極楽な日々

オット・ムスメ・猫を各1名もつ主婦・こにゃくうです。喰う・飲む・遊ぶの極楽生活

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2019年8月1日(木)

いよいよ2019年8月になりました。
今月31日を以って
Yahoo!ブログは更新不可になります。
2005年3月からダラダラと綴ってまいりました当ブログ。
8月31日の最終日まではここで記事アップするつもりです。


そして
9月1日以降は
FC2ブログに場を移します。

イメージ 1

「極楽な日々」

更に
2019年12月15日になれば
この Yahoo!ブログの「極楽な日々」
は消えて無くなるという流れ。

たくさんの方に読んでいただいて
たくさんの方と交流できて
楽しいYahoo!ブログライフでした。

皆さまごきげんよう。
ありがとうございました。



1387の過去記事は新設FC2に転載しています
いただいたコメントは最新20コメントまでは転載されています

2017年3月某日

今日はムスメの話しをひとくさり。

4年前にめでたく大学に入学した!と思ったら
もう卒業か〜ぁ。

イメージ 1
先日、ムスメの大学卒業式が行われ、
最後の学校行事だから・・・と
出席しました。

イメージ 2
講堂での式典に着席できるのは卒業生徒だけで
親どもは、別棟にある教室に集められ
モニターに映る式典の同時中継映像を観るだけ、という
なんとも味気ないモノなんですけどね。


イメージ 3
通常、式典が行われる大講堂が現在、建て替え中なもので
今年の卒業式は「モニター観察」
という、親どもにしてみれば感激が薄いものとなってます。
オットに至っては
「卒業式?興味ないし。ひとりで行って来れば」


イメージ 4
く〜。
いいですよ、いいですよ。
ひとりで行くわっ
これはムスメの卒業式であり
私の親業卒業式なんだから。


イメージ 5
スクリーンで展開する式典だけど
校歌をフルコーラス、一緒に口ずさむと
(私は大学校歌を3番まで歌えるコアな保護者w)
小学校入学からこの大学に入るまでのアレコレが思い出されて
しみじみとした気持ちになりました。
ムスメよ、ここまでよくやったな!と褒めてあげたくなりましたよ。


イメージ 6
映像中継でもいいから卒業式を観たい、というバカ親が
ホラ、こんなにたくさんw
皆さん、こにゃくうと同世代のようですね。
そうだ。
7才で学校に入ってからずっと、この大学を出るまで
私とこの人たちは一緒に子供を支える同志だったのだ。

もしかしたら模試で競い合ったのかもしれないですね。
もしかしたらどこかの受験会場ですれ違っていたのかもしれないですね。

バカ親の皆さん、それも今日で終わりですね。


イメージ 7
初代・総長先生、お世話になりました。
もう、ここへ来る機会もほぼ無くなるでしょう。
親としても楽しい学校でしたよ。
(ムスメの授業にもぐって受講したというのはナイショだw)


イメージ 8
構内ではボランティア学生による撮影会が行われている。
晴れ姿を写そうという親子さんで看板前は行列だ。
ムスメはゼミの仲間と一緒にいるのだろう。
どこに居るのやら。
そもそも、こういう撮影を全力で拒否する子。
「ママ、撮りたいんだけど」
と言ったとしても
「ヤダ。ムリ!」に違いない。


イメージ 9
かわいい和服にも興味が無い子。
多くの女子卒業生が美しい袴姿の中
ムスメはほぼ私服!で列席しようとしていた。
少しは考えてリクルート・スーツに落ち着いたようだけど。
ムスメにとっては成人式の着物も卒業式の袴もコスプレ。
断固拒否!なんだそうです。
ちょっと変わった女子です。


イメージ 10
最後に講堂の写真を撮っていたら
「ママ―!」
駆け寄って来たのがムスメ。
この人ごみの中でよくぞ偶然出会えたね!
せっかくだから一枚撮らせてよ、と大学生姿最後の撮影に付き合ってもらった。

シャッターを切りながらフト思い出した。

イメージ 11
「ねえ、この場所って入学式の時、死んだおばあちゃんと撮った場所だよ」
そうだった。
入学式は両方のババが列席してくれたんだ。(過去記事
その時の写真がコレ↑
左のオット義母は今も元気だが
右のこにゃくう実家母はもういない。
実家母は、ムスメの明るい未来をいつも祈っていたっけ。
もしかしたら、卒業の今日もこの場に居るのかもしれない。
「入学式に出たら、卒業式も出なくちゃ。」
実家母は4年前、そう言ってたものね。


