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2010年8月5日(木)
【前の記事よりつづきです】
世界遺産、ポン・デュ・ガールの見学が終了。
我ら団体さんはツアーで用意されたランチに案内されます。 ゾロゾロ・・・
■添乗員マドンナさんに引率されたレストランはコチラ。
ポンデュガール敷地内にあって、世界遺産を眺めながらお食事ができるカフェだ。
■お店の名前は
LES TERRASSES (レ・テラス)
この公園内唯一のお食事処の様だし
かなりいい感じのカフェなので
フリで入ろうとしても
すぐ満席になっちゃうんじゃないか?
■お安いツアー客なのに、なかなかよいお店を用意してくれました、阪急交通さん。
お外の、ポンデュガールが眺められるテラスでいただけたら最高なんだけど・・・
■我らジャパ二団体は2階の個室へ
■ビールを飲みつつ
よい子でご飯がやってくるのを待つ。
この旅行、何本目の1664ビール?
まあ・・・
団体ツアーのこういう食事って
ほんと萎える。
なんか給食みたいでちょっと、ね。
そういった中にあっても
少しでも雰囲気の良い店を
用意してくれたことはこの旅行会社を
選んでよかったな、と思う点。
■前菜:軽い味わいのトマトベースのソースで、黄色いのは何か・・・たまご豆腐?
いや、不味くなんかないんですよ。 違和感なく、おいしくいただきやした。
■鶏でしたな。 トマト煮混み。見たまんまの味です。 フツウに美味しかった。
■洋ナシのタルトに
有得ない色のアイスが付いた
デザート。
これにてランチ終了。
ツアーのお食事ではなく
フツウに利用してみたいカフェでした。
【添乗員マドンナさんがおっしゃいます】
みなさま、
お食事がすみましたら、これからバスで大移動です。
ここ、ポン・デュ・ガールからリヨンまで。
232km、3時間20分のご乗車です。
・・・寝ててくださいね♪
※この旅行のここまでの行程を地図に現してみました ↓
■232kmって、東京から福島くらいありますね〜^^;
そこがツアーのハードなところ!
ランチで1664ビールとワインをガッツリ呑んだこにゃくう&オットは
寝るわ
そこがツアーの有難く、うれしいところ♪
安全運転手、マイコーが連れて行ってくれたリヨンなる町は・・・
■今までのコートダジュールやプロバンスとは違った、古都の雰囲気の町並みが 【 つづくのだった 】 |
10年フランス9日間
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思い出そう、この連載の存在を! おふらんす旅行。
前記事のアヴィニョンからバスで20分の距離
■清流を跨いで、威風堂々のソイツはあった。 ローマ人が2千年前に造った橋だ
■蟻のように人間が橋の上を歩いているね。が、これは人のための橋ではない。
お水を通すため。水道橋だ。 ローマ人は50キロ先にある水源地から
水を運ぶため、こんな巨大な橋をこさえた。 (一番てっぺんを水が通過していた)
■凡人のこにゃくうには、まったく平行に見えるんだけども、
微妙に傾斜がついてるらしい。 ほんのちょっとの傾斜で(平均傾斜25cm/km)
水はゴーゴー流れるんだろうな。 頭いいな、ローマ人。
■水源からずーっと水を引いてきたが、ここで川にぶち当たるので、この部分に
水道橋を架けた、と。そういう橋らしい。 (滅多に使わないパノラマ機能で撮ってみた
■こにゃくうは文系脳なので、まったく感心するのみです。すげーよ、ローマ人。
■で。
機能も世界遺産らしいと思うけど
構築物としてのデザイン性も
世界遺産らしく美しいと思う。
用が足りればいいじゃん、的な
そういう
無味乾燥な建造物じゃないところが
人気の秘密かね?
■我らのように、遠く異国から
見に来た観光客だけでなく
フランス人たちの
水遊びスポットのようで
ボートを浮かべたり
カヌーを漕いだり
じゃぼんと飛び込む子供たち。
地元民の夏の遊び場のようだ。
■お約束の遺跡にラクガキ。・・・^^;
■トップの水の流れた部分が見れるか?と登ってきたが、閉鎖されていて不可。
ガイドツアー等に参加しないと入れてくれないみたいですな。 残念。
■高い、高い橋からの眺めも爽快。 いいな。地震の無い国は。
こんな石造りの2千年前の建造物がほとんどそのまま残るんだ。
あ、わが国にも似たのがあった!・・・と思い出すこにゃくう。
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■アヴィニョンの城壁の中に進入すると、こんなお城のような建物がドーンと。
マドンナさん解説によりますと・・・
今はキリスト教の総本山っていったらイタリアはローマ内の
バチカンですわな。
が、フランス人枢機卿が選ばれて教皇になった
1309〜1377年の68年間は、ここに法王庁があったの。
で、↑のお城風な建造物は、当時の法王庁址でござい。
■バチカンの壮大さは誰もが知るところでしょう。
それが、南仏に存在した時があったとはね。 当時の法王庁が腐敗していることや
ローマをないがしろにしていることに不満を持っていたイタリア人詩人のペトラルカ
という方が、自作の詩の中でアビィニョンの状況を「西のバビロン」と嘆いたそうな。
(バビロン捕囚ってのは、ユダヤ人がバビロンに強制移住させられた紀元前のできごとね)
アビニョンとバビロン、似てんじゃね? ・・・という
ダジャレからきたネーミングかね、ペトラルカ君?
