極楽な日々

オット・ムスメ・猫を各1名もつ主婦・こにゃくうです。喰う・飲む・遊ぶの極楽生活

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前の記事より続き】

2017年9月7日(木)

アメリカ旅行話のつづきが突然始まります。

おはようございます。
旅の3日目、ユタ州モアブの朝です。

朝食込みの料金設定。
せっかくだから食べてからチェックアウトしよう。


イメージ 2
言うて無料の朝食ですから。
しかも、アメリカのモーテルの。
想定内のメニュー。
カリカリベーコンとか、ポテトとか。

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スクランブルエッグの右となりの物体はブリトーです。
コレが朝食にあるって珍しくないか?


イメージ 4
オートミールにシリアル各種、とか。
日本旅館の朝ごはんのように
ガッツリ朝から食べる習慣は無い人達なので
定番の品々が並んでいます。


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パン類のケースにイングリッシュマフィンがあるなー。
日本の生活の中では、わざわざ買ってまで食べることは無いのだけど
コレ、ワタクシ好きなんだわ。


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オットは?と見れば
ワッフル・ベーカーで、自らワッフルを焼いておったw
普段食べないものを食べちゃうよね〜(笑)


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生野菜類が皆無なのは米国朝食のデフォ。
フルーツカクテルに丸ごとオレンジにまんまのバナナ、
これらがフレッシュな食べ物でしょうか。


イメージ 8
このようにサッパリとしたチョイスとなりました。
だって、選択肢が少なくて〜
ま、基本タダ同然なんだから仕方ないですね。


イメージ 14
紙皿なのもアメリカっぽいなーと思いました。
朝から皿洗い要員を張り付けなくて済むから
合理的と考えるのでしょう。
朝食のダイニングルームをケアするのは
ひとりの男性だけでしたもの。


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食事のラインナップよりも、お外のテラスがヨカッタので好印象の朝食。
まるで夜?のようですが、時間は朝の6:30です。


イメージ 10
ちょうど日の出時刻だったのね。
同日の東京の日の出時刻が5時15分くらいですから
夜が明けるのが遅いなあ、と感じます。

イメージ 11
あけぼのの中、取り残された月。
そして朝陽で赤く染まる山。
刻々と変わっていく景色を眺めながらのコーヒーは旨い。


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さあ、今日の行動開始。
このモーテルはいったんチェックアウトしますが、
旅の後半にまたお泊りします。
当初はこんな不規則な予約ではなかったのだけど
ユナイテッド航空の欠航のせいで急遽の予定変更でね。


イメージ 13
AM 7:30
フォード・エクスプローラーでモアブの街を出発。
今日も、昨日の続きでアーチーズ国立公園をトレッキング三昧するのです。

つづく:ランドスケープ・アーチは美しい 】
前の記事より続き 】

2017年1月14日(土)

オットのお供で沖縄の世界遺産めぐり中。

イメージ 12
勝連城からレンタカーを走らせ30分弱。

朝イチで訪問した「座喜味城」の主だった護佐丸(ござまる)
座喜味の次に居城としたのがここ、中城なんだそうです。

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護佐丸さんと、先程行った「勝連城」の主、阿麻和利さん。(あまわり)
どちらも中世沖縄に於けるヒーロー的な領主(沖縄では按司という)なんだが
お二人はライバル関係だったらしい。
勝連城とこの中城は湾を挟んで反対側に建っている。
お互いに牽制と意識をしていたのだね。


イメージ 2
築城のテクニックは護佐丸チームの方が先端的だったようです。
浦賀に行くよりも先に琉球に来て、ここを訪れたペリー御一行様が
この門を見て高評価したとかなんとか。
「エジプト式じゃん!精巧なアーチ、やるな琉球文化!」
って。

イメージ 3
この石の積み方も高い技術なんだって。
勝連城は、立方体に加工した石をフツーにブロック状に積み上げている。
こちら、中城の積石は多角形に加工してある。
お互いが噛みあうように積むことで
強度、耐久性が高まるのだそうですよ。
へー。
デザイン的にも洗練されてる気がする。


イメージ 4
護佐丸時代に於いてはハイテクだったのね。
でもさ、
なんだが雰囲気が俗っぽい。
ここまで見てきた3つの城(ぐすく)に比べてうっとうしい感じ?
ゆるキャラ護佐丸くんの顔出しパネルは置いちゃヤだな〜ww

しかも、座喜味城と勝連城は無料だったけど
ここは入場料400円だよーん。


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城の前の空間を使って
イベントがあるようです。
HPをみると積極的にフェスや舞台を誘致しているのね。