イメージ 12
これにて、こにゃくうとオットは子育てを卒業。
ムスメは4月から社会人。
4月3日に入社式を迎えます。

イメージ 13
ムスメが社会人生活をスタートさせる町はココ!
我々と過ごした家を出て
先週からひとり暮らしを始めたところ。


イメージ 14
大阪!
こにゃくう、京都には詳しいですが
大阪はまったく未踏の地。
いや、ムスメにとっても未知の土地。
まったく、いつもチャレンジャーなムスメです。


イメージ 15
ムスメは大阪で、独立の狼煙を揚げました。
今後はちょくちょく大阪方面に進撃したろ!
と企むこにゃくう&オットです。


2015年11月某日

ピアノ。 
こにゃくう実家リビングに横たわる巨大な物体、ピアノ。
昨年実家母が他界し、無人になった実家。
やがては実家をたたまなくてはいけない日が来るのは明らか。
そこには、誰も弾くことがなくなったピアノが取り残されている。
思い出のピアノがどこかの誰かの役に立つのなら
いっそ売却しよう・・・と。
そう思ったワタクシの、ピアノ売却顛末記である。

< プロローグ >

実家母生存中から
「あんたのピアノでしょ?自分の家に持っていきなさい。じゃまだから」(実家母)
と邪険に扱われ
「いや、ワタシいらないから。いいじゃない。実家に置いておいてよ」(こにゃくう)
と、これまた雑な扱い。

ピアノは確かに私の物だけど
はっきりいって欲しくて買ってもらった記憶はない。
こにゃくうが幼児の頃のこと。
実家母がある日唐突に「ピアノ習う?」と訊くから
「うん」と。
その事の重大性もわからぬまま頷いただけの頭の悪い幼児だったのだ。

そんなわけで
ある日巨大なピアノがリビングを占拠し、
翌週から毎週水曜日がピアノのおけいこの日になってしまっただけのこと。
ワタクシこにゃくうが習いたかった、というよりも
実家母が娘にピアノを習ってもらいたかった、というのが実情だろう。
故に、幼児こにゃくうはそれほどピアノ習得に熱心ではなかったのだ。

ごめんなさい、ピアノ。

それでもツェルニー40番くらいまでやったし
小中学の音楽の授業も、ラクして好成績が取れていたのも
ピアノを齧っていたからに他ならない。
それなりに音楽の素養というものを持ち合わせることができたのも
あのピアノとの日々があったからと言えよう。

ありがとう、ピアノ。

やがて嫁にいって、自分の家を持ったくせに
ピアノは引き取りたくない、というワガママ^^;

だってアイツ、デカイしうるさいんだもん(笑)

そんな雑な扱いを受け、実家に放置され続けているなら
いっそ売ってしまいましょう、そうしましょう、と。
実家が無人になったのを機に、
売却する決心をしました。

< まずはピアノの製造情報を確認しる >

で、業者HPを覗くと・・・

売却予定のピアノの情報が必要なんだと。
コレ、実家に行ってピアノの中を覗かなくてはいけないんじゃん。
実家は遠いのでちょっとメンドクサかった。

メーカー:YAMAHAやカワイ
モデル名:U1F とか U3など
製造番号:ピアノの天板を開けて中を覗くと刻まれている 
       (ワタクシのはアップライト型)
:黒、木目、白・・・などなど
ペタル本数:2or3本

イメージ 1
※「ピアノ買取比較」HPの画像から


            ・・・最低、これらの情報が必要ですって。

自分のピアノの型番なんて初めて知ったよ(笑)



< いよいよ業者HPにアクセスだ >

いざ売ろうとすると、
思い浮かぶのは、やはりテレビCMを打っている会社になるものだなあ。

「ピアノ売ってちょーだい、もっともーっとたけもっと」 

CMがくどいほどのアノ、T社のネット査定にまず情報を入力。

翌日、T社から査定結果のメール、併せて電話があり
「5万円です」 
との買取額。
ほー。
ビミョウな数字だな。

当時40万円、今の貨幣価値にして120万円ほどの買い物だったのだろうと思うが
「5万円」かー。
まあ、そんなもんだろう。
中古品に値が付くだけでもありがたいのかも。

