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【 前の記事よりつづき 】
2019年5月1日(水)
旅行3日目の夕食。
宿泊ホテルのミレニジから至近にあるレストランで。
添乗員男子さんの先導で
ビーチサイドのレストランへ
RESTAURANT&BAR Vongola
ボンゴレ。 クロアチア語だとフォンゴラって読むのかな?
かなりのキャパがある大店です。
19:00ではまだ欧州の方々にとっては
夕食には早い時間なので
空いてます。
夏だったらアウトサイドのテーブルが
気持ちよくお食事できるだろうな。
海がすぐソコ!のVongolaです。
イワシのマリネのブルスケッタ。
背黒イワシかなあ?
ブルスケッタのパンが異常に硬い!
サクりと齧りついて食べる、というのがムリなので
しゃーないからナイフで2等分して齧るわけです。
尚、味は問題なし。
ただただ見た目通りの味だけども
味のバランスは文句ないです。
なんだろね、コレ?
って感じのスープですが
食べてみると意外と美味しい。
ズッキーニと人参のシーフードスープ、
って感じかな?
美味しくできているのだから
あとは見せ方をブラッシュアップすると良いと思うよ。
・・・ってナニ様?(笑)
白身魚はたぶん鯛の一種
そして小型ヤリイカとムール貝のグリル。
添えてあるのは
スイスチャードのソテー。
魚と貝類を
ただただグリルしただけの
単純な調理法なのに
美味しく仕上がっちゃう。
シーフードに恵まれた土地だからでしょう。 ワインは手ごろな値段設定で飲めました
美味しかったし
まずまずな評価をしましょう。
この日のランチが人生最悪パスタだった故に
まっとうな料理だったというだけでも
好印象w
甘味ものに興味薄いので印象ナシ
ツアーめしだからシンプルな調理方法なのか?
とも考えたけど
そうではなく
このお店の提供するメニューはだいたいこんな感じ。
日本でも
新鮮な魚貝が手に入る海辺の場所であればあるほど
調理は素材勝負のシンプルな物になるけど
それと通じる事なのかもしれない。 または
オパティアのレストランのレベルは
おおよそこういう感じなのかもよ。
オパティアは
イストラ半島を巡る拠点の町として 便利な場所にあるし 好印象でした。
< おまけ:ペットホテルの吟次郎さま >
いつも旅行中にお世話になっているペットホテルから
吟王子の報告メールが届きました。
『こんにちは。
吟ちゃん、ご飯もトイレも問題なしです。
暇だょ〜って顔してます。』
(ペットホテルスタッフさん) 暇なのか〜(涙)
ごめんよ〜お!
でも帰国はまだまだ先なんだ・・・
![]() |
19年クロアチア・スロベニア旅
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【 前の記事よりつづき 】
2019年5月1日(水)
イストラ半島個性的町めぐり。
最後に訪問したのはプーラ。
「町一番の自慢スポットはどこ?」
と訊いたとしたら
この円形競技場と答えるんじゃないかな。
言わずと知れたローマ帝国の遺産。
欧州〜アフリカ北部までにも残されている
庶民の娯楽施設 ここ、プーラにもあったのねー
1世紀に建設されたそうな。 世界に残っている円形競技場の中では
保存状態良好レベルなんだそうです。
2000年前の物件がよく残ったわね!
・・・ってさいたまスーパーアリーナくらいの収容能力よ。
「世界の円形競技場で6番目に大きいんです」
(添乗員男子さん)
なるほど。
その頃のプーラが大都市だったという証ですね。
欧州の国に行くと
ちょいちょいローマ帝国円型競技場に出会いますよね。
(あと水道橋もデフォ)
中学高校でローマ帝国の広がり具合を習ったものだけど
ほんと、あの人達の勢いは凄かったのねえ
ローマ帝国の影響力と威力を実感しますよ。
散策しながらスポットめぐりです。
アーチがふたつ並ぶ門。
ふたご門
(Twin Gate)
プーラ城に設けられた門のひとつで
1世紀プーラ時代の建造らしい。
隣の建物は旧ユーゴスラビア時代の物かな?と思う
社会主義臭がする建物だ。
ローマ帝国と社会主義が隣り合ってるよ。
これもヘラクレス門という
ローマ帝国時代の門。 奥に近年の建物がありまして
2000年経過した門でも、門として
フツーに使われ続けているようです。 歩道の右手は壁?石垣?
