うちの猫・こにゃ&くう編
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くうたろう(空太郎)といいます。♂・4歳・元ノラ・臆病・ぼんやり・まぬけ・いじめられっ子・・・なボク。(06年9月に他界いたしました)
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空太郎が亡くなって3週間たちました。 家の中、どこを見ても空太郎の痕跡ばかりで (庭に落ちてた爪、部屋のすみっこの白い毛、爪とぎした壁の痕・・・) ちょっとしたきっかけで泣きます。 空太郎危篤、そして他界に際しては ほんとに、ほんとにたくさんのゲストさんたちに慰められました。 このブログがなかったら ワタシはこんなに早く日常を取り戻せなかったと思います。 心からの弔辞のひとつひとつに救われました。 ありがとうございます。
コメントの中では少々、触れましたが
死亡の記事の中では、どんな経緯で亡くなったかお知らせしていませんでした。あの頃にあったことを書いてご報告に代えさせていただきます。 6月から始めた投薬のおかげで このところ、てんかん発作の間隔が開くようになって とてもよろこび、希望を感じていました。 でも、この日は違ったのです。 朝、5時くらいに起きたら なんだか様子がおかしい。 「・・・ワタシが寝てる間に発作が起きちゃったんだね。よしよし・・・」 速攻で朝の薬を飲ませました。 でも、3時間もしないうちに再び痙攣。 薬を飲み始めてからはこんなことはなかったのに変だ。 お気に入りのイス(玉座と呼んでいる)で、不安な気持ちを鎮めている空。 2時間ほどたって、落ち着いたかな?と思えた。 小雨が降って、肌寒い日でした。 ワタシはひとつ、くしゃみをしてしまった。 その音に弾かれる様にイスから飛び降り、一直線に玄関に小走りで向う空太郎。 「開けてください!」 彼の強い意志を感じて、 「雨の日は近くを一周するだけだもんね」・・・と、ドアを開けたワタシ。 今では後悔ばかりです。 いつもなら、発作後2時間で戻るのに・・・ ブログでは報告しませんでしたが 必死に毎日、毎日、探しました。 (ワタシがどんなに探したかは、ここでは省略します) 具合が悪かったから悪化してるかも でも、薬を飲んだ後だったから 効いてくれているかも。 ウチからそんなに遠くない(普段の空ならもどれる距離)お宅のご主人に抱っこされて。 「昨日から、うちの玄関に座ってて。 かわいいからウチで飼おうかと思ったんだけど、 首輪にお宅の住所が書いてあったから連れて来たよ。 あはは〜〜。」 「ああ!ありがとうございます!」 でも、なんてことでしょう。 空太郎はすっかり痩せて軽くなっていたの。 ワタシのせいだ! それが9月19日の記事につながります。 急いで薬を飲ませたけど やっぱり痙攣がやってきた。 いつもお世話の獣医さんに来てもらう。 「ずいぶんやつれちゃったなぁ。とにかく、預かるよ」
病院に数時間ごとに電話を入れるワタシ。
先生のお話では■薬を点滴しても、痙攣がどうにも止まらない。 ■極度な貧血になっている。 ■白血球の減少も。 ■酸素室にいれて、酸素不足を補っているが・・・ ■高熱、40度。 ■レントゲンでは軽い肺炎も見られる。 総合栄養ビタミン剤の点滴に猫用インターフェロンの投与。 いろいろやってくださってる様子が電話からも伝わる。 空太郎に会わせてください、とお願いしましたが 「酸素室の中で点滴に繋がれているんだ。 動かれて液が漏れるとそこが腐っちゃうんだよ。 元気になるまで会わせられない」 ・・・ひたすら、なんども電話を掛けて病状を聞くのみ。 ■翌、20日。 先生:「昼間は酸素室の中で座っていられるまでになったよ。もしかしたら、大丈夫かも!」 ■20日、夜。21時ごろ。 先生:「心臓の機能がかなり弱ってるんだなぁ。 あともう一回痙攣が起きたら・・・その時は・・・」 ・・・その時は・・・で、す、か。 ワタシ:「真夜中でも、なにかあったら電話くださいね!」 深夜の電話がないまま、朝を迎えた。 よかった! もしかしたら発作が治まった? 朝の新聞を取りにポストへ。 そこに、手紙が入っていました。 御力になれませんでした。