スタート時はそう思った。
運送費を思えば、お金をくれるだけでもいいんじゃ?と。

< 1社の見積もりだけで決めるのは早急ですヨ >

さらにこんなサイトを見つけた。
「ピアノ買取比較サイト」 http://www.zba.jp/piano-kaitori/

知らない業者に、自分の住所や電話番号等の情報が流れていくのは抵抗あるが
比較検討するためにはしかたないかー。


2016年4月★追記
後日、ニュートンフィナンシャルグループとかいう生保から勧誘の電話がかかってきた。
「どこから私の情報を得た?」と訊ねたら
この「ピアノ買取比較サイト」から情報を得たを言っていた。
不快だわ。そーいうのがダメな人にはお勧めしない。



すると
速攻で4社(仮にA・B・C・D社とする)から返信メールがゾロゾロと届きだす。
一括査定は確かに便利でありがたい。

最初のT社と他4社の査定結果をここで紹介しよう。

T社:5万円 →まあ、こんなもんかな?と思ったよ。最初だったから。
A社:6万円 → おー。 T社より1万円も上じゃん。
B社:8万円 → 即決めしなくてよかった! T社の5万円って何だよw
C社:8万5千円 →ええ〜!本気ですか?
D社:8万5千円 → 他社は椅子は引き取らないという中、
             椅子も無料で引き取ってくれるという好条件つき!

さらに翌日には直接電話がかかり始める。
「他社が8万5千円というのなら、ウチも8万5千円!」 (T社)
5万円だったはずのT社、
いきなり値段を上げてきた。
やはり言い値で売ってはいけないのだな、ということを実感。

「8万5千円と言った業者の名前を教えてくれたら
ウチは8万8千円出します!」 (D社)

・・・そっか!
じゃ、D社に決まりだな。
T社にお断りの電話を入れよう・・・と、お話しすると
「それならウチも8万8千円お出しします。
ご希望なら、特別に椅子の引き取りも無料でします!是非ウチにお願いします」

あまりにえげつない値のつり上げは気の毒になってしまう性分のワタクシ。
もう、ここで手を打ちましょう。
8万8千円で納得でいいじゃない?
最後まで他社の値段に合せてきたT社に売却することにしました。
「ピアノ売ってちょーだい」  のCMの会社です。

<さて、搬出の日>

実家に赴き、
搬出業者が来るのを待つ。

希望日の「午前」or「午後」という
ザックリした時間指定までしかできません。
おおよその時間がわかった段階で
訪問予定時間の電話連絡が入りました。

作業時間はおよそ1時間とのこと。

イメージ 2
いよいよお別れとなると
淋しいもんである。


イメージ 3
最後に2時間ほど弾いてみる。
指の動きも鈍くさくなっちゃったなー。
ピアノちゃんは変わらずにキレイな音色だった。
母が定期的にキチンと調律を頼んでくれていたからだろう。


イメージ 4
2トントラックにて業者さん登場。
屈強なおじさんが数人で来るのかと思ったら
大学生らしきお若い男子2名ぽっち。
あら。
意外。


イメージ 5
まずはピアノの中をチェックしたり
傷の有無を見る。
鍵盤をたたいてみたりして
状態を確認。

その鍵盤への触れ方が
ピアノをやってる人のタッチだったので
「もしかして音大生のバイトなのかも?」
と推理するこにゃくう。


イメージ 6
お兄さんのチェックで問題がなければ
お約束の代金が支払われる。
茶封筒に入った8万8千円。
その場で手渡しでいただきました。
(開けてみたら痛みが・・・等だとその場で減額されるとのこと)


イメージ 7
代金受領印を押したら
サクサクと搬出作業に入るお兄さん方。
キルト生地の布にくるまれる
ワタクシのピアノちゃん。


イメージ 8
たまげた!
まずはピアノを横にするんだね!