・・・みたいな塀。
ヘラクレス門から連続して
この壁もローマ帝国以来の壁なんだと。
2000年経っても使用中!
遺跡でもなんでも
あるなら使っとけ、って感じなのでしょうか?
堂々とした佇まいで
かっこいいです
同じくローマ帝国時代の物
相当力を入れて造ったのだろうなあ、と。
まったく知らないので
あくまで直感ですが。
碑文に建立の経緯が刻まれているそうな。
「プーラのお金持ちセルギウス家の3人が
戦でがんばったからコレ建てたよ〜」
みたいな内容らしいです。
まったく読めないけど。
建設時は金の装飾が施されていたそうです」
(添乗員男子さん)
は?
夜中に速攻で削り取られたでしょーねw
旧市街。
セルギウス凱旋門からつづく道は
地元民が日常でショッピングしたり
観光客が街歩きしたりする中心部のようです。
極度乾燥(しなさい)
があった〜w
時に海外セレブも着ている人気ブランドなんだけど
日本ではご商売はなさっていない。
この誤植ではあたりまえかw (誤植ではなくわざと、らしいけど)
やっぱりモドリッチが人気なんだろうな〜
10番モドリッチのクロアチアユニフォーム
買えばよかったかな。 Forum
(フォーラム)
正面は、1296年当時のベネチア共和国時代の「市庁舎」
今でも現役のプーラ市庁舎です。
左の、いかにもローマ帝国風!みたいなのは
ローマ帝国時代の「アウグストゥス神殿」
1290年違いの建物が隣り合っている不思議。
更に興味深いのは、この神殿の変遷。
ローマ帝国の神殿
ここでもまた!「あるなら使っとけ」主義w (安心してください、今は博物館)
もともとは3つの神殿が並んでいたそうだけど
今はこのひとつだけが修復されて健在です。
背後の壁がなんか変。
向って左のデザインが
突然「ローマ帝国」になってます。 これは、
ベネチア時代に市庁舎を造るに当たり
神殿のひとつを壊して
その神殿の一部を
市庁舎の裏壁に使っちゃったという
ことなんだそうです。
ベネチア共和国大胆だな、ヲイ^^;
建材入手も簡単ではなかっただろうし
世界遺産になるかも?
とか
古代遺跡は歴史的価値が・・・
なんて発想は無いものね。
とびきり歴史が長いプーラです。
紀元前のローマ帝国の後は
1150年からヴェネチア共和国時代
18世紀のハプスブルグ家支配時代もあるよ。
20世紀にイタリアになったかと思ったら
そのあとは
ユーゴスラビア・・・からのクロアチア。
この町の人々は
クロアチア語だけでなく、イタリア語もフツーに話す。
さらに 英語はもちろん、ドイツ語もしゃべれたりするのは
いろ〜んな支配者がやって来ては去る・・・
ということが続いてきたからなのでしょう。
この半島エリアは
クロアチア観光の中で
今後日本での人気度が上がる気がします。 【 つづく:オパティアでディナー 】
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【 前の記事よりつづき 】
2019年5月1日(水)
クロアチアのロヴィニ。
瀟洒な港町です。
おしゃれで美味しそうなお店が並ぶロヴィニ。
ランチが楽しみです
ここ
レストラン・ドリーム
店から醸し出される雰囲気は
まちがいなく美味しいお店のソレ!