イメージ 6
文化財の維持、管理って財政的にも相当大変なんだと思います。
一度来たら、二度目の訪問がない世界遺産にならないよう
地元自治体も知恵を絞らないといけないのでしょうね。


イメージ 7
その努力、分かります。
でも
よそ者観光客のこにゃくうには
素朴で手付かず感がある「座喜味城」と「勝連城」が好印象だったかな。

ま、立て続けに3つも城を見てきて
やや飽きてきたせいかも〜?
^^; スミマセン

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何より、中城最大のやっちまったスポットはコレだなw

↑の画像、最奥部分を拡大します・・・

イメージ 9
なんかある〜
護佐丸のヤグラ?
15世紀琉球の・・・高床式倉庫?


イメージ 10
これは
1970年ごろの沖縄海洋博を目論んで建てようとしたものの、
建築会社が倒産して、工事の途中で投げ出されたまま40年経過した廃墟、
「中城高原ホテル」跡。
廃墟マニア垂涎の物件でございます。
Wiikiもあるから、詳しくはそちらをお読みください)



イメージ 13
心無いデペロッパーが護佐丸うんぬんを丸無視して造ろうとしたのか?
と思ったら、
そういう流れでもなかったようだ、というのがツボ。
(Wikiの記述が事実とすればですけど)

イメージ 14
中城と廃墟の間にはトラロープが張られ
立入りを禁止する警告板が掲げられていました。
ワタクシ、廃墟大好物なんですけど
規制線を破ってまで侵入はしないわ。


イメージ 11
ナゾ廃墟が隣接しているのに
あのうるさいユネスコがよく世界遺産に選定したなー、
とツマラナイ事に感心した中城跡でした。

つづく
前の記事より続き 】

2017年1月14日(土)

オットのお供で沖縄の世界遺産めぐり中。
イメージ 1
今帰仁城(なきじんぐすく)の次は3つ目の城(ぐすく)に行くよ。
レンタカーを1時間半走らせ、うるま市の
勝連城へ。


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あと1kmちょっとで勝連城かな?って辺りの市街地で。
前方の山の上に見える、あの構築物が勝連城じゃない?
遠くから見えるほど、高いところにある城なんだねー。


イメージ 3
到着。
なかなかに素朴な。
いろいろとまだ普請中、整備途中といった風が漂ってます
入場料なし!のフリー状態^^
ありがたや〜


イメージ 4
どこから登るのかなあ。
左の坂道が真直ぐいけそうなんですが・・・
以前は、車でも上って行けちゃう坂道だったのでしょうけれど
原状復帰のためか?坂道を撤去する工事中って感じで通れません。
出来たばかりっぽい右手のスロープを登ります。


イメージ 5
木製の階段が取り付けられていて
城の上の方にまで昇って行けます。
世界遺産になって以来、相当な整備を重ねているのでしょう。


イメージ 6
どーんと巨大な全容が見えるんだね。
なんだか、お城というよりはどこかのアトラクションのエントランスのような〜


イメージ 7
上部に行くにつれ、どんどん眺めが良くなって行く。
山城だからこそ、この眺望の良さ。
中城湾がスッコーンと見えています。


イメージ 8
「二の曲輪」 (にの くるわ)と呼ばれる場所まで上がってきました。
一番下の「四の曲輪」に始まって
一番上、標高100mの「一の曲輪」まで
階層になっています。
山の形を利用した、棚田のような感じ?(大きめの)


イメージ 9
「一の曲輪」に上れば、360度遠望出来ちゃいます。
眺望最適なだけでなく、軍事要塞としても無敵だったでしょう。
12世紀に築城が始まったとされて
15世紀、この地域の伝説のヒーロー阿麻和利(あまわり)
の時には最強の要塞だったそうです。


イメージ 10
こんなに清々しい風景を眼前にすると
誰もがハイになるようで
ついつい、ジャンプ写真を撮ってしまうのは自然の流れかな?
(台湾からの旅人女子)


イメージ 11
周囲の整備が追い付いていないのが
返ってナチュラルでいいな、と思います。
修復と発掘はまだまだつづくのだと思いますが
観光地化はそこそこにしておいた方が魅力がある気がするな。

勝連城のHPはいろんなツールを駆使して
お城の魅力を解説していて秀逸よ。


イメージ 12
下から見上げる「三の曲輪」の城壁。
見る者を威嚇するようにそびえる。
まるで軍艦の舳先のようだなあ。

(画像手前の岩の元には、豊作・凶作占いに用いたウタミシガーという泉)


