極楽な日々

オット・ムスメ・猫を各1名もつ主婦・こにゃくうです。喰う・飲む・遊ぶの極楽生活

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オットは萩市とその周辺の世界遺産物件が見たいという。
ワタシはそのお隣県、島根で自分のルーツ探しをしたい。
・・・そういう目的の旅行の記録です。

※本記事はとても個人的な内容となってます。ご興味ありましたらお読みください※

前の記事より続き 】

2017年5月15日(月)

江戸時代に現・島根県の浜田藩士だったこにゃくう実家先祖。
過去記事で綴ったような「事件」が藩内で起き、
藩主松平家もろとも、遠く福島の棚倉藩へ懲罰的転封になりました。

実家父が書き残した先祖の記録によると・・・

イメージ 1
藩士のみなさんが家族を連れて福島へ引っ越していく中、
なぜだか、実家・島崎家は藩主に残留を願い出て
「石州那賀群郷田村に転居した」
と、父は書いている。
さらに
「此処には天保六年から嘉永元年まで十三年間居住していたのである」
「現在で言う残務整理か、一身上の都合か」
と、実家父も理由が分からなかったらしい。

武士って藩で団体行動しなくてよかったのかしら?
郷田村ってところで13年も何して暮らしていたのかしら?

石州郷田村。
検索すれば、今の江津本町という町だと即わかる今の時代は便利だわ。

旅の最後にその町に行ってみました。

イメージ 4
「旧江津町役場本庁跡」 町の中心がここで、今は観光拠点になっているようだ※

ワタシの先祖の足跡探しに協力してくださった
過去記事に登場のT.Oさん。
地元の歴史研究家です。
旅行出発前にお電話した際、郷田村の件も訊いてみた。

こにゃ 「浜田藩士だった先祖は棚倉に行かず、13年間郷田村に住んでいたそうなんですけど」

T.Oさん 「浜田藩は6万石。移動先の棚倉藩は自称5万石と言いますが実際は3万石程度でしょう。
全員は連れていけなくてそれで残されたという仮説はどうでしょう?」

こにゃ 「なるほどー」

T.Oさん 「それにしてもおかしな話ですね。郷田村は今の江津本町ですが
あそこは天領なので、武士は住めませんよ。住むところなど無いはずなんだが・・・」


イメージ 3
町の案内看板にも「天領」の文字が頭に付く。
「天領」とは幕府の直轄地の意です。
江津本町の町民にとって
「天領だった」というのは大きなアイデンティティーなのでしょう。

ところで
江戸期から現在までのこにゃくう実家・島崎家系図はこんなかんじ

イメージ 2
このうち、
郷田村に住んでいたのは梅五郎&菊夫妻
息子の景烈(かげつら)くん
(とその兄弟)


イメージ 5
この郷田村在住の間に
景烈くん(幼名・梅太郎)は嫁をもらっています。
「弘化三年(1846年)景烈十八歳」
「郷田村の豪商、沖田屋慎一の次女サダを娶る」

沖田サダちゃん。
ワタシのひいひいおばあちゃんだ。

浜田市図書館で浜田藩士の資料を探しながら
同時に旧郷田村の資料を探していた時

イメージ 6
『石見江津の東向寺の地獄絵図を見て:江津本町の「古地図」を読む』
横田彌太郎 著

という本をめくっていて
偶然、「沖田屋慎一」の名前を見つけました。
同姓同名?
息が止まりそうでした。

沖田屋は郷田村で廻船業を営み、莫大な財産を成した商家で、
慎一さんはその家の10代目なんだそうです。
サダちゃんはその人のお嬢さん、ということになります。

著書内には『沖田屋一族では代々、浜田藩士との縁組が多くあり』
という記述が続いていて、これはもう同姓同名じゃないと確信しました。

豪商のお嬢さんがなんでお嫁に来てくれたのだろう?
そもそも、ウチの先祖は「竹島事件」でお叱りを受けた家だぞ?

謎だぁ。


沖田屋というのは屋号であって
苗字は「横田」だとその本には書いてある。

沖田サダではなく横田サダちゃんだったのでした。
そしてこの本の著者、横田彌太郎氏こそが
沖田屋こと横田家の現在の当主さん。

げ。
この人とワタシ、遠い親戚だわ。
横田彌太郎氏のひいひい・・・位のおじいちゃんがサダちゃんの兄か弟です。

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横田家は現存していました。
地図で確認するとすぐそこ。
見てみたい!


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人通りがほとんどない静かすぎる町を
ドキドキしながら進んで行くと・・・


イメージ 9
こちらが現在の横田家。
街歩きの案内パンフレットにも「江津本町のみどころ」のひとつとして
掲載されています。


イメージ 10
横田って書いてある〜
ど、どうする?
「玄関チャイムを押してみる?」 (オット)
いや、ダメでしょ。
急に現れて「こんにちは。遠い親戚です」って
それって、ナニ詐欺だよ(笑)


イメージ 11
明治16年(1883年)に建てられた母屋で
江戸期の物ではないそうです。
立派な瓦がどっしり豪快ですが
今は静かで、人の出入りが多い商家だったのがイメージできません。


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家屋サイドまで覗く失礼なパパラッチw
でも、
へー、こんな立派な敷地のお宅から
実家に嫁いできてくれた女の子がワタシの先祖なんだー、と思うと
ついついいつまでも眺めていたくなりました。


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ひいひいおばあちゃんの実家、横田家以外にも
海運の町として栄えた江津本町には
見ごたえのある建築物が点在しているので散策してみよう。


イメージ 14
※旧江津郵便局:郵便制度開始まもない明治期の洋風郵便局跡※

北前船の寄港地であり、米の積出港。
しかも天領。
江戸期のこの町の、いったいどこに先祖一家は住んでいたのかしら?