うれしいなあ、
このツアーブランドのセールスポイントは
低レベルなレストランは用意しない事なので 我が家では今回も絶大な信頼のもと参加しています。
ツアーの日程表コチラ。
『クロアチアの名店100に選ばれたレストランにて、
パスタの昼食をお召し上がりいただきます』 と、敢えて
この日の、このランチだけ特筆している。
これは、旅行社渾身の一食に違いない。
「パスタ、たのしみだね〜」
とパスタ大好きムスメもわくわく。
外観のドリーミーな雰囲気からすると
内装はフツウ。
てか、椅子とかチープなんだけど。
まあ、このくらいはいいか。
我ら10数名のツアー民のみ。
フロア担当の男性が
ひとりでせっせと運んでくれるよ。
フヴァラ!
(クロアチア語でありがとう)
最初に彼がサーブしてくれたのは
シンプルなサラダ。
まあ、海外旅行中は
生の野菜が食べられるだけでもありがたい。 サービスで提供されたグラスワイン白。 飲んだことないくらい美味しくないワイン!
ナニコレ
日本の料理用ワインがこんな感じだなあ。 これなら提供してくれなくていいよ。 金払ってフツーに飲みたい
このパスタ
「シーフードパスタ」
いったい、どうやったらここまで不味く作れるのか
工程を知りたくなるほどの珍なる味。
ムスメもオットも
「味・・・味が無い!塩かける?」
「うわ、生臭いっ」
塩かけたり胡椒をふりまいたり
ささやかな抵抗をしてみる
・パスタの茹で時間を全無視した茹で加減。
ナイデンテどころか、ブツリと千切れる軟体パスタ。
・ソースとパスタの量がアンバランス。 ・冷凍シーフードミックス使用なのだろうが
凍ったまま調理しているから生臭い。
解凍用塩水で解凍してから流水で洗って水分を切る、という
当然の工程をやっていない。
・味見すらしていないのだろう。
だって味が無いから。
このレベルの店と知っていたら
ツアー飯は離脱して
自分たちで店を探して楽しくランチしたのに。
一食返せ!
これ以上食べたら気分が悪くなりそうだったから。
「食材に対して申し訳ないし、もったいないと思うけど
抗議の意味で私は残すよ」
(ムスメ)
うん。
絶対完食主義の我が家だもんなあ。
ムスメは食べものを残す自分に無念そうだ。
それでも、
これを食べ切ることは不可能だよ。 謎のムース。
まずかないので食べた。
昭和のスーパーで
3個1パックで売っているムースの味がした。
たぶん・・・
このお店は美味しいのだろう、フツーに入店すれば。
ダブルスタンダードで営業をしているんだろうな。
なめられたな、我らの旅行会社。
旅行後の参加者アンケートには
この店についての非難を
余白まで使い切って書いたけどね。 我が人生最大に不味いパスタが
クロアチアのレストラン・ドリームの物と決定。
Dream
悪夢かよw
【 つづく:プーラはローマ帝国遺跡の町 】
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【 前の記事よりつづき 】
2019年5月1日(水)
モトヴンからバスで43km。
新市街から延びる車道の先に
海ギリギリに建つ密集地が見えます。
家屋がみっちり密集している島に見える町。
それは、その通りで
もともとは小島だったのだけど
人口が増えたので
海峡を埋め立てて
半島状態にしちゃったのだそうです。
ここロヴィニの醍醐味。
ロヴィニはクロアチアの一都市ですが、
ヴェネチア共和国の配下だった時代もあり
(13世紀〜18世紀)
第2次世界大戦まではイタリアに属していた歴史もあります
(1918年〜1947年)
それゆえなのか
町のカフェやレストランは イタリアの港町の風情。
オシャレでおいしそう
どこか洗練されています。
地元大好きロヴィニっ子、G氏です。
ロヴィニに来たらここは見とけ!の
丘の上にある教会を目指します。
そこに着くまでの道中の風景に
心奪われます・・・
迷い込みたくなる小道が
四方八方から。
後のフリータイムでいっぱい歩いたろ
聖母子像の絵
界隈住民の共有の祈りの場なのでは?
