との掲示が。 そうでしたかー。そのドラマ、一回も見てなくて〜。分かんなくってゴメン。 もともとは1893年(明治26)に建てられた呉服屋さんだそうで。(今は陶舗やまわ) 重厚な土塀、黒々とした瓦。 威圧感ありまくりのすばらしい建築物(〃▽〃) ■豪商の蔵造りの内装って どんな風なんだろう…と 気になったワタクシ。 ちょうどよいタイミングで 「蔵造り資料館」なんてあったりする。 もちろん、見学す。 明治26年の煙草卸商だった商家の跡。 このお宝物件、戦後は 荒れるにまかせていた状態だったそうだ。 今は川越市の所管で100円ポッキリで公開中。 ■間口のサイズに比べて意外なほど ぐーっと奥に長く屋敷や蔵が並ぶ いわゆる、鰻の寝床仕様の構造だ。 お座敷にあがってみたら ワタクシの心臓がドキュン♪とするボロ金庫がっ。 こんなもの欲しがるワタクシも相当ヘン。 この狭っちい階段もズキュン♪ ああ…♡ 手摺がツボ(〃▽〃) おもしろかった! すっごく長居してしまったわい。 (外は台風の接近で荒れ模様だしー) さて、この界隈にある先祖の足跡を訪ねてみようと思う。 維新まで川越に居た実家ご先祖だが、武家社会の終焉とともに「失業」したわけで 食っていけなくなった12代相致氏は東京へ出ることを決心する。 さらに13代で横浜に移るのだけど、父の残した記録を読むと 横浜に越すまでの実家の菩提寺が鍛冶町「法善寺」という寺だったと書いてある。 ■法善寺を発見。 ご先祖が生きていた時期の後に大火があったそうだから 建物等は当時のものではないでしょうけれど。 ナム、合掌。(-人-) 江戸時代の菩提寺のというのは、今の我々にとっての存在とはちがったポジションだったはずだ。 家族の拠り所であり、精神的なカウンセリングも。 幕府の檀家制度(寺請制度)に則って、役所の役割も担っていたしね。 法善寺さん、ご先祖さんがお世話になり申した。m(_ _)m さらに歩いて川越のランドマーク、時の鐘に至る■川越っつーたらこの時の鐘だわね。 江戸初期よりあったそうだから ご先祖もこの鐘の音を聴いて 日々を過していたのかも。 (現在の鐘楼は明治26年の再建) 今でも日に4回、時を告げるそうだ。 が、鳴るはずの時刻に近くにいたけど 聴こえなかったなあ。残念。 |
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2009年10月24日
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