イメージ 13
勝連城の駐車場にいた美人ネコちゃん。
入場無料だけど、駐車場も無料!でした。

つづく:4つ目の城(ぐすく)へ 】
前の記事より続き 】

2017年1月14日(土)

オットのお供で沖縄の世界遺産めぐり中。
イメージ 1
座喜味城がある読谷村から
高速道路も使いつつレンタカーを走らせて約1時間30分。
ぐいーっと北上です。

イメージ 2
・・・読めないってばっw
なきじん、っていうお城の跡らしい。
ここは先程の座喜味城より規模が大きいし、観光客が多いわー。


イメージ 3
オットみたいな世界遺産マニアが押しかけている・・・訳ではなさそう。
この時期(1月〜2月)に限って城内に咲く、寒緋桜が人気らしい。
この日はまだ、数輪咲いているだけで
見ごろには程遠かったのだけど。

イメージ 4
昭和40年代に植えられた桜たちだそうです。
この桜並木が満開になったら
濃厚なピンクが城の石垣風情と相まって
相当に美しい景色でしょうね。
日本一早い桜を誇るのだそうですよ。


イメージ 5
ボランティア・ガイドのおぢちゃんがいらしたので
ご説明をお願いしました。
15世紀の沖縄では3つの国で覇権を争っていた、というのは
先程の座喜味城で知ったワタクシですが

こちらの今帰仁城は、3国のうちの北山王国のものでした。
で、北山王国は中山王国に敗れちゃうのね。(1416年)
落城した後は、1665年までの長きに渡って
琉球王国が派遣する監守の居城だったそうだよ。

このジオラマもどきをみると
座喜味城よりもずっと大規模だったのだね。


イメージ 6
ガイドおぢちゃん 「桜はまだ咲いてないけど、バナナの花があるよー」
ええっ
コレって、バナナの花?
生まれて初めてバナナの花を見るかも〜@@


イメージ 7
ほんとだ!
青いけどバナナが立派に生っているじゃないですかっ
コレ、食べごろになったらどうするんですか?
「うーん、・・・なんとなく無くなっちゃうかなあ」 (おぢちゃん)
え・・・
コレがいわゆる「うちなんちゅ」のユルさってヤツですか?
イイ感じの力の抜け方ですね^^


イメージ 8
正門より入城しまーす。
「平郎門」
城の広大さに比べて、この門の狭さ。
守りを硬くしようという意図を感じます。


イメージ 9
オリジナルではなく、昭和37年に修復されたものですが、
いい雰囲気を保って修復されていますね。
城門は大事な見どころですからね
しっかり修復した方がお客を呼べるのよw

この城門から先が有料(大人400円)エリアです。


イメージ 10
城内の斜面を登っていくと
遠くの海原も見渡せる所に出ます。
沖縄らしい絶景だ〜!

「天気がいい日は与論島も見えます」 (ガイドおぢちゃん)


イメージ 11
この日は、与論島までなんて全くムリでしたが
どこまでもつづく青い水平線は感動的です。
この城を訪れた観光客の誰もが
見惚れていたスポット。
(下部の城壁で囲まれた広場は兵馬の訓練場だったのでは、とされています)


イメージ 12
「志慶真門郭(しげまじょうかく)
城主に仕えた身近な4家族が住んでいたと考えられているエリア。

琉球の城は
うねうねと地形に沿って歪曲する城壁がいいなー、と思いました。
地形を削るのではなく、地形に合わせて塀を造るのね。
その方が強度を保てる上に
城壁の上から見ると下から上がってくる敵がよく見えて
死角ができないそうなんだけど
デザイン的に見栄えするわー。
(城内に水脈がなかったので画像左の崖下まで汲みに行っていたらしい)


イメージ 13
一番上が「主郭」
いわば本丸。城主が住む、城の心臓部ですね。
ここにある小屋?みたいな建物は「火の神の祠」だそーで。
(今帰仁城HPから戴き画像)
祠を撮るのはいかがなものかと思ったので画像がありません
誰でもお参りして線香をたむけてよいそうです。
ワタクシは遠慮しましたがw


イメージ 14
置かれていたお線香が変わっている!
「写真、撮らせてくださいっ」
6本がくっついて板状になっているんですよ。
そんな板が4枚で一束になってます。(計24本)
これを分解して3本にしたり、6本を束のままで使ったり
何やらルールに則った本数にして供えるらしい。
(メンドクサw ←コラ!)