町内のお地蔵様によく似た存在だと想像します
同じものをナポリの下町でも見たなあ イタリアンなのである。
このイタリアっぽい光景すら
今やナポリではレアなのに。
ロヴィニでは未だ健在な習慣の模様。
縫うように歩いて
ガイドG氏は丘を登って行く。
彼の案内がないと道を見失いそうな勢いだ。
ああ、尖塔が見えたね。
あれがロヴィニイチオシのスポット
聖エウファミア教会
なので
道端の猫さまと戯れて
皆さまから遅れをとるワタクシw
教会 < 猫
ロヴィニの猫さまに日本のカリカリをあげたのはっ
真っ青なアドリア海。
イイ眺め!
街で一番すばらしい場所に建つのは
どこの国でも教会ですね。 中も見学できます。
撮影も可。
304年に殉教死したと言われる聖女で ロヴィニの守護聖女です」
(イケメンガイドG氏)
あら14歳!の女の子ですか〜
![]() 「祭壇の後ろ側が彼女の石棺になっています」 (イケメンガイドG氏)
え・・・
人のお墓を撮ってもいいんですか?
「祭壇の両側の絵画は彼女の有名なエピソードの場面です。
ディオクラティヌス帝のキリスト教迫害によって
捕らえられて拷問に掛けられたエウファミアですが
天使が現れ、傷が治るという聖女パワーを見せます。
更にライオンの餌になる刑を受けた様子がこの壁画です」
(イケメンガイドG氏)
ライオンちゃん、彼女を食べずに
傷をペロペロ舐めるばかりだったとさ。 そういう聖人あるあるの絵だそうです。
エウファミアちゃんは猫科動物に好かれる子だったのね
(↑そうじゃない)
もう一方の壁画もエウファミアの奇跡の様子です。
そもそも彼女の墓は
コンスタンチノープルに置かれていました。 が!
9世紀のある夜、彼女の石棺が消えて無くなり ロヴィニの沖合に
船に乗せられた状態で辿り着きましたとさ。
(いやいや、それは・・・)
ロヴィニの人達が牛馬を使って引き揚げようとしても
力が及びません。
そこに現れた少年と2頭の子牛。
サクサクと海から引き揚げちゃいました。
(いやいやいや、そ、それは〜)
「こ、これは奇跡に違いない!」
(ロヴィニの町人たち)
ということで
元々は聖ゲオルク教会だったここに
棺を据えて
教会の名前も
聖エウファミア教会にして新装開店!
・・・ということらしい
(ゲオルクさんの立場は・・・)
イケメンガイドG氏はじめ
ロヴィニの人の誇りなのだと思います。
ああ。
高台にあるだけあって
教会近辺からは
碧く美しいアドリア海が見渡せます。
オット、ムスメと3人で
脇道、小道を探索
年季が入ってツルッツルの石畳。
色とりどりの鎧戸と外壁のコントラスト。
この町は先程訪問したモトヴンとは 比べ物にならないほど多くの観光客が
あちこちを楽しそうに散策しています。
家屋と家屋の間に
気付き難いほどの隙間が設えてあって
ダイレクトに海面にアクセスできるようになっていました。
柵も無く、モロに海!
このままダイブできちゃいそうです。
たぶん、
昔、舟を乗り付けていた個人的な桟橋の跡かな?
