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【 前の記事よりつづき 】
2015年11月20日(金)
京都旅行のお話しのつづき。
ワタクシ、こにゃくうには
「死ぬまでにやっておきたい100の事」という備忘録がありまして・・・
『京都の美山荘に泊まりたい』
と、列挙しておいたところ・・・
「さっさと実行しないと死んじゃうかも!」
と、せっかちなオットが言う。
で、本日の予約を取ってくれたという次第ww
ありがたや。
これでもう、いつ死んでも・・・(涙)
いや、まだ死にませんケドww
8ヵ月前に「じゃ、行こうか」となり、予約を試みたものの
11月はこの日しか、空室と我らの都合のマッチングがなく。
紅葉は盛りを過ぎており「名残りのもみじ」になっちゃいましたが
一度、とにかく宿泊してみようよ、と
メチャ楽しみにしての今回の旅です。
峰定寺の参道を挟んで
山サイドに母屋。(お食事用の間と宿の方々のプライベート空間がある)
川サイドのこちらが宿泊棟(4部屋ある)
という配置。
おじゃまいたします。
うは〜♪
暖簾すらステキ。
お玄関。
左手の壁。
日展作家、横山喜八郎氏のアート。
(パネル形式の染織作品かな、と思う)
いちいち美しくて
歩みが進まなーい。
美山荘にはロビー的なパブリック・スペースは一切ありません。
ので、この玄関周りの一角が
言ってみれば、唯一のパブリック・スペースでしょうか。
コーナーに目立たぬように「美山荘のおみやげ」と
書籍が少々置かれているくらいです。
この「花山椒ちりめん」気になる〜。
値段明記はありません。
この空間にお値段表を掲示するのは野暮と言うものなのです。
たぶん、そーいうこと。
(ちなみに1個税込2592円です)
4部屋しか並んでいませんから、静かな廊下です。
つい足を偲ばせて歩いちゃう。
小心者なんでw
「こちらのお部屋です」
と、ご案内いただいた「楓・岩つつじ」の間
画像、奥が「岩つつじ」で、
画像、手前が「楓」
2間をつづきで使えるので
「楓・岩つつじの間」なんだそうです。
あら。
たった2名の客なのに、広いお部屋をスミマセン。
先程、峰定寺に行きたいから預かって、とお願いした我らの荷物。
先行して鎮座していた。
んまあ!こんな小汚いキャリーをステキなラグに乗せてくれちゃって
なんだか申し訳ないでござる^^;
何処を見ても隙がない。
そしてシンプル。
アンティークの箪笥の上に山茶花。
これまた、アンティークの何か?の鉄器を花器にしていて
ステキなんだな〜。
窓際に置かれた鷹の衝立。
わー!
徳力富吉郎氏の作だと思うよ。
部屋に居ながら、巨匠の作品をじっくり眺められる贅沢。
ワタクシも、ですが多くの人がズギュンとハートを射抜かれるのが
この、客室からアクセスできる月見台でしょう。
森に向けて、スッコーン!と開けたガラス戸。
広ーい月見台が美山荘の大きな魅力。
この風景の中に身を置いてみたかったのよ〜。
11月だけど晴天の日だったので
寒くなく、居心地いいぞ。
左方向、寺谷川上流方面。
静か。
川音だけが聴こえる空間。
自然と対峙しながら思索できる場。
いえ、考えていることは
「今日の夕食はどんなんだろー」
なんですケドw
新緑の頃もさぞや美しいだろうねー、と
オットもこの風景がお気に召したご様子。
テレビ、ありません。
コンセントも最小限。
温泉宿でもない。
宿坊が前身の宿が、深い山の中にあるだけなんです。
ひとりでの宿泊もよさそうだけど
誰かと同行なら、旅を共にする人を選ばないといけないかもね。
この、不便だけど美しい環境を一緒に喜んでくれる人と、是非。
洗面所。
水回りはキレイに整えられ、しかも床暖房。
洗面所のカウンター引出内にタオル、ドライヤー、必要なアメニティ揃ってます。
風景を切り取ったような洗面所の窓。
額縁みたいだわ。
冷蔵庫内に冷水(たぶんこの辺の湧き水)と瓶ビール。
値段を示す表は置いてないという、そーいう美意識なので
そこんところヨロシク。
