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【 前の記事よりつづき 】
2017年12月18日(月)
JR浜松駅から帰る前に
浜松城って見てみたいね、と。
市街地に近いところにあるのね。
初めて来ました。
時代は変わっても
地元の英雄なのだと思う。
この城門は再建された新しいものです。
(2014年に再建)
黒々とした板塀の天守が。
あら
想像以上に存在感ある天守。
この、荒々しい石垣の様相に
天守そのものよりも
目がいきます。
ただ積みあげた石のように見えますが
奥深くまで小石や砂利を詰込んであるので
耐久性はある積み方なのだそうで。
おまけに排水性が高い。
堅固な石垣ゆえに
ほぼ400年前のすがたそのまま!
なのだそうですよ。
ワタシの場合「石垣」
イシガキラバー。
石垣って
アートしていると思いませんか?
アート。
どーでもいいですね、スミマセン。で、200円で天守に登れるので入城です。
200円!
お安いわ、浜松城。
天守もオリジナルなわけはなく
1958年(昭和33年)の再建です。
この外観も忠実に再現・・・じゃなくて
ま、こーいうのでどう?
という
イメージ先行デザインだそうです。
(鉄筋コンクリート造)
そもそも天守閣があったのかどうかすら・・・
って、もうヤメロ
夢壊れるからw
ホラ
日本一のアレが!
YAMAHA越しに富士山。
ホントは天守閣はなかったかもしれないけどさ
若き日の家康が
ここに登っては
富士と対峙して
「いつかは自分も日本一に」
って誓った・・・
という妄想もアリだと思いますw
家康29歳〜45歳までの期間
ここを城にしていたそうです。
その後、江戸期に浜松城主になった大名25名には
幕府内でご出世したヒトもいるので
「出世城」
と呼ばれたりするそうな。
むしろ、
有能だからこの由緒ある城の城主になれたわけで
後に出世するのは当然の流れデハ?
(小声)
「あの向うの小山。あそこが浜松城の始まりだそうだ」
と、オットが言うので
ついでに歩いて行ってみた。
の意味がよく分からないまま
山?てか、神社?
に到着。
もともとこのちっこい小山に
引間(曳馬)城というのがあって
治めるのは今川の家臣・飯尾さんだった。
飯尾さんに代わって家康が浜松の地を治めるにあたり
これじゃーちっちゃいから、と
どんどん大きな城を増築して
できたのが
今の浜松城。
ついでに
曳馬城では敗戦の将のようで縁起が悪いから
浜松城に改名した、ということらしい。
「家康&秀吉」
秀吉も少年時代に浜松で奉公をしていたらしい。
ふたりの時期は被ってないのだが
「浜松ゆかりのこの2人に挟まって写したら出世するかもしれません」
企画として
この像が設置されたんだそーだ。
『SNSで発信してください』
などと掲示されていたけど
企まれたネタでは
ツイッターでバズることは無いとおもうよw
さて、新幹線で東京に帰ろ。
その前に
浜松ぎょうざを食べてみたい!
浜松ぎょうざの有名店「石松」さんは
JR浜松駅構内にも出店してくれていてありがたい。
帰京直前にサクッと食べられます。
人生初食べです。
10個入り 600円でお試ししてみたい。
ついでに生中 580円もねっ
キター
なぜかもやしが添えられているんですね。
嬉しいけど。
当方、生まれも育ちも首都圏人なものですから
宇都宮スタイルとは違ったぎょうざに
「!」
です。
肉がほぼナイ!
いや、あるんだけど
7割キャベツ!
・・・という事態に遭遇し
餃子帝国の洗礼を受けた気分です。
スミマセン
出直して来ます。
餃子は肉がいっぱいがスキ。
【 浜松の旅:おしまい 】
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