こちらは持ち主がかわいくデコってくれています。
「Thanks for donation for decoration」
って掲示があったので
チップを置けば立ち入ってもOKのようです。
ちっともお安くなく
観光地価格だったので
買わずにスルーですがw
どことなく女子ウケしそうな街並みなのは
聖女エウファミアさんが見守っているから、かもよ。
【 つづく:ロヴィニでランチ、人生最悪パスタ 】 |
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【 前の記事よりつづき 】
2019年5月1日(水)
某旅行社ツアーでクロチア旅行です。
旅3日目のメニューは
「イストラ半島」
いや、ワタシも知らないで来てるという事態ですから ご存じなくてもOK ですよっ
「日本のツアー社ではまだレア!イストラ半島めぐり」
なのだと添乗員男子さん。
今日は一日掛けて
イストラ半島の個性的タウンを巡ります、というスケジュール
バスは1時間ほど走行したでしょうか?
そこに塔が見え
集落がちんまりと固まるように建っている様が
遠望できます。 「あれがモトヴンです
海抜270mの丘の上の町なんです」
(添乗員男子さん)
不便じゃないの?
何なの?
「不思議に思いますよね
その辺りについては
モトヴンの散策をしながら解説しますね」
(添乗員男子さん)
みなさま、バスを一旦降りていただきます。
モトヴンは町の構造が中世のまま。
ちっちゃな町です。
なので
一般車両の進入不可だし
大きな駐車場も無いんですね。
(添乗員男子さん)
駐車場でこのシャトルバスに乗り換えます。
これで町の入口まで登ります。
ご希望ならば
徒歩でも上って行けますよ。
所要時間20分程です。
(添乗員男子さん)
いや、バスに乗せてくださ〜い
ここがモトブンの入口ですね。
ホントだ。
係の人が通過する車をチェックして
車止めのポールを上げ下げしているわ。
住民や宿泊予約者だと通してくれるのだろうね。
道幅せまっ
たしかに中世から道幅が変っていないのだと思う。
家の外壁も古くて
渋い!です。
尋常じゃない古さを感じます。
惚れ惚れ〜
![]() 古都とか中世の街とかいう所はいくつか訪れましたが
これほどまでに
ツーリストの靴に配慮しない街は 初めてかも〜w 昔の石畳まんま。
手を加えていないんだあ。
路面の歪みさえも素敵に見える。
人、住んでるのかな?
お店かなあ・・・
ああ、ぼろぼっろの石畳と
青い板戸にめろめろです〜
HOUSES OF MOTOVUN
このホテルはよさそうだよ〜
この町に泊まってみた〜い!
このモトヴンは
欧州ではトリュフの町として有名なんだそうです。
トリュフ狩りができちゃう!
高価な白トリュフは秋から冬、と。
ワタクシはツアーなので
出来なかったのが残念です。
てか、採ったトリュフは日本に持ち込めるのかね?
其処ここでトリュフ商品を絶賛販売中。
「ウチこそがモトヴン産の老舗トリュフ屋!」
って主張しているお店は無いのか
または、見つけられなかったのか・・・
ここだって
クロアチアの大手トリュフ食品会社の店だし。
モトヴン町民は
まだ商機に気付いていないのでは?
スミマセン
ガタガタの石畳坂をのんびり上って
Town Gate に着きました。
ココから中が町の心臓部です。
小高い山の上にいるんだなあ、
周囲の景色が一望です。
ここはやや広めのストリート(通路?)なので
カフェになっていますね。
朝食を摂る女性。
気持ちよさそうです。
17世紀の教会。
対面にツーリストインフォメーション。
以上!