お部屋に案内されてすぐに出してくださったのは
栃もち。
小豆の炊いたんにきな粉です。
ホームメイドでしょうけど
栃の実って灰汁抜きが大変そうですのに。
併せて、あけび茶というお茶を出してくださった。
お宿の方が山に入って、あけびの新芽を採ってくるのだそうだ。
食事前に飲むと胃が活発になり消化が良くなるって。
この土地の自然と共にある宿なんだなー。
その後に抹茶をいただく。
しばらく月見台でぼんやりしたりしていたら
美山荘の若女将がご挨拶にみえた。
メディアでも拝顔していたけれど
品格のある美人さんで
しかも明朗で気取ったところのないフレンドリーな女性なんだ。
「ここ数年、ずっと山を下りていません」などと仰る。
えー!こんなに美人なのに〜? (←美人は関係ない^^;)
もしクラスの女子に若女将がいたら、絶対お友だちになりたいタイプの女性。
分かり難いたとえでスミマセンww
つづけていただいたのは
ほうじ茶と黒こんぺいとう
芯に蕎麦の実を使った金平糖で、黒糖をまとっている。
上品だが、どこか野趣も感じる逸品。
「今でしたらお風呂が空いております、どうぞ」
と美人若女将に勧められ、離れのお風呂に行くことに。
(お風呂は部屋にはついておりません)
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15年京都旅(秋)
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【 前の記事よりつづき 】
2015年11月20日(金)
京都旅行のお話しのつづきです。
PM 2時30分。
今夜の宿、美山荘に到着。
長年憧れてきた宿なので
一刻も早くチェックインしたいところですが
その前に行かねばならない所があるの。
うろちょろする我らの姿を速攻で見つけて
玄関に走り出て来てくれたお宿の女性に荷物を託す。
チェックイン前に徘徊したい所があるから、荷物をヨロシクねー。
花背・大悲山、峰定寺に行かなきゃね。
美山荘はこの寺の門前に建っている、という位置関係。
峰定寺の宿坊が、美山荘の前身なのです。
ワタクシ、こにゃくうは長い間、いつかは来たい!と熱望していたけど
お約束事項がいろいろあるお寺なので
オットに一応ご説明申し上げた。
ご覧の通り、AM 9:00〜PM 3:30まで、とやや短い入山可能時間。
さらに・・・
・雨の日は入山不可
・団体不可
・ちっちゃいお子様不可
・12月1日〜3月30日は不可
・私物の持ち込み不可
・・・というイロイロ不可!&不可〜
「へ〜。おもしろそうな寺じゃん」 (オット)
をを。
乗り気ですか。
ありがたい。
いや、お約束事項はもっとあるんですけどね。
それはイヤでも受付けの方が言いつけてくれるでしょうから
よーく聞いておくのよー。
ヘビーな京都ユーザーのワタクシですが、初めてのお寺。
NG項目いっぱい、というのでコワイお寺の人だったらどうしよう・・・
と、ややビビり気味に寺務所に声を掛けると
高齢の女性が登場。
500円の入山料をお支払します。
「あなたたち、初めて?あ、そう」
・・・ということでお約束事項の説明が始まります。
・この峰定寺は古来より修行の場。
なので、
「荷物は全部預かります」
・ハンカチとお財布。これだけは持っていってよろしい。
「コレに入れなさい」
・・・といって渡された紫色のたすき掛けするポシェット状の袋。
これは雲水や修行僧が掛けてる「ずた袋」ってヤツですねっ。
わー。
修行モード高まる〜♪
「本堂まで400段の石段です。
そこに杖があるでしょ?一本選んで持ちなさい」
いや、要らないから、とは言わせない迫力でほぼ強制です^^;
「六根清浄、と唱えながら登りなさい」
ハイ、了解です。
ワタクシどもは今からナンチャッテ修行僧ですからねっ。
「途中に鐘がありますから、心を込めて打ちなさい」
ハーイ。
タダで鐘が突けるのは京都ではレアですのでありがたいわー。
「何事かあったかと心配になるので往復45分で戻りなさい」
ええ〜、上でまったりしてたらダメですか?