(注・こにゃくうの解釈)
法王庁が王権の下に入ってしまったという屈辱からしても
似たような状況じゃん! っていう皮肉ですわね。
そーいうわけで、
この68年間の流れを アヴィニョンの捕囚 という、と世界史で習います。
(完全にイタリアサイドの言い草ですな)
え?忘れた? いーんですよ、忘れても^^;
■町自体が世界遺産に登録されていて。でも、だからといってそこに住む人は
遺産と共存しながら、ステキに暮らしているご様子。 中世そのままの路地。
でも、自家用車は買うよね。 カフェも必要よね。
■世界遺産に住んでたって、主婦はご近所さんと道で出会ったら、立ち話するよね。
うん、するする。 これは世界共通さ。
■ご主人様がお買い物中、お座りして待つよいわんこ。
東洋人が珍しいかな? 怖くないでちゅよー^^;
■住む人は我々と同じ現代人だけど、舞台装置が中世でステキだ。
ヒールが挟まりそうな石畳も、モザイクのようでステキだ
■古いままのアパートが並ぶ。
1階のブラッセリー。
シャッターがステキで惚れる。
■落書き・・・いや、これはアートよ。 アート。
■けっきょくアタシはこうやって、らくがき(いや、アートです) ばかりに目を奪われ。
世界遺産の町でナニやってんだ?
■う〜む。 意図が解らず仕舞いの落書き。
添乗員マドンナさんに
「法王庁の見学もしたほうがいい?」
と訊きましたら
「日本語の音声ガイドもありますよ」
「でも・・・時代と共に破壊が進んじゃった上にフランス革命時に略奪もあって。内部には見どころといえるのもが少ないんですよねー」
・・・というお言葉により
旧法王庁内の見学はパス!
アヴィニョンのデパートに走った私
でありました。
罰当たりな〜^^
マドンナさん「皆さん、集合しましたね?次はポン・デュ・ガールに行きますよー」
【 つづく 】 |
【 前の記事よりつづき 】
2010年8月5日(木)
フランス南部の町、アルルまでが前回。
この日、目覚めたのはアビニヨンの町のホテル。
■ キリアド・コーティーンガレ・ホテル。 名前なげーよ。
うーんと、日本で言ったらアパホテル?みたいな。キレイで設備は整ってるけど
リーズナブルでビジネスホテル臭のする・・・ま、そんな感じ。
■昨日のホテルの朝食のデジャブのような、炭水化物&動物性たんぱく質祭りの
そーいう朝食をいただいて、我ら日本人ツアー客ご一行様は出発するよ。
連れて行かれたのはココ。
■世界遺産・アヴィニヨン
ナニが世界遺産かっつーと、川に架かる橋、そして右手の建物群。
日本人ツアーは有り得ないほど早朝出発なので、コレは9時くらいだったかも。
朝日のおかげで逆光だ
■ご存知、「アヴィニヨーンのはっしで〜ぇ お〜どるっよお〜どるよ♪」の橋。
素朴な歌のイメージと違って、けっこう立派な。 12世紀の橋なんだと。
■川(ローヌ川)の洪水が頻繁で
壊れては繰り返し修理していたらしいが、ついに「もういっか」と、ブチ壊れたまま放置されちゃったらしい。
なので、橋は途中で寸断。
橋の役目をしてません。
正式名をサン・ベネゼ橋っていうけど
日本人には歌の題名で認知されてるよね。
■「入り口」って。
日本語でご案内ありがとう。
添乗員マドンナさん曰く
「お時間があったら登ってみてください。輪になって踊るほど広くないのが お分かりになりましょう」
あら。
踊れないの?残念。
「はい。当時、実際には橋のたもと の島で踊ってたそうですけど。
誤訳でもあったのでしょうか」
でも、歌の情景としては
橋の上で ランランラ〜ン♪ って
いいよねえ。
こにゃくうは、マット・ハーディング氏にこの橋の上で踊ってください、と
リクエストしたいね。
・・・あ。 マット・ハーディング氏は世界中、千ヵ所以上でダンスした動画を
ユーチューブで出してる米国人。 只今、3千万件ヒット。 ちょいと感動しちゃうよ〜
さて。
「 橋はチラ見だけです。、アヴィニヨンのメインに移動しますよー」
・・・と、マドンナさんに連れられてついて行くツアー客たち。
■このアヴィニヨンという街は城壁でぐるりと取り囲まれた中に出来上がった。
右手がその城壁で、この壁も世界遺産登録のお品。
中世の遺構がかなり残った街。 当時(中世)は夕方になると城門が閉じられる。
クローズの時間に間に合わなかった旅人は、城壁の外で
おっかなーい思い(夜盗、獣ウヨウヨ)をしながら命がけで夜を越さないと
いけなかったそうな。
そんな中世ヨーロッパの空気を感じつつ、アヴィ二ヨンの心臓部に進みます。
【 つづく 】 |
【 前の記事よりつづき 】