特に何もないw
「ツーリストインフォメーションは
チケットショップも兼ねています。 モトヴンの必見ポイントは
町をぐるりと巡る外壁歩きです」
(添乗員男子)
城壁巡りの入口に
バーを押して入るゲートがありました。
「モトヴンは来るたびに変わってきていますね。
3年前に来たときは
こんなゲートは無くて
誰でも無料で散策できたのですけど…」
(添乗員男子さん)
モトヴン町民、ちょこっとずつ商機を見い出しておったw
(おひとりさま25KN) ああ、遠くまで一望。
下はぶどう畑が広がっています。
トリュフと並んでワインの産地でもあります。
「なんで、こんな不便な山の上に集落を?」
(こにゃくう)
添乗員男子さん
「モトヴンには巨人の伝説があります。
ヴェリ・ヨジェ(大きなジョーという意味)が
この町を造った、と。
それはもちろん事実ではないですね。
中世にこの場所に町が発生した遠因は
マラリア回避の為だったのでは、と言われています。
平野部の川や湿地から離れ、
山の上を住まいにしたら安全だろう と考えたのでは?ということです」 ワタシはてっきり
廃屋になった城跡に
庶民が勝手に棲みついて
集落にしちゃったのかと思いましたわ。
不便さよりも安全を優先したのですね。
開発もされず、中世の形状のまま
今を迎えているモトヴン。
傾斜地を活かしたぶどう栽培と
周囲の森で採れるトリュフが名産品の
魅力的な観光地になりました。 「トリュフ採りというと豚のイメージがありますが
モトヴンでは犬がトリュフを探します」
(添乗員男子さん)
あのおじいさんのわんこも
トリュフ犬かもしれないですね。
犬はモトヴンでは大事な仕事仲間なんですね。
「ちなみに犬を使うのは、
豚だとトリュフを食べてしまうからだそうです」 (添乗員男子さん)
有名な何かがある町ではないのですが
佇まいだけで
人を惹きつける町って大好きです。
うろうろと徘徊するだけで
わくわく楽しい!
開発からは無縁の生き方のモトヴン。
いつまでも
中世のまま時を止めていてほしい。
静かな裏路地
小道
脇道
好き勝手に歩き回る
シ〜ッ
静かにね。
直ぐそこが住人のおうちだから。
生活感が其処ここに。
今でも約500人の人が住んでいるそうです。
る〜る〜る〜
日本のカリカリはいかが?
壁に描かれているのは
モトヴン伝説の巨人、ヴェリ・ヨジェ。
ここの巨人さんは
シャイでおとなしめな風貌なのねぇ。
「ヴェリ・ヨジェはモトヴンの町の為に
力仕事を引き受けて役に立とうと励んだのですが
冷酷な住民に追い払われてしまうのです」
(添乗員男子さん)
へー
泣いた赤鬼っぽいストーリーだね。
巨人のヴェリ・ヨジェとは、
ヴェネチアや周囲の大国に挟まれ
翻弄されつづけたモトヴンそのものなのでは?
と解釈されています」
(添乗員男子さん)
第二次世界大戦終結まではイタリアだったんだって。
その前はオーストリア帝国の領土。
戦後はユーゴスラビアだったわけよね。
そして今はクロアチア。
・・・アイデンティティ崩壊しそう
トリュフと
中世ムードの町。
まだまだ日本人の認知度は低いけど
これからもっと人気がでそうなモトヴンです。
非常にポテンシャルが高いモトヴンだが
ひとつ重要な指摘をするのならトイレ問題をどーにかした方がいいね。
「モトヴンには真っ当なトイレがありません。
最終手段としてカフェでなにか飲めば
お店で使えますが パブリックのトイレが無いんです」
と、事前に
添乗員男子さんから警告されていました。
ほんと無かった!
てか
日本でも工事現場等にある
移動式簡易トイレがあるのを見たが
とてもじゃないが使える代物ではなかった(涙)
まだ観光地としての受け入れ態勢が整っていないところに
人々がやって来てしまっている、といった印象。
今後の訪問者増を鑑みて
至急対策を願うよ。
スタート地点のシャトルバス操車場に戻って来ました。
何か屋台あるね。
タコ焼き!
・・・ではなかったw
クロアチアのお菓子で
フリトラというそうですドーナツの真ん中に砂糖とシナモンをかけた的お菓子。
見た目まんまの味でしたわw
【 つづく:イストラ半島、次の町はロヴィニ 】
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