ダメなんですね、そうですね・・・
仁王門から入山するように、とのこと。
1350年のオリジナルの仁王門なんだそうだ。
超が付く歴史物。
当然、重要文化財。
この仁王門から先は聖域なのでしょう。
「仁王門をくぐったら声高なおしゃべりは謹んでください」
あ、はい・・・^^;
・・・というわけで
京都でも屈指の秘境度を誇る峰定寺についに登ってまいりました。
受付でカメラ、携帯も
あしからず。
「撮影禁止」 というより「修行の場であるから俗世の物は持ち込むな」
という意図なのでしょう。
ここは、観光寺院ではないのです。
いにしえの修行僧の気持ちになって
お山で心を清めてらっしゃい、というお寺なのでした。
400段の石段の先にあった本堂からは
圧巻の眺望を得られます。
絶景をオットと2人占め。
山々が連なる。
空気が違う。
京都でもこんなに静寂な場所はそうそう無いのではないか、と思われ。
峰定寺本堂の版画の画像を貼っておきます。
(徳力富吉郎氏の作品。美山荘に縁の深い版画家です)
清水寺の舞台同様、崖にせり出して造られた舞台づくりの構造。
峰定寺の本堂の方が清水寺よりも古いのです。
観光寺院だらけの京都にあって
独特のスタイルを貫く峰定寺にはファンが多いようで、
この日もリピーターです!という方が
「今日もヨカッタです。また来ます」
と仰って立ち去る所に出くわしました。
京都の美山、いや深山の峰定寺。
オットも「また来たい!」とお気に召したご様子。
気持ちが引き締まるお寺でした。
【 つづく:美山荘にチェックイン! 】
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2015年11月20日(金)
ヘビーな京都マニアが好きそうなお寺、常照皇寺訪問の後
さらにさらに京都の山を北上。
車を進めるに比例して、僻地要素がアップしてまいります。
めざすのは「花背」(はなせ)という里です。
行政区は京都市左京区なんですけど
公共交通機関で京都市中心部からここまで来ようとすると
そこそこ大変な秘境度ww
昼ごろに徘徊した周山の町すら都会に思えてきますw
一応、京都バスが走っていますけど
時刻表、こんなだし。
一日に、上り4本&下り3本かー^^;
森のくまさんに出逢ってしまうこともあるのか、も?
そんな山奥、誰が行くんだ!と思うのは京都シロウトでございます。
ハイキングや紅葉狩りで来る人
ワタクシどものように
この先にある宿やお寺めあての人がやってくるんですね。
桂川の源流である寺谷川に沿って、古来より集落があった花背。
この先にある大悲山峰定寺は
『1154年創建。修験者の修行の山寺として1350年頃までは寺勢盛んだった』
そうです。(wikiより)
今はもう修行している人はいませんけどね。
今晩のお宿です。
こんな僻地なわけですが
ミシュラン2つ☆のお宿でございます。
他にも宿泊施設や飲食店が道に沿って現れる。
みつた荘とな?
ザ・民宿のイデタチだが、気になったので検索してみたら
アットホームで高評価の宿らしいよ。
もう一軒現れた。
桂雅堂。
お食事やお茶利用ができるっぽい。
食べログさまで検索してみたら
予約でいただける懐石料理はレベルの高い品々らしく。
へー。
こんな山の中なのにねー!
お店ではないようですネ。
芸術家の方が住んでそう。
これだけ街道に家屋があれば
熊さんに出逢っても逃げ込めるかな〜、とか
ムダなことを考えつつ車窓を眺めるワタクシ。
寺谷川沿い、最奥に近い所に宿が。
料理旅館 門前茶屋
暖簾には「京料理」と染め抜かれていて
料理自慢なんでしょうか?
予想に反してポツポツと店舗があって意外でした。
もうすぐやってくる冬に備えてなんでしょうか?