空太郎君は、午前2時25分 インキューベーダーの中、酸素吸入中 四肢クランプを突然起こし、即、フェノバルビタールを注入いたしましたが 絶命となりました。 発作から一分前後の出来事でした。 色々、手を施しましたが成功に至らず 残念と同時に、申し訳ありません。 AM3:00 ( 先生のお手紙の原文のまま ) 読んで、倒れそうでした。 ムスメがいなかったら、ほんとに卒倒していたでしょう。 これが、空太郎逝去のいきさつです。 自責の念が消えない、自分が許せない。 悲しみは当然、後悔ばかりなのは こういう最後だったからです。 先生はてんかんの原因を「脳下垂体の損傷」ではないか? と、推測していました。 レントゲンに腫瘍とは違う何かが写っていました。 真っ青な青空の日に 空太郎はお空にいってしまいました。 真っ白な体に、青いお空がよく映える子でした。 こんな、真っ暗な話を最後まで読んでくださった方、 本当にありがとうございました。 やっと、空太郎の死について 書くことができました。 オットに言われました。 「ブログを続けて、空太郎がどんなふうに生まれたか 文章で残してやってほしい」 まさかこんなことになるなんて これっぽっちも思わずに なんとなく始めた 『こにゃとくうの物がたり』の連載。 これを続けると、なぜ空太郎がうちの子になったか なぜ脳に障害を持って生きなくてはいけなくなったのか、を 書くことになるのです。 辛いけど、やってみようかな。 ブログの中で空太郎は生きているから。 休止中、更新できてないのに わざわざ様子を見に来てくださっていた 多くのみなさま。 更新してないのに 訪問者がカウントされているのを見るにつけ 皆さまのご心配がありがたく心に染みました。 もうワタシが猫を飼うことは一生ないと思いますが これからも当ブログを続けます。 ありがとうございました。
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ブログの中のおつきあいとはいえ、 空太郎を愛し、かわいがってくださってありがとうございました。 とても悲しくて つらいです。 空太郎殿は今朝、AM2時25分に空へ旅立ちました。 具合が悪いくうに応援をいただいて ありがとうござました。 今、穏やかな顔にもどって眠っております。 |
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空太郎殿の具合がよろしくありません。 心配なのでしばらくブログはおやすみします。
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【 第3話から続いてます 】 「これ以上、野良猫にエサやったりしちゃダメ」というオットの横槍で 2匹にゴハンをあげることができなくなったワタシ。 でも2匹はお昼寝をしに、毎日我が家の庭にやってきて 2匹で仲よく寝そべる冬の日々でした。 ニャーチとこにゃの関係を知ったのは いつだったかなぁ・・・ 正確にはちょっと思い出せないんですけど どうも2匹は我が家のご近所、B家の奥さん(70歳代かな?)の世話になっているらしい ・・・というウワサを聞き、ちょうど道で出合ったB奥さんに 猫たちの出自を訊ねたんです。 そしたら、B奥様がこんな話をしてくれました「2000年の初夏のころ 2匹の子猫をつれたオス猫がやってきたの。」 「わたし、猫がすきだから ゴハンあげて面倒みてたのよねー」 「 そのうち、メスの方の子猫が発情したんでしょうね〜 お父さん猫とデキちゃったのよー」 「それで産まれたのが、お宅に遊びに行く仔猫なのよ。」 「オスの子ども猫の方はね 気が小さいもんだから、相手にされなくて・・・」 「あの2匹は叔父と姪なのよー」 ゲッ! そういうことだったのか〜〜 野良猫サイトで勉強すると・・・ ■メス猫は妊娠期間2ヶ月で出産する ■年に2回、出産することも可能 ■生れた子猫が一年後には出産をするし ■ついでに母猫だって産み続ける・・・ まずい。 このままでは、こにゃもいずれ出産し続けて ご近所の嫌われ者になってしまうかも。 でも、もともとはB奥様のせいなんだし・・・ どうしよう・・・
【 02年2月、生後10ヶ月くらいのこにゃです 】
かわいいでしょ〜。美猫だもん、オス猫にモテモテになってしまうかもしれない! 今のところ、おじちゃん猫のニャーチがガードしてくれてるけど・・・。 困惑するこにゃを〜〜〜 いやがるこにゃを〜〜〜 叔父さん猫のくせに〜〜〜 ニャーチが無理やり〜〜〜 手込めにしてた〜〜〜(*〇o〇*)ゞ ・・・ニャーチ、ニャーチよ それはないだろうよ! ワタシを感動させるほど子育てしてたのは このためだったのか〜〜? おまえは鬼か? 悪魔か? ケダモノめ〜〜〜っ! (あ、最初からケダモノでしたね) 叔父だから、姪だから、なんて発想は動物には無理なのね。(泣) そんなこともわからなかったワタシが無知でした。 猫が交尾すると、妊娠の確率はかなり高いとのこと。 ワタシが逡巡して迷っているうちに こにゃは、こにゃは〜〜(号泣) ・・・つづくんですけど (Hiroshiさんに「こにゃ〜〜」ってダジャレで怒られちゃう) |