イメージ 9
で、
屋内では床上をソリのように滑らせて移動させる。
「ハイよ」
「いいよー」
「もうちょっとイケるよー」
・・・などと2人で声を掛けあい
ピアノちゃんを巧みにリビングから廊下へ。


イメージ 10
段差部分では
肩に掛けたベルトが頼り。
ピアノを肩のベルトで受け止めるとは・・・(驚)
ピアノは200kgオーバーですよ!
細目のお兄さんなのにすごいなー。


イメージ 13
ここまで来たら
もう作業は終了近し。
サクサクと手際がイイ!
でも、重労働だよね・・・


イメージ 11
「この作業を1日に何件こなすの?」
と訊いたら
「うーんと・・・多い日は1日に10件かなー?」
ひー!
スゴイですねっ。


イメージ 12
トラックに納まったピアノちゃん。
ドナドナドーナ、ドーナ・・・
どこかで誰かが大事にしてくれますように。
ありがとう、さようなら。

★当記事がピアノ売却を考えている方に参考になれば★

因みにワタクシのピアノの型番は
YAMAHAのU1F。
ぜひ、8万8千円より高くお売りくださいね(笑)

YAMAHAのU1シリーズは『ピアノ造りにおいて良き時代だった頃のピアノです』
と説明されている中古ピアノ業者HPを見かけました。

U1シリーズについてこんな言葉が。
『アメリカンウォルナット環境保護法の網がかけられ
向こう100年伐採はできないレアなつきいたを使っている』

こにゃくうと同世代のピアノを持つ方々へ。
我々の愛用したピアノは
経済的に豊かになった日本が、
高いレベルのテクニックで造ったピアノだったのですね。
ちょっと誇らしいじゃないですか。

巨星堕つ

拙ブログ「極楽な日々」全904記事中、
もっともアクセス数の多い記事のひとつが
2011年1月26日生家、発見!★オットの生家を訪ねる旅・その5 である。
(該当記事→  )

イメージ 3
長野県と群馬県の県境の山奥に、
昭和46年(1971年)まで小串硫黄鉱山という鉱山がありました。
その採掘会社に就職した義父。
義両親が住んだ社宅跡を探索した・・・という記事。


イメージ 1
もはや野生動物しかいない世界に
今も点在する産業遺産に魅かれる廃墟マニアさんが
拙ブログを覗いてくれるのでしょうか?


イメージ 11
彼の地で働いていた頃の若い義父。

オットと結婚したご縁で家族になったわけですが
一緒に酒を飲むと、この小串鉱山時代の苦労話しで盛り上がったものです。
義父さまの情報のおかけで
今でも大勢が訪問してくれる楽しい記事が書けました。

先月、2015年5月23日。


イメージ 6

義父さまが他界。

本人が生前から冗談めかして言っていた通り
「わしゃ、ぴんぴんコロリで逝くから」
を実行なさっての旅立ち。
でも、まさかの突然の旅立ちでしたよ、お義父さん!


イメージ 1
小串鉱山時代の、幼児だったオットと義父。

仲良さそうな父子に見えますね!
酔っぱらうとしょっちゅう喧嘩してましたけどね(笑)
「あー、また始まった〜^^;」
気分は、昭和な「寺内貫太郎一家」の西城秀樹と小林亜星でしたね、お父さんww


イメージ 2

でも、嫁のこにゃくうには非常に優しく、紳士でした。
たいへん知性豊かな天才。
バイタリティーもあり、人望も厚い。
こにゃくうは、実父も尊敬していましたが
義父さまもキャラは違えど立派な人だなー、と常に思っていました。


イメージ 3
義父を偲ぶ人は
義父の喜ぶ酒をぬかりなくお供えしてくれました。
愛知県 関谷醸造の「
義父のふるさとの地酒で
義父にとっては毎新年のお屠蘇酒でした。

しかし、「吟」はレア物の人気酒なので
今回の葬儀に持参するのは相当な困難だったと想像されるのに
キッチリ、持ってきてくれた参列者の方!


イメージ 4
「吟ちゃんは元気かね?」
毎月逢って一杯飲んだりしていたのですが
義父さまは必ず吟次郎の様子を尋ねてくれました。
我が家のネコさま、吟次郎。
その名はこの、義父お気に入りの日本酒
蓬莱泉「吟」からの命名なのです。


イメージ 5
「自分に何かあっても、大ごとにしたくないから家族葬で」・・・
なーんて言ってましたが、
お義父さんの社会的地位の高さもあって
そうは企んだけど、想定内ではいきませんでしたよ、お義父さん。
想像を超える大勢の人が偲んでくれました。