それとも、お宿のご飯はおくどさんで薪で炊いているのでしょうか?
まるでアートのように美しいわ。
ワタクシたちが予約した、
・・・いや、やっと予約が取れた「美山荘」(HP)がありました。
大人気なうえに、4部屋しかないので
8ヵ月前に予約を試みて
空いていたのがこの日だけだった!という
超ハードルの高い京都の名旅館でございます。
あこがれの美山荘。
楽しみだわ〜♪
【 つづく 】
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2015年11月20日(金)
常照皇寺は京都の神社仏閣の中でも
かなりアクセス困難な寺です。
今回の旅は、レンタカーという最強の武器がある。
ありがたや。
ワタクシは10数年ぶり、2度目の訪問です。
ご覧の通り、超絶山の寺風情なんですけどね。
2週間前だったらこの山門は燃えるような紅葉だったことでしょう。
紅葉盛りの時期は狙えませんでした。
今はただただ、枯葉の階段だわ(涙)
勅使門がありますね。
勅使や皇族の来訪時だけ使う、専用の門が勅使門です。
塀には5本の横線が入っています。
コレ、「定規筋」 (ジョウギスジ)っていうんです。
3本の寺、4本の寺もあるけど、
5本ラインは最上級の格がある寺のマーク。
皇族ゆかりの寺だけが刻めます。
勅使門完備&5ラインの超格式ある寺、ということになります。
地味目の山寺に見えちゃうかもしれないですケドね^^;
まあ・・・
10数年前に比べ、ちょっと痛みがキテルなー、という印象は否めない。
この常照皇寺は光厳天皇という方が開いた寺。
光厳・・・日本史では南北朝の項で習う天皇さんです。
南北朝の後醍醐天皇VS足利尊氏の時代って
テストの人名穴埋め問題で悩みませんでした?
「え?光厳・・・光明天皇もいるよね。どっちだっけ?」
って感じになるし
更に、勢力図も頻繁に変わるんだもん。
南北朝のところって日本史授業の鬼門だったわー。
さて、光厳天皇さん。
たぶん、ご本人はまったく望んでいなかっただろうに
南北朝の動乱の中で
皇太子にさせられたり、北朝の初代天皇になったり
拉致られたり、南朝方に監禁されたり・・・
散々に振り回される人生だったお方。
19歳で即位してから争いの渦に放り込まれ
ようやく南朝・北朝の争いが落ち着いた時には40歳を越えていました。
浮世がイヤになってもおかしくないよね。
禅の僧侶になり、1人だけの共を連れて巡礼の旅に出たんだそうです。
そんな光厳天皇が52歳で亡くなる2年前に辿り着いたのが
無人の廃寺だったココなんだということです。
ラストのわずか2年だけが
光厳天皇の平安の日々だったのかも。
当時はココってほぼ山!だったんだろうなー。
常照皇寺は、京都駅からJRバスで1時間半+地域バスに乗り換えて15分、
バス停からさらに徒歩10分の僻地なのよー。
今でも十分、浮世から離れていると思うわ。
傷ついた心を癒すのは
この寺の環境のような静けさと自然の美しさなのかも、ね。
この正面の古木は桜です。
紅葉の美しさも相当なのですが
春も境内の桜めあての参拝者が訪れます。
(それ以外の時期はほぼ境内ひとり占めできるでしょうw)
あ。鹿のふんだー。
さすが山の寺。
鹿が境内を散歩するのね。
「山から餌を探して降りて来はりますからね。
寺なんやから来ないで言うても伝わらんし
困ったもんですわ」
と、受付のやさしそうな男性が話してくれました。
(前回来た時はコワイ女性だったのだけど、不在でヨカッター)
紅葉はもう終わろうとしています。
唯一残った開山堂周辺をムリクリ写してそれっぽくww
「でも、静かでいいお寺だったよ」
と、オットも気に入ってくれたようでヨカッタ!