沖縄の線香はこれがデフォなんですって。


イメージ 15
そんな話の流れで、ガイドおぢちゃんが沖縄の葬儀の話をしてくれた。
説明の中に繰り返し出てくる知らない単語があって
最初は聞き流していたんだけど
その単語の意味が分からないと説明している内容も意味不明なので
訊いてみた。
「あの、そのセンコツってナンですか?」 (こにゃくう)


イメージ 16

「は?センコツは洗骨だよー」 (おぢちゃん)

・沖縄では古来より人が亡くなると 遺体を埋めたり焼いたりしなかった
・棺には入れるけど、朽ち果てるまで墓に置いておいて(!)
・イイ感じになったところで棺から取り出し(数年後ね)
・骨にまだ付いている肉や皮(!)を井戸水や泡盛で洗う(!)んだそうだ
・けっこうグロイ作業なわけだが、それは長男の嫁を中心にした親族女子のお仕事(!)
・キレイキレイになった骨はようやく俗世の穢れが取れたということで、改めて甕に詰め(!)
・仕上げの葬儀を行うのだそーです 

 そ、それって遺体遺棄罪、遺体損壊罪ぢゃ・・・ 

戦後もまだあった習慣で、どこかの島では現役の風習だそうです。
きっと、風土に合った葬儀の方法であり
それはそれで合理性があるのでしょう。


イメージ 17
道すがらの沖縄スタイルの、一軒家かと見紛うお墓を見て思う。
知らない土地のカルチャーって興味深いなあ・・・
行かなきゃ分からない。
旅の醍醐味を感じたワタクシです。

つづく:3つ目の世界遺産スポットへ 】
前の記事より続き 】

2017年1月14日(土)

オットのお供で沖縄旅行です。
フツーは冬の沖縄にナニを求めるんでしょーか?

やっぱ、ダイビングですか?
暖かい気候で避寒かなー?

イメージ 1
だがしかし
オットの目的はコレなんですって。
『琉球王国のグスク および 関連遺産群』
2000年に世界遺産に登録された文化遺産が
沖縄本島内に9か所あるんですってさ。


イメージ 2
その9か所すべてを
2日間で見て回りたいと、かように申しまして。
ワタクシ、まったく興味ないんですけどw
オイシイ琉球料理屋と那覇の寿司屋を予約したから〜、の甘言に乗せられて
お供して来ちゃったわけです。


イメージ 3
朝イチに連行されたのがココです。
「座喜味城」 (ざきみじょう)
那覇のホテルからレンタカーで1時間弱。
読谷村という所でした。
朝7時ですっ!
早えーよ 


イメージ 4
松林を抜けると
正面に
石を整然と積み上げて造った城壁が広がっていました。
へー。
コレが琉球王国の城跡なんだー。


イメージ 5
日本古来の戦国の城とは雰囲気がまったく違う〜
などという、あたり前過ぎて小学生レベルの感想w
ごめんなさい。


イメージ 6
でも
この、アーチ状の城門を見ていると
異国の城って雰囲気だし、どんなカルチャーだったんだろう・・・とか
非常に妄想が広がっていく。
コレは面白い!


イメージ 7
座喜味城は、割と見放題になっていてほとんど規制されていません。
石垣の上にも昇っていいらしい。
入場料も無くて、いつでもお出入り自由。
俗化していなくていいなあ。
地元の人にはお散歩の良いコースなのでは?


イメージ 8
予備知識ゼロで来ているワタクシ。
で、この城はいつごろ、誰が何のために・・・?

1416年〜1422年築城だよ。
当時の琉球は3つの王国に分かれていてね
狭い島の中で覇権争いをしてたの。
その抗争の中で築城されたもので
造ったのは中山王国の護佐丸って人。

ふーん。
600年も経っているのねー。

イメージ 9
後に検索してみたのだが
遠く那覇辺りまで遠望できる地である点に目を付けられて
太平洋戦争中、ここ座喜味城跡は日本軍の陣地にされたそうな。
廃城になってすでに500年以上。
松や雑木で埋もれまくった城跡を補修し
伐採、根の掘り起し・・・を必死にして
高射砲陣地に仕上げたんだって。


イメージ 10
あー、なんか砲台感あるわ。

苦労して造ったものの、効果なく
日本軍はご存じの通りの結末になるのだけど。


イメージ 11
点々とある石は
護佐丸時代の礎石跡かしら。
緩くカーブを描く城壁のラインがエキゾチックだわ。


イメージ 13
城門の内側。
強度を高めるために所々にクサビが打ち込まれているのが分かるのも
見どころのひとつ。
600年前の人の工夫がじわります。


イメージ 12
訪れる人も少なく (早朝だったからか?)
素朴な古城跡を見て
ちょこっと琉球の世界遺産に興味がわきました。

あと8個!
行くんだよね・・・(汗)

つづく んだが^^;】

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