こにゃくうオットの采配は、息子としてどうでしたか、お義父さん。


巨星墜つ。


イメージ 9
偉大な父を乗り越えんと努力したオットを褒めてやってくださいね。
そして
自由になった今、
大好きだった北アルプスやら小串鉱山跡やらを
フラリフラリと逍遥してくださいね。

また逢いましょう。
     こにゃくう、長らくブログを更新していませんでした。
    ようやくアップした昨日の記事。
    そこではオットの近況について触れていたので
    今日はムスメについて語ろうと思います。
    幼少の頃から、時に変な日本語を使ってしまうのが、こにゃくうムスメ。
   いわばアレだ。 ボビー・オロゴンだ。
 
   例① 幼稚園児(6才)時代の発言
 
   (今晩の夕食は何か?という会話の中で)
   「ママー、おなかがポンポコー!ミクロネシア・スープが食べたい!」
 
  「ママ、お腹がペコペコです。ミネストローネ・スープが食べたいです」という意味と理解するのに
    母は2秒かかりました。
 
    例② 小1(7才)時、中島みゆき「地上の星」を歌い・・・
 
   ♪ 「まちかどのいいやつ〜 そのへんのペガサス〜 
 
  野良ペガサス状態ですかね?
   ・・・まあ、母である私も、巨人の星の歌を 「重いコンダ〜ラ 」って思っていた小学生だから
    人の事言えないけどネ。  
  幼い頃は、「言いまちがい」的なオロゴンが多かったのだが、
  中学生になると 「間違えて覚えてしまった日本語」を堂々と使って
  母の爆笑を買うようになっていく …
  
例③ 中2(14才)時、同級生の発言が立派で感心した、という会話の中で…
 
   「スピーチが上手でさ、ワタシはアッケカランとしちゃったよー」
 
   …母には意味が解らなかった。 どうやら 「呆気にとられた」 を使ってみたかったらしい。
     「呆気にとられた」に「あっけらかん」の要素が混入し、新語を造成した模様。
     「ずっと‘アッケカラン’だと思ってた…」 というのだから、親としては心配である。
 
  例④ 時に母を声高に糾弾することもあるのが、この年頃。
      だが、まちがえた単語で罵倒されても母は爆笑だ。
 
   「ママ しゅうぜんの前で物を食べるなんて変だよ!
                    私はとんだとびっちりだよ!」
 
   言っている意味を翻訳するのに2秒かかったぜ!
     「衆人の面前で物を食べるなんて変だよ、私はとんだとばっちりだよ」 と言いたかったそうだ。
     意見するなら笑わせないでくれっww
 
    例⑤ 本を読んで覚えた単語を使うお年頃。 
      でもまちがえて覚えてたんだな、コレが・・・
 
   「3日間ずっと温泉旅館? へえ!温泉ザンミだねー」
  
   ムスメよ、活字をよくご覧。 三昧 は 「味」 じゃないのだよww  横棒が一本多いの^^;
     「ウソ!あの文字、ザンマイって読むんだ!ずっとザンミだと思ってた・・・」 
 
  なぜこんなに詳細に覚えているかというと、
  ムスメのオロゴン発言が面白くて、変な日本語を使うたびに
  笑いをこらえて肩を震わせつつ、メモを取って残しておいたからなのだ。
  こにゃくうは鬼母 ww
   例⑥ まあ、覚えた単語を躊躇なく使うムスメの前向きさは評価するよ。
 
    「ママー、ルーマニアってドラキュラのメッカだよね!」
 
   コレも爆笑したなー。 ドラキュラがわんさかいる光景が思い浮かんでしもーて (笑)
 
    この子はアホちゃうか…? と心配もしたのだが
     ムスメの名誉のために付け加えると、小中そして高校を通じて
     国語の成績は、常に最高の評価を頂いていた。
     全国模試でも、国語だけ飛びぬけて高い偏差値を叩き出す。 (国語だけ、なw)
     いったい、言葉の意味を問う語彙問題とか、どーやってすり抜けていたのだろう?
   このブログが始まった時小学5年生だったムスメは高3になり
   先日、高校を卒業しました。
 
   こんな、オロゴン日本語使いのムスメでも入れてくれる大学がありました。
   ムスメがずっと憧れていた大学でした。
   おめでとう、ムスメ。
   キミは我が家の誇りですよ。
 
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