2010年8月4日
■狭い街なのに世界遺産が7つもあるのがウリなんだけど、
こうして石造りの小路をさまようだけでも、とっても楽しい古い町。
さて、ここで
添乗員・マドンナさんの解説が入りますよ
「みなさま、街角のこちらのカフェをご覧ください」
■まっ黄色ですね! 他の落ち着いた石造りの建物に比べ、異彩を放ちますね。
店主が風水にハマったのでしょうか? ・・・ち、ちがいますよ〜^^;
■ゴッホ画伯の有名な「夜のカフェテラス」のモデルになったのがここなんですね。
アルル観光協会は親切ですから、こうして絵を添えた解説板を置いてくれます。
濃紺の星降る夜に、暖かな明かり。
黄色のカフェがおいでおいでをするような・・・
一杯飲みたくなる風景で、ゴッホの中ではこにゃくうが好きな作品です。
でもこのカフェ、ゴッホが描いた当時は黄色じゃなかったんです。
黄色はあくまで、ゴッホの脳内イメージだったのですが、
観光用には黄色がよかろう! ってことで、オーナーは黄色く塗ってしまいました。
俗物な・・・いや、失礼・・・わかりやすいオーナーさんですね! (;^ω^A
うーむ。なるほど〜。
黄色いカフェ見たさに、観光客が寄ってくるので
こんなのも置いていあります。
■カフェ云々、ゴッホがどーした、よりもムスメはガチャガチャが気になるご様子。
「ポケモンのガチャガチャ♪ いいのが出そうだったらやりたいのに・・・」 だと。
■そんなわけで、ゴッホカフェの周囲は、こんなに俗物^^
だが、ムスメが言う。
「このカフェは見るだけにしとけ、
って○○ちゃんから言われた」
元同級生で今、パリ在住の友に
「アルルに行くなら言っておくが・・・」
・・・と忠告されたらすい(笑)
いったい、どんなカフェなのか?!
返って興味が湧いてしまうわo(^^)o
■さて皆さま。 黄色いカフェはスルーして、我々はこちらのレストランで夕食です。
(マドンナさん)
■「夕食」ったって、こんなに青空の時間ですが! でも、18時なんですよー。
ツアー客はさっさと夕飯にして、ホテルに突っ込まれます。
■お店の名前は
LE FUENTE ラ・フェンテ
重厚な石造りの年代モノの
建造物をレストランに
しています。
狭い間口のエントランスを
入ると、
予想外に奥行きのある構造
パティオのテーブル席には
光が注いで
風がそよいで通り抜けます。
京都の町家と同じ効果だ。
閉ざされた石の奥は
こうなっていたのねえ。
素敵だ!
■ムッシュー
ビール♪
ビールをくださいな
びえ〜る、しるぶぷれ〜
■我々、ツアー客のお定まり
前菜はコチラ。
たしか・・・
サーモンのテリーヌ
マスタードソース添え。
■ かじきマグロと見た。
で、
ちょっとスパイシーな
トマトソースで
ライスが横っちょに。
これは、
あなた達日本人だから
ライス付けるわ、という
お店のご配慮か?
まあ、
彼らにとって
ライスは野菜の一環。
添え物野菜のポジション。
へ〜い。
ありがたくいただきました。
でもよ。日本人が好んで食う 白米は
コレじゃないんだよ。
■で、
デザート。
メレンゲ?
・・・に、きゃらめるソース。
食べられる食べられないの
ギリッギリラインで
・・・なんと 完食Ψ(・O・)Ψ
だって、腹ペコだったから (泣)
■あまりに寂しいお食事だ ったので
オットとこにゃくうだけ
ワイン飲んじゃう。
誰も頼んでないのに
我らは物足りなくて
飲んじゃう。
お安めハウスワイン。
なーに。
ツアーの食事なんてこんなもんだで。 (/ _ ; )
昔昔に行ったツアーより、
ずっとまともな食事だと思うよ。 マドンナさんの会社、がんばってるよ。
■日も高いうちからディナーとるのは我ら日本人だけ。
他の方々は午後のお茶?って感じ。 ゆったり、夕暮れまでの時を過ごしている。
お店としては、アイドル・タイムに来てくれる日本人ツアー団体は
ありがたい存在にちがいないね。 でも、雰囲気の良い店でしたよ。
さてアルルを離れ、35kmをすっとばして、
アビニョンのホテルに泊まりますよ。
明日はアビニョン見学でーす。 (マドンナさん)
【 つづく 】
おまけ画像。
古代ローマのカホリがまだ、
そこここに。
でも、
DQNは世界のどこにでも
いるんだね。
落書きはいかんよー。
■でも、なんか カワイイので 許しそうになる^^
■なんか 上手いので 許しそうになる^^
♀ ったく、とんだお荷物野郎だわ。ぷんぷん
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