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13年間暮らした後、こにゃくう実家・島崎家は藩のご一同様が引越して行った
福島県棚倉藩へ、遅れて転居していきます。
長い長い道中だったことでしょう。
その時には旧姓横田サダちゃんも一緒です。


イメージ 16
こにゃくうの実家に伝わる言い伝えがあります。
『郷田村埋蔵金伝説』

棚倉藩に引越すにあたり、家財の全部
手持ちの現金の全てを運ぶことが難しかったそうです。
「また浜田に戻ってくることを期待しよう」
と思ったのか、実家当主だった島崎梅五郎こと秀恭は
郷田村のどこかに金銀財宝を埋めた、というのです。



イメージ 17
※二楽閣跡(にらくかく):亀山という小高い山の上にあった、もう一軒の豪商・飯田家の別邸の跡※

島崎家は1868年に明治維新を迎えます。
つまり、武士という職業からイッキに無職。
生活に困窮するようになったとき
「郷田村にお宝埋めたよ」
島崎梅五郎(秀恭)さんのメモ書きと財宝埋蔵地点の地図が出てきたんだそうです。


イメージ 18
明治期の島崎家当主は相致(すけむね)さん。
(ワタクシのひいおじいちゃん)
東京で警察官になりました。

相致さんは明治16年、遠く郷田村まで発掘の旅に来ます。
その時、郷田村で宿泊させてくれた人の名前が書き遺されていました。
「横田彌吉郎さん」
(彼は先述の本の著者・横田彌太郎 さんのおじいさんかも?)

こにゃくう父は、先祖の来歴を綴った中に
(横田家と)島崎家の関係は定かでない」
なんて書いてます。
(おとうさん!私突き止めたよ。横田家はサダさんの実家、沖田屋のことだったよ)


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※二楽閣跡に昇ると、江津本町の街並みが見渡せます※

「沖田屋でご馳走になった」
「有福温泉にも行った」
「浜田に残してきた先祖の墓参りもした」

実家には、楽しげな内容の「相致の埋蔵金発掘旅」の旅日記が残っています。
(現代文じゃないので私にはまったく読めませんw)


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※この旅の後、2018年3月末で廃線になってしまった三江線。一両編成でかわいい※

郷田村埋蔵金発掘は成功したのか?
残念ながら
相致さんとその兄弟で1週間掘ったけど見つからなかったのだそうです。
そのお宝があれば、生活の立て直しができるのに・・・
そんな気持ちでがんばったのでしょうけれど
ま、フツー誰かが埋めるところを見ていて
速攻で掘り返されて横取りされているよねw
いい夢みさせてもらったわよね。


イメージ 21
もちろん、ワタシにも埋蔵金の手がかりは掴めませんでした。
そんな先祖の思い出の町、島根県江津本町(旧郷田村)

普段はあまり観光客もいないらしく
オットとワタクシが町をうろうろしていたら
第1町人に声を掛けられました。
「私、江津本町の町おこしグループの者です。どちらからいらっしゃった?」


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千葉で〜す。
江戸時代の先祖がこの町に住んでいたというので見にきました。
浜田藩士だったのですけど。

と言ったら、この方も
「ここは天領だからね。浜田藩士が住むのは有り得ないよ」と、即答でした(笑)
町民の天領への自負ハンパなしw
ナニやってたんだろね、ウチの先祖。



イメージ 23
※二楽閣から街を見おろす。黄色い瓦のおうちがおしゃれ※

町おこしの人だったら横田家を知ってるかな?と思い
「先祖は横田家からお嫁さんをもらっています」
と言ったら、
「横田さんならおじいちゃん(たぶん横田彌太郎 さんのこと)が一人で住んでるから
行ってみたら?
昨日も町を歩いているのに逢ったよ」(町人)

いや、アポなしは無理っしょ(笑)

で、横田家はナニで財産を築いたんですか?

「船問屋とね、たたらだね」 (町人)

「たたら!」 
オットとワタクシ同時に声を合わせて驚く。
「たたら」という仕事を代々やっていた人々がいたことを
この旅の前半に、世界遺産の大分山たたら製鉄遺跡に行って(過去記事
初めて知り、感動したところだったから。
サダさんの実家は、たたら業もやっていたんだー!


イメージ 24
※黄色い瓦のお宅は病院でした※

横田家は財を成すだけで終わらせず
郷田村の飢餓対策や開墾に私財を投じて
村の人達を救済することに努めたのだ、と教えてくれました。

遠い遠い親戚だけど
今でも町民にリスペクトされているお家とご縁があると知って
ちょっと嬉しいこにゃくうでした。


イメージ 25
歴史あるモチーフを丁寧に残そうとしている町で
今はマイナーだけど
観光地としてのポテンシャルは高い町だと感じました。

けっきょく
先祖一家が13年間ナニをしていたのか分からなかったし
豪商のお嬢様がお嫁に来てくれた理由も分からなかったし
埋蔵金の行方も謎のまま。

ここは勇気を出して横田彌太郎さんにアポを執って
もう一度来なくちゃなー、と思いつつ江津本町を離れました。

※長文へのおつきあいありがとうございました※

つづく :出雲空港から帰ります 】

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