お連れした甲斐がありました。
【 つづく:今宵の宿、美山荘にいきます 】
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2015年11月20日
高山寺からさらに北上。
国道162号は北山杉の美林の中を突き進みます。
こまめに無駄な枝を払い、
節のない杉に育てるのは手間のかかる作業でしょう。
手を抜くと、すぐに荒廃してしまいそうな杉林です。
北山の林業は600年に渡るとか。
日本の、多くの寺院や茶室を造る素材であったのでしょう。
ドライブの小休止ということで
国道162と国道477が交差する町にある
道の駅「ウッディ京北」に車を停めます。
今朝からの行程はこの図。
京都中心部から、ずいぶん北まであがってきました。
オットが「気になるポイントがあるから」
ということでこの小さな山間の町を少しだけ散歩です。
へ〜!
京都が好きで戦国モノも大好物のワタクシも初しりのお話しです!
1575年ごろ、織田信長に丹波地方攻略を命じられた光秀が
若狭から京都へのルートを見張るため
この山の上に城を築いた、というものだそうです。
だーれも歩いていない静かな町に
「慈眼禅寺」という名のお寺がありました。
オット調査によると
「光秀ゆかりの寺」なんだそうです。
門が開いているのでおじゃましまーす。
ふーん。
静かだねぇ。
名残りの紅葉が光って美しい。
釈迦堂がありました。
何やら由緒書きが掲げられているので読んでみましょう。
『明智光秀はこの地を攻略するように信長に命じられて
それまでの宇津一族を滅ぼしましたとさ。
この宇津氏はけっこうワルで、この土地の人たちを悩ませていたのだけど
光秀は善政を行ったので
民たちから慕われましたとさ。
ご存知「本能寺の変」の後、光秀は逆臣に。
しかし、地元民はこっそり光秀の木像を造り、
それを今でも供養しています。
木像は、世間の目を憚って墨で黒く塗った物でした』
光秀ったら、意外な一面!
京北周山では名君だったんだね。
11月には大根炊き行事があって
その時には黒く塗られたという光秀像が公開されるようです。
きっと、このポスターの像が光秀木像ですね。
(大根炊きは師走の京都の厄除けを兼ねた伝統行事です)
歴史の現場に足を踏み入れてみると
小説では描かれない人物像が浮かび上がったり
ドラマでは拾われる事がないエピソードを知る機会があって面白いです。
この田舎の細道を入っていくと
光秀の周山城跡に登って行けるのだそうです。
「行きたーい!登りたーい!」
と主張しましたが、
ここから片道一時間、と案内板に書かれている。
今日はもう時間的に無理だわ・・・
「ここにはまた来るでしょう。次回のお楽しみだね」
ということで今回は涙をのみました。
京都郊外の静かな町だけど
なかなか個性的な町だ。
このすきやき屋さんもタダモノではない。
え?
行列ができるほど満席になるの?
こんなイナカなのに?(←失礼です)
食べログ話題のお店!なんだー。
こんなイナカなのにー(←だから失礼です)
検索してみたら
お肉屋さん併設の飲食店。
高品質の牛肉を使ったすきやきやハンバーグが
リーズナブル&ボリューミーに食べられる、高評価のお店だった。
羽田酒造、とな?
日本酒バカのオットも「ここ、知らない」という。
この旅の4ヶ月ほど後のこと。
ワタクシの地元デパート、船橋東武で京都展があった。
その時、出店していた酒蔵の日本酒が意外とおいしかったので購入。
ブースの男性に
「京都のどこにある酒蔵なんですか?」
と訊ねた。
「北山の方で・・・京都旅行に来た方も、まずいらっしゃらないような山奥です。」
・・・に、ピンときて
「あ!私、この前、お宅さまの前を通過しました!
近所に明智光秀ゆかりの寺がありますよね!」
・・・と申しましたところ
彼は首をひねって
「さあ・・・明智光秀は聞いたことないですねー。
お見かけになった酒蔵はウチじゃないでしょう」と。
その時は私の勘違いかなー?と思ったのですが
再確認してみれば
やっぱ、この酒蔵じゃん(笑)
光秀さーん!
最近の地元民はあなたの御恩を忘れかけてる模様ですよ〜ww
【 つづく:常照皇寺いきます 】
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